第349話 三魔教VS

       ▽第三百三十八話 三魔教VS


 破壊された馬車。

 それで敵が全滅した、なんて楽観的な想像はしません。油断なく大鎌を構えながら、アトリは何度も【閃光魔法】を馬車に向けて放っていきます。


 敵は明らかにおかしい。


 いくら有能だからといって、万全なお城から王女を誘拐したのは……凄すぎます。かなりの強敵であることは間違いありません。

 絶えずアトリが魔法で攻撃を仕掛けるのを横目に、私は【クリエイト・ダーク】で目玉を作ります。


 そこに【邪眼創造】を付与すれば、遠隔偵察も可能なのでした。

 馬車内部を見やります。

 ぐちゃぐちゃになった馬車内。そこではまだ四名の生存者がいて、アトリの魔法を最小の動きで防いでいるようでした。


「……なるほど」


 私は即座にレレレさんにチャットを送ります。

 今回、セッバスもレメリア王女殿下のお付きとして城に来ています。……既読が付かないのは、舞踏会を楽しんでいるのか、それともログアウトしているのか。


 生存者。

 そのすべてを私は知っていました。


 一人はリリーシア。

 そして、あとの三人は魔教のオリバーや神器争奪戦で乱入してきた魔教徒たちでした。オリバーと目と目が合います。


 面倒そうに髪を掻き毟ったオリバーが、馬車から飛び出してきました。

 両手の銃をアトリへ向け、不敵にシスター服を夜風に靡かせております。


「これはこれはアトリさん。お久しぶりでございますなあ。いえいえ、本体の私との遭遇はお初でございましょうか? 改めて自己紹介を。私、魔教司教――オリバー・バーミリオンでございます」


 そして、とオリバーが左右に展開された同志たちに視線を向けます。

 剣士老人が頷きます。


「魔教主任司祭ガストロ」


 さらにもう一人青髪のシスター服が丁寧に腰を折りました。


「魔教大司教ティティリーと申しますわ、勇者さま」


 すべてが魔教幹部級。

 魔教は入れ替わりの激しい組織ではありますけれど、基本的に役職付きは全員が幹部という認識でよろしいようですね。


 魔教幹部は全員がただ者ではありません。

 強い弱いではなく、鬱陶しい性能を持つ人が多い印象があります。ただし、その純粋な性能自体も最上の領域には及ばずとも、一般人ではまず勝てない強者揃い。


 それが同時に三人。

 中々に厳しい場面……とは言い切れませんね。今のアトリの性能ならばオウジン以外の魔教連中ならばまとめても薙ぎ倒せるような気がします。

 オリバーが悲しそうに肩をすくめました。


「まだゴース・ロシューの教えは生きているようでございますなあ。オウジンさまの予知では楽々と抜け出せたはずなのでございますけれど」

「……お前は嘘を吐いている」

「その通りでございます。オウジンさまは仰ったのでございます。ここでアトリさんを仕留めておけ、と」

「それも嘘」


 アトリは嘘を見抜く力がございます。

 それがオリバーの嘘を看破していきますけれど、それでは目的がまったく解りません。オリバーはアトリと遭遇することを知っており、かといって殺す気はない?


 だとしたら、この誘拐の目的が見えてきません。


 私が困惑している間にも、オリバーはシスター服のポケットからフラスコを取り出しました。


「さてアトリさん。交渉でございます。このポーションを飲んでもらいたいのでございます」

「飲むわけない」

「そうでございますかあ。こちらには人質がいるのでございますがねえ」

「どうでも良い」


 転がって痙攣しているリリーシアを一瞥して断言するアトリ。

 アトリに好意的な王族の一人ではありますけれど、それはユピテル殿下の下位互換でしかありませんからね。王族は他にいるわけです。


「ああ。勘違いですよお」


 そう言ったのはティティリーと名乗った青髪の女性でした。シスター服を押し上げる大きなお胸の持ち主。シスター服と巨乳の組み合わせは良いですよね。

 ティティリーが手にしていた水晶を掲げます。

 すると、その水晶には知らない老婆の顔が映り込みました。老婆が悲しきことに亀甲縛りされております。誰得という奴ですね。


「?」と私が首を傾げる代わり、アトリの表情が珍しくサッと青ざめました。

 オリバーが微笑みました。


「大切な者ができる。それは弱点でございます。この老婆に見覚えがございましょう?」

「……知らない」

「下手な嘘でございますなあ。この老婆は貴女のご友人でございましょう? ……吸血鬼騒動の合間、貴女が立ち寄った村の老婆でございます。オウジンさまによればこの老婆との関係により、貴女は精神的に向上し、あのイベントがなければヨヨには負けていたとのこと……大事でございましょう?」

「……」


 拳を握り締めるアトリ。

 心情を隠そうとした行動なのでしょうけれど、滴る血液を見れば逆効果であると解ります。よりにもよって老婆を亀甲縛りするなんて……魔教は許すことができません。


「さらにさらにでございます」


 オリバーが嬉しそうに両腕を広げれば、水晶には知った顔が浮かび上がりました。そこにいるのは……魔女帽子を被った全裸の少女。

 アトリの友人――魔女・ステリアでした。

 ステリアは監視されているとも知らず、洞窟の奥で大鍋をかき回しています。


「人質。意味はおわかりでございますか?」

「…………それでもボクは神の使徒。殺されるわけにはいかない」

「で、ございましょう。ゆえにこそこのポーションでございます。このポーションの効果はとても単純でございます。メインにしている、もっともレベルの高いスキルを封印するというもの。時間にして一日ほどでございましょうか」


