魔章三幕
第342話 Sランク冒険者パーティー勇者
▽第三百三十四話 Sランク冒険者パーティー勇者
凱旋していた。
王都の見目麗しき道を白馬にまたがり我が物顔で練り歩くのは、とある集団であった。彼女らは喝采を当然のように浴びている。
誰もが彼女たちを羨望する。
Sランク冒険者パーティー【勇者】の御姿に。最前列を行くのは赤髪の少女。荒んだ目をしているが、とびっきりの美少女である。
「恥ずかしい……雑魚狩ってきただけでチヤホヤだぜ。俺が常人だったら酔っちまってる」
「うおうおう!」「モテモテすぎりゅ!」「いい女来い!」「いい男来い!」「Sランクさまのお通りだあ!」「お馬さんもきたぞー!」「通っているのはお馬さんだけじゃないか!?」「なんてこったい! お通りしているのはお馬さんだあ!」「じゃあ、このお馬さんがSランク!?」「すごい! Sランクだああ!」「格好いい!」
メドの隣、一頭のお馬に跨がっているのは常人の双子ギャスディスである。
二人とも承認欲求に支配されつつあった。
二人揃えば鬼神のような強さを誇るというのに、いつもの二人は致命的なまでに馬鹿である。戦闘IQ以外のすべてを失っているのかもしれぬ。
グーについてはせっかく狩ってきたドラゴンを食べている。生で。
苦労人たるターヴァが必死に止めているがグーは止まらない。さっきから止めようとして、ターヴァはナイフを使ったり、毒を使ったりしているのだが……ターヴァはグーの息の根からして止めようとしているのかもしれない。
はあ、と溜息を吐くメド。
気怠げな表情で【アイテム・ボックス】からアリスディーネが調理した肉を投げ渡す。
「こっちを喰いな。カラミティーの素材は腹に入れるにはもったいねえよ」
「グーちゃん、そっちも食べるのじゃー!」
「そっちだけね、グーちゃん」
ともかく、Sランク冒険者パーティー【勇者】は順調だった。
ドラゴンの死体を引き摺ってギルド本部まで持っていく。これはアピールの意味が強く、本来ならばメドが【アイテム・ボックス】に死体をしまう選択肢もあった。
だが、メドたちの目的はあくまでも出世である。
ならば、アピールできる場面では露骨にアピールしていく。めざとい冒険者の中には「メドが【アイテム・ボックス】を持っているのに、わざとドラゴンの死体を晒して評価を得ようとしている」と気づいた者もいるだろう。
敵意を持たれるならば構わない。
好意を持たれるほうが面倒だ。知らない奴らに好かれても困るし、敵意もない相手を殺すほどメドという少女は暇でもない。
ギルドに到着した。
さすがは王都の冒険者ギルドというだけあり、とてもスラム街の孤児が入って良い施設に思われない。
実際、かつてのメドたちは追い払われていた。
ここで冒険者として手続きできたのは、何を隠そう王女であるアリスディーネの計らいであった。それがなくばメドは冒険者にはなれなかっただろう。
実力でこじ開けるような選択をメドはしない。
ことごとくフェア。
制度にはなるべく忠実なのがメドという怪物が人に収まっている理由である。
「ターヴァちゃん。手続きは任せた。俺らはご飯を食べてくる」
「……任された。だが……報酬の、上乗せは、期待しないことだ。交渉は、無理……だ。どうせ二束三文、に、なる」
「解ってる。ぼったくられてこい。俺たちは細かなことは気にしねえ」
カラミティーの素材をギルドにおろすのだ。
いくらギルドが強力無比な施設であろうとも、カラミティーの素材の価値は天井知らず。スラムのガキなんて騙くらかして金銭を誤魔化すくらいしてくるだろう。
ギルドは冒険者たちのための施設ではない。
冒険者を制御するための施設ではない。
「いずれギルドの有り様は壊されちまうんだろうなあ……実力者から搾取する恐怖は後で知ることになるだろうさ。俺たちみたいに大人しい奴らばかりじゃねえしな」
「ステータスなき時代。旧時代の遺物ですわね?」
「だな、アリスディーネちゃん。さっさと王様に制度を変更させろよ。そもそも、こんな施設は国営でやるもんじゃねえよ。まったくの別勢力じゃねえと……」
「どういうことですの?」
