第352話 リリーシアとの茶会

       ▽第三百四十一話 リリーシアとの茶会


 舞踏会が終わってからも、アトリはしばらく王都に滞在していました。


 最上の領域というだけあり、彼女への待遇は平民幼女へ向けたものとは思えないくらいです。今やSランク冒険者でもありますしね。


 ちなみに素行と人格によってSSランクには成れないようです。

 SSランクといえばユークリスを含めて三人しかいないようですからね、仕方がありません。


 事件を解決後、リリーシアによって呼び出されました。

 王族からの呼び出しは受けない方針です。が、もうアレックスや鏡の王、レメリア王女殿下といった王族とも交流があります。


 今更、という気もあり、暇も手伝って招かれてみました。


 噂ではリリーシアは傲慢で無能な王族とのこと。

 ですけれど、その噂を覆すほどに「お茶会に招待してくるにあたってのマナー」は完璧でした。使者も良い感じの人でしたし、お手紙もわりと良い感じでした。


 白状しますと、手紙のセンスが良かったのでオーケーしたところがございます。

 センスの良い便せん、招待の文言、文字の綺麗さとズラシ、インクの拘りように加えてお手紙からは品の良い香水の香り……王族としての義務をすべて放棄して芸術やお洒落に耽溺しているというだけはありました。


 このお手紙を断るのは無粋でしょう。

 というか、私だからこそ断ることができません。


 無能無能と呼ばれているリリーシアではありますが、私と一番相性が良い王族なのかもしれませんね。私も無能なので尚更です。

 おそろですね?


 何か無茶振りされたら逃げ出します。

 あの舞踏会の最中、事態を把握したゼスタ国王(アルビュートの王です)からはお褒めの言葉を頂戴しましたからね。


 今更、ちょっと王女に失礼を働いたとて、ジークハルトの刑に処されることはないでしょう。多分。

 

 アトリは念の為、普段着という名の本気装備で出陣しました。

 お茶会は舞踏会ではありません。

 が、なるべくならばドレスなどで向かうのが吉。しかし、何処にジークハルトが潜んでいるか解らぬため、念の為のガチ装備でした。


 アトリはメイドに連れられて歩きます。

 王城にはリリーシアのために建てられた塔があります。この世界、建築速度や強度がリアルを超越しています。


 まあ、そういうスキルがあるわけですから当然ですよね。


 ゆえに生まれた王女や王子に、それぞれ相応しい塔が建てられるようなのでした。ここは第五塔・黒薔薇の塔というようでした。

 エレベーター的な部屋があり、そこから指定した部屋に移動できるようです。


 ごうんごうん、という音ともに部屋が移動していきます。

 やがて到着。

 メイドが控えめにノックをしてから、恭しく扉を開け放ちました。


「どうぞアトリさま。黒薔薇の塔最上階・光のテラスとなっております」

「おお、中々良いところですね」


 王城は当然ながら、どの家屋よりも高い位置にございます。

 そしてこの第五塔は王城の施設の中でも、もっとも高い位置にありました。その高い位置にあるテラスは空に浮かぶかのよう。


 どこよりも高い位置からファンタジーの街並みを見下ろせます。

 やはり趣味が良い。

 品良く椅子に腰掛けていたリリーシアが目を輝かせて立ち上がります。


「まあ! アトリさん! とても素敵なお召し物……よくお似合いですわ」

「これも神様が与えてくれた」

「まあ! ささ、どうぞおかけになって! とても良い茶葉を用意させましたの」


 メイドの手配によって席に腰掛けます。

 贅沢放題が信条の御姫さまが用意しただけあり、その椅子の座り心地も素晴らしいようでした。


 テラスに設置されたファンタジー風の樹木、そこに鎮座している小鳥が美麗に囀ります。楽団が演奏するスペースがありますが、そこは空白。

 おそらく私が居るからでしょう。

 私の演奏を知っていれば楽団を招いて演奏させても……ということをリリーシアは理解しているようでした。


 むしろ、特殊な小鳥の囀りのほうがBGMには打って付けだと考えたのでしょう。


 昔、読んだ本によれば「良いお茶会を開ける貴族」は強いようです。ここは社交の場であり、人脈を作る場……そこで素敵な体験をさせるだけで、一気にお茶会主催者は「とても便利な存在」になりますからね。


