第368話 第一試合開始
▽第三百五十一話 第一試合開始
アトリが戦場へ向かい、私は特等席に座らせてもらいました。
参戦者の契約者限定の特等席でした。試合会場がもっともよく見える場所のようですね。私の隣では法被を纏い、応援鉢巻きをして、両手にサイリウムを持った少女が立っています。
「ふれーふれーふれーふれー!! ジークさまあ! あたしのために勝ってえ! 負けないでえ! 私の推し! ジークさまあ! あああ!」
うるさ。
下手をすれば一般観覧席のほうが良かったかもしれませんね。
私が嫌気を感じながらも【アイテム・ボックス】から食品を取りだしていきます。代わりに試合に必要なモノを【アイテム・ボックス】に戻し、私は広げた食品を食べ始めます。
思わぬ食感に目を丸くしました。
「え、なんですかこれ」
仰天する私。
それをまだ始まってもいない試合を応援するのに必死なアイリスさんが笑ってきます。腰に手を当ててドヤ顔です。
何故、作ったわけでもない貴女が……?
「あら、あんた初めてなのルークー。それ甘塩っぱ苦辛酸っぱ甘旨いでしょ」
「……味も訳わからないですが、食感のほうが意味不明です」
「あー、知らないの? その食感のことを『どぱて』って言うのよ」
「なんですか、それ」
「つるつる、とろとろ、さくさく、どろどろみたいな擬音のひとつに決まってるでしょ!」
「決まり事に疑問を持ったほうがよろしいのでは?」
ただ意味が解らないほどに美味しかったです。
噂には聞いていましたけれど、この世界の料理スキル100が作る料理ってリアルを軽く超えていますね。
……私もレベル100になったら【顕現】取りましょうかね。
ただ下手をすると固有スキルが消えてしまうこともあるようで。固有スキルは後天的に得られますけれど、後天的に失効されることもあるのです。
やはり切り札としての【神威顕現】のほうが魅力的に感じてしまいます。
そもそも【顕現】はなるべくしたくありません。今だって僅かながらアイリスさんとの会話が発生しましたからね。
私はゼロテープさんとは違って会話ができます。
できてしまうからこそ、私は他者との会話が嫌なタイプでした。大抵の人間は、他の天才の人たちと比べたら会話が成立しちゃいます。
そうなってしまったら、もう無視できませんし、相手に配慮してやらねばなりません。
配慮なんてしなくても良い、なんて仰るかたもいるでしょう。
ですが、独り言さえも敬語の私が『相手に配慮しない』なんて逆に苦しいだけです。そして私が懸命に配慮したとて嫌われる時は嫌われ、配慮で増長する人は増長する……ダルいですね。
やはりゲームですよ。
私が気を取り直して会場を見やれば、ようやく選手入場のようでした。
最初にゲートを潜ってきたのはジークハルトでした。すでに臨戦態勢のようで髪は真っ赤に染まっており、瓶底眼鏡も懐にしまわれているようでした。
白い歯を煌めかせ、喝采をあげる会場に堂々と足を踏み入れました。
振り上げられた神器が日光に反射して輝きを放ちます。
あのビームサーベルって光を反射するんですよね。謎素材です。
「やあ諸君! 今より目撃するのは最上と最上の戦いだ。この戦いでキミたちも何かを掴んでもらいたいねっ!! 強者同士の戦いは見るだけで経験値が入るのだぞっ!? 良かったね!」
『――――』
実況解説席が何やら叫んでおります。
私はアナウンスを切っているので聞こえません。アトリに対しての運営評価くらいは耳にしておこう、と私はアナウンスをオンにしました。
聞き終わったらすぐにオフにする予定です。
ザ・ワールドのことは他プレイヤーのように嫌ってはいません。むしろ、運営の神様造形がハッキリしていて悪くないと感じています。ザ・ワールドは徹底して「同じ」ですからね。それでも彼女の実況を聞かないのは真剣勝負には似合わないからですね。
続いてアトリが大鎌と――もうひとつを携えて現れました。
巨大なゲート。
そこから歩んでくるのは小柄な幼女……右手で大鎌を引き摺り、もう片方の手では――美の体現たるセックの手を繋いでの入場でした。
