第369話 真剣勝負
▽第369話 真剣勝負
セックの初手自爆により、東京フィールドが爆風に飲み込まれていきます。その爆風が掠るだけでビルが轟音と共に吹き飛ばされていきます。
魔法建築でないビルなど、セックの自爆に耐えうる可能性は皆無でした。
アトリが使った【天使の因子】の効果は「敵のスキルやアーツをオフにする」というもの。使い勝手の悪い効果でしたが、ジークハルトを殺すためには必須でした。
というのも、ジークハルトには「一日に七回まで死ねる」固有スキルがありますからね。
これをオフにしておかねば、七回もジークハルトを殺さねばいけなくなります。セックの【
ともあれ、ジークハルトの「死を無効化する能力」を否定し、セックによって即死させる。
これぞ私が授けた策のひとつでした。
無論。
相手は人類種最強。
「【
セックが存在を賭した一撃。
それをジークハルトはなんてことのない斬撃ひとつで吹き飛ばしてしまいました。核爆弾を彷彿とさせるような攻撃を真っ向から叩き伏せながら、ジークハルトは飛ぶ斬撃を三十発以上も放ってきています。
そのすべてが即死級の威力を孕んでおります。
ですが。
セックの爆発を吹き飛ばす動作によって、僅かな時間が出来ていました。
それによってすでにアトリは【ヴァナルガンド】を発動しています。三十もの斬撃すべてを大鎌で叩き斬り、同時に【アイテム・ボックス】より巻物を取り出しました。
ぼそり、とアトリが悍ましい圧を放ちながら呟きます。
「神典【払魔暁の書】」
「っ!」
ジークハルトが目を剥き、咄嗟に後方に勤勉を発動して回避しました。ですが、アトリが取りだしたのはただの「召喚動作を速める巻物」でした。
仏魔暁の書のような有名な自爆アイテムなんて使いませんとも。
セックの自爆からミスリードは始まっております。アトリならば「やる」とジークハルトに一瞬でも判断させたことが勝ちです。
りんりんりんりんりんりんりんりん、と鈴の音が夜の東京に響き渡ります。
禍々しき召喚陣がアトリの足元から広がっていきます。
ジークハルトが気づいて距離を詰めようとするも、一歩だけ遅い。
「【口寄せ・暴威の陣】刻限一没。――来い、シヲ、ロゥロ」
「だからどうしたというのだい!? 【広域・
すでにジークハルトの射程圏内。
レイドボスを一撃で屠るという高火力の斬撃がアトリに迫っていました。命中の寸前、シヲが触手を伸ばしてジークハルトの剣に立ち向かいます。
小さくジークハルトが微笑みます。
彼の火力と突破力ならば、シヲごとアトリの命を刈り取れるからでしょう。【致命回避】はありますが、それを失わせられるのならば有利。
そう確信した笑顔は、次の瞬間、引き攣っていました。
「【オール・ブースト】」
『――!』
シヲが……ジークハルトの必殺剣を片手で受け止めていました。
もちろん、その片手――触手はズタボロですけれど、シヲはノックバックすることもなく、完璧にジークハルトの斬撃を受け止めていたのです。
しかも、シヲは【相の毒】を発動している。
ジークハルトのHPが一瞬でゼロとなり、その場で軽く意識を飛ばしました。
その隙にロゥロがジークハルトの肉体を握り締めていました。目を覚ましたジークハルトが次に知覚したのは、握り潰されている己が肉体でした。
「っ!」
『がらあああああああああああああああ!』
ジークハルトが絞られました。
骨が砕け、肉体を撒き散らし、呆気なく残機がひとつ減りました。
これで二回。
ロゥロがジークハルトを地面に叩き付けます。
さすがにそれで殺すことはできず、ジークハルトが【
が、その転移先の背後では禍々しき大鎌を構えている――死神幼女の姿。
光を放つ赤瞳が爛々とルビィのように輝きを帯びます。
美しいだけではない、禍々しき――瞳。
「三回目」
ジークハルトの首が大鎌によってはね飛ばされていました。
▽
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「やばいだろアトリ!」
「ジークハルトを一方的に殺してる!」
「あと四回だろ! いけるんじゃねえか……」
観客たちが湧き立つ。
勝てる、いける、そういった前向きな声援がアトリの耳朶に触れています。けれど、じつのところ、今のアトリは劣勢と言えるでしょう。
