第338話 最終戦イビル・フェニックス

    ▽第三百三十八話 最終戦イビル・フェニックス


 全力を使い果たして、こてんとアトリが転倒しました。

 私は咄嗟に受け止めようとして、ステータスが足りないので下敷きになりました。幼女の小さな胸に押し潰され、地面に押し付けられてしまいます。


 どうにかアトリから這い出した頃、呆れたような表情のジークハルトが近づいてきます。


「強いのは解ったですだが、戦後に倒れる英雄は駄目ですだよ」

「しら……ない」

「最強の名は重いですだ。人の身で耐えがたいほど……アトリくんに覚悟はあるですだか? 人類種すべての希望と命を背負う、悲痛で壮絶な覚悟が」

「ボクは神様のために強くなる……ソレ以外は、しら、ない」

「そうですだか。ならば、やっぱり人類種最強の座はまだ守り抜かなくてはならないですだ。……はあ、早く変わってほしいですだよ」


 続いて現れたのはレジナルド殿下でした。

 まだ顔が溶けているようですね。自身には【ハイ・リジェネ】を付与しているようで、ソレによって病によるダメージを中和しているようでした。


 強引に戦っているわけですね。


「はっ、診たところ問題はないらしい。しぶといことだ……俺のヒールも結局、不要だったらしいな」

「殿下の回復は信頼できるですだよ。仮に死毒の中にいても、殿下ならば『喰らう雰囲気』を読み取ってヒールしてくれて、死なせなかったですだよな?」

「無論だ。ヒーラーの最上はそれくらいできる」


 大天使みゅうみゅさんが「喰らったのを爆速で確認、把握してヒール」をするのだとしたら、レジナルド殿下は「味方の被弾を予測して回復」するようです。

 もちろん、みゅうみゅさんも「被弾予測」はしますが、レジナルド殿下は「すべて被弾予測のみ」でヒールワークを行い、まったく無駄を出さないようでした。なるほど化け物です。ヒールに特化した「未来予知」をスキルやアーツではなく感覚でやっているわけですね。


 つまり、最期に必死に格闘戦を演じたリッチ・キングは道化だったようです。


 まあ、命中すれば動きが止まったり、よく解らないデバフをもらいかねないので避けるに越したことはありませんでしたが。


「最上の領域。《死神幼女》のアトリよ」


 とレジナルド殿下が声を掛けてきます。冷たいながらも、冷たさだけではない不思議な声音でした。

 溶けた顔で真っ向から見つめてきます。


「貴様は休んで見ていろ。イビル・フェニックスは俺たちだけで仕留める。よくやった」

「……おまえ、は?」

「はっ、ヒーラーが休むのは一番最後に決まっている」


 どのみちアトリは反動で動けません。

 この反動については回復系統でどうにもならないことは証明されております。レジナルド殿下もヒーラーとしては最上位でも、ルールを変更することができるわけではありません。


 アトリを抜いた最上6人。

 それにメメや《命中》のルー、《剣聖の弟子》メリーも加えれば戦力は十分。


 戦闘が始まります。


       ▽

 イビル・フェニックス。

 アトリはリッチ・キングに注力していたので不明瞭ですけれど、奴も奴でクソボスのようでした。というか「そういう奴」でなければカラミティーには至れません。


 今まででもっとも厄介だったカラミティーはフィーエル。

 フィーエルは純粋にステータスが高くて近接戦闘が得意という最悪の敵でした。じつのところ、もっとも魔王に近い性能をしています。


 変なギミックがない分、純粋にめちゃ強でした。

 アトリが全力を出して時間を稼ぐことが精一杯。しかも、たぶんフィーエルが戦闘を楽しむ性格でアトリを侮らなかったからこそ成立した時間稼ぎです。


 フィーエルが戦うことが嫌いで、アトリをガン無視するような奴ならば負けていました。

 まあ、そのような性格の人でしたらあそこまで強くなれなかったでしょうけれど。

 アレはクルシュー・ズ・ラ・シーにしか倒せない敵だったと思います。


 ちなみにレベルを下げる呪いを何故使わないのでしょうね?


