第346話 立食パーティー
▽第三百三十七話 立食パーティー
舞踏会は続きました。
一目見ることにより、アトリも大凡の盆踊り風ダンスを会得しました。もちろん、私も適宜、そのダンスについて口出しさせてもらっています。
ウザいと思われるかもしれませんが、私の「アトリを上手に踊らせたい欲」を優先させてもらいますよ。幸いアトリはウザいと思っていないようですね。
むしろ、基本的にお任せの私が付きっきりなことに喜んでいる節さえあります。
私とて相手は選びますとも。
口出しをウザい、と言う相手に指導なんてしません。
私にも選ぶ権利がありますからね。
その点、アトリとレメリア王女殿下は優秀な生徒と言えるでしょう。ぐんぐんとダンスの腕を上達させていきます。
荘厳な音楽が止みました。
先程までは正直なところ、耳に入れておくのも億劫な音楽でしたけれど、中々に洗練されてきているようでした。指揮者が化け物レベルで優秀ですね。指揮者は「始まるまでの練習」が本番なのですけれど、おそらくは何らかのスキルで「本番をコントロール」しています。
これは私にもできないこと。
ゲーム万歳といったところですね。
音楽が終わったことによって歓談の時間が到来しました。なんだか椅子取りゲームみたいな舞踏会ですね、悪くはありませんけれど。
アトリはもっと踊りたいらしく、次の演奏をうずうずと待ちわびています。
「かみさまが耳元で教えてくれる……もっと踊る……褒められる」
「食事もありますよ、アトリ」
「食べる! ですっ!」
私が【クリエイト・ダーク】でトレイを作り、たくさんの料理を準備しておきました。王国が贅を尽くして作っただけあり、冷めてはいるものの、とても美味なようでした。
毒味などの兼ね合いもあり、熱々の料理はないようですけれど。
立食ながら優雅に、そして素早く食事を進めていくアトリ。
立食会ではなく、舞踏会なので貴族たちもやって来ます。最上の領域たるアトリと交流を持つことは、彼らにとっても有力な意味を持つのでしょう。
第一フィールドの貴族は大抵が「そこそこに優秀」らしく、しっかりとアトリの扱いも慎重でした。つい最近、国をほとんど単独で落としたアトリです。いくらジークハルトを擁する国の貴族であっても下手はうてないようでした。
ただやって来るのは第一フィールドの貴族ばかり。
これについての予測は立てられます。
おそらく第一フィールドの貴族たちは【勇者】について詳しく知らないのでしょう。嘘を見抜く力についてです。
第一フィールドでは長らく【
タタリ村で過ごして「よし、魔王を倒そう!」と思ったり、そもそもレベルを規定値まで上げるチャンスがありませんでしたからね。王国側も神器を生産できる人物なんて、仲間にしたくなかったのでしょう。
神器を争って貴族間で戦争とか起こりえますからね。
下手に貴族が神器を手にしたら、弑逆の確率も跳ね上がってしまいますし。
しかしながら、他の国では「救恤」の効果は知れ渡っているのでしょう。
貴族に「嘘」はつきもの。下手にアトリに嘘を吐き、それを見抜かれて不審を買いたくないのでしょう。
事実、話掛けてくる貴族の大半はアトリから不興をかっています。
「いやあ、邪神ネロさまは素晴らしい神だ! アトリさま、是非とも我が領地にも邪神ネロさまを奉る施設を作りたく思います。どうです、我が領地で神官などをなされては」
「消えろ」
「!?」
アトリを利用する気満々で私の名を出したのでしょう。
今回、私が「舞踏会を楽しみましょう」と指示を出しているので手を出しません。舞踏会が中断されかねませんからね。
が、下手をすればこの後、勝手にアトリが貴族を殺し回りかねません。
それを隣にいるレメリア王女殿下も理解したのでしょう。
慌てたように「アトリさまに邪神ネロさまのお話は振らないようにお願いしますわ」と伝えるようになりました。
