第34章 VS人類種最強編

第367話 トーナメント会場到着

    ▽第367話 トーナメント会場到着


 イベント開始時刻の少し前に、私たちはイベント会場入りしました。

 なんと会場は盛況です。


 巨大な敷地のテーマパークのような場所でした。アトラクションの代わりにいくつもの「決闘場」が用意されており、そこに行列ができているようでした。

 戦いの内容自体は、会場内の至るところに設置されている巨大モニタでいつでも閲覧可能です。あとプレイヤーは自分の画面に好きな試合を映せる便利仕様です。

 が、やはり現地で見たほうが迫力があるのでしょう。


 補足情報として、戦闘の余波は会場外には出ないようです。


 また、特別ルールとして精霊は観客席に入ると強制的に顕現されるようでした。羅刹○さんのような巨体はサイズを通常にされてしまうようですね。

 私も例外ではなく、かといって【神威顕現】が発動されるわけではないようです。


 私もアトリの試合は客席で見たいところ。

 参戦NPCと契約している精霊は特等席に呼ばれるようですよ。人に囲まれて鬱陶しいということは避けられそうなのが幸いです。


 じつは私、ちょっとした有名人ですからね。

 その上、アトリの詳細なデータは不明なため、それを聞き出そうとする御仁もいらっしゃることでしょう。あとは育成の手法などでしょうか。


 アトリ育成のコツですが、なんか勝手に強くなった……としか答えようがありません。

 勝手に強くなった幼女ことアトリさんに提案します。


「アトリ。試合が始まるまで会場を見ておきましょうか」

「見る! です! 食べ物たくさん……です」

「プレイヤーが出店していますからね。私が出したことのない食事もあるでしょう」

「未知の料理……です……」

「それにこういうトーナメントって第三勢力が乱入しがちですからね。会場の下見くらいはしておきましょう」


 どうせオウジン辺りが乱入してきて、しっちゃかめっちゃかの曖昧模糊と化すのでしょう。色々な創作物に触れてきているので運営の目論見はお見通しですよ。

 たぶん。


「不審な人物がいれば教えてくださいね」

「見つけたら殺す……ですっ! ボクと神様のごはん……邪魔する。許さない。です……」

「ですねー」


 試合が始まるまで、まだ時間がございます。

 アトリは無表情ながらに嬉しそうに買い食いに走っています。私は品良く食事してほしい派ですが、買い食いのマナーや品とは歩きながら食べること。

 その辺りの融通は利くタイプですよ、私は。


 ちょっとアトリの口元が汚れたので闇の手を使い、口元をハンカチで拭ってやります。


 よく解らない虫の串を片手(嫌)に、アトリは次の獲物を探してキョロキョロしています。

 私がいる時、アトリの食事代はなるべく私が出しています。そのほうが大人としての私のプライドが保たれますからね。


 けれど、今のアトリは自費での食事となっております。

 というのも、私が全財産をアトリの勝利にベットしてしまったからですね。公式ギャンブルでアトリに全賭けしてゲーム内マネーを失い、リアルでも開催されている賭け事にも全額を投資しました。


 ちなみに違法ではありません。

 理由は解りませんけれど政府が正式に許可を出しましたからね。とち狂っています。このような賭博を国が正式に認めるだなんて……せめて上限を設けてほしかったです。


 イカれた政府の所為で、私はアトリが勝たねば全財産を失います。

 この一戦はアトリの誇りと私の財産を守るための負けられない戦いとなっております。それにしても、掲示板の人たちはアトリを舐めすぎです。


 え、アトリのオッズ高すぎ……?