『うおおおおおおっとお! なんとなんとアトリたん、セックたそを引き連れてのご来場だよお! ルール的に許容しちゃう! だってそれもまた人の叡智だもんねっ! それにしてもセックたんかわゆ! 美の化身! もしかしてザ・ワールドを超えちゃってる!?』
『解説させてもらうけど、それはあり得ないわ。だってこの世のすべてはザ・ワールドの劣化コピーでしかあり得ないもの。あ、あなた、貴女がいちばん……よ。ふ、ふん!』
『まったぁーく要らない解説とラブコールサンキューしちゃう! ちゅ!』
『あっん、こ、こんなところで……人が見ているわよ……でも、貴女がしたいって言うなら……一時的に全時空凍結して……』
『さあさ50年後のみんなあ! ザ・ワールドが帰って来たよん! 試合だ試合だあ!』
わちゃわちゃしてますね。
運営の言葉は続きました。
『現代に於いて最年少の最上の領域! 最上の領域、つまり人の身にて神気の一時引き出しを許可されている英雄・豪傑・逸脱者たちぃ! 人の身でもっとも神の領域に近く、けれども絶対に届いてはいけない人類の代表格ぅ! その一画たるアトリたん! 今日も爛々と邪神ネロくんを信仰する目がぐるぐるしてるよお! 素敵!』
『ふんっ、魂も返却せずに天域に踏み込んでくる無礼者どもだわ……人の家にノックもインターホンもナシで土足で入ってくるなんて非常識すぎるのよ。まあ踏み込んで来た瞬間、勝手に神気に当てられて消滅するから気にする暇もないけど』
『アトリたんの得意武器は鎖! とっても怖い武器なんだよ! 女神の中には鎖が発明された瞬間、世界をリセットする子もいるくらいっ!』
『人類種では持て余す天使の因子も要注意ね。あれも擬似的神気を使うアーツだもの』
『そして何より固有進化統合スキル・・・・・・すなわち! ワールドスキル【
『あと観客が多いわ。下手をすれば【勇者】が発動する可能性もあるわよね』
『この数だもんねっ! 最高出力には全然足りないけど、良い勝負になるかもー!』
『同じワールドスキル持ち同士の戦い。人類種に許された上限の戦いが見られそうね。べつに戦いなんて見たくないけど。野蛮だわ』
『いつもならどっちも応援するんだけどお、今回ザ・ワールドが応援しちゃうとアトリたんが圧勝しちゃうからどっちも応援しないことにするねっ! ごめんねっ!』
何やら色々と裏設定的なことをずっと解説しています。
まあ運営が声だけとはいえ参加するイベントは貴重です。いつも言えない情報をここで開示してきているのか、あるいは運営自身がまったく隠そうとしていないのか。
アトリは解説に対して無反応を貫きます。
むしろ、やや緊張しているくらいでした。良い傾向です。緊張というのは「肉体が最高のパフォーマンス」を行うための準備。
肉体の芯まで操作できるがゆえに、いつもは行われない微細な振動が発生するのです。
適度な緊張は最高パフォーマンスに必須。
さすがはアトリです。メンタル・肉体、ともにベストコンディションにて挑むことができたようですね。
ただし、珍しくも露骨に緊張を見せるアトリを嘲笑する者もいます。それは賭けでジークハルトに賭けた者や急成長しているアトリを快く思っていない者。
あとは単純にジークハルトのファンですね。
ジークハルトはイカれていますけれど、英雄であることは間違いありませんから。
観客たちが騒ぎ始めます。
「ビビってんのかあ! アトリいいいいいいいいい! いつものイキリはどうしたあ!? さすがにジークハルトは怖いだろう!?」
「逃げろ逃げろ! お前は今から殺戮されんだよ!」
「同じ最上の領域だからってジークハルトさまと互角だなんて思わないでねっ! とっとと死んでアトリ!」
「ジークハルトは英雄だあ! そして、てめえはただの殺戮者の無法者なんだよ!」
「はは、あいつ震えてるぞ。無様すぎんだろ」
「俺なら冷静に棄権するか辞退してるね。不遜だわ、不遜」
「たぶん馬鹿なんだろうなあ。身の程くらい知っとけ?」
観客席から会場は透明の膜で遮られております。物理的・魔法的・概念的な干渉は不可能なようですけれど、唯一、声援と罵声とだけは届いてしまうようでした。
