魔章四幕

第365話 愚者の代償

       ▽第三百六十五 愚者の代償1


 メドたち勇者一行の活躍は目覚ましかった。

 ここさいきん、世界を脅かす存在が出現してきた。それは「カラミティー」と呼ばれる危険な魔物どもである。


 ずいぶんと人類種が殺された。

 女神ザ・ワールドはアレで種の保存については積極的だ。人類種が滅びるようなことはしない。それでも人類種だけを優遇してくれるわけではないのだ。


 そのカラミティーをメドたちは仲間を率いて討伐していった。


 世界に108体確認したカラミティー・ボスのうち30体を仕留めた。勇者メドと魔王であるグーが協力した上、仲間であるギャスディスとターヴァ、アリスディーネが強かったからこそ可能だったことである。

 何度目になるか解らない救世の凱旋。

 豪奢な馬車の中、群衆へ向けて小窓からひらひらと手を振るアリスディーネが、満面の笑みを崩すことなくメドに問う。


「ちょっと申し訳ないですわね。わたくしの活躍なんて……すべて組長さまのものですのに」

「違うだろ。ちゃんとてめえは戦ったんだからよ」

「ですが、スキルは組長さまが選んでくれたものですもの」

「それを使ったのはアリスディーネちゃんだろ。そもそも俺の力だってザ・ワールドさまから与えられたモノだ」

「組長さまは謙遜なさいますのね」


 はっ、と鼻で笑ってメドはタバコを咥えた。

 純粋にメドを応援する人々の顔が、メドには紫煙で見えなくなった。それが妙に心地良くて、メドはつい微笑んでしまう。


 メドには固有スキルがある。

 その固有スキルたる【起源眼グラムサイト】の能力こそが「頭部に触れた時、対象のスキル構成を任意で操作できる」というもの。


 つまりスキルを後から変更できる、神の御技の再現である。


 これによりメドの仲間たちは完璧なスキル構成をしている。誰もがパーフェクト・マッチのスキルを手に入れ、それを補強するためのスキル構成になっているのだ。

 本来、あるていど行動や人格を考慮するとはいえ、スキルの取得はランダムである。

 

 誰もが努力次第で入手できる固有スキルのお陰で悲惨な結果だけに終わる者は少ない。


 とはいえ、ベースたるスキル構成はとても重要なのだ。


 メドはそれを自由にできる。

 しかも、頭部にさえ触れてしまえば敵のスキル構成さえも破壊できてしまう。現に討伐したカラミティーは大抵【話術】や【算術】といった戦闘に関係ないスキルだらけにして終わらせた。


「英雄万歳! 勇者さま万歳!」

「勇者ご一行万歳!」


 喝采が上がる。

 それに気を良くしたグーギャスディスも万歳して喝采をあげている。ギャスが興奮しすぎて馬車の屋根に登って落ちた。

 後続の馬車に轢かれてしまう。


 それを大笑いして見やりながら、ふう、とメドは煙を吐き出した。

 そろそろだな、と思いながら。


       ▽

 王様からのありがたーいお言葉を賜ってから、メドたちは並んで王城を歩いていた。王族たるアリスディーネを当然のように背後に従え、少女は誰よりも堂々と赤絨毯の上を闊歩している。