愛らしい顎からは、今もぽたぽたと絶えず汗が滴っています。
対するジークハルトは血塗れながらも平然とにこやかな笑みを絶やしません。綺麗な歯だけが血に染まらず、真っ白に夜の東京に於いても輝いていました。
「……様子見に命を使える。それがジークハルトの強みですね。こちらはリソースを全力で使っていかねば一度殺すこともできませんし」
「あたしのジーク様は凄いのよ! 見ている、ネロ! これが最強!」
「今、一方的にやられていますよ、ジークハルト」
「やられているお姿も素敵だわ……!」
全力を賭しています。
それでどうにか殺せているだけ。
むしろ、ジークハルトはまだ何の手も切っていないと言えるでしょう。代償が重いと述べている「勤勉」にしても、ジークハルトは一戦で何十回と使ってきますからね。
いくつも敵の想定を上回りました。
最初のセックの自爆から続く自爆ブラフにしてもそうです。
戦闘慣れしているジークハルトだからこそ、自爆連打を「通す」方法があると読んで回避に専念してくれました。
その後、シヲを【暴威の陣】で呼び出し、【オール・ブースト】で防御力を強化、さらに邪神器を鎧と大盾二つ持たせた上で……シヲのHPは残り2割しか残っていません。
あれを召喚生物ていどが防ぐためには、それくらいの細工が必須でした。
逆にいえば、ジークハルトが攻撃を躊躇わないということの証拠。
強引に耐えて【相の毒】で一度だけ殺せるのも想定内です。その後、ロゥロを使って殺し、勤勉で逃げたところへ【奉納・
ここまでが想定通りでした。
私の描いた絵の通り……けれど、これ以上の我が儘を許してくれないのがジークハルトが人類種最強と呼ばれる所以です。
「よんかい――」
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
死亡後の硬直を狙い、アトリが大鎌をもう一振りした時です。
吹き飛んでいたジークハルトの顔面が絶叫をあげました。音の衝撃波によって小柄なアトリは吹き飛ばされ、さらには凄まじいダメージをもらいました。
ジークハルトが完全に復帰して、今度は指を鳴らしました。
「まだ使いたくなかったのだがね! ……固有スキル【エネミー・ディスペル】」
ディスペル。
このゲームはバランス調整が大ざっぱでてきとーと言われることがあります。しかし、それはプレイヤーの自由度を担保するための措置だとも言われています。
この運営は寛大なのです。
その運営が唯一と言っても良いほど厳重にバランス調整をしている「効果」があります。それこそが「ディスペル」でした。
このゲームは何をするにしても「あらゆるバフを掛けて動く」ことが推奨されています。
そのゲームデザインを一手で破壊してしまうのが「ディスペル」なのです。ゆえにディスペル系は自他を問わなかったり、使えばMPが一気にゼロになってしばらく回復しなかったり、莫大なデメリットを伴います。
そもそも取得条件も難しいですしね。
ですが人類種最強のジークハルトが持つ固有スキル【エネミー・ディスペル】は別格です。
効果こそ神器化や【天使の因子】を消し去るほどではありません。
ですけれど、ジークハルトが敵だと認識した対象のバフすべてを強制解除してきます。一日一回という制限こそあれど、それ以外のデメリットも見当たりません。
アトリたちの【リジェネ】や【オール・ブースト】が解除されます。
さらにアトリは【ヴァナルガンド】が剥がされ、シヲたちは【暴威の陣】の効果が消去されていました。
一気にステータスが減じたアトリの腹が、ジークハルトの剣によって斬り裂かれています。最強がまたもや固有スキルを発動します。
「【オール・ダメージ】」
「シヲ!」
シヲがダメージを肩代わりする【盾術】アーツを使いました。
そうしてアトリのダメージを肩代わりした代償として、シヲが消滅しました。まだHPに余裕のあったはずのシヲが通常攻撃で消滅。
それはジークハルトの【オール・ダメージ】が要因です。
これは通常攻撃に限り、敵を一人でも攻撃すれば「敵パーティー全体にダメージを与える」という固有スキルです。
シヲはアトリのパーティーメンバー換算です。
ゆえにシヲは「アトリを肩代わりした分」と「自分自身が喰らった分」の二発を喰らったようでした。
ロゥロも喰らいますが【致命回避】が発動したようです。
