第336話 ついてこい

    ▽第三百二十九話 ついてこい


 消えた。

 と見紛う程の速度でアトリが駆け抜けました。しかしながら、多くの者がアトリを見失う中、肝心のカラミティーたちは正確に目視できているようですね。


 リッチ・キングが歓迎するように大鎌を構えます。

 大鎌と大鎌同士の斬撃バトル――にはなりませんでした。何故ならば、リッチ・キングが大鎌を構えた時には、すでにアトリは敵の背後を取っていましたから。


 急加速してのフェイントでした。

 後ろを盗った死神幼女は神業の感慨に耽ることもなく、淡々と大鎌に闇と光を灯します。


「【アタック・ライトニング】」


 瞬撃。

 アトリの大鎌が豪快に、それでいて精密にリッチ・キングの頸椎を破断します。木っ端微塵になる骸骨の頭部。

 

 しかし、アトリにもアクシデントが発生しました。

 

 なんと自身の攻撃に耐えきれずに腕が引き千切れたのです。肩口から腕が、そして握っていた大鎌が離れてしまいます。

 こうなってしまったのには理由がありました。


 今、アトリは【ヴァナルガンド】を全力使用しています。


 いつもならば数分は戦える【ヴァナルガンド】……それの効果量を減らして長時間の仕様にしたのが【零式・ヴァナルガンド】だとしたら、今の彼女は一分間に効果を限定することによって効果を高めた【真式・ヴァナルガンド】を使っています。