「冒険者を甘く見てるってことだよ。極まったこいつらは国と争うことができる。そんなものを国の下に置いていれば、いつかは国に不満が生まれて衝突する可能性が高い。国のための冒険者ギルドではなく、冒険者のための冒険者ギルドにしなくちゃ崩壊は待ったなしだぜ」
「?」
アリスディーネは聡明である。
王族として十分な教育も受けているし、本人が学ぶことの重要性と己が境遇の優位を悟っている。それらを活かす強かさを持っている。
それでも、この感覚は理解できないのだろう。
それが常識であるからだ。
まだステータスシステムが出現してから、大した時間も経過していない……だがメドはもう理解しつつある。
この時代。
個が国を凌駕することもあるのだ。
魔王との戦闘、それから魔物による災害によって人類種はずいぶんと数を減らしたらしい。それからステータスを付与され、人類種が安定するまでに途方もない時間が必要だった。
忙しかった頃ならば良いだろう。
不満を漏らす者から死んでいったはずだ。だが、今は比較的安定した安全なる統治が蔓延っている……余裕がある者は不満を口にする。
その不満が寄り集まれば、国だって壊れてしまう。
もう「魔」との戦は終結した。
これからは「人」との戦が始まる……そうメドは予感していた。少なくとも、と背後で肉を丸かじりする幼女を呆れ目で伺う。
――グーが魔王として動き出さぬ限りは。
「組長さま。そろそろお話してくださってもよろしいのでは?」
「なにを?」
「組長さまが冒険者をしている目的ですわ。なにか目的があるのですわよね?」
「まあ良いだろう」
手頃な店を探し歩いている。
大飯喰らいのグーは色々な店から出禁にされている。食事代を払ったとしても、店の在庫をあるだけ喰らわれては困ってしまうのだ。
メドが一緒ならば止められる。
だが、一人や他のメンバーと食事に行けば止まらない。店員とてSランク冒険者の暴挙を止めることは難しいだろう。
出禁にしたらグーが来ない、という事実に気づいた店たちはこぞってグーを禁じた。
Sランク冒険者パーティー【勇者】は、その強さとは裏腹に制度は守るのだ。基本。……グーは食べ始めたらメドの言うこと以外を聞かなくなるだけで……平時ならば可愛いだけの腹ぺこ幼女である。
「俺の目的は神を殺す方法を見つけることだ」
「神殺しを? いったいどのようなメリットがありますの? こう言ってはなんですが、女神ザ・ワールドは人類種にとって利益しかもたらしませんわ」
「ステータスをくれた。固有スキルをくれる。称号をくれる。たまに救済イベントを発生させてくれる。面白くて強い武器を用意してくれる。……まあ、魔物にもゲスにもフェアにそれらを与えるが、そんなことは些事だ。フェアなだけだからな、奴は生命に対して」
アリスディーネが困惑している。
メドはポケットからタバコを取り出して火を付けた。タバコは良い。肉体になんの意味ももたらさないが、異物を取り込むことによって安心することができる。
無論、メドほどの高位レベル者にとってタバコは毒にもならぬし、中毒になったりもしない。それでもタバコを愛好するのは、無意味を楽しめる余裕がある、と思い込めるからだった。
紫煙を吐く。
「神は決して殺さない。だが脅す」
「脅す? ザ・ワールドをですの?」
「イベントに出てくるあいつを見たり、あいつの声を聞いた限りだが……女神たちは弱い。いや、正確じゃねえな。あいつらは争うという概念が欠如している。ゆえに攻撃が通れば簡単に殺すことができちまうだろう」
「女神はあらゆることが可能なはずですが……?」
「可能、と得意は異なるお話だぜアリスディーネちゃん」
女神たちは戦えない。
戦わない。
その選択肢が脳内に欠片も存在していない。
神はあまりにも高い次元に存在している。人類種や他の生物が必死に繰り返している「闘争」なんて低い次元の行為に身をやつさない。
争いがないから発展しない。
だけれど、女神たちに発展の必要は存在していない。あまりにも高位の存在すぎて価値観が異なるからだ。
女神たちは現状で完璧であり、完成しており、それに満足している。
成長するということは変わるということ。変わるということは老いること。老いるということは劣化するということ。
生物という短い区切りではありがたい概念も、神にとっては毒も同然。
