第361話 黄泉送り(セーフティー・リジェクター)
▽第三百六十一話 黄泉送り(セーフティー・リジェクター)
私もアトリも珍しく気まずい空間に晒されております。
びっくりするほど落ち込んでいるセック。
いつものてきとーな慰め「セックは完璧ですね!」もまったく無効化されてしまっております。落胆の中の落胆にあるセックは、それはそれで絵になって良いですね。
アトリが棒読みで感嘆の声をあげました。
「あ……ヒルダが勝った。セックは仕事をした。良かったね……」
「……」
アトリがフォローするも無反応の完璧ゴーレム。
ふて腐れている時、彼女は体育座りをします。けれど、今の彼女は無言でメイドらしく我々の背後に控えておりました。
どちらかといえば佇んでいる、という感じでしょうか。
怖いです……
ギャグにできぬほどに落ち込んでいらっしゃる。
実際、ゴーレムとしてのセックの活躍は満点でした。自分を犠牲にして田中さんたちを逃走させて、見事、チーミンググループとの合流に成功させましたからね。
あとセックが召喚した棘ナメクジも暴れ続け、けっこうな活躍をしていましたよ。
召喚者が死亡してからも動くタイプの存在でした。
あれ、めちゃくちゃキモいですよね。私は慣れてしまいましたが、初見の人は見ただけで叫び始めます。
ちなみにロプトは最後まで残っていました。
強くはないけど邪魔。でも、相手をするのは面倒な硬さがある……みたいな理由で全員から避けられた結果ですね。
最終的にヒルダブロックの勝者は、ヒルダ陣営の五人に決定しました。
ミャーは田中さんたちに落とされてしまいましたね。如何にミャーが強くとも的確な指揮、無数の手札による詰ませ性能の高さに屈服するしかありませんでした。
まあ、それでも田中さん陣営のほとんどを暗殺しましたけれど。
ヒルダたちの強さって魔教寄りなんですよね。
強い弱いで言ったら弱いはずなのに――厄介。
勝つのではなく、勝たせない。
そういう人たちでした。
アレが基本的に味方だというのですから、私たちのプレイスタイルって邪道なのかもしれません。
我々は邪道なので、王道に勝つ必要はありません。
そういう感慨で以て、私はセックに語りかけました。
「……勝ちましたよ、セック」
「……」
落ち込むセックが立ち直る気配はございません。
まあ、落ち込むことって人生に必要です。
ゴーレムは人ではありませんけれど。
なるだけマイナスを味わいたくはありませんが、マイナスは決して痛いだけではありません。放置していればいずれ解決できるでしょう、自分で。
私が諦観と見て見ぬ振りを決めたところ、アトリは意外とフォローを続けました。
「負けることは必要」
「……わたくしは完璧なゴーレムなのです。敗北など許されないのでございます……」
「ちゃんと負けられない者は弱い。ボクは……たくさん負けてきた」
アトリの小さな声に、セックが思わず息を呑みました。
アトリの人生とはすなわち敗北の人生でした。村の全員から追い詰められ、虐げられ、抵抗する気力も反乱する気持ちさえも殺されていた、負け続けの幼女。
それがアトリです。
たしかに私と契約して以降、アトリは目立った敗北は少ない。
わけではございません。
イベントでは死に、エルフの王族アンデッドとは引き分け、ゲヘナに負け、ミリムに負け、ヨヨに負け、その他にも負け、最近ではジークハルトたちにも負けています。
アトリはたくさんの敗北を喰らい、そして成長してきたのです。
幼女ながら得てきた経験は、大抵の大人を上回っていることでしょう。
含蓄が感じられます。
あれ、私の人生経験って幼女以下……? 最近のAIって恐ろしい。
「負けも知らない奴は最強にも、完璧にもなれない」
「……ですが」
反論するようにメイドゴーレムはそっぽを向いて言います。
「ジークハルトは負けていません。神器会談の時も……あれは勝たなかっただけでございます」
「ならボクが勝つ」
「……!」
アトリは平然と言い切りました。
気負うこともなく、負け惜しみでもなく、ただ狂信に身を委ねているわけでもない。
ただ強者としての自覚の元、あえて口にしたのでしょう。
「たしかにボクはジークハルトよりも弱い。たぶん勝てない……」
赤い瞳を閉じ、しかし強い意志とともにアトリは大鎌を構えました。虚空を勢いよく斬り裂く姿。
目を見開いた時、アトリの視線は真っ直ぐにセックを捉えています。
「でも、殺すのはボクだ」
「根拠がございません」