 これの負担がアトリの耐久度を上回ったわけですね。


『かたかたかたかた』


 自爆したアトリを嘲笑うリッチ・キング。

 すでに骸骨は復活しており、手にした大鎌が凄まじい「死」を引き連れて振るわれます。徒手空拳のアトリではどうしようもない、死を受け入れるだけ――それがかつてのお話。


 不敵に笑うアトリが、己が拳と拳とをぶつけ合わせます。


「【奉納・轟穿どんがの舞】」


 アトリがリッチ・キングの顔面をぶん殴る。

 大鎌も使っていないというのに、リッチ・キングの顔面がバラバラに砕け、衝撃で地面をバウンドして吹き飛びます。


 吹き飛ぶ屍の王は、伸びた鎖の分銅の雨に打たれて削られています。

 鎖が首に絡まり、それから全力で地面へ叩き付けました。爆音とともに土埃が舞い上がります。


 骨折したアトリの指は、すぐにレジナルド殿下が回復させてくれました。


「使える。です」

「良いアーツですね。面白いです」


 新たな【神偽体術イデア・アクション】のアーツのお披露目です。このアーツの効果は「打撃すべてをアーツ化する」というもの。


 火力はそこそこですけれど、後隙のない攻撃アーツになります。


 しかも参照数値はどうやら「もっとも高い数値」のようでした。

 今のアトリは【敏捷】に特化した存在。下手をすれば大鎌で攻撃するよりも、素手で殴る蹴るしたほうが火力が出るまであります。


 素手には【首狩り】や【殺生刃】が乗らないのでさすがに伸びしろでは敵いませんが、その欠点も【奉納・躰刃の舞】で補えてしまいます。


 大鎌のほうがリーチもありますし、切断能力も考慮すれば結局は大鎌がメインですが。

 それでも今のアトリの殴打は、立派な攻撃と言えるでしょう。


「まだ」


 土埃の向こう、ゆっくりと立ち上がるリッチ・キング。

 リッチ・キングは闇の魔法アーツを放ってきました。闇色の死の弾丸。そのすべてをアトリはひらりひらりと華麗に回避していきます。


 そして迎撃しようとしたリッチ・キングは反応が遅れました。


 アトリの鎖が展開されていることに。

 気づいたリッチ・キングが鎖を攻撃しますけれど、邪神器【交差する罪過への罰】には【増殖分裂】のスキルが付随しております。


 鎖が枝分かれするようにして、一気に十本にも増えています。


 数本は砕かれたものの、残った鎖でリッチ・キングを拘束してしまいます。アトリが足を器用に引き戻せば、リッチ・キングがたぐり寄せられました。

 零距離。

 再度、アトリの拳がリッチ・キングを叩きのめします。


 光炎を帯びた拳は、並みの火力職よりも圧倒的な破壊力を叩き出します。


 鎖で抑えているため、リッチ・キングは吹き飛んで逃げることも許されません。


 そこに私の闇が大鎌を届けました。

 阿吽の呼吸で大鎌を手にしたアトリは、瞬時に【殺生刃】【死導刃ししるべば】【光爆刃こうばくば】を帯びた斬撃を見舞います。


 消し飛ぶリッチ・キング。

 跡形もなくなったリッチ・キングはされども、すぐに虚空より再出現しました。けたけたと笑う敵。


「神様」

「これは……厄介なギミックですね。アトリ何か気づきましたか?」

「……神様。闇をお願いする。です」

「ほう。珍しい。良いですね」


 アトリが戦闘中、私に「指示を出す」のは初めてくらいかもしれません。

 いつも精々が「抱っこさせてほしい」や「膝に乗ってほしい」とかそんなおねだりばかりですが、戦闘関連では珍しいおねだりでした。


 やる気ですね、アトリ。


 意図は不明ですけれど、アトリのおねだりに応えてみましょうか。

 私は闇で戦場すべてを覆い隠します。カラミティー相手ではベールにもならないでしょうけれど、アトリは何か――おや?