はあ、と思わず溜息を零します。
解っていませんね。
すると、隣のアイリスさんもぷんぷんと怒り始めます。
「なんなのあいつら感じ悪っ! ジーク様のご活躍が台無し!」
そう届かない抗議をあげるアイリスさんに対し、会場で剣を携えてニコニコと微笑んでいるジークハルトが手をあげました。
にこり、と真白の歯を輝かせました。
「すまない、諸君。……
途端。
会場で罵声を響かせていた人物たちが息を止めました。
いえ、死んだわけではなく、ただ圧倒的なプレッシャーによって息ができなくなっただけです。子どもや老人には手加減しているようですが、そうでない罵倒を行っていた者は呼吸を取り戻してから過呼吸気味でした。
ジークハルトがアトリに手を差し出しました。
優雅な仕草。
こういう決闘騒ぎにも慣れているのでしょう。その仕草はこなれていて美しくさえありました。
「すまないね。あのような罵声の元で戦うとキミはともかく、私のパフォーマンスが落ちてしまうんだ!! 英雄の戦いには声援と喝采こそが相応しいっ!! そう思うだろう、アトリくん!!」
「ボクは気にしない」
「そうだろうそうだろう!! ゆえに私のための言葉なのさ! さあアトリくん、良い戦いにしよう! これは人類種最強を決める……」
差し出した手の反対の手の甲を使い、ジークハルトが存在しない眼鏡を押し上げました。
「重要な殺し合いですだ」
先程の圧が冗談だったかの如く。
もはや物理的な圧力を伴って、ジークハルトの存在がアトリを押し潰そうとします。かつてのアトリならば、否、少し前のアトリならばこれだけで動けなくされていたことでしょう。
ですが。
今のアトリは次元が異なります。平然とジークハルトと握手を交わしました。
たったそれだけのことで、会場が息を呑みました。
ジークハルトが全力で圧を放ち、それなのに握手を行える。たったそれだけのことを見せつけて、アトリは次元の桁違いさを会場中に知らしめました。
実力の証明。
アトリは最強を殺しうる。それが言外に宣言された瞬間でした。
アトリは手を離しながら、こてんと首を傾げました。
「お前、眼鏡はなくて良いの?」
「どうせ見えないさ!! 勤勉の代償は重めでね、とっくの昔に失明している! あははっ!」
「違う。おまえは眼鏡を掛けている時のほうが圧力がある。下手な演技に使うリソースは、ボクを相手するには致命的」
「ならば、私の仮面を剥いでみたまえ! 案外、簡単に剥げて驚かないようにねっ!」
「……忠告しておく」
アトリは言いました。
「油断しているとすぐに終わる」
「……………………心しておこう。怖いね、子どもというのは。あははははは!」
両者が適切な距離を空けます。
会場は典型的なコロッセオ。観客席がぐるりと試合会場を囲んでおります。かなり広い試合会場でして、距離にしてキロ単位があるようでした。
ただし、私たちは謎パワーによってアトリたちの姿がしっかりと捉えられており、彼女たちの声までもよく聞こえてきます。
さすがは神運営といったところでしょうか。
試合が。
始まります。
『さあ! 疑似神域展開! キミたちが争うに真に相応しい会場を用意しちゃう!』
ザ・ワールドが吠えた瞬間、コロッセオの姿が変化しました。
そこは――夜の東京でした。
いくつものビルが天を突くように聳え立っており、人の乗っていない車が信号を無視して高速で横断しております。
アトリは歩道橋のど真ん中に立ち、会場の変化も気にせずに敵を睨んでおります。
それはジークハルトとて同様でした。
『試合! 始めっ! だよお!』
直後、アトリが【天使の因子】――【ビナーの一翼】を解放。
同時にセックが大規模自爆アーツ【アポカリプス】を発動しました。レベル1の者が使ったとしても、カンストレイドボスを爆殺できる最強火力アーツ。
夜の摩天楼が――爆破に飲み込まれていきました。
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