第362話 ララ
▽第三百六二話 ララ
我々は【理想のアトリエ】にやって来ました。
対峙しているのはアトリと謎の召喚生物青年でした。青年のほうはレイピアを優雅に構えております。
そのレイピアはジャックジャックが使っていた武器でした。
自在に刀身がねじ曲がるという魔剣です。
回復能力を阻害するレイピアも譲ってもらっていますが、そちらは万が一の時に危険なので使わせていません。
向ける先がアトリでなくば、そちらをメインウェポンにしても良いでしょう。
一発ロストのMMORPGで回復禁止はエグい性能です。
ジャックジャックがどれほど吸血鬼を殺したかったのかが、ああのレイピア一本で伝わってきますよね。
両者ともに武器を構えあったのを確認したセックが箒を振り上げました。
「それでは試合、はじ――」
『くはははははははは!』
セックが言い終えるよりも先にドラウグが動きました。
大胆不敵な踏み込みです。
反射的にアトリも間合いを詰め、攻撃しようとして――しかしながら寸でのところで停止しました。
大鎌がドラウグの首筋ギリギリで止まっています。
攻撃は命中させませんでした。何故ならば、まだ試合は始まっていないから。
ドラウグの青年は動きました。
が、それは攻撃ではなく、あくまでも「動いた」だけです。もしも、アトリの攻撃が命中していた場合、アトリは反則負けしていたことでしょう。
って。
そういう戦いじゃないんですけれど。
アトリもそう思ったのでしょう。ジト目で青年を睨み付けております。
「む」
『くはははははは!』
そしてドラウグの青年はめっちゃ笑います。
そういう鳴き声の生物なのでしょうけれど。とてもツボの浅い人に見えてしまいますね。肌が青白いだけで見た目は人類種とそう変わりありませんから。
術士たるセックもやや白けたご様子。
こほん、と咳払いをしてから投げやりに言いました。
「始めです」
『くはは!』
直後。
弛緩した空気をぶち破るように、強烈な気配をドラウグが迸らせました。アトリが動くよりも早く、ドラウグの術が発動しています。
使ったのはおそらく【禁術】の【禁忌指定・鼓動】です。
自身と対象の心臓を一瞬だけ停止させるという自爆技。アンデッドが使う場合に限り、これは一方的なチート技となります。
厄介なのが「行動阻害」ではないので【狂化】でも防げない点です。
膝を折ったアトリの頭髪を鷲掴みにし、ドラウグの青年が口角を歪に吊り上げました。口元からは牙が覗きます。
『くはははははぁ!』
その勢いでアトリの首を引っこ抜きます。
ギリギリで【致命回避】が発動しました。瞬時に【再生】でHPを取り戻します。が、アトリは敵に髪を掴まれたまま宙づりにされています。
ドラウグの青年は、左手でアトリの首を引っこ抜こうとし、もう片方で構えたレイピアを突き入れようとしています。
アーツも使った高速の一撃。
それに対して息を吹き返したアトリは【ティファレトの一翼】を解放しました。対象の攻撃判定を消し去れる【天使の因子】。
が、ドラウグの青年はレイピアを止め、アトリの髪を掴んでいる手に魔力を集めます。
ドラウグの青年は【詠唱短縮】スキルがあるので魔法の発動は一瞬。アトリの頭部を吹き飛ばすように【常闇魔法】の【ブラック・ボール】が出現しました。
驚くほどのノータイム魔法です。
アトリの頭部が虚空に消え去りました。
「ほう」
と思わず声をあげる私。
アトリはギリギリで【ケセドの一翼】を発動していたようです。かなりHP を失ったようですが生き残ります。
『くは』
ドラウグの青年が笑おうとした時、彼の背後から頭部を鎖が貫いていきました。さらに後頭部から眼孔に向けて飛び出した鎖が彼の頭部を拘束します。
アトリが唇を動かします。
【グレイプニール】
ありとあらゆるアーツ・スキルを強制中断するチートスキルが発動しました。
召喚送還にはなりませんでしたが、それでもドラウグは動けません。
「強かった」
アトリが大鎌を一閃。自身の髪を掴む腕を切断しました。
幼女は地面に降り立ちます。仕返しするようにドラウグの青年のほうが鎖によって宙に貼り付けられました。
「【殺生刃】」
すう、とアトリの斬撃がドラウグの青年の首をはね飛ばしました。
▽
セックが胸を張って言い放ちました。
「わたくしの勝利でございます」
「違う。勝ったのはボク」
「本来、あの召喚生物は回復阻害の武器を使う予定でした。アトリさまの【ケセドの一翼】はクリティカル判定をなくすだけ。あの直前に、再生できていなければ死んでいます」
「その場合は違う方法を使った」
「具体的には?」
「【テテの贄指】と【ティファレトの一翼】」
「…………」
アトリは優しいですね。
あえて防ぐ方法を応えていました。
本当は【躰刃の舞】を使い、手刀でドラウグ青年の腕を切り落とすと思います。あの至近距離で大鎌を命中させるよりも、手刀で切り刻んだほうが早いですし確実ですからね。
足が地面についていれば【奉納・閃耀の舞】で逃げていたと思いますし。
ドラウグの青年は戦闘IQも悪くありませんでした。
最初、無駄なフェイントで試合を有耶無耶にしたのは目的があってのことでしょう。あえて距離を詰めた場所で試合を開始させ、アトリが動き出すよりも早く【禁術】をぶち込んだのです。
