第376話 仕掛け
▽第三百七十六話 仕掛け
『勝者はアトリたあああああああああああああああああああああん!!』
ザ・ワールドが宣言した直後、会場の観客たちは理解が追いつきませんでした。
戦場を見下ろしてみれば、やはりアトリの頭部は地面に転がっていて、ジークハルトは首を斬り飛ばした姿勢のままに微動だにしません。
アトリの大鎌は、ジークハルトに届く寸前で止まっています。
「おかしいだろ! 何言ってんだ運営!」
誰かが叫んだことに追随するかの如く、運営批判の声が響きました。私の隣でもアイリスさんが「ジーク様が負けたわけないでしょ!」と絶叫しています。
混乱しているのは、私も同様のことでした。
ですが、運営はまったく意に返さずに感想戦に突入しているようです。
慌てて運営の声をオンにしました。
『二人とも頑張ったね! 人類種ならそれくらいしてくれると思っていたけれど、この土壇場で二人とも覚醒しちゃうのは熱いかも!』
『ザ・ワールドが優しすぎるのよ。こんなに人類種に好き勝手させる神なんていないわよ』
『ああ……みんな大ブーイングだ! 解説してあげて、ザ・フールちゃん!』
『なんでそんなこと……ああ、解ったわ、解ったわよ。説明してやれば良いんでしょ』
ザ・フールがややごねた後、仕方なさそうに溜息交じりに解説してくれました。
『ジークハルトは【勤勉】を使いすぎた。寿命って奴ね。それに加えて【ダーク・オーラ】と【ヴァナルガンドの毛皮】でHPがかなり減少していたのも要因よね』
『うんうん! 今のアトリたんは近くで防御してるだけで、大抵の相手を殺しちゃえるもんね! ジークハルトさんの超近接戦狙いは正解だったけどお……アトリたんの粘り勝ちだね』
『ま、一回戦なんてこんな地味な終わり方のほうがマッチしてるでしょ』
どうやらジークハルトは能力の代償に、己が肉体が保たなかったようです。
かといって、最後の全力攻勢自体は間違っていないでしょう。アトリも追い詰められていました。実際、胸を突かれ、鮮やかに断首されましたから。
お株を奪われる勢い。
ジークハルトの寿命があと一秒でも多く残っていれば、敗者はアトリだったかもしれません。
アトリはぽてぽてと歩いて、自分の首を拾いました。
『あ、そだそだ。アトリたんはまだ生きてるよん。全部の武器を邪神器化してたからね、【テテの贄指】も使用回数が三回になってて、土壇場で死を覚悟して【致命回避】と【ケセドの一翼】を解放したんだよね! すごおい!』
『生き延びたところで大鎌ではもうジークハルトは殺せなかったし、厳しかったんじゃない?』
『かもかもだよお。その時は【ダーク・オーラ】でHPを全損させられたかな? うーん、それは神のみぞ知るIFってことにしちゃおーう!』
まさかの【ダーク・オーラ】さんが大活躍だったようですね。
あのスキル、初期スキルとして取ったわりに活躍させ辛かったですから。役に立ったのでしたら幸いです。
こうして――人類種最強の戦闘は決着したのです。
……これ、一回戦ってマジですか?
