第357話 脱出後
▽第三百四十四話 脱出後
ようやく脱出できました。
アーツを決めてからさらに一ヶ月後、私たちは唐突に元いた空間に投げ出されました。広げていたアイテム類が散乱します。
熊が食い荒らしたような惨状……
それに絶望することもなく、万能メイドはさっさと片付けを始めました。こういう時、彼女を作っていて良かったなと思わざるを得ません。
「……空間。斬れなかった。です」
「まあ無茶振りでしたからね」
「無茶振りに応えるのが使徒だった……です」
アトリはしゅんとしています。
ヴァナルガンドを使うまでもなく、幻想の狼耳が垂れているのが見えるようでした。
結局、私の命令である「空間を切断してください」は不可能と終わりました。さすがに無茶振りがすぎて反省です。
如何に自由度の高いゲームでも、できること・できないことがあるのは当然でした。
なんかアトリならできそう感があったのは事実ですけれど。ゆえに幼女に無茶振りをして虐待した、なんて汚名を得るつもりは皆無ですよ。
「私はしばらくログアウトしましょうかね」
「……!」
アトリが絶望します。
簡単に絶望します。いつになってもログアウトの瞬間に慣れてくれないようでした。犬が玄関から一人で出て行く飼い主に慣れぬのと同じですね。
昔、そういえば施設で動物を飼ったことがありますが、私にはまったく懐きませんでしたね。私と陽村には近付きもせず、小さな子や月宮にばかりに行っていました。
私に懐いてくるのはアトリか陽村くらい。
……なんだかなあ、です。
拳をぎゅっと握り、俯き加減のアトリは呟きました。
震えております。
「ボクが空間を斬れなかった……から。神様はろぐあうとする」
「いえ、本当に気にしていませんからね、アトリ?」
「神様は気にしていない……です」
アトリが繰り返しました。
悲しそうなアトリが顔を上げて呟きました。
「神様」
「なんです?」
「ボクが空間を斬れたら、神様の世界にいける。ですか?」
「いやまあ無理でしょうかね。頑張ることは止めませんけれど」
「ボク。頑張る。です」
神様神様神様かみさま神様神様
とアトリが目をぐるぐるさせて呟き始める中、私はログアウトしました。ちょっと怖いですよね、アトリって。
▽
リアル時間で一週間が経過しました。
トーナメントはリアル時間で一ヶ月後、すなわちあと三週間ございます。ゲームでは三倍の時間が流れているため、修業できるのは九週間もあるようでした。
私は閉じ込められた経験から、ちょっと《スゴ》から離れ気味でした。
やはり自由意志の元、お外に行けるのは良いことです。珍しく外食欲も高まり、運動も楽しく、ベッドのふかふかさに感嘆する日々。
アトリからのメール爆撃は日増しです。
一応、朝昼晩と細かくログインはしているのですけどね。
代わりにメールの返事をAIに任せたりすると、すぐにアトリは『お前は誰だ』『神様をどこにやった』『空間を斬る』と連投してきます。
どうして解るのかについては不明です。
最近のAIって怖い……
アトリは毎日、私がいない間だに「訓練の間」を使用している模様。
それによって【孤独耐性】がカンストしました。また、【天使の因子】についてもカンストしたようでした。
最後のアーツである【ネツァクの一翼】を取得します。
これによってアトリは空を自在に飛べるようになりました。私は空中にあるアトリを下から眺めて呟きます。
カーキの軍服ワンピース。
ガッツリ見えている布は水色。ワンポイントのリボンまでハッキリと見えています。下着から伸びている白い太ももや足についても、その布を隠匿するつもりが皆無であると伝わってきます。
「……下着をどうやって見えなくしましょうかね」
「神様。ボクは飛んでいる。です! 神様とお揃いっ、ですっ!」
「お揃いですね」
近未来的なデザインの翼。
それを動かすこともなく、アトリは自在に飛行してみせます。飛ぶというよりも、上から糸で吊り上げられているかのような飛行方法でした。
空中移動については【
速度は悪くありません。
ただ同じ最上の領域とやり合うなら、ちょっと微妙な速度かもしれませんね。シンズよりは速くとも、アトリはシンズよりも防御手段が豊富ではありません。
シンズは飛行しながら炎魔で襲い、さらに爆撃を仕掛けてくるキャラですしね。
アレの厄介さは無限沸きのような炎魔にあります。
アトリも召喚はできますけれど、シンズほど数はありませんし、使い捨てにできるわけでもございませんから。
「悪くはありません。空中への攻撃手段がない相手なら一方的に倒せますね」
「強い。です」
「杖の調子はどうです?」
「強い。です」
アトリは杖を新調しています。
宝杖【偽譚する宝世界杖】 レア度【クリエイト・レジェンド】
レベル【100】
魔法攻撃【1000】 耐久【300】
スキル【射程超増加】【魔法攻撃力増加・中】【魔法範囲増加・上】
これがアトリの新装備でした。
名称でお分かりの方もいらっしゃるかもしれません。この杖は世界樹素材とオリハルコン、それらを贅沢に使った長杖でした。
デザインは私監修です。
一国の国宝となってもおかしくない美麗さに仕上げさせましたとも。木材と謎鉱物との調和による美……悪くありません。
もちろん、アトリが使うことを想定しているため、彼女が装備してこそ真価を発揮します。
お陰で性能も素晴らしい。
アトリは遠距離戦の時にしか杖を使わぬため、もうそれに振り切らせてもらいました。
これで空からの爆撃も問題ありません。
このゲームでは遠距離攻撃は離れれば離れるほどに弱体化します。が、この杖さえあればほとんど火力を落とすことなく、範囲を上昇させて使うことが可能でした。
「【ハウンド・ライトニング】」
アトリが杖を振り上げれば、極太のビームが幾重にも空を駆け回ります。
天使の輪、翼を持つ禍々しくも神々しい幼女……彼女が迸らせる閃光を見やれば、彼女がこのゲームのラスボスだと錯覚する人もいることでしょう。
アトリマジJRPGのラスボス……!