 ポーションを【鑑定】しました。


【スキル鍛錬ポーション】

 効果は「スキルがかなり上昇し易くなる。その代わりとして、もっともレベルの高いスキルに関連する力が封印状態となる」とのこと。


 なるほど。

 デメリットとして「スキル封印」するのではなく、メリットの代償として「スキル封印」をしてくるタイプです。こういうのは純粋なデメリットポーションよりも効果が高い傾向にあります。


 その分、メリットも大きいのですがね。

 つまり、オリバーが提供してくるポーションを飲み干せば、アトリは一日「大鎌関係」のスキルを使えなくなるようでした。

 

 大鎌関係、とあることから【ヴァナルガンド】も封じられそうです。


「これを飲んでいただきたい。そうすれば私たちとのちょうど良いハンデとなるでございましょう?」

「なるほど。窮地かもしれませんね」


 私は呟きました。

 オリバーの嫌らしいところは「絶対に死んだり負けるわけではない」ラインを見極めているところです。

 もしも「死が確定するような脅し」ならば人質を諦めて戦うしかなくなりますからね。


 兵糧攻めで城を落とす際、敵がやけくそ出陣してきたらあえて逃げ道をひとつ作っておかねば全滅するまで襲いかかってくるので危険、みたいなお話でした。


 今のアトリならば大鎌がなくとも、召喚なり魔法なり体術なり鎖術なりで戦えます。


 勝つことができる。

 が、問題は魔教たちはオウジンの命令で動いていることです。完全未来予知でアトリの敗北まで見られている可能性があります。


 オリバーはアトリを殺すつもりがありません。

 が、負けたあと誘拐されないとは限らず、あるいはオリバー以外が「アトリ殺害」を命じられているのかもしれません。


 嘘を見抜ける称号は、いくらでも抜け道がございます。


「……アトリ、ここは貴女が決める場面でしょう。好きにしてください。私が合わせましょう」

「…………飲む。です」

「よろしい。フォローは任せてください」


 アトリが大鎌を使えないことは致命的。

 ですけれど、こちらには邪神ネロさんがいますからね。いざという時は【神威顕現】があるという安心感がございます。


 もちろん、対策されているでしょうけれど、保険としては及第点以上。

 最悪、アトリを抱えてジークハルトのところまで逃げます。

 そしてもうひとつ。

 私はオウジン対策について考えていました。敵は完全未来予知なる力を有していますけれど、ギースが勝てた相手ということもあります。


 予知を突破する方策はあります。


「さあ」オリバーがポーションを投げ渡してきます。

 それをキャッチしたアトリがポーションを飲もうとする寸前でした。オリバーが手を正面に突き出して制止してきます。


「その前に【ホドの一翼】を使用してほしいのでございます。それを使われれば普通に解除されてしまうのでございますよなあ」

「……【ホドの一翼】解放」

「よろしいのでございます。ああ、あと【テテの贄指】もでございます。その他、何かしら抜け道はございましょうけれど、ともかく大鎌を使った時点で反則として人質を殺させてもらいます」


 アトリの【天輪】や翼たち。

 発動していた【零式・ヴァナルガンド】や邪神器化していた鎖、出現させていたドローミなどが容赦なく解除されていきます。


 唯一、ディスペル耐性を持つ【奉納・常疾の舞】だけがアトリには残されました。


 魔教連中のバフも抜けていきますけれど、アトリに比べれば大したバフはないでしょう。この【天使の因子】の解放効果は敵のギミックを破壊できる可能性がありますけれど、デメリットが大きすぎるのが使いづらいところですね。


 アトリがポーションを飲みました。

 それだけで一気にアトリの力が減じられたことが理解できます。大鎌は今までずっと使ってきたアトリの相棒。


 それを封じられれば、いつも通りとは言えないでしょう。

 私には計れないことですけれど、もしかしたら最上の領域としての力を発揮できないかもしれません。そうなれば魔教三人相手は厳しいでしょう。


 ほう、とオリバーが安心したように胸を撫で下ろしました。


「オウジンさまから聞いていたとはいえ、本当に飲んでくださって安心でございます。さて我らに勝利した暁にはこれらを差し上げましょう」


 そううそぶいてオリバーが取り出したのは、小さな青い石。

 神器の強化素材でした。

 その青い石ころを手のひらで転がしながら、オリバーは地面を転がっているリリーシアを見下ろしています。


「どうして王族が偉いのか。それは王族の血こそが神器強化素材であるからでございます。基本、王族は死ぬとき、この小さな石になる素材となる。神に認められた尊き血。が、私は最高峰の錬金術師でございます。生きた王族から石を作り出すことができるのでございます。逃走中、三つも作ったのでございます」


 その代わり、リリーシアは虫の息。


「我らに勝てばこの石を差し上げましょう。神器を育てておけば真解にも至れましょう。まあ、大鎌よりも肉体のほうへ使うべきでございましょうけれど」

「?」

「まあよろしいのでございます。やりましょう、殺し合いというやつを」


 オリバーが石を懐にしまい、銃口を向けてきました。

 夜の王都門前。

 月明かりが見守る中、弱体化したアトリと魔教幹部三名との殺し合いが始まります。

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