第359話 狩人との闘い
▽第三百五十九話 狩人との闘い
下位トーナメント出場権を賭けたバトロワも、すでに佳境に突入しているようでした。記念参加組は淘汰され、残っているのは真剣にトーナメント出場を目指す者だけ。
死者はもう数え切れないくらい。
隠れ潜みながら、セックが時折【ネメシス・レイン】を放っているのも死者の増加に寄与しておりました。
【常闇魔法】のアーツのひとつ。
武器に対する特攻効果のある腐食を与える闇の雨でした。耐久度の低い武器や再生能力などのない武器は容赦なく破壊されていきます。
このアーツは詠唱時間が長く、MP消費も多いことから実戦では使いづらいです。
が、こういった戦略レベルが要求される戦闘では無類の強さを発揮しますよ。範囲も効果時間も広めですからね。
そして、わりとロプトが大活躍です。
格下絶対に許さないゴーレムのロプトです。人によってはオリハルコンにダメージを与えられません。セックの腐食攻撃によって武器を失えば尚更ですね。オリハルコンは腐食しないので雨の中を平然と稼働し続けます。
また、ロプトの攻撃たる銃弾も数発命中すれば大問題となります。
回復手段がポーションしかない者は、迂闊にロプトに近づくこともできません。
十人以上をロストさせたロプト。
田中さんたちに取り残されましたが、気づくこともなく、もはや島内のギミックとして単独で動いております。
オリハルコンの美しい肉体を見せびらかすように、殺戮ゴーレムが次の獲物を探して島内を闊歩しております。
銃声が高らかに響く度、NPCたちは必死に逃走していきます。
現在、もっとも優勢なのは田中さんが集ったチーミング集団。
個々は大したことございません。けれど、50名以上で集うことにより、この島内でもっとも力を持つ存在と化しております。
その首魁たる田中さんたちは、ミャーに粘着されているため配下と合流できないようですが……
ヒルダたちは土に魔法で穴を作り、そこで息を殺して潜んでおります。ガン逃げ、ガン隠れスタイルのようでした。
ハイドという奴ですね。
「まずいわね」
「そうですか? だいぶ数も減ってきて良いと思いますが」
「このままだとうちのチーミング集団が内部争いを始めるわ。その隙にミャーが暴れてぜんぶ台無しにされてしまう」
「……それは。たしかに」
「本戦も考えるなら、今のうちにミャーは仕留めておきたいしね」
リーダーの不在は致命的です。
集団は強力ですけれど、それをまとめるリーダーがいなければ「たくさんの個」と堕落します。船頭多くして船山に登る。この場合、全員が船頭になっちゃうわけですね。
集団と合流したい田中さん。
それを阻止したいミャー。
この島内にはたくさんの参加者がいますけれど、じつのところ、この二人の戦闘がすべてを支配しているのです。
「……来ました」
セックが伝達します。
今の彼女はシヲより【音波】スキルを【お手伝い】しています。バトロワでもっとも恐ろしいのは奇襲による即殺ですからね。
それを防げるスキルは貴重です。
そのセックがミャーの到着をお知らせしました。
田中さんはすかさず【ランダム・テレポート】を詠唱し始めます。
なんか地味な戦いです……
奇襲するミャーから逃げる場面だけが続きますね。
セックが大量のアンデッドを壁にします。ミャーの狙撃は的確ですけれど、物理的に正面にアンデッドを展開させれば防ぎようもございます。
ただし、いくらセックの【音波】スキルが高くとも、ミャーが百発百中で見つかっている現状は不自然極まりありません。
おそらくミャーは何かを狙っています。
対して田中さんたちも、ガン逃げからどこかのタイミングで反撃を考えております。
命懸けの鬼ごっこ。
どちらも慎重派である田中さんと羅刹○さん、ヒルダとミャー、だからこその地味ながらも油断ならぬ接戦となっております。
ですが。
そういう戦闘の機微を理解しない戦力が一人いました。
そう、私の作品がひとつ――自称完璧ゴーレムのセックでした。彼女は焦れたように土穴から飛び出しました。
土埃ひとつ付着していないメイド服を手で払い、箒を振り上げました。
「もう面倒でございます。ここは完璧なわたくしが引き受けましょう」
「何を言っているんだい。さすがのキミとてミャーには勝てないよ」
「いいえ、わたくしは完璧なゴーレムでございます。その上、わたくしは神器でもございます。負けることは考えられません」
「だが、相性が……」
ヒルダは懸命に止めようとしてくれております。
セックの無謀な独断専行を窘めてくれるのはありがたいところ。ですけれど、基本的にセックは人の言うことを聴きませんからね。
シヲとは異なる方向で他者を軽視している節があります。
邪神陣営適正○です。
いずれ、そういったところを主人公陣営に利用されて敗北してくれそう。
「いえ、ヒルダ。ミャーを引き受けてくれるなら幸いだわ」
田中さんはチーミンググループと合流できれば勝利が確定します。
また、セックが勝ってくれればそれでも勝利が確定。
ここでの最適解は「セックを囮にすること」ですけれど、私から雇った手前、死を前提とした囮になれとは命じづらかったのでしょう。
ヒルダが肩を落とします。
「……仲間を囮にするのは好きではありませんよ」
「取り返しがつく場面だもの。それに本人は勝つつもりだわ。止めようもないし」
「…………承知しましたよ。では、セックくん。勝ってくれ。できれば死なないでほしい」
セックが大仰に頭を下げました。
