第333話 カンストと連戦
▽第三百三十三話 カンストと連戦
楽園のフィールドが粒子を蒔き、溶け消えていきます。
花畑や歌う小鳥たちが姿を消し、代わりに広大な第一フィールドの大地が見えてきます。音はすでになく、あるのは戦場の無粋な剣戟音のみ。
楽園のコーバスはロストしたのです。
「終わりましたね、アトリ」
「終わった。です」
システムメッセージがやって来たことにより、私たちの勝利が確定したようです。
多くの人が死にました。
私がネームドとして把握していて死亡したのは、精々が鈴の国の投降リーダーと【楽園】のコーバスくらいでしょう。
しかし、百人はくだらない死傷者が出た戦いでした。
カラミティー・フィールドが消え失せた戦場には無数の死体が晒されています。そのどれもが災害に飲まれ、とても悲惨にして悲痛で見ていられないくらいでした。
「コーバスの死体は残りませんでしたね」
「あいつは強かった。です」
「ですね、最上の領域に辿り着いた人ですから」
アトリを含めた《動乱の世代》と呼ばれる人々は、皆が若くて最上の領域へ至れる可能性が高い人たちでした。コーバスもそれに含められていただけはあったのでしょう。
譲渡がなくとも、彼ならばいずれ辿り着いたことでしょう。
ですが、今は譲渡があって、それを使うことでしか勝てなかった。
それが結論でした。
「あまり暗くなっていても意味がありません。急がねば。さっさとレベルアップの処理をしてしまいましょう」
「カンスト。です! 新しいスキル」
私の『暗くなっていても意味がない』に応じようと、アトリが腕を万歳しました。ダウナーなのであまりはしゃいでいるようには見えませんね。
可愛いだけ。
カラミティー・ボス撃破によってアトリのレベルがカンストしました。
散々、レベル90からは長い長いと言ってきておいて、ずいぶんと早いカンストだと思われたかたもいらっしゃるでしょう。
ですが、アトリが倒したのはカラミティー・ボスです。
この世界にはカンストしている人が思ったよりもたくさんいます。その彼らの大半がカラミティーとは戦ったことがなく、しかも戦えばあっさりと殺されてしまいます。
それを何体も狩ったのです。
カンストだって不自然なことではありませんでした。
カラミティーを討伐した結果としては、むしろ妥当、どころか少なすぎるくらいですね。
では、待望のカンストアトリを見てみましょう。
名前【アトリ】 性別【女性】
レベル【100】 種族【ハイ・ヒューマン】 ジョブ【使徒】
魔法【閃光魔法96】【光魔法100】
生産【造園100】
スキル【孤独耐性96】【鎌術100】【口寄せ92】
【詠唱延長85】【月光鎌術92】
【天使の因子88】【狂化】【聖女の息吹】
【光属性超強化85】【鎖術30】
ステータス 攻撃【264】 魔法攻撃【827】
耐久【498】 敏捷【773】
幸運【664】
称号【死を振りまく者】
固有スキル【殺生刃】【勇者】
【
壮観ですね。
最初はあんなに弱かったアトリのレベルが今や100に到達し、スキルもいくつかカンストしたようです。
しかも、今後はアナウンスによれば。
【レベル100おめでとうございます】
【今後、余剰分の経験値はスキル経験値に分配されることになります。ご希望のスキルを選択してください。また、分配先のスキルはいつでも変更が可能となっております】
とのことでした。
早速、カラミティー討伐後の経験値を新スキルに回しました。すなわち【鎖術】です。これはずっと目を付けていた武器スキルでして、鎌を使いながらも役に立てられ、鎌とはまったく違う役割を遂行できます。
何よりも鎌と鎖の相性の良さは言うまでもなく。
ちなみに掲示板によれば大鎌と鎖の統合進化スキルはないようです。使っているモノが小鎌だったら【鎖鎌術】になるようですけれど。
仮に鎖との統合進化スキルが出たとしても、なるべく取得はしたくありませんね。
あまりにも戦いかたが変化してしまうのでスペックダウンの恐れがあります。
何よりもサブウェポンがメインウェポンに組み込まれてしまう都合上、陽村の指摘である「最適すぎて読みやすい」を改善する目的が壊れてしまいますから。
じゃらり、と音を立てて【アイテム・ボックス】から鎖を取り出します。
今回のイベントで生き残れば確実にカンストすると思い、良い装備を持参したわけですね。この装備については……クランイベント時に戦ったヒュージ・ミミックよりドロップした装備でした。
アトリは現在、カンストによって【邪神器化】できるアイテム枠がひとつ増えました。
その枠を使い、鎖についても邪神器化してしまいます。
邪神器【交差する罪過への罰】
レベル【100】
攻撃【500】 魔法攻撃【500】
耐久【500】 敏捷【500】