 ふとおかしなモノを発見しました。


 闇で覆ったモノは、手に取るように把握できます。カラミティーや最上の領域、それに連なる者たち、一般兵士から草木に至るまで、すべての感触を理解できます。

 ちょっと頭が痛みますね。

 その中で明らかに変なモノがあります。


 ギミックを理解しました。

 私は反射的に闇魔法を発動していました。叫びます。


「【ダーク・ダーツ】! それを狙いなさい!」

「さすが神様! ですっ!」


 私が【ダーク・ダーツ】で印を付けたのは、一般兵士の一人でした。弓でカラミティーを狙っているその兵士……明らかに肉体の造形が、骨格がヒトではありません。


 思えば不自然でした。

 いくら弱っているとはいえ、レメリア王女殿下を蝕める病攻撃。


 これはジークハルトでも守り切れない攻撃でした。


 だというのに、いくら対策してあるとはいえ、ただの兵士たちが誰も倒れていないのは不自然でした。まるで……最初から病で兵士たちを殺すつもりがないとばかり。

 狙いを絞ったと思っていましたが……ブラフ。


 一般兵士は敵にとって人質であり、そして……隠れ蓑。


「捕まえた」


 アトリの鎖が不自然な一般兵士を雁字搦めにします。

 スキル【グレイプニール】を起動した途端、一般兵士の肉体が消え失せて骸骨の魔法使いが出現しました。


 骸骨が全身を痙攣させるようにして嗤います。


『伝令伝令伝令。攻撃する攻撃する攻撃する。支援しろ支援しろ支援しろ、けたけたけた』

「そっちが本体」


 どうやらロゥロと同じ方式だったようですね。

 本体は人間に紛れて隠れ、操り人形たる大鎌骸骨で攻め込んでくる。大鎌骸骨がちゃんとカラミティーレベルの攻撃をしてくるので勘違いさせられていました。


 されど、タネも仕掛けも割れたマジックなんてお遊戯に等しい。


 加えて敵は絶賛、鎖で雁字搦め状態。

 アトリが足首を捻って引き寄せようとした時でした。大鎌骸骨が消え失せて、本体の真横に並びました。そのまま鎖を大鎌で両断してきます。


 あくまでも【グレイプニール】は拘束対象よりも強くなる鎖。


 バフがなくても頑丈なのですけれど、さすがにカラミティー二体分の破壊力には及ばなかったようですね。


『【カラミティー・スキルⅡ】』

『きいいいい! 【きいいいいいい】!』


 二体のカラミティー・ボスが同時に【カラミティー・スキル】を発動しました。あれはカラミティー固有のギミックを発動するスキルです。

 まず、無数の墓石が大地から生えてきます。そこから大量の骸骨が這い出してきて、戦うこともなく、何故だか走り回ります。


 走り回るため、骨と骨がぶつかります。

 すると、二体は合体して一体となりました。これは……おそらく放置していればリッチ・キングが増えるギミックです。


 また、イビル・フェニックスのほうにも変化が起こります。

 肉体を覆っていた炎がみるみるうちに縮んでいきます。おそらくは――火力試練。


 どれも即座に対処せねば……詰まされる。

 レジナルド殿下がハイ・ヒューマンの能力を活かして叫びました。


「兵士たちは骨の始末を急げ。ステイン、クルシュー、メリーも骨を拘束、または破壊せよ。残りはイビル・フェニックスを潰せ」

『けたけたけた』


 殿下の指示は完璧でした。

 ですが、カラミティー相手では完璧でも尚不足。

 ギミックを発動しても、リッチ・キングは動けたのです。


「っ、おにぎり!」

「おうよ!」


 リッチ・キングの判断は的確でした。

 まず、屍の王は回復役と司令塔であるレジナルド殿下を狙ったのです。大鎌のリッチ・キングがレジナルド殿下を害そうとしますけれど、咄嗟に彼の契約プレイヤー・おにぎり冷やしますさんが身を盾に防ぎました。