「ない。それでも勝つ。勝たないといけない」
「…………めちゃくちゃでございます」
「仲間が落ち込んでる。勝利でお前が良くなるなら、ボクは勝つだけ」
セックが思わず一歩を後退りました。
疑うように目を丸くしております。私もけっこうびっくりです。アトリは元から仲間には優しいですし、身内には慈悲深い性格で、情にも厚いタイプですがね。
それでもここまでハッキリと意志を主張したことは、ヨヨ戦の時以来かもしれません。
「ボクは魔王に勝つ。そろそろジークハルトくらいには勝っておくべきだと思う」
誤魔化すように続けたアトリは、大鎌をしまってぽすん、と椅子に座り直しました。すでにセックを視線にも入れていません。
俯いたセックは……呟きました。
「わたくしは……おそらく悔しい。こんな感情は完璧ではないのに……悔しくてしょうがありません。ゴーレムたるわたくしには『これ以上』はないのに……完璧でないと認めることが怖いのでございます」
どれほど悔しかろうとも、悲しかろうとも、怖かろうとも、ゴーレムたるセックは涙ひとつ流すことができません。
彼女に涙が許されたのならば、きっと悔し泣きすることができたのでしょうね。
泣くという行為は心を守るために許された行為。
ですが、セックにはそれさえも許されていません。本来、心なんて想定されていませんからね、ゴーレムは。
地面を虚ろに見つめ続けるセック。
よほど彼女にとって今回の敗北は堪えたのでしょう。人には許容できない言葉・事実というモノが存在しています。
私にとっての芸術の否定、アトリにとっての邪神の否定。
セックにとってはそれこそが「今回」だったのでしょう。思ったよりも根の深いダメージかもしれませんね。場合によっては「駄目になってしまう」ほどに。
「お前は神様に作られた」
アトリが椅子に座りながら、淡々と告げました。
フォローがかなり厚い。
「それだけで価値がある。でも、それ以上の価値がほしいなら……自分で作るべき」
「わたくしの……価値。わたくしの価値はやはり完璧であることです。わたくしは……完璧になりたい……です」
アトリもなんだか風格が出てきましたね。
強者や実力者、何かの到達者というものは独自の感覚を有するようになります。それがアトリにもある、ということでしょう。
本当によく出来たゲームですよね。
セックが顔を上げて言いました。
「わたくしは
アトリが己が感覚を伝え、セックが己が願いを口にした瞬間でした。
『個人アナウンスを開始します』
『プレイヤー・ネロさまの使役ゴーレム・セックが規定条件を突破しました』
『固有スキルを取得します』
『今後とも救世をよろしくお願いいたします』
セックのステータスを確認しました。
名前【セック】 性別【なし】
レベル【100】 種族【アビスゴーレム】
ジョブ【筆頭メイド】
魔法【常闇魔法100】
生産【鍛冶100】
スキル【良品生産】【採取100】
【大量生産100】
【軍団指揮100】
【生産効率上昇】
【技術向上】【魔力支配補正】
【お手伝い100】
【アイテム・ボックス100】
【闇属性超強化100】【詠唱短縮】
ステータス 攻撃【500】 魔法攻撃【500】
耐久【500】 敏捷【500】
幸運【500】
称号【最上級ゴーレム】
固有スキル【
固有スキルが増えております。
ずっと「ほしいほしい」と訴えてきていた固有スキルがついに生えましたね。セックも自覚したのか頬を上気させております。
そんな表情は私のコンセプトにはありませんが。
まあ偶には良いでしょう。私は自分の作品に甘いところがございます。
固有スキルの効果を確認しました。
固有スキル【
要するに「蘇生禁止」デバフをばらまき、それを喰らった対象の分だけ強い動きができる、ということでしょう。
……完全にセックの逸話から来ています。
セックという名称は『北欧神話』の邪神ロキの逸話から取っております。
余談ですが私は自分の名前である『天音ロキ』が好きなわけではありません。ただ自分と関連づけた名前にしておくほうが愛着が湧きやすい、覚えやすい、というだけですね。ゲームで自分の名前を付けるのが気恥ずかしくて、もじった名前にする感覚に近いです。
セックというのは、ロキが「化けた」時の偽名のひとつ。
セックが行ったのはとある神の蘇生阻止でした。その神を蘇生する条件として「世界中の人がその神のために泣いたのならば蘇生を許そう」という流れになりました。
その時、セックに化けたロキだけが泣かず、結果として神は蘇生されませんでした。