普遍に不変。
それが神の性質であり、条件なのである。
上を求める必要がないから争わないし、発展する必要性さえも感じない。人類種にとって「発展しない」ことは下等なことに思われるが、それはあくまでも人類種という低い次元での思想に過ぎない。
神に人の常識は通じないし、適用させようと思うのは人類種の傲慢でしかない。
自分たちこそが正しく、他は間違っている。
その前提での仮定である。
それをあろうことか神にまで適応してみせるのが人の醜さと悍ましさだ。人にとっての正義も悪も、神にとっては等しく関係がないというのに「アレを罰しろ、コレを救え」とうるさい。
そして、応えぬザ・ワールドに勝手に失望し、存在を確信しながら信仰せぬのだ。
とはいえ、メドは人類種の愚かしさと傲慢を否定するつもりはない。何故ならば、人類種の価値観にとって人類種こそが正しいのは当然だからである。
他種族の価値観も考慮してやれるほど人類種は尊くなく、寛大でない。
傲慢なのも仕方がない。
人とは傲慢を抑えきれるほどに賢くはあれないし、メドとて同様に傲慢であることを辞めようとは思わないからだ。いや、理解している。メドとて己が傲慢を抑えきれるほどに賢くないのだ。
「何よりザ・ワールドはそんな生物とて愛している、フェアにな」
「フェアが争点ですの?」
「その通り。フェアすぎる。このフェアを俺はねじ伏せる方法を考えている。が、そのためにはザ・ワールドの協力が必要だ。が、あいつはフェアだから言うことなんて聞いちゃくれない」
「だから脅す、と?」
「そ。そのために研究する場所が要る。人材が要る。資金が要る。そのために俺たちは冒険者となり、権力と地位を手に入れることにした。たったそれだけのことだな」
「……」
目を丸くするアリスディーネ。
それはメドの罰当たりで壮大な計画に度肝を抜かれたから、ではない。もっと単純な疑問からやってくる丸さだった。
「それくらいのことなら、もっと組長さまならやりようがあったのでは?」
「力尽くでなら簡単なことだ。俺だったらアリスディーネちゃん以外の王族を皆殺しにして、明日にはてめえを王座に持って行けるだろうさ。でも、それは違う。人のやり方ではない」
「……もしや組長さま。貴女が理想とされる人の世界とは」
無言で店に入っていくメド。
馴染みの店だった。違う店に入りたかったけれども、結局、同じところしか受け入れてくれないらしい。安っぽい店だ。木製テーブルの脚は今にも折れそうだし、食器類だって丁寧に洗われているけれど、至るところに傷が見える。
忙しなく働く老婆は、それでも動きがとろい。
ただあの人が作る料理は美味しくはなくても優しい。長年、続けてきたであろう包丁捌きは下手っぴな剣士の演舞よりは見ていて愉快だった。
そろそろ腹が空いた。
定食屋の壁では、メドが贈った掛け時計がぷつぷつと時間を重ねていく。
我慢して店を探すことよりも、我慢しないいつもを願う。
メドがどかりと席に腰掛ければ、続いてグーギャスディスたちも座る。楽しげに読めもしないメニュー表を見てウキウキしているようだった。
結局、ぜんぶ頼むだろう、とメドは思うが口にはしない。
楽しそうなことが一番である。
「どうした、アリスディーネちゃん。庶民のお味は嫌いになったかい?」
「……組長さま。貴女は……元の場所に戻りたいのですか?」
「戻りたくはないな。だが、秩序にとっては必要なことだろ? 俺は思う。つくづく思う。人が国に勝ててはいけない、とな。それでは人はやっていけない。だからこそ国には強くなってもらわなくてはならないし、人はもっと安定せねばならないな」
「あくまでも勇者の目線なのですわね。女神にそっくりですわ」
「勇者の席には着きたくないか?」
いいえ、とアリスディーネは頭を振って席に着いた。
王女が座るにはあまりにも似つかわしくない、定食屋の硬い椅子。それを玉座のように乗りこなして、アリスディーネは強い意志の目を宿した。
フォークを握るように下品に持ち、王女殿下は不敵に告げた。
「お子さまランチをひとつ」
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