第366話 愚者の代償2

       ▽第三百六十六話 愚者の代償2


 転移した先はメドたちのアジトであった。

 ずっと「ゴミ山で良い」と宣うメドを何度も説得し、ようやく移ることのできた立派な屋敷である。


 ここはアリスディーネの正式な屋敷であるがため、同じ王族たるグスタフとて気軽にはやって来られない。

 この屋敷の持ち主たる王女殿下は、不機嫌そうにソファに背を委ねる。

 どすん、とはしたなく音を立てての着席だった。おおよそ王女のやって良い仕草ではない。王女というよりもギャングのボスじみた動作である。


 強者特有の威圧を放ちながら、上司たるメドを睨め付ける。


「わたくし怒っていますわ、組長さま」

「俺もだ。タバコをまだ返してもらってないぞ。あのタバコは便利なのによ」

「タバコは健康に悪いので止めてください!」

「いや、俺のステータスでタバコの毒ていどが効くかよ……」

「わたくしが何故怒っているのか、理解していますわね、組長さま」

「タバコをやめないこと?」

「理解していますわよね! 本当は!!」

「その理解しているか問うてくるのは王族の癖か? 俺は我慢できるが、あんまり言わねえほうが臣下からの人気に繋がると思うぜ」

「っ!」


 アリスディーネがぶち切れている。

 嫌いな身内との類似点を挙げられることは、彼女にとっては耐えがたい事実なのである。それでも感情的に憤怒を表現するほど、アリスディーネは愚かにはなれなかった。

 ふうふう、と呼吸を繰り返して落ち着こうとしている。


 メドもそれは理解していた。

 あくまでもアリスディーネは仲間である。王位継承権も放棄している。ゆえにメドの対応というのも気安く、そして甘いものとなる。

 王女殿下が落ち着くまでメドはタバコを喫むことにした。


「ギャス。タバコを」

「持ってなーい!」「この前、売っちゃったの!」「お金もらえた!」「すごい!」「これが錬金術」「メドからタバコを預かる!」「売る!」「たくさんのお金とお菓子!」「無限だ」「無限だ」「終わらない!」「お菓子で世界が埋まっちゃう!」「食べて減らさないと!」「世界の危機だあ! 終わりだあ」


 えんえんと泣き出すギャスディスの双子。

 必死に【アイテム・ボックス】からお菓子を取りだしては貪っていく。「もうお腹いっぱいだよお」と半泣きだ。

 代わりにグーがお菓子を頬張り始める。みるみるお菓子が減っていく。

 それを見てギャスディスは諸手を挙げての喝采。


「救世主だ!」「お菓子を滅ぼせ!」「お菓子が滅ぶ!?」「大変だ!」「どうやって甘いモノを摂取すれば!?」「世の中甘くない!」「じゃあ苦い!?」「世の中の味ってなに!?」「こわい!」「世の中が怖い!」「世の中の味がわからない!」「美味しい?」「美味しいかもー!」「世の中おいしい!」「お菓子とどっちが美味しい?」「お菓子!」「でもお菓子は滅ぶ!」「おわりだあー!」


 えんえん、と双子が泣き出す。

 アリスディーネが双子とグーを転移させた。今頃はキッチンでお菓子を見つけてはしゃいでいる頃合いだろう。


 残ったのは真面目組の三人だった。

 アリスディーネが鋭い声音で言う。


「組長さまは……常識的すぎます」

「良いことじゃねえのか?」

「違います! 強者には強者の理があるでしょう! どうして一般人の常識を捨てていないのか、とわたくしは問うておりますの!」


 メドの王子への対応は常識的だった。

 むしろ、ターヴァたちの対応こそが異常なのだ。本来、いくら英雄といえども王子が求めれば、平民の女は身を差し出すべきなのだ。


 王位継承権を放棄しているアリスディーネは派閥を持たない。

 ゆえにメドに手を出しても、グスタフ王子にはなんの落ち度もない。やや強引だったものの、王族の権威の前では些事事である。

 その前のグーへの暴行すらも、王子であるならば問題はない。


 むしろ、王族の前で地面に寝転がって食事を続けていたグーは蹴られるべきである。


 普通は英雄の一行とはいえども処刑されても文句を言えぬ。

 称号的に「魔王」でもグーには支配する国家がないのだから……


「もっと」

 ターヴァも言った。

「…………メドは……自分を…………大事にする……べきだ」


 メドは首を傾げた。

 紅蓮の髪が美しく揺れた。


「してるだろ?」

「優先順位が低い、というお話ですの!」

「そりゃあ、まずは国家への忠誠だろ。俺が忠誠を誓うことによって救われる命がたくさんある。逆に俺が国家への不忠義を見せれば国が死に、民が苦しむことになんだろ。俺一人よりも、その他大勢のほうが数が多いんだから優先したくなるのは人情だ」

