第375話 最強

       ▽第三百七十五話 最強


 激闘でした。

 運営によって視力にバフをもらっているようなのですけれど、それでさえもやっと――そういう戦闘が壊滅した夜の東京で行われていました。


 月光を背に二人の人類最強が殺し合いを演じています。


 アトリは【大鎌アーツ】を纏った大鎌で縦横無尽に暴れ、ジークハルトは豪腕によって刀剣型神器を美しく振るいます。


 神器と神器による火花。


 それがさながら夜を彩る花火のように感じられるのです。強者同士の舞台を前に、観客たちは賭博など忘れ、ただただ魅入るのみでした。

 瓦礫街となった東京にて、二人の英雄が対峙します。

 もはや観客のほとんどがどちらも応援しています。


 唯一、この会場で平等でないのは、この特別控え室のみでしょう。


「この勝負、ジーク様の勝ちね!!」

「いいえ、アトリですね」

「違うわよ、ジークさまね!」

「いいえ」


 私たち契約者側の舌戦も繰り広げられていました。

 そのような間抜けな戦闘行為とは裏腹に、アトリとジークハルトの戦闘はどんどん加速していきました。


「【たくさんの足場】」


 アトリが技名? を告げ、鎖を複雑に折り編みました。それは三百六十度を覆い隠す立体的な足場でした。

 こと速度に於いて、今のアトリはジークハルトに僅かに劣っています。

 それでも傍目から見れば、アトリのほうが凄まじい動きをしているように見えました。その理由はアトリが小柄なのと【大鎌】スキルが高いこと。さらには【神偽体術】の【奉納・災破の舞】によって空気抵抗などを無視していることが原因です。


 ジークハルトが最速だとしたら、アトリは最短。


 これによってアトリのほうが速く感じさせられるわけですね。

 さらには鎖術の補助もありました。完全に大鎌を振り切ってから、鎖で自分を絡め取って後隙を強引に掻き消します。


 跳躍。

 ジークハルトが光の剣で追撃を放つも、空中に張り巡らせた鎖を足場に回避します。まるでプロレスラーがリングロープを使って飛ぶかのように、アトリも鎖を使って飛び回ります。


「くっ、ちょこまか速いですだな」


 リングロープ効果によって、アトリは空中で加速し続けます。

 やがて鎖を蹴って超加速、弾丸のようにジークハルトに向かっていく――誰もがそう思いました。


 ジークハルトが飛んでくるアトリにカウンターを入れようと待ち構えた時、アトリの足が不自然な形で鎖に貼り付きます。

 それは【鎖術】アーツのひとつ【粘の鎖】の効果です。

 鎖が貼り付くようになる、というだけのくだらない効果。それがアトリの反発を防ぎ、アトリの攻撃のテンポを強制的にずらしました。


「ばん」


 アトリが指を鳴らします。

 それによって音が邪神器化し、独りでに爆ぜてジークハルトを吹き飛ばしました。さらには重力も変化させて、力尽くでジークハルトを押し潰そうとします。

 

