第358話 観戦田中戦

       ▽第三百四十五話 観戦田中戦


 私たちはジークハルト対策を進めながら、それだけに固執しているわけではありませんでした。


 これはゲームです。


 しっかり楽しまねば損ですからね。

 ゆえに普通に狩りもしますし、武器やアイテム生産、ギルドからクエストを受けたりもしております。


 今回は個人的なクエスト。

 我らがクランメンバーである田中さんからの依頼でした。彼女からの依頼は「セックとロプトの貸し出し」でした。


 あくまでもセックもロプトもアイテム扱い。

 アイテム・ボックスには入れられませんけれど、手を繋げば試合会場に連れて行くことが可能だと考えたようです。


 私たち上位100勢とは異なり、田中さんとヒルダは下位グループです。

 まあ限りなく上位100に近い下位でしょうけれど。ともかく、そのような彼女たちですけれど負けるつもりは皆無のご様子。


 万全の策を以てして、過剰なまでの備えで挑むようでした。


 下位グループはトーナメントの前、まずは大量のプレイヤーで集められ、巨大なフィールドでバトルロワイヤルを行います。

 ちなみに環境はランダム。

 魔物も出てくるようなので、まったく戦えないタイプのNPCでも戦略次第では本戦出場が可能となるようですね。


 下位グループのトーナメントは千人で行われる予定だとか。

 すごい数です。

 どうして分けないのか、と運営への非難は囂々。


 トーナメントに出場することさえ難しいのに、トーナメント優勝を目指すのも難しいでしょう。だって10勝ちせねばならないのですよね?

 かなりの苦労が考えられます。

 とはいえ、こういう系の批判で「優勝の確率低すぎ」みたいなお話はよく解りません。


 こういうのって倍率とか関係なく、強い人・準備した人が実力で勝つモノで、運や確率が入り込む要素ってかなり少ないですからね。

 ですから田中さんはまず間違いなく上がるでしょう。

 このゲームは下位でも初見殺し性能のあるNPCがいるので、必ず勝ち上がれるとまでは言いませんけれど。


 さて、田中さんが出場する予定のバトルロワイヤルが開催されようとしています。

 

 下位リーグの人々はトーナメント本戦日よりも前に、こうやって数を減らしていくわけですね。可愛そうではありますけれど、そういうゲームと運営が決めましたからね。

 従うか、引退するかの二択です。

 

 弱くても参加賞があるので参加し得イベントではありますしね。


「じゃ、行ってくるわね。応援よろしく、邪神さま」

「人を借りるんだ。負けないとも……やや卑怯ではあるが今更かな?」


 そう言って田中さんとヒルダは虚空へ消えました。

 田中さんに付き合うヒルダも大変ですよね。基本は善人属性のヒルダに、目的のためならば色々な手を駆使する田中さん。


 ヒルダというストッパーがいなければ、田中さんはもっと暴れていたプレイヤーでしょう。


 私はバトロワ観戦画面を映し出します。

 正面空間に幻想のモニターが出現し、そこでは自在にプレイヤーを選択して閲覧できるようでした。


 隣ではアトリも興味津々、といった様子で閲覧しています。

 これでもアトリは仲間への情は深いほうです。私への情が何よりも優先されているために解りづらいですがね。


 ヒルダもそうですが、セックとも悪くない関係を築いています。

 かつて魔女がいた頃なんてよく四人でゲームをしたものです。モンスターを狩るゲームとか、神を狩るゲームとか、特殊なものだと鉄道を広げていくゲームとか。


『レディースのみんなあ! ジェントルマンのみんなあ! それからどっちでもないみんなあ! みんなだいしゅきしゅきしゅきなザ・ワールドだよお! うおお、いえいいえい!』


 私が賭け画面にてミャーに上限金額までベットする中、ハイテンションな女神ザ・ワールドの声が聞こえてきます。


『争う姿も人類種のかわゆい特徴だよね! 勝利のためにならば何でもする……それも良きかなだよお! 司会と実況はザ・ワールドが担当するよっ!』

『解説はザ・ワールドの……その、良い人である、このザ・フールが担当するわ。頼まれたのよね……情報は一通りいれてあるから。あと私たちの声は消せるから消したかったら消したほうが良いわね』