「人は数字ではございません」

「だから大事にしてんだろ?」


 グスタフとて理解はしているはずだ。

 メドがもっと嫌がればグスタフとて下手に手出しは出来ない。メドの権能と戦力は国家にとって重要なのだから。


 だがメドはおそらくグスタフを受け入れる。

 メドの思想的に「正妻には成りたくない」だけで……そうでなくば受け入れてしまうだろう、するりと。


 幸いグスタフはそのことを知らない。

 どころかメドが「どうせなら正妻を望むだろう」とその座を開けてさえいる。


「組長様。わたくしは貴女様を仲間だと思っています。幸せになってほしい、と思いますの」

「いや解ってるんだけどな。なんていうか、アリスディーネちゃんたちの思想は発達し過ぎてる。いわゆる恋愛結婚? をしてほしいんだろうが、その感覚がまず解んねえ」

「頭お貴族さまですの? 組長さま」

「王族がよく言えるな。……平民やスラム出身だってそうだろ。この世界はまだ恋愛結婚が推奨されるほど上等じゃねえよ。いや、べつに否定はしねえし、そういう奴もいっぱいいるけどよ」


 結局、婚姻も契約のひとつだろう、と思ってしまうのだ。


 メドにはよく解らない感覚だった。

 かつて世界にスキルがなかった時代、人々はファンタジーを童話として生みだしていた。勇者は魔王を倒して、国へ戻ってお姫様と結婚しました。

 めでたしめでたし。

 だが、そのお話で勇者が本当にお姫様を愛しているとは限らない。


 たまたまお姫様は美しく、性格がよく、勇者さまも愛せたのかもしれない。

 だが、仮に英雄たる勇者がお姫様を嫌っていても、一国の姫を拒絶することなど国が許そうか? いや許さぬ。


 今回は偶然、お姫様が王子さまだっただけ。


 メドにとって今回のお話はそういうことだった。

 そして、自分は勇者ではあるけれど、スラム出身の卑しい血。間違っても王の正妻になど成ってはいけない。


 そのような「逆転」を許してしまえば、世界の秩序は歪んでしまう。

 歪む程度だ。

 壊れるほどではない。それでもメドはその僅かな歪みが怖かった。ゆえに正妻に成らない、という道理がメドの中では通じてしまっていたのだ。


 その道理がなければ、今頃、彼女はグスタフの子を孕んでいる頃だろう。


 メドは頑なである。

 それをアリスディーネたちも承知しているため、今回もいつもと同じように息を吐く。ぐっとソファへ傾ける体重を増やした。


「……拠点国家を変えます? 剣の国とか良い感じですわ」

「…………アルビュートも。良い。ミハエル王は………………尊敬。…………できる」

「同性愛者でしたしね。メドさまも安心でしょう」


 勝手に話を進められている。

 慌ててメドは首を振った。


「何言ってんだ。もうちょっとで計画は達成されんだろうがよ。神を脅す方法も完成間近だ。ピティちゃんと国の協力がデカかったな」

「…………お頭さまと仲良くなるまでは、お頭さまの計画に賛成でしたわ。ですけれど、今となっては正しいとは思いますけれど、もやもやしますわね」


 メドの目的は達成できれば偉業と言える。

 おそらく成功すればあらゆる意味で、人類種はふたつもみっつも種族として成長すると言えるだろう。


 否、人類種のみではない。

 おそらくすべての生物が進化する。


 文明が、秩序が、文化が、あらゆることが成長する。

 理想の国を作ることはできずとも、理想に近い世界を作ることができるだろう。その夢にアリスディーネも魅せられている。


 なにより、民のためになるのだ。

 メドが懸念している通り、このままいけば国家という枠組みが破綻しかねぬ。それを防ぐためには彼女の計画の成就が必須となってくる。


「ともかく! 組長さま、お兄様が来ても絶対に受け入れないでくださいましね!」

「そうだ…………もしも……そうなったら……暗殺……するぞ……王子。を」

「やり過ぎだろ。解った解った」


 呆れながらメドは手をヒラヒラと振る。

 さすがに仲間に弑逆はさせられない。今度からはなるべく会わないようにしよう、とメドは思った。

 とはいえ、王族から呼び出されるなら断れないだろう。


 ただ研究を進めたいだけだというのに……頭が痛くなってしまう。

 メドは厄介な世界を憂い、いつものように溜息を吐いた。


       ▽

 それから一年の時が経過した。

 研究は順調であるけれど、それでもすぐに完成するということはなかった。カラミティーの素材とて無限ではない。


 そもそもメドたちが狩ったカラミティーの素材の大半は、国家が召し上げるからだ。


 それでも細々と研究を続け、いくつか「これだ」と思えるようなモノが創れている。神を脅すための装置……人の身に余る兵器が生まれつつあった。