 けれど、すかさずにジークハルトは【勤勉】を使用。


 重力に打ち勝って空中のアトリに剣を振るいました。飛ぶ斬撃。空中の鎖を解体しながら、光の斬撃が迸ります。


「【世界女神の勤勉ザ・ワールド・オブ・デリジェンス】」


 ジークハルトが消えました。

 自分が放った斬撃に【勤勉】を嗾け、自らの攻撃よりも速くアトリの元に辿り着きます。空中にて振りかぶる神器の剣。


 振り下ろし。


 不意打ちによってアトリの反応が僅かに遅れました。

 背後からジークハルト、前方からは光の剣。絶体絶命の場面にてアトリが凄惨に笑いました。紅い瞳が爆発するような光を放ちます。


「【アタック・ライトニング】」


 アトリが背後に裏拳を放ちます。

 アーツ【ティファレトの一翼】によって部位の強度が高まっています。さらには【奉納・躰刃の舞】によって彼女の拳は武器判定。


「【牙螺口手がらくた】」


 鎖アーツを自身の手で発動。

 貫き手がドリルのように変化し、ジークハルトの斬撃に真っ向から対決しました。圧倒的な火力のジークハルトは真正面からアトリの拳を破壊します。


 けれど、本当は首を切り落とすつもりの斬撃が、ただ手を切り落とすだけに終わります。


 前方の光の剣について、アトリは【粘の鎖】を解除して下方向に跳んで回避しました。その最中、足で【殺生刃】を発動し、頭上のジークハルトに斬り付けました。

 それが10発目。

 ギロチンが発動しようとした時、ジークハルトがまたもや【勤勉】でギロチンを破壊します。


「っ……」


 ジークハルトは追撃しようとして、動きがピタリと止まりました。

 体力が底をつきかけているようでした。

 この領域の戦闘行為。いくらジークハルトといえども底が見えてきました。


 勘違いしてはいけませんが、ジークハルトは体力がないわけではありません。

 むしろ、ジークハルトだからこそ、ジークハルトの火力を維持したままに「ここまで保たせた」わけですね。


「もう限界?」

「まだまだですだよ。それよりそっちは大丈夫ですだかな?」

「邪神器を作る度、びっくりするくらい疲れる。けど――」


 まだ落下途中のアトリが、空中にて回転しました。ジークハルトを下から見上げる形。彼女の手の中には凝縮した光が集められていました。

 月光を神器化したようです。


「――まだまだ、試したいことがあるから」

「っ!」


 光が消えました。

 代わりにアトリの動きが急激に良くなりました。あの神器化した月光の効果は、疲労を取り除く、とかそういうモノなのでしょう。


 攻撃だけではなく、他方面でも邪神器化を使用できるようでした。

 事実上、今のアトリの手札は無限に等しい。あまりにも便利すぎる能力のようでした。


「忠告ですだ」


 ジークハルトが歯を食いしばりながら、真下のアトリに向かって踵落としを放ちます。何らかのアーツが伴い、それは正しく必殺の一撃。

 それをアトリは空中で不自然に移動して回避します。

 今のアトリはすべての【天使の因子】が揃った状態。飛行することが可能なのでした。ジークハルトの踵落としがギリギリのところで外れます。


「神器の後遺症は純粋な疲労だけではないですだよ。そして、それは【世界女神の譲渡ザ・ワールド・オブ・ヒュミリティー】以外での治療はあり得ないですだ」

「理解してる」

「なら良いですだ」


 踵落としが地面に炸裂。

 水道管が破裂したのか、それとも温泉が湧き上がったのか、天まで届きそうな勢いで水が噴き上げてきました。


 それにアトリがタッチ。

 直後、水が邪神器化してジークハルトを飲み込みます。

 さながら水製のドラゴンでした。

 すぐにジークハルトは神器で水のドラゴンを斬り伏せます。びしょ濡れになりましたけれど、彼は首を軽く振って水を切ります。水も滴る良い男、を地で行きますね。


 観客の女性たちが黄色い悲鳴をあげる中、アトリは容赦なく攻め続けました。


「【瀑架羅ばから】」


 直後に【奉納・零停の舞】も発動したようですね。


 鎖を数百本に増加して、それを用いて豪雨の如く鎖で殴打するアーツでした。放っている際、動けないのが弱点のアーツですが、硬直を消すアーツを併用することによって、動き回りながら鎖で連撃できるようです。