一国の王女殿下にして、最高戦力の一画……今回エルフランド代表として列席しているというのに、すっかりアトリの秘書みたいなポジションに収まっております。
ありがたいことですね。
レメリア王女殿下はけっこうな常識人なので苦労人になってしまいます。
たくさんのお客さんがやって来ます。
レメリア王女殿下も中々の人気振りで、とくに男性からの人気が大変に大きい。口説く人もいれば、プロポーズ紛いの言葉を贈られることも頻発しているようでした。
それをレメリア王女殿下は軽くいなしていきます。
王女にして最上の領域到達者です。立場上、自分の意思で結婚をどうこうできないでしょう。とりあえず全員をキープくらいの感覚で断っていました。
ただセクハラには厳しいらしく、上級貴族らしき男が品のないジョークを口にした途端、平然と「殺しますわよ」と脅しておりましたが。
さすがは最上ですね。
アトリにもそういう輩はやって来ます。
美しい男が風雅な仕草で、アトリに求婚しておりました。年の差は20以上……しかも正妻ではなく妾のようでした。
まあ、その年の男性貴族は結婚しているでしょうからね。
そこは仕方がないのかもしれません。アトリも今やSランク冒険者ではありますが、貴族というわけではありませんからね。
ただメドの子孫なので、実質アトリもプリンセスと言えるのでは?
だってメドと言えば第五フィールドの女王です。
既存の王族を皆殺しにして玉座に着いた怪物勇者。もっとも魔王と交戦し、魔王と拮抗していたと言われる実力者。
途中、国を時空凍結されるも、自身と夫であるターヴァだけで「神聖国家クリスメア正規軍」を名乗って他国で暴れ回っていたようですからね。
アトリは第五フィールドを魔王から奪還した暁には、その国の支配権を主張してもよろしい立場です。他貴族がアトリと婚姻を結びたがる理由が解ります。
上手くやれば他国の王になれるわけですね。
このチャンスを逃したくない、という貴族のほうが健全までありましょう。
……そう考えるとアトリの立場低すぎでは?
いえ、もう人類側が魔王への勝利を諦め、第五フィールドの奪還を目指していないのかもしれません。そうなっては基本アトリは平民ですしね。
優雅な表情の裏、必死な男性貴族が言い募ります。
「是非ともわたくしと一緒になってください。今までの不当な扱いを忘れさせて差し上げましょう」
「ボクは神様と一緒」
「そうですね。しかし、あくまでも神と信徒ではありませんか。わたくしとの恋愛も考えていただきたいですね。幸せの形はたくさんあってよろしいのです」
「ボクは神様と一緒」
「いえ、あの、……はあ」
舌打ちを零して男が下がりました。
しばらく「神様と一緒」ですべてを対応していれば、またもや曲が始まり、アトリは颯爽と踊り出しました。
盆踊りといっても、似ているだけの別物です。
ダンスパートナーはレメリア王女殿下。そう、このダンスには一応パートナーの概念があるようなのですよね。
普通に文化として、踊りとして、歴史を感じさせる良いものです。
というか良すぎます。これを運営が一から作って設定したのだとしたら、ここの運営のセンスは大したものですね。
曲が終わればまたもや近場の人物との歓談。
椅子取りゲーム的な舞踏会。思わず笑ってしまいそうです。が、王族も貴族も全員が真面目にやっているので嗤うのはあまりにも無粋。
しかし、悪戯心が湧き出しますね。
私がいきなり影でオーケストラを操って踊らせたりもできそう。喋っていてもいきなり踊り出すんですよね、真顔で。やってみたい心が湧き出しますけれど、私だって一応は大人の端くれ。我慢できるもん、です。
今回、アトリが辿り着いた場所では子どもが多くいました。
自然と歓談相手をシャッフルできる辺り、完全に面白いだけのシステムではありません。たぶん、演奏指揮者は「誰と誰が歓談するか」も誘導しているのでしょう。