とはいえ、本来は詠唱時間があります。
僅かな間だですがアトリならば十分に動ける時間。それがほとんどなかったことも、ドラウグの青年が奇襲に成功した要因です。
【詠唱短縮】と【クイック・スペル】によるもの。
固有スキル【クイック・スペル】は【詠唱短縮】の固有スキルバージョンです。わりと取得条件が緩く、多くの人が手にしている汎用型の固有スキルです。
その後。
本気での殺し合いではなく、軽い試し合いの結果、ドラウグ青年のスペックが判明していきます。
基本は呪術と禁術、常闇魔法を併用した、魔法剣士スタイル。
取得している【常闇魔法】はセックとは違う攻撃系。普通の闇魔法使いの上位魔法使いですね。
闇上位魔法である【常闇魔法】にもいくつかビルドがございます。
私のようなCC系やデバフ系、それからセックのような召喚系、それから純粋な攻撃魔法です。攻撃魔法については他の上位魔法の下位互換と呼ばれますが性能自体は高め。
攻撃性能は高めでした。
また【フェイント】や【カウンター】なども駆使するため、純粋アタッカーとしても厄介と言えるでしょう。
それから判明したのは防御性能についてです。
まず斬られても肉体が霊体になって回避するアーツがありました。連発はできませんけれど、五分に一回は発動できるようですね。
自動再生能力もありましたし、なんだかもう吸血鬼のようです。
あくまでも人類種としての吸血鬼ではなく、魔物側の吸血鬼のようでしたが。
総括します。
ジャックジャック+ヨヨ+クルシュー・ズ・ラ・シーを足して三で割ったような性能でした。
このような話、ジャックジャックには聞かせられません。
よもやヨヨと混ぜられるとは。
初めてジャックジャックが死んでいて良かったと思わされます。
「どうでしたか、アトリ。たとえばヨヨと比べてどちらが強いです?」
「ヨヨのほうが強い。です」
でも、とアトリは続けました。
「こっちのほうが厄介。です」
「なるほど。【禁術】と【呪術】はえげつないですものね。前衛ながら魔法も交えますし、ステータスと技術で上回れば勝てるヨヨとは違いますか」
純粋なアタッカーとしてはヨヨのほうが強く怖いです。
しかし、ドラウグの青年はアタッカー以外もできる厄介さがあります。【常闇魔法】も火力は他に負けても、特殊性では他魔法よりも軍配が上がりますから。
「ドラウグの性能は最上の領域下位相当。でも、セックが上手くサポートできるなら変わってくる」
「上にも下にも、ですね。セックの存在そのものが弱点みたいなところがあります」
セックは首を左右に振りました。
「いいえ、アレを召喚中にもわたくしは戦闘可能です。さらにアンデッドを呼ぶことができるのでございます。わたくし自身の常闇魔法もございます!」
「わりととんでもないことですね」
「そうなのです」
ドヤ顔はせずとも、ドヤ雰囲気を出す完璧ゴーレム。
先程までの落ち込みようが嘘のよう。ちょっと心配したのが馬鹿みたいです。もっと落ち込むべきでしょう。
アトリは私とは違い、心の余裕があるらしく満足げでした。
「ただ強い固有スキルではありますが……あまり使ってほしくはありませんね」
しかしながらセックの固有スキルについては大問題がございます。彼女の【
これが問題でした。
このゲームの蘇生というのは、じつのところ最上級戦では必須能力のひとつです。
強いレイドチームには蘇生可能な者が求められます。
またカラミティー・レイドなどは複数の蘇生能力者を寄び集め、何度も死にながら戦うというのが本来の想定なのです。
アトリだけならばともかく、他の参加者まで蘇生禁止に巻き込んでは最悪です。
最上の領域が一人増えるメリットよりも、蘇生禁止デバフが全員に付与されるデメリットのほうが大きいのです。
大きすぎるかもしれません。
たとえば対魔王戦を想定してみましょう。
魔王の能力についてはいくつか判明しております。
とくに大罪兵器の効果はすべて掲示板に出ています。七つ出ているのですが、メタ的な視線で言わせてもらえば絶対に虚飾と憂鬱がありそうですよね。
つまり二つ不明と見ておきましょうか。
露呈している七つの兵器。その中のひとつ。
魔王兵器【
魔王のMP量です。
下手をすれば万単位の敵が呼び出されるわけです。そのような敵を魔王と交戦しながら一人で倒すことはジークハルトくらいにしかできません。
たくさんの仲間がいなければ魔王の【
色々と対策したりしても「それ魔王で詰んでね?」となりがちです。
例のポケットの中の怪物ゲームでよくある奴ですね。
セックの固有スキルについては使い所が難しそうです。
セックはドラウグの青年の装備を選びながら、
「召喚生物に名前をつけましょう。ララと名付けます」
ヨヨと似ている上、性能もヨヨに似ていますからね。
ヨヨには、ヤヤとユユという姉がいたと言います。勝手にヤ行から飛び出してラ行が生まれてしまったようです。
こうして凄まじいデメリットを許容するならば、ララという強力な仲間が手に入りました。セックの前に跪き、名前を頂戴したララは大きく笑います。
『くははははははははははははははははははははははははははははは!』
こいつ、裏切りませんよね?
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