大変ですね。
▽
戻ってきたアトリは、すでに戦闘が終わって精霊体に戻った私を抱き締めました。躱すことのできない速度です。
べつに今のアトリは【ヴァナルガンド】も使っていません。
それでもただの精霊状態では、アトリから逃げることはできないようでした。抱き締められている隣では、セックが深くお辞儀を繰り出します。
「勝利おめでとうございます、アトリさま。約束を遵守していただけて良かったです」
「うん。勝った」
「まあ、わたくしの悩みはすでに解決済みでしたが」
「お前はまだまだ強くなれる」
「すでに完璧ゴーレムでございますが……励んでみましょう」
そうセックは小さく微笑みました。
その微笑みは「道具」を目指すセック的には減点だったらしく、慌てたように表情を引き締めていましたけれど。
ちなみにロプトはお留守番です。
彼は素材は凄いのですけれど、私が悪戯心を発揮した所為で性能は微妙なのです。このような強烈な試合を見せては可愛そうかもですね。
生徒たちや先に試合を終えていた人たち、それから元部下たちもやって来ます。
気さくにドワーフ娘のメメが、アトリの肩をバンバンと叩いてお祝いします。
「やったやん、アトリ。ジークハルトにほんまに勝つとか。びっくりやで」
「お前は勝ったの?」
「うちはシードやで、まだや。まあ、相手はあのユークリスやからな。気づいたら負けてるんやろなあ……最悪や」
「そう。次は勝てば良い」
「なんであんな化け物と何度もやらなあかんねん!」
その次に声を掛けてきたのは、車椅子に腰掛けた女性でした。本体がやって来ているのは珍しいですけれど、なんとあの情報屋のペニーです。
「いずれは超えるとは思っていましたがー、こんなに早いとは思いませんでしたー」
「すべては神様のお陰」
「おめでとうございますー。あ、ではもう帰りますね? あまり姿を見せるのは流儀ではありませんから。またお仕事しましょうー」
ペニーはそう言った直後、どうやら契約精霊との契約を切ったようでした。プレイヤーの中には「一時的にNPCと契約する仕事」をしている人もいますからね。
そういうタイプの人を使ったのでしょう。
消えたペニーを見て、ミャーが肩を竦めました。
「忙しない奴っす。アトリ隊長、おめでとうございます」
「うん。応援ありがとう」
「なんかうずうずしてきました。狩りの練習してくるんで失礼します! ……あたしもいつか最上になるので楽しみにしておいてくださいっす」
「解った」
手をヒラヒラと振って、駆け出していくミャー。
彼女もけっこう忙しないですね。元部下たちはどうやら似たもの同士だったようです。
かなりやる気のようでした。ミャーは強NPCではありますけれど、最上の領域を含めたトップ層ではありません。
ただ成長速度はかつてのアトリを彷彿とさせます。
羅刹○さんと組んでいる以上、対人戦の経験はアトリよりも豊富でしょう。才能はきっと十分。あとは何か切っ掛けがあれば――新たな最上に至れるかもしれません。
今回のトーナメントでアトリは、最強の弓使い――ユークリス・レオと戦うかもしれません。弓使いの最上として、きっとミャーには参考になる相手でしょう。まあ、ユークリスはダドリー王と戦うようなので(メメには悪いですがまず彼女は勝てないでしょう)アトリと当たらないかもしれませんが。
さて、まだお客様はいらっしゃいます。
そわそわと待ち構えていたのは、アトリの生徒であるヘレンとサクラでした。お付きであるおかっぱ頭くんは昔、アトリにかなり暴言を吐いていて気まずいのか姿を見せません。
ただ今回、ヘレンもまた気まずそうな顔をしています。
くすくす、と笑ってサクラが肘でヘレンを突きます。
「アトリ先生に賭けなかったからですわ、ヘレンさま。わたしのように賭けておくべきでしたわね? ふふ」
「た、民の税を勝ち目の少ないほうに賭けるわけには……」
「民の税をギャンブルに使うこと自体よくありませんね」
「う、ぐ……」
「強かさに憧れるのは解りましたけれど、あまり合わないことはしないことです。資金繰りが厳しいのでしたら、ちょっと仕事を手伝いますか? そちらの領で――」
商談に入りかけたところ、サクラがハッとしてアトリを見やりました。咳払い。
「失礼しました、アトリ先生。お祝いしようと駆けつけましたのに」
「良い。お前はそういう人」
「……そんな風に思われてるんですか?」
がっくり、とショックを受けたような桃髪縦ロール。
とはいえ、すぐに彼女は嬉しそうに気を取り直します。今や最強となったアトリ――次からは最初からコントロール済みの【羅刹狂化】があるので勝つのは難しそうですけれど――との友好関係は、色々とお役立ち情報なのでしょう。
純粋にお祝いしたい+関係のアピールが目的なのだと思われます。
抜け目のないのがサクラの個性でした。
「あ、あのアトリ先生」
気まずそうにしていたもう一人の生徒――ヘレン・フォナ・ルトゥールも祝福しようと言葉を作ってくれました。気恥ずかしそうな少女のはにかみ。
「先生、この度はまことにおめでとうござ――」
