第348話 追跡戦

    ▽第三百四十八話 追跡戦


 突如として誘拐された王女を追い、夜の街を駆け抜けています。

 私はアトリに追従しながら、現状の把握を優先しました。


「敵がこちらに気づいているのか、どうか、ですね」

「気づかれている。です」

「なるほど。しかし、街中で交戦するわけにもいかないでしょう。外に出たら抹殺しましょうか」

「抹殺。です」


 夜の王都。

 アトリは凄まじい勢いで敵の馬車を追いかけます。夜風を幼い体躯で斬り裂き、大鎌を携えた幼女は音もなく疾走します。


 対し、敵の馬車も中々のもの。

 少なくともシヲよりも速い。速度に特化した馬、それを補助する馬車の効果があるのでしょう。かつて追いかけっこをしたキッドソーよりは遅いものの、場合によっては最上の領域でも追いつけない手合いでした。


 ただし、アトリは最速。

 しかも入り組んだ街並みです。アトリのほうが遙かに早く、見失う気配は皆無でした。鎖を使い屋根に降り立ち、ノータイムで全力疾走を繰り返します。


 やがて追跡を嫌い、馬車から魔法が放たれ始めました。


「シヲ」

『――』


 舞踏会用にドレスを纏ったエルフの少女――シヲが触手を伸ばしました。魔法をHPで直接受け止め、さらには【相の毒】でカウンター。

 かなりの火力を出していたようです。

 馬車から身を乗り出して魔法を放った術士は、その場で絶命してしまったようですね。馬車の窓から転げ落ちて死んでいます。


 アトリはシヲに【リジェネ】を掛け、それから嫌そうに抱き締めます。


「追いかける」


 シヲもかなり速度はあるのですけれど、今のアトリには遠く及びませんからね。抱き締めることによって移動できる盾として使うつもりのようでした。

 敵も「アトリが街を守っている」ことに気づいたようです。

 無数の攻撃を街に向けて解き放ちます。


 そのほとんどをシヲが肉体で防ぎますけれど、かなり厄介ではありますよね。

 仕方がなく、アトリも防衛に加わります。

 疾走しながらも、足首に巻き付けられた邪神器性の鎖が解き放たれます。幾重にも重なった鎖が自由意志を持った蛇のように地を這い回ります。


「!」


 外を歩いていた酔っ払いに向け、矢が放たれていました。アーツさえ使われている矢は、おそらく反応さえ許さずに酔っ払いを殺すのでしょう。

 が、それはアトリが居なかったらのお話。


「【遮凡牢錠しゃぼんろうじょう】」


 それは鎖で壁を作るアーツでした。

 本来は敵を閉じ込めるアーツなのですけれど、アトリはカスタムをして純粋な壁として運用します。ただの壁を作るアーツよりも頑丈に仕上がるようですね。


 鎖で編み込まれた壁が一瞬で構築されます。

 矢を綺麗に受け止め、その威力は完全に殺されています。鎖が解除されました。どころか鎖は矢を掴んだかと思えば、勢いよく敵に投擲しました。 


 矢を放っていた敵が、咄嗟に矢を放ち、相殺してきます。


「もう市街戦は避けられませんか。こっちからも攻撃していきましょう」

「です……【ケテルの一翼】解放」

『きゃきゃきゃきゃきゃ』


 アトリが【ケテルの一翼】を解放したことにより、ハイ・ゴーストドラゴンのドローミが出現しました。機嫌良さそうにドローミはアトリの首に巻き付きます。

 なんだかスカーフのようですけれど、それを鬱陶しそうに剥ぎ取りました。


「鎖」

『きゃきゃきゃきゃきゃきゃ』


 ドローミがアトリの鎖に入り込みました。途端、今まで以上の自由度で以て鎖が動き出しました。

 邪神器【交差する罪過への罰】には【増殖分裂】のスキルがあります。これによって鎖が枝分かれします。

 ドローミが憑依したため、鎖の分銅部分の装飾がドラゴンに変化しました。


「ブレス」

『きゃきゃきゃきゃ』


 枝分かれした鎖の分銅。

 ドラゴンの意匠の顎が開かれ、そこからドラゴンブレスが迸ります。同時にいくつものブレスが放たれます。

 鎖の動きは変幻自在。

 ブレスはあらゆる方向から、上下左右を問わず馬車を狙い撃ちます。


 市街地を爆走する馬車が、火花と共にドリフトを行います。

 御者の手腕は中々のもの。鎖から放たれたブレスによる被害は、天井が焼き払われるていどに抑えられました。


 馬車が強引に角を曲がります。

 その勢いで馬車は門を見つけました。あそこを抜ければ王都の外です。直線勝負。どうやら検問を大人しく受けるつもりはないらしく、力尽くで突破する心積もりでしょう。


「【ハウンド・ライトニング】」


 鎖を使ってアトリは走っています。

 走ることをドローミが操る鎖に一任し、アトリはひたすらに魔法での攻撃を行います。鎖が家屋を掴み、アトリの肉体を引き上げ、天地無用の異常な動きを体現しています。


 走るリソースさえも、魔法の構築に注ぎ込みます。

 魔法は時間を掛ければかけるほど、手間を増やせば増やすほど、複雑にすれば複雑にするほどに火力や性能が跳ね上がりますからね。


 街中に光の線が走り回ります。

 それは軌道を複雑にした【ハウンド・ライトニング】によるもの。


 馬車の上に立っている剣士が、アトリの魔法を切り落としていきます。おそらく熟練の剣士であろう老人。

 それでもアトリの光の軌道を読み切れずにいくつか被弾しているようでした。


 ちなみにリリーシアの生死は問いません。

 我らには劣化蘇生薬がありますからね! お薬すごい。

 迎撃に出てきた魔法使いが、アトリの閃光魔法によって撃ち抜かれました。


 剣士の老人が片腕を光に奪い取られました。

 血を流す老人の瞳に反射するのは、絶望的な幼女の姿。月光を背景にした幼女の姿は、おそらく老人たちにとっては絶望の擬人化。


 天輪が月明かりを反射し神々しく輝き、七つもの無機質な羽が背からは伸びております。大鎌を手にし、無数の光を放ち、そしてドラゴン型の鎖が十股にも別れて足首から伸びており蠢いております。

 白髪。

 ぐるぐると狂信する紅目に覗かれれば、敵は――ラスボスとうっかり遭遇エンカウントしたような顔をするしかないようでした。


 死に物狂いの馬車が門に辿り着きました。

 兵士は必死に止めようとしますが無駄。


 馬が閉じられた門に体当たりし、たったそれだけで門が盛大に吹き飛びます。鋼鉄製の門が粉々に砂のお城のように砕け散りました。

 外に馬車が出た途端、アトリが大鎌を振りかぶりました。


「【コクマーの一翼】解放」


 大鎌に凝縮される光。

 それが大鎌の凪と同時に放たれました。


「【シャイニング・スラッシュ】」


 馬ごと馬車が真っ二つに分離されました。

 ――大地に致命的な亀裂を走らせながら。

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