 あれほどの能力です。

 レベルダウンするだけで使えるわけではないのかもしれません。あるいは発動条件に「カンストしていること」くらいの条件があるのかもですね。


 レベル100のレベル1ダウン。

 レベル10のレベル1ダウン。

 両者の価値は同価ではございませんから。


 このゲームで【呪術】と【禁術】をまともに運用できる人類種はクルシュー・ズ・ラ・シーくらいのようですしね。

 プレイヤーが使っても「強制ログアウト」を喰らうことのほうが多いようです。


 さて。

 その呪術の使い手クルシュー・ズ・ラ・シーが仕掛けました。燃え盛るイビル・フェニックスの羽根に齧り付き、顔面を焼かれながら呟きます。


「【呪術】【魂縛喰渡黄泉こんばくじきどよみ】」


 イビル・フェニックスに変化は起こりません。

 けれど、クルシュー・ズ・ラ・シーは黙って下がります。イビル・フェニックスは執拗にクルシュー・ズ・ラ・シーを狙い始めます。


 ヘイト操作系の呪術なのか。

 それとも致命的な呪いなので解除させようと命を狙っているのか。


 追い立てようとしたイビル・フェニックスの顔面にジークハルトの神器が突き立ちます。凶悪なまでに爽やかな満面の笑み。


「どこを見ている!? 私を見てくれないとは悲しいなっ!? 私を悲しませたのだ。命で償ってもらうよっ!!」

『きいいいい!』


 イビル・フェニックスの顔面が爆発しました。

 たったそれだけでイビル・フェニックスが一回り小さくなります。ジークハルトの火力は確かですけれど、今の攻撃くらいで一回死ぬイビル・フェニックスではありません。


 これで確定しました。

 たぶん、呪術師が行ったことは【HP上限減少デバフ】です。基本、呪術や禁術はまったく同じ効果を術士本人も喰らう仕様です。


 悲しいかな人を呪わば穴二つ理論が採用されてしまっております。


 彼が下がったのはうっかり殺されぬためのようでした。ハイリスク・ハイリターンが呪術の基本のようでした。


 イビル・フェニックスが炎の雨を生み出します。

 それが降り注ぎますけれど、そのすべてをメメと《汚濁》のステインが防いでいきます。かなりリソースが減少し、なおかつ二人はダメージをもらいますけれど、すぐにレジナルド殿下がヒールしています。


 MPを譲り渡す系のアーツもあるようですね。


 地面に向け、イビル・フェニックスが突撃してきます。

 それに対してジークハルトが飛び出します。神器を行使したバッティングじみた剣戟により、不死鳥の巨体が空中に送り返されました。大ダメージとともに。


 そこにレメリア王女殿下の魔法が炸裂しました。


 片方の翼を吹き飛ばされ、またもやフェニックスが落下してきます。ステインの泥がフェニックスを拘束すると同時、すぐに耳障りな鳴き声が聞こえてきました。


「【きいいいいい!】」


 フェニックスの肉体が縮小していきます。

 どうやらステインの泥を盾にして、時間を一秒でも多く稼ぐ心積もりのようでした。最悪なタイミングでの火力試練……とはなりません。


 ステインの泥は一瞬で解除されます。

 さすがの泥の操作能力と言えるでしょう。伊達にCCとして私の上位互換ではありませんね。


「学びなさい、もう貴方にそれは使えないわよ?」


 シンズがメイスを振るいました。

 それだけで「何か」が起こります。おそらく、シンズは攻撃に一切参加せず、その代わり、このギミックを破壊するためだけに動いております。


「【コロナ・レイン】」


 シンズの魔法が起動しました。【ハード・プロミネンス】を同時に十以上も発動しているようでした。

 圧倒的なダメージ、何よりもイビル・フェニックスが纏う炎さえも焼き消しています。


「ダメージを与えることではなく、炎を吹き消すことが条件。それは水系魔法使い、あるいは圧倒的な炎で飲み込むしかない。チームの属性編成によっては詰み。本当にカラミティーってズルいわよね?」

 