 これもちょっとした崩技ですかね。


「ふっ!」


 ジークハルトはたった一本の剣だけで、アトリの連撃のすべてを防ぎきりました。

 ただ唯一、直に接近してくるアトリだけは止めきれません。

 アトリに有利な間合いでの斬撃。ジークハルトは被弾覚悟で強引に距離を詰めてきます。大鎌は首に直撃しなければ、ジークハルトを一撃必殺できる武器ではありません。


「おや」


 思わず私は声をあげてしまいます。

 隣のアイリスさんが不思議そうに首を傾げました。


「どうしたのネロ」

「ジークハルトの距離詰めが意外だっただけです」


 ジークハルトは被弾しながら、強引に距離を詰めてきました。これ自体は当然です。しかしながら、詰めた距離があまりにも――近すぎました。


 あれはもはや剣の間合いではなく、短剣や拳の間合い。

 その上、それだけアトリに近づけば常時展開されている【ダークオーラ】と【ヴァナルガンド】によって放出される光炎の餌食です。

 少なくはないダメージを負ったのに、さらにダメージを喰らい、自分の攻撃も満足に行えない距離を作ったのです。


「よもやミスだとは思えませんけれど……」


 私が疑問した直後でした。

 ジークハルトの長剣が半ばから砕け散りました。その長さはちょうど短剣と呼べるリーチ。ジークハルト自身が【勤勉】の効果で砕いたのでしょう。


 英雄が狂おしいほど爽やかに微笑みます。


「盗みが得意な者は、やはり短剣のほうが性に合っているとは思わないかい!?」


 超接近戦。

 逆手に持ち替えられた神器が、連続でアトリにぶち込まれていきます。

 何らかの邪神器で強引にHPを増強して、さらには【天輪】がなければ殺されていました。

 この間合いは大鎌の弱点です。相手がジークハルトでなければ、いくらでも対処可能だったことでしょう。


 ですが、ジークハルトを前にしてこの距離は――武器の相性上、どうしようもありません。


「っ!」

「さあ! 決めさせてもらうよ!!」


 ジークハルトから放たれるのは、ガトリングのような短剣での刺突でした。恐ろしいことに一撃ごとに違ったアーツが付与されているようです。

 技後硬直すら【勤勉】でカットしているのでしょう。

 少なからず反動のある【勤勉】の大盤振る舞いでした。


 ジークハルトの紅い髪がどんどん白く染まっていきます。両目からは絶えず血液が落ちていきます。


 アトリは防戦一方。

 大鎌を振るうのではなく、野球で言うところのバントの姿勢で短剣を必死に防いでいます。鎖も攻撃に回せず、そのすべてを防御に動員させているようでした。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ジークハルトの咆吼。

 味方だと頼りになる咆吼が、今では恐ろしい怪物の吠え声にしか聞こえてきません。


 私は思わず拳を握り込んでいます。

 あまり上品だとは思えない行為ですけれど、この掌を開くことができません。汗がじっと頬を伝っていきます。


 戦っているジークハルトはもちろんのこと、観客までもが苦しそうに表情を歪めております。

 そのような中、ただ一人――口を「一の字」に引き絞りながらも、愉快そうにしているのがアトリでした。


 劣勢さえも楽しんでいるようですね。


 ジークハルトの攻勢は一秒毎に加速していきます。

 アトリは苦境。攻撃を上手くいなしても、その衝撃や余波でどんどんと傷が増えていきます。体力も底をつく寸前。

 防御に使われている鎖が大量に砕け散っていき、それが夜風に流れて舞い上がります。

 大量の神器を装備することにより、強引に底上げしたHPさえも――底を突く寸前。再生が間に合っていないようでした。

 紅い瞳の禍々しさだけが、徐々に鮮烈に広がっていきます。


「これで……」


 ジークハルトが「勤勉」でアトリの右足を斬り裂きます。


「――ぐっ」

「終わりだ」


 再生が間に合うよりも早く、ジークハルトの短剣がアトリの心臓を突き刺しました。血を吐きながら、アトリもまた最後の斬撃を見舞おうと動き出しています。


 短剣型神器が心臓から抜かれ、首を斬り飛ばそうと跳ね上げられます。

 アトリの大鎌もまたジークハルトの背後より、首を狩る軌道で引き寄せられています。二つの神器が高速で、決着の一撃を放とうとしていました。


 さながら走馬燈の如く。


 武器が命懸けのチェイスを行う様子が見えました。引き延ばされた時間。コマ送りに見える戦闘。迫る刃と刃。先に着弾したほうが勝つ。そういう戦い。

 わずかに――アトリのほうが遅い。


 距離、一センチ。

 アトリの大鎌はまだ遅れたまま。


 距離、一ミリ。

 むしろ――アトリの大鎌が引き離された、その直後。


「おおおおおおおおおおおおおおお!」

「ああああああああああああああああああ!」


 先に命中したのは。

 人類種最強最優たる英雄――ジークハルト・ファンズムの神器でした。刃はすんなりと幼女の首を切り上げ、その勢いで死神幼女のあどけない首が吹き飛びました。

 目を見開くアトリの頭部。


 すべてを出し切ったジークハルトが、だらりと肉体を折り曲げます。



『決着!』



 すかさず実況席のザ・ワールドの声があがりました。

 壮絶な戦いの突然の決着に、誰もが声も出せない中、神と呼ばれる運営だけが朗々と声を――勝敗を宣言しようとしています。


『うんうん、すごい戦いだったよお! 怖かったあ。今回の勝負――』



 ザ・ワールドが。




 たしかにその時。言い切りました。

 勝負の天秤は。





『勝者は――――』







『アトリたああああああああああああああああああああああああん!!』

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