 うっかり挑発されたと思い、大人げなく全財産を払わされてしまいましたよ。


 これでアトリが敗北したら……私はまたもや陽村に借金です。ハグ10分で100万円を無利子で借りられるといういつもの法外な措置です。

 陽村曰く、結婚したら借金が無効になるとの主張です。

 一回、億単位で借金してから、離婚でどうにかしてみようかしら。


 と。

 買い食いするアトリに近づく姿がありました。

 それはアトリの教え子の一人であるところのヘレンです。魔王予備軍でありながら、アトリの生徒でもあるヘレンの隣で浮かぶのはクラウス・ラウスのようでした。


 豪奢なドレスをどうにか着こなしているヘレン。

 おそらく見目よりもスペックを意識した勝負服なのでしょう。動きやすいように太もものラインにはスリットが入っております。幼い太ももが白く主張されていらっしゃいます。


「おはようございます、アトリ先生」

「うん。出るの?」

「わたしは下位トーナメントで負けました。今回はアトリ先生の勇姿を見守りに来たのです」

「ボクに賭けたの?」

「…………わたしのお金は血税なので」

「む」


 目を泳がせる辺り、どうやらヘレンはジークハルトに賭けたようでした。

 まあよろしい。

 アトリが勝てば色々と嬉しく、仮に負けたとしても生徒が得をすると飲み込みましょう。まあ、負けを想定されると私が困りますが。


 次に現れたのはなんとサクラでした。

 どうやら彼女は彼女で独自の精霊との契約に成功したみたいですね。相変わらずの桃髪縦ロールを振り乱しながら、ご機嫌そうに近づいてきます。


「わ! アトリ先生! 是非とも頑張ってください、応援にいきますよ」

「解った」

「わたくしはアトリ先生に賭けました」

「? 珍しい」

「いえいえ、わたくしとアトリ先生が懇意にしている、と周囲にアピールできます。失った額なんてすぐに取り戻せますとも!」

「……ボクが負ける前提」

「これも商売ですからね。それにアトリ先生はこの程度では怒らないでしょう?」


 それはそう。

 アトリは強者の器を持ちつつあります。私のことを馬鹿にされない限り、滅多なことではぶち切れないのが今のアトリとなっておりますね。


 それはそうとして、攻撃されたら殺しに動くようですが。


 それからアトリは生徒たちと食事を摂りながら雑談に興じました。

 桃髪縦ロールは「領地の救世主・アトリ応援祭」と題してお祭りを開催、すでに賭け金以上の利益を得た上、領民たちからの人気取りも出来たようです。


 お祭りは領民たちに食事を配れるチャンスであり、贅沢を教えるチャンスでもあるようです。


 本当にこの子って油断ならないです。

 まっとうな貴族であるヘレンは、桃髪縦ロールの戦略を聞いて理解しているようですが真似はできないな、と溜息を零しております。


 ふと私の視界端で桃髪縦ロールの契約精霊が揺れます。


「そういえばアトリ、サクラの契約精霊って誰なんです?」

「サクラ。お前の契約精霊はだれ?」

「マニープリーズですね」


 マニープリーズ。

 ギースに賞金を賭けた麻薬販売者ですね。プレイヤーが興した商売でもっとも繁盛しているところでもあります。アトリとギース、ペニーが動いて麻薬を撲滅に走り、かなり壊滅的なダメージを与えたのですけれど。


 私たちに近い立場のサクラと契約することにより、これ以上の損害を防ぎたいのかもしれません。


 とくにギースなんてマニープリーズさんを敵視しており、麻薬事業から撤退した今も襲撃を繰り返していますからね。とくに罪のない商店がいくつもギースによって駆逐されております。

 またいつ麻薬事業を始めるか知れません。

 弱体化させておこう、という魂胆でしょう。


 マフィアは道理に守られぬ代わり、道理を守る必要がない生物ですからね。めちゃくちゃやっているようです、相変わらず。

 ギースは短絡的です。

 けれど、目標を達成しようという執念だけはもの凄いですから。


 マニープリーズさんが【顕現】しました。


 愛らしい見た目の幼女。

 金髪碧眼の美幼女が上目遣いに私を見上げてきます。


「はじめまして。です! わたし、精霊のマニープリーズです! 光精霊なので同じ光使いのアトリさんとは仲良くしたいですっ! ずっとファンだった! です!」


 満面の笑みで手を差し出してくるマニープリーズさん。


 私はアトリに言わせました。


「神が言っている。貴方はリアルでは男でしょう? あとその喋り方やめてくれます?」

「うっげ。なんで解んだよ」


 金髪碧眼幼女の目付きが途端に据わりました。

 このゲームでは見た目を変えることは容易いですからね。

 あとは骨格の使い方などで見れば解ります。いえ、これがゼロテープさんのようなドラゴンとかだと解らないのですがね。


 他者に媚びを売るために幼女の姿をしているのでしょう。

 取引の時のギャップにもなるでしょうね。

 あと、私からの心象を良くするためでしょうけれど、ちょっとアトリに似せた喋り方をしたのも鬱陶しいですね。


 この人、私のことをロリコンだと思っていませんか?