「――俺からも祝福を送らせてもらおうか、アトリ」
▽
祝福ムードのアトリ周辺。
それを掻き消すように横入りしてきたのは、眼帯を装着している――中年男性。ボロボロの薄汚いローブのフードを脱ぎ去り、その平凡な顔面が露わになりました。
魔教教祖――オウジン・アストラナハト。
無関係な人たちは、今のアトリに近づくことさえ躊躇っていました。それによって出現していた壁のような人混みが割れていきました。
そして、その人物は現れたのです。
白々しく拍手など送ってきます。
「魔教……!」と思わずヘレンが押し殺した呟きを漏らしました。
アトリのみならず、他の面々も警戒モードに入っています。その警戒を無視してオウジンは飄々と語ります。まるで親戚の飲み会にやって来る叔父さんくらいのスタンスです。
私、親戚の飲み会なんて行ったことありませんが。
「よくやったアトリ。素晴らしい成果だ」
「なに?」
「よくぞジークハルトの優勝を阻止してくれたな、ということだ。さすがにジークハルトが優勝して、レベル上限を多く解放した場合、あの魔王様でさえ危ういのでな。彼の一回戦負けは、俺にとって価値のある事実だった」
そう言うとオウジンは腰に括り付けた酒瓶を手に取り呷ります。
口端からは透明の液体が流れ落ちます。唇を袖で乱暴に拭い、オウジンが続けました。
「魔教としてサポートした甲斐がある」
思い出すのは舞踏会のことでした。
あの時、魔教はアトリを殺すためというよりも、スキルレベル上げに付き合ってくれた――そのような感覚がございました。
さらには神器を強化する素材もドロップしましたしね。
幹部の命を複数使い捨て、無謀な計画を行った。
そうでないのならば。
魔教はジークハルトの優勝を阻止するべく、アトリのレベリングを急いだということなのかもしれません。
やはりすべてがオウジンの手の上。
ヘレンなどは怒りで今にも飛び出しそうです。彼女が感情を上手くコントロールしているので忘れがちですけれど、彼女は家族を魔教によって殺害されていますからね。
「どんな気分だアトリ? すべて俺によって操作された結果だと知って。キミが勝利したことにより、世界はまた一歩敗北に近づいたわけだ。キミが大人しく、順当に敗北しておけば、無価値に頑張らねば、ジークハルトが勝手に魔王さまを打ち破ってくれていたことだろう。
眼帯の向こう、オウジンは愉快そうに目を眇めました。
「この責任をどう取るつもりかね」
「自惚れてる」
「ほう?」
「ボクが勝ったのは神様のお陰。そしてボクが強いから」
「本当にそうかね? 鎖の実戦経験を積ませたのも、真解についてヒントも与えたのもこちらだがな」
「…………たしかに。お前の活躍もある。解った」
ぺこり、とアトリはオウジンに向けて小さくお辞儀しました。
「助かった。ボクの勝利は少なからず、お前のお陰でもあるらしい」
「…………ふん、まあ良いさ。もはやくだらぬ挑発では揺るがないかよ。それでこそ勇者といったところか……くくく」
ひとしきり「くくく」と笑ったオウジンは、ポケットから小石をいくつか放り投げてきました。それは――神器を強化するための石です。
ボンヤリとキャッチしたアトリが首を傾げます。
「なに?」
「報酬さ。キミは魔教にとって良い仕事をした。だから報酬を渡す。事業主にとっては当然のことだろう?」
「ボクは魔教じゃない」
「そうだな。だが、そのようなことが俺に関係があることか?」
「もらっておく」
「賢明だな。……お前の神器は…………邪神器は血に由来する。その血はとっくの昔に完成させられているので強化の必要はなかったのだ。が、キミの大鎌はまだだろう? 強化しておくが良いさ……より良い世界の終わりのためにな」
オウジンが言い切った時でした。
彼の周囲の空間がねじ曲がり、気づけばオウジンの姿が消え失せていました。ですが、消える寸前、彼が放出した威圧感は――カラミティークラス。
忘れがちですけれど、人類種最強のジークハルトですらカラミティーのソロ討伐は難しい。その域にオウジンが到達していることに私たちは驚愕を隠しきれませんでした。
下手をすれば、現在の人類種最強はオウジンかもしれませんね。
いえ、あれが「人である」状態で至れたとは思えませんが……
「……」
ジークハルト・ファンズムという壁を乗り越えました。
ですけれど、まだ世界にはオウジンだけではなく、魔王やその配下の四天王――まだまだアトリでは届かない強敵が待ち構えていました。
黙り込む面々。
私はこほん、と咳払いをした後にアトリに伝えます。
「そういえばまだでしたね、アトリ。よく勝ちました」
「! はい。です! ボクは勝つ……ですっ!」
無表情ながら嬉しそうにするアトリ。
私は抱かれるままに思いました。あの時、客席で「負けた時のショックを軽減させるために、楽しんだら勝ち負けなんて良いんですよ」と伝えたらなんか覚醒したの……びっくりしましたよね。
次は二回戦。
順当にいけばお相手は――【命中】のルーです。
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