『がらああああああああああああ』
ジークハルトの背後からがしゃどくろの拳が迫ります。
それを見もせずにジークハルトは左手の中で閃光を発生させました。それは【バレット・ライトニング】……ロゥロの本体が閃光に貫かれて消滅します。
右手では止まることなく、アトリへの斬撃が放たれていました。
「っ!」
体捌きで回避しようとしましたが、何のバフもないアトリは速度で負けました。
斬撃が命中。
小柄なアトリは豪速で吹き飛ばされ、真後ろのトラックに激突して大爆発を発生させました。【致命回避】が発動したようです。
反射的にアトリは【テテの贄指】で【致命回避】の発動回数をリセットしました。
一瞬で追い詰められ、滅多に使わない【致命回避】への【テテの贄指】という消極的な使用を強いられました。
トラックの残骸からアトリが身を起こします。
ジークハルトは追撃することなく、代わりに空中に光りを集めていました。
「【ハウンド・ライトニング】ビットプログラム、というものさ。私の魔法で火力はあまり出ないけれど、喰らった瞬間、動きが鈍れば殺せるよ」
空中で生み出されたのは、お屋敷ほどのサイズの光の球でした。そこからプロミネンスのようにして光が踊っています。
「オートで【ハウンド・ライトニング】がキミを狙う。何度も何度もね! 私の斬撃と【ハウンド・ライトニング】の両方を避け続けることが可能かい? それを期待させてもらう!」
「【ケテルの一翼】解放。……ドローミ、あの球を排除し――」
アトリがハイ・ゴースト・ドラゴンのドローミを呼び出します。あとは、このドラゴンに魔法を対処させれば、という時でした。
冷酷に人類最強が唱えました。
「おいで、レオ」
ジークハルトが対抗するようにして、固有スキル【
雷を扱う白い獅子を召喚するという固有スキルです。
その性能はレイドボス相当……すなわちドローミよりも上でした。
アトリは動けなくなりました。
敵の残機は四機。それに対してアトリは切り札をいくつも切った上で……窮地。
ジークハルトが剣を美しく構えて、歯を見せて微笑みます。
その笑みには固有スキルが仕掛けられています。効果について詳細は不明瞭ですけれど、自分を強く見せる……そういったシンプルながらにも暴力的なスキルです。
観覧している私たちですら、心が重くなったような錯覚を受けます。
アレと相対して、実際に追い詰められているアトリの心情は計りしれません。死神の顎からポタリと一滴の汗が流れ落ちます。
ジークハルトが剣を鞘に戻しながら言いました。
「アトリくん。この理不尽こそが人類最強に求められる器だ」
「……」
「最強とはもっとも強い者のことを言うのではない。勝つ者にこそ相応しい称号だ。キミが目指す位置を正確に理解したかい? 最強とは強い弱いではない。理不尽にこそ与えられる称号だと理解したかい!?」
「ボクは負けない……!」
アトリは強い意志で吠えます。
ですが、ジークハルトは大仰に片手で顔を覆い、演技じみた溜息を零しました。顔を覆う指の狭間から見えた瞳は、驚くほどに冷め切っておりました。
「負けないのでは駄目だろう? 勝つ、と言えないのがキミの……底だ」
「………………っ」
「どのような手でも試してくるが良いさ! すべてを凌駕するからね!!」
アトリたちの僅かな攻防で廃墟と化した、夜の東京。
薙ぎ払われたビル跡で月光を背景に対峙するのは、血塗れの幼女と傷一つない青年。地面に膝を屈し、青年を見上げる幼女は……為す術がなく。
その背後では巨大な白獅子と半透明の頼りない蛇が睨み合っています。
頭上では月夜を塗り潰すほどに輝く、真白の光魔法。
会場の何処か。
客席のひとつにて誰かが零しました。
「あーあ、やっぱりアトリの負けかあ」
まったく気にならないはずの小さな、くだらぬ言霊。
そこにあったのは罵倒ではありません。悪意さえもなく、どころかアトリの勝利を願っていた者の言葉だったのでしょう。
だからこそ。
ただの諦念と落胆……その小さな声が不思議と会場すべてに伝播したのです。悪意のない言葉だったからこそ、その言霊はすとん……と人々の心に落ち着きました。
その言葉は。
アトリにも――届いた。
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