 素敵で楽しいお茶会は、参加者の仲を強制的に深めさせます。


 リリーシアはそういう方向に特化した王族なのかもしれません。


 私、地味にアフタヌーンティーが趣味なので、ちょっとアトリが羨ましくあります。並べられる食器類も派手ではなく気品に満ちており、私では作り出せない時代を感じさせるアンティーク。


 並べられるお菓子やセイボリーも垂涎級。


 この世界の上位料理スキル持ちが作った料理は、ゆうに一流シェフの仕事を超越してきますから。


「さ、どうぞお召し上がれ」


 念ために【鑑定】させてもらいます。

 すると、食事の中に妙な効果が見受けられました。毒ではありませんけれど……そこには「媚薬」効果のお菓子が見つかりました。


 ……こいつヤバ。


「アトリ、媚薬について訊いてください」

「神が言っている。媚薬について訊く」

「あ、ま、まあ……な、なんのことでございましょう……あはは」


 む、とアトリが睨み付けました。

 アトリは【勇者】によって嘘を見抜けますからね。王女殿下が嘘を吐いたことを理解したのでしょう。


「ボクに毒を盛ろうとした」

「ち、違います! それについては違います! ちょっと良い気分になるお薬は混入させましたけれど、それは、つい、魔が差したと言いましょうか……べつに貴族の常套手段と言いましょうか」

「ボクに毒は効かない」


 アトリの装備には【毒無効】効果があります。

 いくらでも裏をかけるのが《スゴ》ですので、果たして媚薬効果も防げるかについては未知数ですけれど。


 慌てた様子でリリーシアが媚薬要りのお菓子を食べます。必死にお菓子を口に詰め込んでいきます。優雅さの欠片もございません。

 リスのように頬をパンパンにしてから、喉を大きく鳴らして嚥下します。


「ほら、毒ではないでしょう?」

「でも顔が赤い」

「それは…………」


 はあはあ、とリリーシアの息が荒くなっています。


「ちょ、ちょっとお花を摘みにいきましょうかね……」

「ボクはもう帰る」

「あ、あの! 解りましたっ! 片付けさせますわ! ね、アトリさん、ね? もう少しゆっくりしていらして、ね? ちょっとだけ、ちょっとだけですのよ?」


 とんだロリコン王女様ですね。

 王女自身は美容大好きなだけあって、かなりの美人ではありますけれど、アトリのような無垢無垢幼女に性的な目を向けるだなんて……


 緊迫感。

 それを打ち破るように乱入者が現れました。エルフの王女殿下であるところのレメリア王女殿下でした。


 杖をつきながらも、堂々たる姿で現れました。

 優雅なるカーテシー。


「今回はお招きくださり感謝いたしますわ、リリーシアさま……どうしましたの、アトリさま?」


       ▽

 その後、レメリア王女殿下の取りなしでお茶会は続行されました。

 ずっとリリーシアが「はあはあ」していましたけれど……レメリア王女殿下は気にした風もありませんでした。


 最上の領域にして王女殿下。

 中々の胆力がおありのようでした。


 アトリもレメリア王女殿下とはけっこう仲良しです。何度か共闘した関係でもありますし、向こうもアトリに対して寛容ですからね。

 出会う度に抱きつこうとする悪癖も、片足が駄目になって控えめになりました。


 軽い雑談をお茶とともに楽しんでいます。

 ちなみに私は暇です。今はアトリの膝の上に乗せられ、ぼんやりとした時間に耽っておりました。


 昔、月宮が「喫茶店でイチャイチャしてる女子高生の会話に耳を傾け、自分もそこに参加している気分になると上がるぞ! 青春だぜ!」ととても気持ち悪いことを言っていたのを思い出します。

 彼がギリギリ高校生の時だったので通報はしませんでしたが……


 あの時はよく月宮に「この人死んだほうが良いのでは?」と思ったもの。生粋の変人でした。死にましたがね。ははは。


「はあはあ……まあ! 邪神ネロさまとは素晴らしい存在ですのね! 是非ともアトリさまが教えを広めるべきですわ! どうです、アルビュートで大々的に広められては。お手伝いできます! 神殿を建てましょう!」

