第347話 王女誘拐
▽第三百三十九話 王女誘拐
舞踏会も後半に差し掛かってきました。
夕方頃から開始されたパーティですけれど、これは深夜まで続くようでした。今は時間にして夜の22時頃。
ずっと喋って、踊って、喋って、交渉して……を繰り返しております。
一見、とても優雅に見えますけれど重労働ですよね。この世界の貴族は多くがそこそこにレベルがあります。我々の世界よりも身体能力も体力も高いのでやっていられるのでしょう。
あと纏っている衣装に「疲労軽減」みたいな効果でもつけている可能性もございます。
邪推ですけれど、貴族たちは【交渉力上昇】【魅力上昇】【ダンス向上】みたいなスキルと【疲労軽減】などのスキルをどのように配分するのかさえも戦略に考えてそうです。
今度、販売する用に良い感じのドレスを仕立ててみましょう。
私のデザインセンス、そしてセックのスキルレベルと素材があれば、一着売るだけで相当な儲けに……なりません。
私が何かを創ろうとすると赤字になります。
リアルだと量産されるので、デザインのライセンス料で不労所得化するのですけれど、このような世界の貴族が量産品を着るかと問われれば疑わしい。
やはり辞めておくべきでしょうね。
似合わない人に着られるのも癪ですし。
「……疲れた。です」
「おや珍しいですね」
「人。面倒。です……」
「解りますけれど、子どものうちから人嫌いは大変らしいですよ」
「頑張る……です……」
「……いえ、頑張って人嫌いが加速してはいけませんか。私みたいになってはいけませんよ、アトリ」
「? ボクは神様みたいになりたい。ですっ!」
「うーん、それはちょっと。ともかく休みましょうか」
アトリはどうでも良い他人との会話がダルくなったようですね。
男性からは老若問わず言い寄られ(アトリが最上の領域到達者とはいえ、まだ幼い子どもの女の子と見られているようです。実際にそうなのですけれどね。ゆえに容易い相手と勘違いされている節も見受けられます)、女性からは嫉妬されたり過度に称賛され、同い年くらいの子からは色々な対応をされています。
利口な子は「仲良くしようアピール」
そうでもない子は「俺・私は貴族だが? アピール」を受けています。
今回、アトリは殺しを禁じられており、それらの対応に苦心しているようでした。無差別殺戮は今は楽ですけれど、今後を考えれば面倒になってしまいますからね。
少なくとも、アトリが「魔王討伐」を目的にしている間は暴虐ムーブは控えめにせねばです。
アトリと私はバルコニーへ出ました。
少し前まで魔王軍に占拠されていたとは思えぬほど、すでに王城から見やった街は賑わい始めております。
それもそのはず。
王都は健在アピールをするため、たくさんの人を雇い、商人を派遣し、貴族を呼び寄せたわけですからね。
虚飾ながらも、そこには人の活気特有の気持ちよさがございます。
言ってしまえば夜景だって「ただのライト」ですしね。虚飾と栄光の極みとて、外から見れば楽しい舞台のひとつに成り上がってしまいます。
人がたくさん居た場所から離脱したことにより、外はヒンヤリと気持ち良い。
大した明かりがないため、空には唸るほど満点の星空。
星や月は良いものです。
この私が手を出すまでもなく美しい。ぼうっとアトリと空を眺め、バルコニーに設置されたベンチで夜風を浴びています。
踊っていた時よりも、よほどアトリは満足げです。
死や不吉、そして黒蝶をイメージしたドレスは、幼いアトリにもよく似合うようにデザインしていました。あえてマイナスイメージに特化させたのは、そっちのほうが似合うから。そして舐められないようにですね。
こういう社交界、衣服のひとつひとつで威圧せねば会話もままなりません。
このデザインをこの年で着こなせるのは、アトリをおいて居ないでしょう。何度見ても会心の出来でした。
確かめる都度、思わず頷いてしまいます。
「何度みてもよく似合いますね、アトリ」