この事件が原因でラグナロクが発生した、とも言われますね。
ともかく、セックのエピソードは「蘇生させなかった」ことに尽きます。妙に背景を考慮してくれる運営のこと。
おそらくはあえて「蘇生禁止」の能力を取得させたようですね。
「試合も終わって暇ですし、固有スキルを見せてくれますかセック」
「かしこまりました、マスター」
そうまるで機械のように応じるセックですが、とても嬉しそうな雰囲気が漏れています。試したくて仕方がないようでした。
私も賭け事で負けて悲しいのです。
憂さ晴らしにはちょうど良い頃合いでしょう。
「【下位アンデッド召喚】」
セックが無数のアンデッドたちを呼び出します。
その他、薬品やスクロールなども使って召喚の数を増やしていきます。とても弱い者も含めて100を超える生物を産みだし、それに一斉に【
それだけでアンデッドたちが消えていきます。
唯一、棘ナメクジだけは消えませんでしたが、その他のアンデッドは耐えられなかったようですね。基本的にはアンデッドは即殺できるようでした。
強い存在は大ダメージ程度に抑えられるようですが。
使ったらゲヘナが即死する、という事態は避けられるようです。四天王が雑魚死するのは面白くありませんから一安心です。
この場の全員が「蘇生禁止」デバフを喰らいました。
「これってアトリは除外するとかできますか?」
「できません」
「…………あまり使わないでくださいね?」
「いいえ、できません」
まあよろしい。
擬似蘇生薬を使うのは最悪の場合のみです。なるべく使わないで勝ちたいですよね。
「キャンセル、【サモン・ハイ・ダークネス】!」
キャンセルで棘ナメクジを消滅させてから、セックは改めて【サモン・ハイ・ダークネス】を使用しました。
固有スキルの「次回行動強化」を実行するためです。
すると出現したのは、黒衣を纏った美しい青年でした。
ヨヨを成長させたようなルックスの美青年です。
その美青年は死色の青白い肌をしており、それが漆黒の趣味の良いマントとよく似合っております。紅い瞳に黒い髪。黒髪は男性にしてはやや長いようですね。
ちょっと吸血鬼っぽいです。
無効化されそうと思いながら【鑑定】してみました。
すると、
名前【なし】 性別【なし】
レベル【100】 種族【イモータル・ドラウグ】
ジョブ【カース・フェンサー】
魔法【常闇魔法100】
生産【醸造100】
スキル【ドラウグの因子100】【膂力増加】
【詠唱短縮】【レイピア術100】
【足捌き100】【フェイント補正】
【禁術100】【呪術100】
【カウンター強化】【クールタイム減少】
【カース・ブースト】
ステータス 攻撃【600】 魔法攻撃【800】
耐久【200】 敏捷【600】
幸運【200】
称号【死在の不死者】
固有スキル【クイック・スペル】
という風に出ました。
果たして強いのでしょうか、弱いのでしょうか。
セックはとても喜んでいる様子です。
アトリが青年を見やってぼそりと呟きました。
「強い」
「ほう。どれくらいだと見立てますか、アトリ?」
「レイドボス以上……カラミティー以下。です」
「最上の領域くらいってことですか? それはそれは凄いですねえ」
アトリの判断を耳にしたセックが胸を張ります。
セックもベースは粘土人形なので表情はそこまで変化しません。が、アトリやシヲとは違って感情表現は豊かのようでした。
「どうやらわたくし凄まじいようでございます」
「召喚系で最上レベルを呼べるわけですからね。ゴーシュ超えとも言えます」
「わたくしが最強の召喚術士でございます!」
「それはどうでしょうか」
最強の召喚術士は、ちょっと前に殺した大鎌リッチを呼べる人でしょう。
召喚術士の弱点である本人を殺されたら負け、というシステムがなければ最上の領域よりも強いわけですしね。
まあ、術士の死=負けシステムがある以上、あの老人が最上に至る見込みはございません。
それを思えばセックの死後も動き続けた棘ナメクジの異様さが目立ちます。あれ、どういう理屈で動いていたのでしょう。
普通に田中さんのチームメイトを何人も殺していましたしね。
「試したい?」
とアトリがセックに問いかけました。
その好戦的な問いにセックは大きく頷きました。
どうやらアトリと謎の召喚生物との戦いが開催されるようでした。
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