 従者たちは好き勝手自由に振る舞う。


「お腹減ったのじゃ!」

「さっき食べただろ、グーちゃん」

「さっきっていつなのじゃ!」

「二秒前」

「そんな昔のことは覚えておらん!」

「せっかく魔王っぽい言葉遣いを教えてやったのに、グーちゃんのアホは治らんな」

「アホではないのじゃ!」

「俺が二秒前に言ったこと覚えてるか?」

「……二秒前!」

「よくできました」


 メドが【アイテム・ボックス】からジャーキーを放り投げる。グーは犬のように餌に飛びつき、赤絨毯をゴロゴロと転がっていく。

 幸せそうにキャッチしたジャーキーを囓っていた。

 腹をいっぱいにしてやる、それがメドとグーとの契約である。餌の管理は万全だ。


 アリスディーネが口元を押さえて淑やかに微笑む。


「ほんとにグー様はお茶目ですわね」

「グーちゃ――此方はお茶目なのじゃ! お茶目ってなんなのじゃ」

「面白い、ということですわ」

「グー……此方は面白いっ! 此方ね、面白いの好き!」


 ぽいぽい、と連続で投げられるジャーキーを囓り、とても幸せそうに微笑むグー。おおよそ魔王というよりも駄犬という風味が強い。

 勇者に飼い慣らされている、最強の魔犬であるけれど。


 メドたちが餌付けをしている最中、ふと周囲が騒がしくなる。

 唯一、ターヴァだけが警戒したように目を見開いている。元々、殺人が趣味というだけあり、彼の他者への警戒心はとても強い。


 基本、他者への警戒が甘いグループなので、彼の存在はとても貴重と言えた。

 陰鬱さの込められた少年の呟き。


「…………メド。来る……ぞ。グスタフ……が…………逃げるべき。だ」

「そうかい。だが、べつに逃げる必要はねえだろ」

「……あれは。嫌い……だ」

「好き嫌いはいけねえって教えただろ、ターヴァちゃん」

「………………それは。……食べ物の……こと」


 前方で転がっているグーが「ターヴァが好き嫌いするならグーが代わりに食べりゅ!」と嬉しそうに挙手している。

 絶望的に脳天気である、とターヴァが顔を押さえた。


 話しているうち、もう逃げられる距離ではなくなっていた。

 前方から歩いてくるのは、天鵞絨のわざとらしい外套を羽織った御仁。威厳とカリスマを備えているけれど、その顔は下劣なニタニタ嗤いが染みついている。

 背後に大量の家臣を従え、がに股でどしどしと足音を立てている。


 彼こそがこの国の王子。

 長兄たる継承順位一位。

 グスタフ筆頭王子その人であった。


 グスタフは、絨毯に転がってジャーキーを食んでいるグーを蹴飛ばした。王族というだけありレベル教育も上等で、グーを蹴れば吹き飛ばすくらいのことはできるのだ。

 ダメージは与えられないけれど。

 ゴロゴロと石ころのように転がり、壁に激突して停止したグー。回転に巻き込まれて砕けたツボの破片が、幼い女の子の顔面にぱらぱらと降り注ぐ。

 