『そんなそんな。ザ・ワールドたちのかわゆい声を消したい人類種なんているわけ……めっちゃいる! でも、それも人類種の良いところだよねー! 傲慢!』

『ザ・ワールドの声を消すなんて!』

『自分で消したらって提案してたよ、ザ・フールちゃん!』


 ボイスを消してから、私はいよいよ始まるというバトルロワイヤルを見やります。

 なんと今回、田中さんと羅刹○さんは同ブロックのようでした。まだミャーは上位100には及ばなかったようですね、残念。


 同じブロックからは五人だけ本戦へ出場できます。

 私の予測ではヒルダとミャーの勝ちは硬いでしょう。公式ギャンブルではヒルダに賭ける人が多かったので、私はミャーの勝利にベットしております。


 まあミャーもわりと大した額にはなりませんが。


 バトルロワイヤルが始まりました。

 バトロワには精霊も参戦可能のようです。下位とはいえ、他プレイヤーの全力を見られる機会は貴重です。是非とも堪能いたしましょう。


       ▽

 雨の降る孤島。

 無数の巨石が転がるだけの、干からびた大地でした。ただ巨石のサイズはバラバラでして、隠れるところには不自由しそうにありません。


 巨大な岩の影、そこに入り込むようにして田中さんとセックが息を潜めております。

 ロプトは囮でした。

 岩の上に突っ立ち、目立つところで銃を無差別に発射しています。岩を砕き、その影にいる弱者たちを容赦なく殺戮して楽しそうでした。


 多少の反撃はオリハルコンの肉体と【再生】でガン無視です。


 私は田中さんたちを観ています。

 この状態では【顕現】しておらずとも、田中さんとヒルダのやり取りが聞こえますよ。


「連絡はついた。信号弾をロプトに撃たせたから、何人か来てくれると思う。偵察ゴーレムによれば私と協力できる人の数は57人。悪くない数ね」

「ところでミャーとは同盟を組めたのですか?」

「いえ、お断りされたわ。独立同盟はそれぞれが独立している。そういうものでしょ。ジャックジャックならばともかく、ミャーは協力とか気にしないタイプだしね」

「そうですか。ならばミャーは脅威ですね。いつ暗殺されてもおかしくはありません。せめて同じブロックでなければ良いのですが……」


 田中さんは偵察ゴーレムを私から買い上げています。

 また、自分でも偵察用のドローンを使っています。田中さんは現代アイテムを使って戦闘に介入するのが得意ですからね。


 ひとしきり戦場を観察した田中さんは断言しました。


「最悪ね。たぶんミャーと同じブロックだわ。交戦もしていないのにロストしている人が多すぎるもの。でも、彼女が私たちを序盤で落とすことはあり得ない」

「そうでしょうか? 脅威を放置しておくタイプとも、繋がりを優先するタイプでもないでしょう?」

「違うわね。大規模殲滅が得意な私たちを序盤から落とせば、ミャーは動きづらくなるもの。彼女は多数と戦うよりも、一人一人を仕留めていくことが本領よ」

「なるほど。田中さまの仰る通り……ですが」


 ヒルダが逆説を口にした瞬間でした。 

 セックがヒルダを突き飛ばしました。直後、ヒルダの頭部があった位置に重なるようにして、矢が迸りました。

 岩に突き刺さる矢。


 それを見やってヒルダが顔を青ざめます。


「ミャーです!」

「っ!? どうして!? 理屈に合わないわ! 完璧な狩りが彼女の目的でしょう?」

「スリルを楽しむ。強敵を狩る、それもまたミャーです!」

「一番強い私たちを狙っているってこと!?」


 容赦ないですね、ミャー。

 逃げ出そうとするヒルダですが、彼女はまったく動くことができません。弓のアーツの一つに影を縫い止めれば、敵の動きを拘束できるアーツがあります。

 どうやら念のためにアーツを仕込んでいたようでした。


 岩に映るヒルダの影に、ちょうど矢が突き立っています。さっきの一撃は暗殺の一撃であり、同時に詰ませるための一手。


 これぞ一流の狩人・ミャー。


 岩に突き立った鏃が赤く点滅しています。

 田中さんが叫びます。


「爆発! セック!」

「【ダークネス・リージョン】」

 

 セックが【常闇魔法】を発動した瞬間、鏃が大爆発しました。

 隠れ家だった巨石が木っ端微塵に吹き飛びますが、ヒルダたちは【ダークネス・リージョン】の効果で攻撃を無効化しております。


 爆風と岩片、土埃によって周囲が見えなくなります。

 それらで隠されている間だに田中さんは【長期顕現】を発動。転移系の魔法を詠唱し始めました。同時、ヒルダは大規模攻撃の魔法を練り上げます。


 やがて靄が晴れた時。

 田中さんたちの頭上にはネットが迫っていました。おそらくは魔法を封じる性能のあるネットでしょう。


 雑に弓を放つのではなく、こういった狩り道具も駆使してくるのPKK慣れが窺えます。


「【下位アンデッド召喚】合成」


 セックがネットに対応します。

 無数に生みだしたアンデッドを合成して、一体の巨大なゾンビに仕立て上げました。数メートルもあるゾンビがネットを頭に被ります。


「【時空魔法】【ランダム・テレポート】」

「【焼却魔法】【イフリート・ラース】!」


 田中さんたちが転移し、寸前にヒルダが大規模無差別魔法を置いていきました。セックも連れて田中さんたちは島内をランダムにテレポートしたようです。

 到着した場所は、島の端っこたるビーチでした。

 ご丁寧にレジャー用の寝椅子も置かれています。そこに座り込むことはなく、ヒルダは難しい顔で腕を押さえています。


 ぽたぽた、と血液が滴っていました。


「撃たれました。しかもピン刺しのアーツ付きです」

「【キュア】じゃ治せない?」

「無理です」

「仕方ないわね【ディスペル】」

「それにしても【ミラージュ・シンボル】を使っても命中させてくるとは。恐ろしい子です。掠っただけなのにHPが六割も持って行かれましたよ、ふふ。頼もしいことだ」


 田中さんが【ディスペル】を使ってミャーの印を付けるアーツを解除しました。ですが、すでに位置は割れているので急いで逃げ出そうとしています。

【疾風魔法】で風に乗っての超速移動。

 田中さんたちは魔法の「種類」に特化しています。多彩な魔法を使って、その場その場の最適解を選ぶ手札重視の戦士です。


 とりあえず最初の接触ではミャーの勝利と言えるでしょう。

 バトルロワイヤルは続きます。


 私的にはどちらが勝っても良いです。けれど、貸し出しているセックたちが負けるのは面白くなく、なるべくならば田中さんには勝利してほしいところですね。

 田中さんたちの背後、セックがギュッと箒を握り締めました。

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