 まあ、とシンズが糸目を開け放ち、冷酷に言い放ちます。


「最上の領域も全員ズルいのだけどね? ――【ダーク・フェザー】のクールが五秒であがる! 10秒後には――」


 シンズはギミック停止に専念していますが、ソレ以外にも「コーラー」を兼任しています。「コーラー」というのは指揮官(オーダー)とは似ていて厳密にはやや違います。

 その役割は「状況と情報の報告役」でした。


 敵のリソースを知り尽くすシステムについての深い造詣。

 それから複数の事柄を脳内で同時にカウントし続ける冷静さと頭脳、時間感覚が要求される役職でした。


 大規模レイドで「これ」をやってくれる人は神です。

 戦うことに集中できますし、失敗の確率が驚きほどに減じます。ゲームによっては卓越したコーラーが居るだけで、レイド戦が「戦闘」から「作業」になるのです。


 シンズはディフェンス、アタッカーを担いながら、コーラーをこなせる怪物でした。


 コーラーは吉良さんもできるでしょう。

 が、彼の場合は顕現時間もありますし、本体が無力という弱点がありますからね。ある意味、シンズは吉良さんの上位互換と言えるでしょう。


 ほとんど完封しています。

 レジナルド殿下が言ったように「完封以外は負け」なのがカラミティーです。少しのミスが壊滅を招く戦。しかしミスをしないのが最上の領域でした。


 全員が極度の緊張状態にあります。

 が、それでパフォーマンスが上がることはあれ、下がることはないメンツです。着実にダメージを与えていき、そうして二時間、、、が経過しました。


       ▽

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」


 と。

 レメリア王女殿下が凄まじく呼吸を荒くしています。ただ根性だけで戦闘に参加していますけれど、すでにポーション中毒も酷いようです。


 オーダーも兼任しているレジナルド殿下が告げます。


「レメリア王女、貴女はもう戦力外だ。長期戦が得意ではないのだろう」

「で、ですが……」

「貴女のHPMP管理をする余裕が無駄だ。下がってください」

「解りましたわ」


 悔しそうに歯噛みをして、レメリア王女殿下が静かに下がっていきます。

 しかし、これによって火力役が一人減ってしまいました。イビル・フェニックスは何度も復活します。


 もう何度も殺していて、今のイビル・フェニックスのサイズは人をギリギリ食べられるサイズにまで落ち込んでいます。

 が、それで勝てるとは限らず。

 身体が縮むにつれて【カラミティースキル】のクールタイムが縮んでいます。肉体を凝縮させる技なので、肉体が縮めば発動も早くなるようでした。


 シンズが汗だくになり、口端から涎を垂らしています。

 外見を取り繕えないほどの極度の疲労。二時間も全力で戦いながら、一秒の誤差も見せていないのは怪物ですけれど、そろそろ限界が近いようでした。


「五秒後【イグニス・アタック】のクールが上がるわ!」


 それでもカウントをミスすることはなく、コールの声もまったく落ち込みません。

 敵のほうもシンズの脅威度が理解できています。さっきからイビル・フェニックスは同じように空を縦横無尽に駆けるシンズに注力しています。


 空で壮絶な追いかけっこを行いながら、シンズは仕事を完全に遂行していました。


 純粋な速度でシンズは負けています。

 それでも囚われないのはシンズが上手いだけではなく、ステインが泥で適宜行動妨害を行っているからでした。


 とても勉強になりますね。


 私の闇と違い、物理的な影響も強いために防御も拘束も行えるのが強いです。無視する、破壊する、という単純な選択肢が取り辛くされています。


 イビル・フェニックスが追尾性の闇炎を放ちます。

 シンズはそれを空中で回転して回避、メイスで打ち払って防ぎます。負ったダメージはレジナルド殿下が回復させます。


 フェニックスは魔法で動きを止め、本体で食い殺す心積もりだったようですね。

 高速での突撃。

 それをシンズの後ろに転移したジークハルトが迎え撃ちました。


「やあ!」


 斬撃一閃。

 またもやイビル・フェニックスのサイズが縮みました。ただ死亡時に発生する爆風でジークハルトが吹き飛ばされてしまいます。


 手足が引き千切れながらも、ジークハルトは魔法での攻撃を続けます。


『きいいいいい!』


 イビル・フェニックスは瞬時に状況判断。

 ジークハルトの肉体をぱくりと咥えて噛み千切りました。アレでは確定でロストでしょう。が、ジークハルトは平然と復活して攻撃を叩き込みます。


 どうやらジークハルトは固有スキルのひとつとして「一日に七回まで死ねる」能力を持っているようでした。


 マジでヤバい奴です。


 そんなことを知らなかったイビル・フェニックスは予想外の一撃をモロに食らい、地面に叩きおとされてしまいました。

 そこに剣聖の弟子が攻勢に出ます。


「いえええええええええええええええ!」


 壮絶な気迫と共にメリーの唐竹割りが放たれました。その一撃はイビル・フェニックスの頭部に突き刺さりましたが砕くには至りません。

 メリーが目を見開きます。

 翼が振るわれました。それだけでメリーは肉体を焼かれ、一気に数百メートルも吹き飛ばされてしまいました。


 吹き飛ぶメリー。

 それを《命中》のルーが受け止めながら、大量の矢を放っていました。行使しているアーツは【弓術】のひとつ影縫いです。


 影を撃ち抜くことによって敵を拘束するアーツ。

 そこまで効力は高くあらず、動きを鈍らせることが目的の弱いアーツ。が、大量に弾幕を張り、狙いが正確なルーが使った場合、まったく意味が変化してきます。


 イビル・フェニックスの影がハリネズミのようになります。

 あのアーツは着弾数によって拘束力が変化します。百を超える矢により、カラミティーであるイビル・フェニックスでさえ動きが完全に停止します。


「動けないかな、イビル・フェニックス? 怖いかな、イビル・フェニックス? 死ぬんだよ、イビル・フェニックス?」

『きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』


 イビル・フェニックスは賢い。

 すぐに矢を燃やし尽くそうとしました。ルーとて慣れたモノで「炎耐性」の矢を打ち込んでいたようですね。


 矢は燃えません。

 ゆえにイビル・フェニックスは炎を強めることにより、自身の影を掻き消して拘束から脱出してしまいました。


 しかし、その一瞬で……


「其方の武勇、まこと我が英雄譚に相応しいっ! ゆえに綴ろう! 書を! 剣を! 我が名に相応しき喝采の舞台を! ――固有スキル【綴られる傲慢の英雄譚ヒロイック・エピック・アーカイブス】」


 転移しました。

 転移空間に移動するなり、ジークハルトはゆっくりと伸びをします。見せつけるような伸びでした。


「イビル・フェニックスくん。キミは【再生】ではなく【復活】するのだろう? ならば、こちらもちょっと気を休ませてもらおう。私が攻撃するまでキミたちは動けないっ! 茶でも飲むかいっ、イビル・フェニックスくん!?」


 そう尋ねながらジークハルトは一人でお茶会を始めました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る