 大鎌の威力でプレイヤーが吹き飛ばされます。


 が、レジナルド殿下は手の中にチャージした【閃光魔法】を叩き付けます。自分も巻き込むようにして【ボム・ライトニング】を爆破したのです。

 敵への攻撃ではなく、自身を吹き飛ばすアーツとして使用したわけですね。


「崩技【囂々発止】」


 とレジナルド殿下が技名と共に緊急脱出しました。

 自身を幾重にも爆破させて、急加速する崩技のようですね。

 どうやら【光魔法】【閃光魔法】【聖天魔法】を組み合わせて発動したようです。残念ながらアトリでは真似できないようですが、まあ要らないですね。


 距離を取ったレジナルド殿下ですが、腕が片方失われていました。

 自ら切り落としたのです。腐っていました。


「命中しなかった筈だが……純粋に強いな。そして腐敗、か」

『けたけたけたけた』

「悪辣な性能をしているな、はっ。斬った対象に任意の病を付与する。これは破傷風に近いなにかと見るべきか」


 鼻で嗤いながらも、レジナルド殿下の顔色は芳しくありません。どうやら腐敗と病気以外にも、苦痛みたいな状態異常をもらったのかもしれませんね。

 あくまでもヒーラーは怪我やダメージを回復させる役割です。

 状態異常も回復できるものですけれど、いくらでも仕様を突くことは可能でしょう。


 一方。

 イビル・フェニックスの収縮も進んでいます。

 シンズやレメリア王女殿下といった火力役、ルーなども必死にダメージを稼いでいますけれど止まる様子が見受けられません。


 何か解除方法が違うのかもしれませんでした。

 業火を放ちながらも、シンズが首を左右に振りました。


「っ、止まらないわ! アトリ、とめて」

「【ビナーの一翼】解放」


 アトリが【ビナーの一翼】を解放しました。これは「大量のMPと引き替えに一度だけスキルやアーツを強制オフ」にするアーツですね。

 これで一旦は凌げました。

 が、次は……とシンズも思ったのでしょう。空から問うて来ます。


「あの鎖で強制オフにできそうかしら?」

「何度も使えない。そもそも……ボクはあとちょっとしか動けない」

「……そうね、解ったわ。データは取った。次はお姉さんが防ぐわ」


 イビル・フェニックスがくちばしを下に向け、凄まじい速度で降下してきます。

 自らを槍にでもしたのか、という攻撃。

 しかし、カラミティーのステータスがあれば、最上の領域でもどうしようもないダメージとなるでしょう。【カラミティー・スキル】だけがカラミティーの脅威ではありません。


 その爆撃攻撃はメメが盾ひとつで防いでくれます。

 苦しげな表情を浮かべながら、ドワーフの少女はタンクとして優先順位を伝えてくれます。


「先、アトリ、ジークハルト、リッチ・キングを倒してくれ! もう保たん!」

「解った」

「他はイビル・フェニックスの足止めや! いくで!」


       ▽

「ぐ、う……っ」

『けたけたけた』


 大鎌の骸骨によってレジナルド殿下が胸を貫かれていました。通常のNPCなら死んでいるでしょうけれど、レジナルド殿下も最上の領域の一角。

 自身をヒールして生き延びています。

 と同時に【閃光魔法】で反撃さえ放っています。

 が、いくつもの病気に感染することにより、その生命力がどんどん減少しているようでした。


 病気の人間に対して、HPを満たしても意味がないのがこのゲームです。

 でなくば、たとえば騎士団を裏切ったラッセルが、病気の妹を助けてくれたオウジンに心酔したりしませんからね。


 本体が掌をレジナルド殿下に向けます。


 おそらくはトドメの一撃が放たれる寸前のこと。天から降り注いだジークハルトが神器を振るい、大鎌リッチの腕を切断、アトリが本体を蹴り飛ばしました。

 九死に一生を得た殿下は、ずぶずぶに溶けた顔面を手で覆いました。


「ずいぶんと派手にやられましたね、殿下」

「はっ、失恋して泣く女が減るのだ。世のためにはなったな」

「殿下の美貌が失われて泣く女性が増えるのでは?」

「はっ、すぐに泣く女は嫌いだ。勝手に泣かせておけ」


 顔をヒールで治すも、すぐにまた溶け出します。

 かなり厄介な病気をもらってしまったようですね。ですが、とくに悲壮感もなくレジナルド殿下は立ち上がりました。


「いけるか、ジーク」

「無論。殿下のほうこそヒールは可能ですか?」

「はっ、無礼だぞ。俺がヒールを始めれば、俺が殺されたとしてもヒールは途絶えぬ」


 それで、とジークハルトがアトリを見やりました。

 かなりの窮地ですけれど、まったくそれを感じさせない英雄は歯を見せて笑います。


「アトリくん。守護を頼まれてくれるかね」

「解った。シヲ」


 シヲが頷いて一般兵士たちの守護に専念することになりました。

 今までジークハルトはずっと兵士たちを守りながら、イビル・フェニックスに一番ダメージを与えていたようですね。


 ジークハルトがイビル・フェニックス狙いだったのは、リッチ・キングの倒し方が解らなかったからでしょう。イビル・フェニックスは命の上限が見えていましたからね。

 しかし、ここに至ってアトリがリッチ・キングのギミックを解読しました。

 さっさと一匹減らしてしまいましょう。


「さあ、行くよアトリくん。ついてきたまえ」

「それは無理」

「?」


 ジークハルトとレジナルド殿下、お二人が揃って目を丸くする中。

 アトリは平然と応えます。


「ジークハルト。お前が、、、――」


 さっさとアトリが加速します。


「――お前がついてこい、、、、、、、、


 アトリのフレーズに周囲の時間が僅かに停滞しました。おそらくは言葉の意味を理解できなかったのでしょう。

 最強たるジークハルトが「ついていく側」なんて、おそらくはずっとなかったことです。


 けれど、意図を理解したジークハルトは存外に柔らかく微笑みました。エアで眼鏡の位置を調整し、何かを言いたげに口元を動かしましたけれど……飲み込んだようです。

 そっと神器を握り直しています。


「……ふふっ、そうだねっ!! もう前回の共闘とは違うようだ。良いだろう! 私がフォローだ! 追いつかれないように気をつけておくれよっ!」

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