 研究室では、二人の美少女が並んでビーカーを見つめている。不思議な色の液体がゆっくりと熱せられ、グツグツと煮立てられるごとに悲鳴をあげている。


 室内は熱気で苦しいくらいだ。

 だというのに少女の一人はうざったいくらいの厚着をしている。十枚ほどのコートを羽織り、厚手の手袋とマフラー、それから毛布まで被っている。


 病的なまでの寒がり……それが魔女・ピティであった。


 その暑苦しい少女の隣では、健康的な美少女が大きな伸びをしている。紅蓮の髪がふわりと揺れ、優しい香りが室内に舞う。


「今日はそろそろ休ませてもらうぜ、ピティちゃん」

「……好きにしろ。おらは仕事を続けるぞ」

「いや、てめえも休め。どうせ魔女は寿命がねえんだろ?」

「ある……あるが誤魔化してるだけだ。おらもオウジンも魔女っていう生物は色々と規格外で、だからこそ疎外されちまったんだろうな」

「オウジンちゃんね。さいきんは会ってねえな。薬売りの次は何してんだあいつ」

「知るか。昔からあいつは魔女の代表だってことを忘れてやがる。ま、もうおらとあいつの二人しか生きてねえけどよ」


 ある意味、スキルシステム最大の被害者が魔女という種族である。

 スキルがなかった頃から強力な種族でありながら、スキルがあれば倒せてしまうくらいには脆弱だった存在。不吉な術理を使う種族たち。


 ちょうど目を付けられて殲滅対象になってしまった。

 スキルシステム。

 それが人類種には過ぎた概念であることの証明のひとつと言えるだろう。メドはいつものようにタバコに火を付けると、先に研究室を出て行った。

 白衣を脱ぎ捨てながら、紫煙を燻らせていると足音が聞こえてきた。

 ドタバタ、という慌ただしい足音であった。


「メド!」

「どうしたグーちゃん」


 魔王グーである。 

 ふりふりのドレスを身に纏った白髪赤目の美幼女だった。彼女はいつもとは違い、必死とも言える形相をしている。


「ギャスがおかしいのじゃ! 来てくれ!」

「解った。案内しろ」


 グーが走り出す。魔王が持つ圧倒的なステータスにより、メドでは絶対に追いつくことができない。ゆえに鎖でグーを雁字搦めにし、幼女の肩に乗って進んでもらう。

 研究所からアジトまでは五分もかからぬ。

 しかもグーは相当に慌てているらしく、道中の建物を破壊して進んでいった。メドはすかさず謝罪をして【アイテム・ボックス】から金銀財宝をばらまいていく。


「状況説明をもらっても?」

「ギャスが苦しんでる! 空腹じゃないらしい!」

「ディスちゃんは?」

「居ない!」

「…………そうか」


 到着した。

 アジトの床ではギャスがのたうち回っていた。傷は見受けられないし、病気でもなさそうだった。


「組長さま! どうしたら……急に苦しみ始めて」

「看病してくれてご苦労だ。あとは任せろ」


 メドはギャスの頭部に触れる。

 獣人特有の耳が痛みに震えている。哀れに思いながら、メドはギャスのスキル構成を弄くっていく。


 スキル【苦痛耐性】を所持させれば、少しだけ表情が和らいだ。

 水を飲ませてやりながら問う。


「ディスちゃんはどうした?」

「解らない! 捕まった! たぶん! 拷問されてる! ディスを助けて、メド!」

「感覚共有の固有スキルが反応してるってわけか……解った」


 溜息を零す。

 最悪の状況になっているかもしれない。


 メドたちは「神力を引き出す資格を持つ強者」のことを暫定的に最上の領域と呼称している。その最上の領域の中にもランクというものはある。

 メドは最上位。

 ターヴァは上位。

 二人一緒の時のギャスディスが上位だが、個人の場合は下位となる。

 アリスディーネも下位だろう。


 その他、中位という格も存在している。

 この勇者一行には居ない存在。この国に所属している強者――《黄金騎士》ギデオン。この街にてギャスが不覚を取る相手なんて、そのギデオンくらいしか考えられなかった。


 ギデオンは王の側近にして……生粋のグスタフ支援者でもある。


「……アリスディーネちゃん。王城に転移を頼む。ディスちゃんを助けに行く」

「王族との戦いになりますわよ? 下手をうてば」

「知ったことかよ。俺は自分よりも国が大事だ。だが……国よりもてめえらのほうが愛しい」


 焦燥とともにメドは転移した。

 嫌な予感が胸を焦がす。こんな気分になったのは勇者になってから初めてのことだった。どうか予感が嘘を吐いてくれと思う。


 だが、メドの予感は外れたことがなかった。

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