 絶対に違うのですけれど。

 ダルそうに腕を組んだ幼女が、どろりとした目を向けてきます。


「あのさ、ネロさん。ギースの襲撃止めてくれない? 色々とうちの商会でもサービスさせてもらうし、サクラとしても困ると思うんだよね。仲良いでしょ、あんたら」

「神は言っている。自分でなんとかするべき」

「いや色々やってんだよ? でもギース馬鹿だから止まんねえしさ。しかもギースって超強いじゃん。刺客を送ろうにも仕事を受けてくれないんだよね、中々」

「ギースにはギースの道理がある。お前が配慮しろ」


 アトリが言い切りました。

 それに対して金髪碧眼の幼女は舌打ちを零しました。


「いや、もう麻薬の販売は辞めてんだって。ジョッジーノにも金払ったし、あいつらの縄張りでの商売も撤退させたのに、わざわざ追いかけてくるんだぜ? やってられねえよ。麻薬なんも関係ない飲食店まで襲撃されて金を奪われるんだぞ。いかれてるだろ」


 サクラが不機嫌そうに顔を顰めて口を挟みます。


「だからわたくしは何度も言ってますよね? スラムの環境改善、孤児の援助、そういったモノにお金を払えばギースは味方になると。ならずとも敵対は解除される、と」

「いやいや、意味解んねえし。ギースがそんな奴なわけないだろ。あとボランティアとか馬鹿のやることだろ」

「はあ。というかマニープリーズ、貴方の言うボランティアはちょっとズレていません? ボランティアは無償行為とは限りませんし、普通に商売に使えます」

「ああ、そういうの無駄無駄。結局、良い商品を適切な値段で大規模に売って、得た利益で他事業を買い取っていくのが一番儲かるんだよな。お前のは地方貴族がこじんまり領地を富ませる程度の遊びなんだって」

「この世界の質を見誤っています。貴方のやり方は法整備が行き届き、人々に秩序がある前提で――」


 サクラとマニープリーズさんが口論を開始しました。

 あまり相性は良くないみたいですね。マニープリーズさんもサクラのほうも相手を喰らい尽くして、そのあとは捨てる気満々の様子です。


 異世界ファンタジーの中で商才を発揮するタイプのサクラ。

 それに対してマニープリーズさんはネット小説などで登場する「商品だけ良いが商才自体はない」転生主人公ムーブなんですよね。もっといえば現代と異世界を自在に行き来できるタイプのキャラです。


 他の人よりも積極性が高いので、ギースと敵対するまでは一番の商人プレイヤーでした。

 今でも最大規模ではありますがね。衰退中です。


 それほどギースと敵対した、という事実は重い。


 私たち目線でギースは強くありません。

 ですけれど、一般人プレイヤー目線でのギースは最強格の一人です。


 サクラたちが言葉をぶつけ合う中、平然とアトリは食事を続けていました。こういう出店系の食事は妙に心躍りますからね。

 味自体は普通なのですが。


 活気の味わいがしますよね。

 私もアトリの奢りで食品を買わせていただきます。これを観戦しながら食べることができるのです。


 顕現できる貴重な機会。

 異世界ファンタジーの食事を楽しませてもらいましょう。

 私がウキウキで食品を選んでいると、ヘレンの契約精霊であるクラウス・ラウスが【顕現】しました。


「ネロさん、顕現して食べる物を選んでるんだろ? このクーポ怪鳥の丸焼きがマジでうめえんだよ。買ったほうが良いぞ」


 そうやって色々と教えてくれました。

 他プレイヤーとの交流は面倒ですけれど、美味しい食べ物を教えてもらえるのはありがたいかもしれません。味の趣向が違ったら大惨事ですけど。


 クラウス・ラウスの先導で食事を選びます。

 会場内を歩いていると、アトリを避けるようにして人波が割れます。ほとんど全員がひそひそと「初戦でジークハルトと当たった不運な子」としてアトリの噂をしています。


 アトリは最上の領域として畏れられる立場です。

 が、相手がジークハルトになった途端、一転してアトリは哀れまれる立場になってしまうのです。


「そういえばさ」

 クラウス・ラウスは噂に勤しむ人たちを睨みながら言います。

「あんたらはジークハルトのことは詳しいのか?」

「知らない。強い人ってだけ」

「そうか……ジークハルトの人格を教えといてやろう。戦う上で性格や人格なんてどうでも良いという奴がいるが、そいつは殺し合いをしたことがない奴か、クソ雑魚だ」


 焼き鳥串を手にしたまま、クラウス・ラウスが振り向きました。

 おちゃらけた人ではありますが、その表情は先程までとは違って真剣そのものです。元はラッセルの契約者だった彼は、他の人よりもジークハルトのことを深く知っているようでした。


「あいつは誰よりも、この世でもっとも責任感を――放棄した男、、、、、だ」


 私たちはジークハルト・ファンズムというキャラクターの設定を把握しました。

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