第334話 パーフェクトマッチ

    ▽第三百二十六話 パーフェクト・マッチ


 リッチ・キングが行ったことは広域に及ぶ――ライフ・ドレインのようでした。上空に飛びながら、戦士たちから命を奪い取っているようですね。


 しかし。


 ジークハルトが地上より光を纏った剣を一閃しました。いわゆる飛ぶ斬撃という奴ですね。それだけでリッチ・キングは技を解除して回避に専念させられます。

 その攻撃は必殺技ではありません。

 つまり連打が可能ということ。ジークハルトがぶんぶんと剣を振るう度、信じられない火力の光刃が連続で放たれていきます。


 ラスボスみたいな攻撃ですね。


 アトリも地上より【閃光魔法】と【鎖術】で攻撃を加えていきます。

 ジークハルトが敵を避けさせ、アトリの魔法と鎖が敵を削っていきます。

 とくに鎖は厄介であり、リッチ・キングの意識の外から命中し、時に打撃、時に拘束を行いました。縦横無尽の扱い。まだスキルレベル30とは信じられません。


「もしや、アトリは鎖のパーフェクト・マッチでしたか?」


 パーフェクト・マッチ。

 それはジークハルトの【剣術】にも言える現象でした。この世界には【スキルシステム】が実装されています。


 ならば。

 たとえばまったく同じ条件の【剣術】使いが争ったとしましょう。彼らはレベルもステータスもスキル構成もまったく同じだと仮定します。

 

 その二人が戦ったとすれば、戦果は拮抗するのかと問われれば――違います。


 まったく同じレベルでも実力には差が出るのです。

 身近な例でならば、ヘレンとギースが同じ条件で【剣術】オンリーで戦えば確実にヘレンが勝ちます。


 その差は何か。


 才能、としか言いようがないでしょう。

 メメやジークハルトを筆頭とした、スキルレベルを超越した才能の持ち主が、自分に合致した武器を使うことをパーフェクト・マッチと言います。


 アトリのスキル構成は私が一から十まで決めました。

 おそらく、私が手を加えなかったら自動で【鎖術】を手に入れていたことでしょう。そして、予測に過ぎませんけれど、ヨヨ戦前には最上の領域に至っていたのでは……ま、まあ良いでしょう。


 だって結局、【鎖術】はアトリの手にあるわけですしね?


「最後にモノを言うのは才能。悲しいですけれど、そうでなくば理不尽すぎますからね」


 凡人が努力をしても才人に勝てないのは、才能の差。

 そうでなくばあまりにも凡人が救われません。才能の差でないならば、努力の差や熱意の差になってしまいますからね。


 才能というものは恐ろしいほど絶対的なものです。

 努力や熱意で覆される程度の「才」は「才能」とは言いません。

 とはいえ、才能がなくても才能がある者には勝ててしまいますが。要は同じ土俵で戦わなければ良いだけです。


 私は闇で敵の視界を狭め、さらにアトリの攻撃を命中させていきます。


「ですが、自分の土俵に巻き込むことも……実力のうち。アトリ、さっさとカラミティーを仕留めてイビル・フェニックスに挑みま――」

「――!」


 私が言い終えるよりも先に、なんと隣で展開されていたカラミティー・フィールドが解除されてしまいました。

 中から飛び出してきたのは、無傷のイビル・フェニックスでした。


 もしや。

 と最悪の想像が脳裏を過ぎりました。

 全滅。

 の二文字がちらつく中、その想像をねじ伏せるように元気な声が聞こえてきました。


「なんや!? いきなり何がおきたん!?」

「不思議だね、イビル・フェニックス? 逃げたの、イビル・フェニックス? びっくりだね、イビル・フェニックス? 何をするの、イビル・フェニックス? 撃って良い、みんな?」


 メメとルーの二人でした。

 その他、カラミティー・レイドに参加していた強者たちがぞろぞろと現れます。残念ながら雑兵たちはほとんど残っていませんけれど。


 そして、雑兵が消えたところで戦力が減るわけではありません。

 カラミティー戦に於いて強者が連続で落ちるということは「負ける」ということです。幸い戦闘が続いているのならば生きているのは当然でした。


 私たちが一般兵士たちを連れてきているのは、あくまでもカラミティー戦前、と後に消耗したり、疲労を突かれて殺されぬための保険です。

 あるいは軍隊系のカラミティースキルへの対策くらいです。


 イビルフェニックス戦はなんらかの要因で以て、カラミティーフィールドが解除されたようです。


 これにて最上の領域が七人。

 それにメメやルーを含んだ強者が数名。圧倒的な陣営のはずなのに、私たちが対峙している生物の正体を知れば……必ず勝てるとは言い切れませんでした。


 何故ならば。


 対するは二体のカラミティー・レイドボス。

 二体は上空に陣取り、膨大な量の魔力を纏っています。その圧倒的な威容を前に兵士たちは膝を屈していき、瞳から力を失っていきますけれど、ジークハルトが吠えるように一笑に付す。


「膝を屈してはならない! 私たちは人類種の英雄なのだから……英雄とは折れぬ者! 英雄とは諦めぬ者! 英雄とは抗う者! 英雄とは奇跡を手にし、絶望をねじ伏せる者っ!!」


 絶望を簡単に塗り潰す、希望の権化が言い切ります。


「私は英雄だ。だが、キミたちとて英雄である! 英雄たる私が断言するっ! 保障しよう! この戦い、私たちは必ずや勝利し、我らは物語に語られる! 誇るんだ! 想像したまえ! 帰って家族や仲間、友人・恋人、あるいはそうだね……酒場で女性に自慢するでも良いだろう!! カラミティーを二体同時に屠ったのだぞ、とねっ!」


 安心したまえ!

 とジークハルトが神器を煌々と輝かせました。獰猛な笑みを剥き出しにし、人類種の英雄は剣を振りかぶりました。


「キミたちにはジークハルトわたしがついているのだ! 負け方が解るかね? 否、誰にも解らぬだろうさっ!!」


 カラミティー二体を巻き込む爆撃をジークハルトが見舞いました。

 喝采が上がり、膝を屈していた一般兵士たちが慌てたように遠距離攻撃を放っていきます。ひとつひとつは矮小な力でも、合わせれば……存外侮れません。


 魔物と人類種。

 その全力を賭した潰し合いが開催されたのです。


 焼け焦げた空の下。

 英雄が掛けていない眼鏡を中指で押し上げる仕草をしてから、そっと呟きました。


「さて。仕事の時間ですだ」

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