食事に励むアトリに、桃髪の少女がパタパタと寄ってきました。優雅なるカーテシーの後、少女は愛らしい子どものようにはにかみました。
「アトリ先生、ずいぶんと派手でしたわね。それにしても素敵なドレスですこと」
「いたの?」
「ええ。わたくしこれでもリリーマインド家の当主ですもの」
「なら子どもの集まりに居るべきじゃない」
「ふふ、わたくしはどちらも上手く使いましてよ」
そう妖艶に微笑むのはアトリの生徒の一人。
サクラ・リリーマインドでした。彼女は商人兼貴族として立派に活躍しているようです。こういうパーティーで人脈を増やすのも貴族の立派なお仕事ですね。
「ボクは貴族について解らない。好きにしたら良い」
「アトリ先生も貴族の扱いをお勉強されているではありませんか。どうですか、次の曲はわたくしと一緒に」
「……」
アトリが私のほうを見やります。
判断を委ねられているのでしょう。相手によってダンスのクオリティーは大きく変化してしまいますからね。
何度も練習を重ねたレメリア王女殿下とのダンスのほうがよろしいでしょう。
が、社交ダンスとは相手を入れ替えることも醍醐味。色々な味をコントロールして、上手い相手も下手な相手も、巧みに利用して演出してようやく二流。
一流は相手も一流に押し上げるのですが、アトリはまだその領域にはありませんね。
私は頷きました。
「神様から赦しが出た。一曲、おまえと踊る」
「ありがとうございます、ネロさま」
「うん。たくさん神様には感謝すると良い」
どの貴族よりもサクラはアトリの扱いが上手いですからね。
私を上手い具合に煽てれば、アトリのご機嫌がよくなることもご存じです。アトリが「嘘を見抜く」ことも把握しているので、他の貴族のように「嘘」を交えないことがコツのようでした。
サクラはダンスの約束だけ取り付けると、別のところへ走って行きました。
走るといっても品はあり、むしろ健気にさえ見えます。貴族って怖い。貴族の男の子のところへ行き、何やら荒い呼吸で上目遣い……男関係で殺されたりしないように鍛えねばです。
アトリが食事に戻ろうとすれば、今度は仁王立ちした女の子が現れました。
アトリと同じくらいの年齢です。髪を複雑に編み込んだ幼女は、胸を偉そうに貼って鼻を鳴らします。
「おまえ、平民なのよね。失礼だわ!」
「ボクは平民だから偉くない。だから失礼をしたかもしれない」
「解ってるじゃない! それなのに舞踏会で目立って、エグザーさまに色目まで使って! はしたないのよ、平民っ!」
「でも」
とアトリが静かに殺気を解き放ちます。
手に食事が大量に乗ったトレイを持っているとは思えぬ、戦場由来の殺気でした。冷たすぎる、底なし沼のような殺意に対し、貴族の幼女はぺたんと尻餅をついてお漏らししました。
「おまえの指示に従うつもりはない」
「うっ、う……す、ステイン! ステイン、来なさいっ! 早くっ! おまえなんか、ステインが殺すんだからあ! ステインはお金を払えば何でもしてくれる超一流の傭兵なのよっ!」
しれっとパーティーに参加している汚濁のステイン。
舞踏会だというのに服装はいつも通り。頭にはすっぽりとヘルメット代わりの頭蓋骨。
まあ、彼とてカラミティー連戦の功労者の一人ではあります。逃げはしましたけれど、それも彼にとっては「当然の権利」を行使したまで。
アトリと目があったステイン。
アトリの前で尻餅を付き、尿を垂れ流している幼女を見比べています。
そして、ステインは平然と目をそらして食事を続けました。
まったく気まずさとかも感じさせません。ノータイム、ノー罪悪感での一方的な契約破棄でした。
たぶん、雇われていたのでしょうけれど、あっさりと裏切るのがステインという人でした。かといって強すぎるので罰も与えられません。
あの人、下手をしたらこのゲームの中でもっとも自由なのでは?
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