JRPGのラスボスが神でありがちなのは海外でよくネタにされるようです。私、ラスボス戦が神なの嫌いではありませんよ。荘厳なオーケストラサウンドとか付けちゃってね。
試し撃ちを終えたアトリは満足そうに頷きました。
強者らしくセックに「良い。ありがとう」と労いを掛け、私にはうっとりと上目遣いで「神様……すごい、です」と甘えてきます。
私も誇らしいですね。
このスキル構成になるまで、何個も試作品を作ることになりましたよ。
ちなみに失敗作をオークションに出した結果、凄まじい額を手に入れることができました。このゲームの金策ってもしかしてチョロい?
世界樹素材は【理想のアトリエ】から取れます。
オリハルコンも日々ロプト、セックが増産しているくらいでした。掲示板の噂で鉱石魔法使いは生涯拘束され、オリハルコンを生むマシーンにされるというのは存外冗談ではないかもしれません。
私だって拘束しますもの。
常識があり、利益計算ができる人間なら一度は夢見るはず。
ロプトは拘束こそされていませんがオリハルコン作りマシーンとなっております。セックがいなければ本当に拘束していたことでしょう。
時折、思い出したように殺戮ミッションを与えれば嬉々として向かいます。
なお、ロプトが動き出すとオリハルコンを狙った悪人たちも動き出します。まあ、逆探知するアイテムがあるのでアトリが向かうのですけどね。
そうして崩壊した悪の組織が十個ほど。
悪の組織って色々とアイテムをため込んでいるので、むしろボーナス感があります。ロプトって殺戮以外はとても便利な資源キャラですね。
「マスター」
セックが真剣な表情で(といっても粘土ゴーレムなのでそこまで変化はありませんが)腰を折って尋ねてきます。
「わたくしもオリハルコンと世界樹によって装備を作ってもよろしいでしょうか」
「ええ、構いませんよ。ただシヲの装備を優先してあげてください。そろそろぶち切れてきそうなんですよね……」
「かしこまりました」
セックは大人しく頷きました。
じつは「訓練の間」でセックは挫折を味わっております。アトリの戦闘相手をするのですけれど、全部で呆気なく敗北しています。
いくら神器化していようが、アトリは戦闘特化の最上の領域到達者。
それに対してセックは便利枠の生産特化キャラでした。勝てないのは当然なのですけれど、彼女は「自称・完璧」なのです。
勝てないことは承知していても、まったく手も足も出ないことがショックだったみたいです。
お調子者の気があるセックが落ち込む。
なんだか居たたまれず、思わず私はアドバイスを送ることになりました。
「もっとアイテムを活用してはどうです?」
「……アイテムでございますか?」
「セックは色々と生産ができますからね。たとえば『アンデッドを強化する薬』だったり、『何か強い生物を召喚する召喚札』だったりを作って使えばよろしい。私たちのために使うのでしたら、素材の価値は問いませんとも……現実的なレベルでしたらね」
「! マスター……もしかしてマスターはわたくしのマスターなのですか?」
「完璧さんも忘れることってあるのですね」
「いえ、そうではなく。マスターはわたくしにあまり興味がないのかと」
まあないですが。
私にとって作品とは作った時点で終わりです。
セックはなるほどゴーレムとしては最高傑作ですけれど、かといって制作済み品に拘泥する私ではありません。
ああ、勘違いされがちなのですが、完成作品が壊れたり穢されることを推奨しているわけではありませんよ。
たとえば魔王が購入した我が美術品。
あれだって魔王が鑑賞していることも含めて作品の完成図です。良い感じの購入者を手に入れられて良いことです。
絵画にせよ、どう家に飾るのかも含めて芸術。
それを理解していない人は多く、たとえば美術館だって配置センスがゴミなことがございます。私は趣味で美術館を巡ることもありますが「え、この作品とこの作品を隣に置いちゃうんだ?」みたいなこと多いです。
絵の具の立体感が売りの作品が、照明の角度によって価値を落としていることなんてざら。
「気落ちしている貴女は、私の作品コンセプトと異なりますからね。励んでください」
「はっ、かしこまりました、マスター。完璧にご期待に応えてご覧にいれましょう!」
嬉しそうにセックが作業室に駆け出し、たくさんのゴーレムを呼び出します。スキルを借りるためでしょう。
シヲが近づいてきます。
ジト目・無言で見上げてくるエルフ少女。
私には卓越した観察眼がございます。シヲの造形はたしかに美しいエルフなのですが、根本的に「既存の生物」ではないことが理解できて、じつはちょっと怖いんですよね。
ところどころ、微妙にあり得ない骨格をしているのとか、より「真似されている」感が出て怖いわけです。
そのシヲにジト目で見つめ続けられる。
私は冷や汗を流しながら(精霊体に冷や汗はありませんが)目を逸らします。
『――――』
「……ゴーシュに頼みましょうか、貴女の鎧」
『――』
「そうですね、靴も盾も作らせましょう。今、私はお金持ちですよ。マントもどうです?」
邪神はミミックに敗北しました。
我らが陣営はミミックに弱めです。そもそもミミックに強い人なんています? 私、ドラゴンの教義的なゲームでミミックに遭遇する度に悲鳴あげていましたけれど。
対ジークハルトへ向け、私たちはしっかりと進んでいました。
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