「神様はボクだけ居れば良いのだ……」

「そうでしたか……ですが、何かあれば仰ってくださいましね?」

「解った」


 こくり。

 と幼女が威厳たっぷりに頷きました。たとえ無能と呼ばれようがリリーシアは王族でした。王族や貴族には特有の「威圧」が存在します。

 

 生まれてから特別だと支えられて生きてきたことによる自負。

 それは人に強い力を与えますからね。王族ともなれば、しかも己が王族の義務とかを気にしない彼女はなおのこと自分への評価からくる威圧が強いです。


 ですが、アトリはまったく怯みません。

 彼女目線、王族よりも神様(偽物)のようですからね。いつもより緊張する相手と過ごしているので、リリーシアていどは気にならないようでした。


 アトリはこの国の王であるゼスタ国王にもため口でしたからね。


 これがリアル世界だったら処刑されていたところです。抗いますがね、鎌と鎖で!


 リリーシアが不思議そうな顔で問うて来ます。


「お布施とかは要りませんの? アトリさんが喜んでくださるのならいくらでも支払います」

「神様は金銭を欲しない。人類種の醜い欲など皆無なのだ……」

「まあ、高潔でいらっしゃるのね。さすがはアトリさんが信仰する神です」

「そう。神様はただ人々に死と救い、闇を与えるだけ。闇なき世界に安寧はない」


 世にも奇妙な宗教が出現しつつあります。

 まあ世には一見さんお断りの宗教もありますし、珍しいというほどではありませんけれど。あとお布施についてはもらえるだけもらいたい。


 ただ神殿は作らないでほしい。

 複雑な偽神心でした……


 こうしてアトリに奇妙な王族の協力者が増えました。

 なんの権力も力も持ちませんけれどね。レメリア王女とも仲が良いですけれど、彼女はいざという時はエルフランドを優先することでしょう。


 アレックスなどもそれは同様。

 ゆえに純粋な王族の協力者は初のことです。要らないですけどね。


 しばらくお茶会を続けました。

 食べ物も美味しく、お茶も美味しかったのでアトリも満足です。ジャックジャックの影響によってアトリはお茶が好きになっているようですからね。

 良いお茶には良い評価を与えるのがアトリです。


「そろそろお暇しましょうか、アトリ」

「解った。です神様。……ボクは帰る」


 リリーシアが帰宅の準備をさせるべくメイドを呼びつけました。

 その時にちょうど良いので媚薬も包んでもらいます。毒を無効化できるアトリです。かといって媚薬が無効化できるかについては知っておきたいところ。


 思わぬ絡め手で攻撃されては困りますからね。


 王族が仕込む媚薬ならば最高峰でしょう。

 アトリで人体実験して効果のほどを調べましょう。うっかり効いてしまった場合のため、セックに解毒剤も用意させておかねばですね。


 幼女に媚薬を飲ませる大人……いえ、自衛させるためですからね?

 勘違いしないでほしいです。


 アトリの膝に固定され、待っているとメールがやって来ました。どうやら運営からの通知のようでした。

 開けば、そこにはザ・ワールドのきゃぴきゃぴ文が羅列されています。


『うおおおおおおおお!

 みんなあ! みんなあ! 血が見たいかああああああああ! うおおおおお!

 良い子の人類種たちみんなザ・ワールドだよお! 会いたかったよお!

 でねでね! 

 聴いて聴いて! なんとなんとなんとなんとお、ザ・フールちゃんの協力もあり、とうとう待望のアノイベントが始まっちゃうようだ!


 そう!


 対人イベント! トーナメント! 最強決定戦!

 最強の契約住民が決定される夜がやって来る……詳しくはイベント概要欄をチェックしてね! あ、契約精霊のみんなは見ているだけだよ! ごめんねっ! 日頃の練度が試される。忘れるでない……これは育成ゲームなのだっ!

 あ、登録している精霊のスキルやアーツは、住民側が自由に使えるいつもの仕様だよん!』


 私は小さく笑いました。

 どうやら舞踏会が終わって、今度は武道会へのご招待のようでした。


 私の笑みにこてんと首を傾げるアトリ。

 さてアトリは人類種最強になれるのか……まだ高みには届いていない彼女ですけれど、すでに手を伸ばす資格は有しているはず。


 開催は一ヶ月後。

 そこまでに何処まで突き詰められるか、ですね……


 お茶会はつつがなく終了いたしました。

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