 グーは気にした風もなく、ジャーキーとツボの破片を一緒に食べていた。


 そこにグスタフ王子が目にもとまらぬ速度で――といってもメド一行からみれば遅いが――駆け寄り、グーの幼くも美しい顔面に踏み込んだ。

 見せびらかすように靴裏でグリグリと顔を踏みにじる。


「おい、薄汚えスラムのゴミガキ平民がよお、どうしてこの清廉豪奢なる王城のよお、絨毯を汚してるんだ? 申し開きはねえか? 殺すぞ?」


 そういって舐るような視線が、メドに向けられていた。

 メドはほとんど時間を感じさせぬ、けれども優美なる動作で跪く。咥えていたタバコは火がついたまま、胸ポケットに仕舞い込んでいる。


「はっ、グスタフ王子殿下。わたくしの躾け不足でございます。申し開きのしようもございませぬ」

「にひ……そうかあ。貴様の落ち度かあ。ならば償え。そうさな、今宵の閨を共にせよ」

「はっ、グスタフ王子殿下。ですが、わたくしはスラムの下民の身ゆえ。尊きお方からご慈悲を賜る資格はございませぬ」

「降ろせば良い」

「はっ、恐れながらできかねます。尊き血脈。それをわたくしの血で穢そうとも、そのお命を手に掛けることはわたくしめにはできませぬ」

「どうーでもーいい! 来い」


 乱暴にグスタフがメドの腕を掴んだ。強引に立ち上がらせ、とっとと寝室に連れ込もうとする。


「王子殿下……」

「そもそもアリスディーネに貴様は勿体ない。力の使い方も知らぬカスが。俺の元へ来い。この世のあらゆる極楽を教えて躾けてやるぞ、メド」


 そう言ってグスタフ王子は、メドの胸ポケットから火の付いたタバコを取り出す。マジックアイテムであるそれはずっと火が付き、燃え尽きることがない代物だ。

 それを吸い、グスタフが凶暴に嗤う。


「理解したか、メド」


 メドは溜息を吐きたくなる。

 メドは英雄である。そのメドが間違っても未来の王の子など孕んでしまえば、必ずメドは周囲から正妻の座を押し付けられてしまうだろう。


 べつに嫌ということはない。

 グスタフは王子である。尊き血は残すべきだと思うので、なるべくたくさんの相手と子を成すべきだろう。

 無論、その相手がメドであっても構わない、とメドは思っている。


 だが、スラムの小娘が王の正妻であってはいけない。

 それは国というシステムの能力を損なう。ゆえにメドはグスタフ王子に抱かれることはなるべく避けたいのだ。

 少なくともグスタフ王子がべつの貴族や王族と子を成すまでは。


 こういうときに頼りになるのはアリスディーネであった。


「お止めください、お兄様。見苦しい」

「……ああ? 死にたいのかアリス。継承権を放棄したカスが」

「それはこちらの台詞ですわ。組長さま……メドさまは国家やシステムに従順です。が、組長様の配下はそうでもございませんわよ?」


 グスタフ王子を囲むようにして、ターヴァが、ギャスが、ディスが、グーがそれぞれの武器を王子の首筋に添えていた。

 思わずグスタフは息を呑んだが、すぐに叫んだ。


「殺せ! この愚物どもを! はははははは! 俺の配下は全員が調整済みの精鋭だっ!」

「………………だれが。ぼくを。殺せる……?」


 ターヴァの悍ましい瞳が、ジッと筆頭王子を見つめている。睨むでもなく、凄むでもなく、ただ粘着質に見つめている。

 目と目とが合った瞬間、グスタフ王子は「ひっ」と声を漏らしてしまった。


「おい! まだ殺せねえのかあ!?」


 グスタフはまだ気づいていない。

 自身が引き連れた精鋭(メドが固有スキルでスキル構成を完璧にしている)が全員倒されていることなんて、気づけるはずがなかった。


 ターヴァが短剣でグスタフ王子の腕を切断しようとする。

 が、それは寸でのところでメドの手によって止められた。グスタフ王子の代わりにメドの腕が斬り裂かれている。


「王子に手を上げるのはやり過ぎだろ、ターヴァちゃん」

「……おまえは。……正しければ……良いのか?」

「? 良いに決まってるだろ?」

「…………」


 ターヴァがメドを睨み付けた。

 その直後、メドたちは一斉に光に包まれて王城から消え失せた。それはアリスディーネによる転移術であった。


 王城に残されたグスタフは舌打ちを零す。

 どうしてもメドがほしい。あの美しい見目、すらりと整ったスタイル。世を儚むあの瞳は、見つめられるだけで胸が苦しく、切なくされてしまう。

 女としてメドは魅力的すぎた。

 最初に出会った時はただの薄汚れたガキだった。だが、今では魅力的な少女である。しかもとびっきりの美少女である。


 その上、メドを取り込むメリットは数え切れない。

 今や王よりも英雄として民から愛されている存在。それを正妻でも妾にでも抱え込めば、グスタフの王位継承は確実なモノとなる。

 他の優秀な兄弟たちに逆転される心配も失せる。綺麗さっぱりに、だ。


 メドの力があれば、周辺国家を食らいつくし、世界を統一することさえ簡易だろう。


 メドの肩を抱き、覇王となる自らの姿が思い浮かぶようだった。

 思わず涎を垂らしながら、無能な部下を叱るべく振り向く。そこでは白目を剥いて倒れ伏す精鋭たちの姿があった。


 配下たちは精鋭だった。

 だが、気づかぬうちになぎ倒されていた。話が違う。血管がぶち切れるような憤怒に襲われながら、グスタフ王子が絶叫をあげた。


「メドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 その無様とも言える吠え声。

 王城に轟くそれを耳にした民たちは震えた。それを無様とは思わず、ただただ恐ろしいと思われる。それが王族であることの証明……王の血筋は尊いのだ。

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