「ええ、お任せくだ――」
セックの腹に矢が突き立ち、その勢いで彼女は吹き飛びました。
▽
セックは咄嗟に回避していた。
シヲから借り受けた【音波】スキルがなければ頭部が吹き飛ばされていただろう。完全に回避した上で腹に攻撃をもらったのだ。
ミャーの狙撃は容赦がない。
本来のミャーは正面戦闘を得意としない。
街中や他者との戦闘中、不意に現れてトドメだけ刺して帰っていくというスタイルである。警戒しているからギリギリで対応できるが、無警戒状態ならば確実に壊されているだろう。
「……」
腹に突き立つ矢を引き抜く。
毒が塗られているようだがゴーレムに毒は効かない。ダメージは大きい。たった一撃とはいえ、狙撃と暗殺を得意とするミャーの攻撃力は高いからだ。
「【ダークネス・ウォール】」
セックが扱う闇の壁は強烈である。
ステータスこそ低いけれど、それを補う装備は充実している。【理想のアトリエ】産の素晴らしい素材に、一流(自分自身である)の手により厳選された一品。
カスタムの方向性もセックの能力を活かすことしか考えられていない、特化装備。
それを纏い、さらには【良質生産】などのスキルにより、闇壁の生産能力も増加している。
「暗殺は対生物攻撃。こういう障壁を突破するのは不得手でございましょう」
闇壁に全方位を守護されている、完璧な美貌のゴーレム。
ずどんずどん、と砲撃じみた弓術を撃ち込まれながら、涼しい顔で魔法人形は魔法を繰る。箒が純黒に穢れ、やがて闇が奈落より這い出してくる。
出現したのは【常闇魔法】の【サモン・ハイ・ダークネス】によるもの。
それは名状しがたい怪物である。
呼び出したセック当人も名前が解らぬ。棘の発達したナメクジのような様相の怪物である。どうやらあらゆる【鑑定】も無効化してくるようで、調査を依頼したペニーいわく「理解したら終わりですねー」とのこと。
そういう怪物である。
周囲の人物から正気を奪う魔物だ。
セックはゴーレムなので効かないが、下手な術者が呼び出せばむしろ支配されてしまうという曰く付き。
ゆえに誰も取りたがらないのが【サモン・ハイ・ダークネス】なのだ。
無論、通常の【サモン・ハイ・ダークネス】ではなく、あくまでも強化したセックだからこそこの怪物が出現するのだが……
「力を貸しなさい、何か」
棘ナメクジは何も応えない。
ただその肉体の棘を触手のように伸ばし、ぺたぺたとセックの肉体を這い回るのみ。そうしている間だに、とうとう闇の壁が矢によって突破されてしまう。
同時、トドメの矢も迫っていた。
その瞬間、棘ナメクジが動き出した。
棘ナメクジ自身が「召喚」を行う。
ローブを被った集団が出現。彼らは己が肉体を盾にするようにして、棘ナメクジを矢から守護していた。
矢の衝突によって一部のメンバーのローブが捲れ上がる。
その下には高位ゾンビの顔面があった。
『あー、うーあー』
ローブゾンビの集団がミャーの元へ群がっていく。
ここはビーチ。
だが、ミャーが狙撃ポイントとしているのは岩石が複雑に積み上がる地域である。距離はかなり遠くアンデッドたちは次々に頭部を撃ち抜かれて吹き飛ばされていく。
「ふむ」
形の良い顎に手を添え、セックが優美に悩ましい声をあげた。
隣の「何か」を見やる。
主人であるネロいわく「元ネタよりもかなり弱い」という何か。召喚能力よりも本体性能のほうが遙かに高いのだが言うことを聴かない。
基本、呼び出した位置で停止してしまうのだが……セックは【アイテム・ボックス】から薬剤を取り出した。
それは本能を刺激する【闘争欲求薬】である。
薬をシリンジに入れ、皮膚貫通効果のある注射針を準備する。これでなくば「何か」の肉体に薬剤を投与できないのだ。
ぷすり、と鋼鉄のように硬い表面に、セックは注射針を撃ち込んだ。
みるみるケミカルな色合いの薬剤が、何かに注入されていく。
その薬がすべて飲み干されてしばし。やがて棘ナメクジが名状し難い叫び声をあげた。周囲を混乱に陥らせる声音。
それを放ち、ナメクジがミャーに向けて這い回り出す。
「わたくしも攻撃させていただきます」
生み出すのは【下位アンデッド】共である。
無数のアンデッドを生みだし、さらに【サモン・ダークネス】によってデュラハンも生み出す。
二体のデュラハンを護衛に回し、三体を攻撃に向かわせる。
最後の一匹は飛び道具的に使うために保留している。
「すでにヒルダさまたちは脱出済み。ここでわたくしが勝ち抜け、最後には田中さまたちが指揮する集団へ内部と外部からの挟撃ができますね。完璧にございます」
そうウットリと自分に酔ったセックの胸部には、矢が深く突き立っている。
目を丸くするセック。
すると、姿を現したのは透明化していたミャーである。そういう効果のあるローブを脱ぎ捨て、鋭い視線を向けてくる。
「なんか甘い相手でしたね」
「な、何故……貴女の姿は【音波】で把握をして……まだ、貴女は向こうに……」
「終わりっす」
弓矢がセックの頭部を撃ち抜こうと解き放たれた。
狩人たるミャーは甘くない。戦闘が決着もしていないのに雑談に興じてくれるわけがない。注目を集めたり、時間を稼いだり、そういうコト以外で口を開かないのだ。
迫る矢にセックの意識が高速化する。
よく言う走馬燈という事象である。人類種よりも高性能なはずの頭脳が、自身の破壊を寸前として超回転していた。
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