「! ボクは似合う。です……! 神様が作った! ……ですっ」
「自画自賛……とは違いますか。自信満々ですね」
「ボクはかわいい。ですっ」
夜でもなお目立つ深紅の瞳がぐるぐると回転します。
そのぐるぐるした目を洗濯機が回っているのをつい見ちゃう時のように眺めていますと……不意にアトリが視線を鋭くしました。
ベンチの上に立ち、広大な庭を睨み付けます。
「神様……」
「どうしましたかアトリ」
「出て行った。です」
私も浮かんで目をこらしますけれど、暗くてよく見えませんね。
こういう時のための【邪眼創造】でした。私が使ったのは【暗視眼】といって、暗いところでも暗黒状態でもよく見える目となっております。
大した効果ではないのに、アトリのMPを三割も喰らう力ですね。
万能ですけれど決して使い勝手がよろしくない。
それがこの固有スキルの弱点であり長所でありました。
暗視ゴーグルのような視界。
そこで捉えたのは腕を引かれて連れて行かれるアルビュートの第五王女リリーシア。ただし、顔色はよろしく、なんだか「深夜の密会だなんて、きゃっ」みたいな感じです。
私はやや言いづらさを感じながらも告げます。
「ダンスパーティーではままあることですね」
「? 誘拐はよくあること。です」
「意中のお相手と舞踏会を抜け出すのも、また一興。醍醐味ということです」
「? 一興。です」
「私も何度、連れ出されそうになったことか」
貴族女子くらいならばともかく、王女がやって良いムーブではない気もしますが……まあ困るのは王家の人々とジークハルトくらいのものでしょう。
知ったことではありません。
そう切り捨てようとして……階下ではリリーシアが複数の覆面に囲まれてしまいました。
後ろから鈍器で殴られ、気を失わされるリリーシア。
そのまま馬車に連れ込まれました。
アトリはとくに驚いた様子もなく言いました。
「醍醐味。ですっ!」
「……ちょっと夜風に当たりにいきましょうか、アトリ」
別に見捨てても良い場面ではあります。
が、王女を救出しておけばアルビュートにも強く出ることができるでしょう。上手く行けばジークハルトを一度くらいは借りられるかもしれません。
まあ、ジークハルトよりもレジナルド殿下やクルシュー・ズ・ラ・シーのほうが便利そうではあります。いざという時、ヒーラーとデバッファーのほうが替えが効きませんからね。
それになにより。
アトリ「も」参加していた舞踏会……みすみす重要人物が誘拐されては面白くありません。
ここでの失態はアトリの失態も同然。
何よりも此度の舞踏会は勝利を祝う場。この勝利はあの【楽園のコーバス】が見事な演奏で切り開いた勝利。それを汚すのは同じ芸術家として不愉快。
「行きますよ、アトリ」
「?」
「敵を倒しましょう」
「皆殺し。です!」
私の戦意をくみ取ってアトリがホルスターから大鎌を抜き出します。
真っ先に舞踏会場に乗り込もうとするのを止め、私たちは庭に飛び出しました。危うく不信心貴族抹殺大会が開催されるのを防げましたね。
バルコニーより飛び降りました。
【造園】持ちのアトリは整えられたトピアリーを避けて着地します。
ふわり、と優しい衝撃。土埃ひとつ立てず庭園に降り立ちました。ジャックジャックから教わった体術も併用したようですね。
「神様。どれくらいで追うですか?」
「そうですね。私の【鑑定】を弾いてくる相手。しかも、平然と王城に乗り込んで逃げ出す手腕……本気でも良いくらいです」
「【零式・ヴァナルガンド】……!」
負担の少ない零式です。
負担が少ない、とはいえかつてのアトリでは耐えられないレベルではあります。今やアトリはカラミティー素材で作った防具まであり、あらゆるスキルによって回復力も増大しております。
零式のほうであれば、長時間の持続が可能となりました。
アトリが見事な庭園を人知れず駆け抜けます。
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