幸運【500】
スキル【レベル成長】【増殖分裂】【グレイプニール】【器用超強化】
元はとても趣味の悪い鎖でした。
鎖の先に分銅ではなく、小さな形の悪い宝箱がついていました。邪神器化することにより、鎖の先は宝箱分銅に代わり、小さな口を開けた狼があしらわれました。
しかし、スキルに追加された【グレイプニール】は面白いです。
やはりヴァナルガンドと言えば鎖であり、その鎖といえばレージング、ドローミ、それからグレイプニールでしょう。
まあ、グレイプニールは厳密には紐らしいですけれど。
なければいずれ作らせましたけれど、ちょうど良い。
女性から髭を引き抜く手間が失せましたよ。
「使い勝手は実戦で試すしかありません。このままではジークハルトが殺されてしまいますからね。最悪の場合、今回は鎖のほうは使わなくてもよろしいでしょう」
「……神様。使えそう。です」
「ほう?」
鎖については手に持ちません。
この鎖は足枷となっていて、それをアトリの足首に装着する形にしています。これで足を振るだけで鎖を使えるわけですね。
こういう武器あるあるの鎖を掴まれてぶん回される、といった懸念もありますけど。
大鎌を両手で持つ都合上、こうするしかありませんね。
アトリは気に入ったように、何度も鎖を動かしています。
アトリはいつも自信満々ですけれど、今回については太鼓判といったレベルです。今更アトリを疑う意味もありませんので、鎖については楽しみにしていましょう。
「まだまだ成長した要素はありますが……それは戦いながら確認しましょう。覚悟は良いですね、アトリ。連戦です」
「カラミティー……勝つ。です!」
ぐっと拳を握り締めるアトリ。
すでに生き残ったレメリア王女殿下とシンズは、次のカラミティーに参戦しているようでした。彼女たちが向かったのはイビル・フェニックス戦です。
あちらには妨害役と支援役しか最上がいませんからね。
対して、私たちが参戦するのはキングリッチ戦でした。
現在、おそらくジークハルトが戦闘しているであろう敵です。ほとんど万能型たるアトリは、現状ではジークハルトとの共闘が最善でした。
一緒にカラミティーを潰した信頼と実績とがあります。
私たちはカラミティー・フィールドを静かに潜り抜けました。
激戦の予感を肌で感じながら。
▽
そこに広がっていた光景に、私とアトリは思わず言葉を失い、棒立ちになってしまいました。そこにはたくさんの……人が居たからです。
四十九人。
なんの特徴もない一般兵士たちがずらりと並び、キング・リッチとジークハルトとの壮絶な戦闘を見守っているのでした。
これは異常なことです。
カラミティー・レイドは「雑魚の生存」を決して許しません。ゆえに戦闘の余波で雑兵たちは壊滅させられてしまうのが定石となっております。
だというのに、この場には四十九名の雑兵。
カラミティー・レイドに強制指名できるのは五十人までという仕様があります。
すなわち、ジークハルトは強制指名された雑兵をすべて守りながら戦っている。
「これが……ジークハルトの強さ」
「……」
アトリが悔しそうに俯きました。
アトリたちはたしかにカラミティー・レイドを打倒してみせました。これは人類にとっては英雄的な行動でしょう。
ですが、アトリたちは雑兵を顧みることはできませんでした。
あえて見捨てたのではなく、そうするしか勝ち目がなかったから。だというのにジークハルトは単独でカラミティーと戦い、あまつさえ雑兵の命さえも守り抜いているのです。
――これがジークハルトが人類種から英雄と見なされる所以。
最強にして最優秀の名を欲しいがままにする男の実力でした。ジークハルトが本気を出している時、戦場に残るのは敵の屍のみ。
左腕を失っているジークハルトは、それでも呵々大笑をして綺麗な歯を光らせております。赤の頭髪に陰りはなく。
たった一人で怪物と対峙しております。
「ははははははは! どうしたのかな、リッチキングくん!? どうして来ない? 私が怖いのかい!? 仕方がないことだねっ! 敵対した私を畏れぬのは、魔王か神か愚か者くらい!! キミは魔王ではあるまいし神でもなく、そして賢い! 誇るが良いよ、私を畏れる必要があるくらいに……キミは強いっ!」
『…………』
リッチ・キングは満身創痍の男一人に気圧されています。
ジークハルトは遊びで言葉を放っているわけではありません。彼がどのような状況でも自信に満ちているからこそ、兵は士気と実力とを高められ、敵はジークハルトを恐れて縮こまる。
ジークハルトが喋りながら戦うのは、そういう攻撃になるからでした。
しかし、と英雄は寂しげに肩を落としました。戦闘中の彼らしからぬ雰囲気を纏い、ほとんど溜息交じりでした。
「悲しいよ! キミが死神を気取って私から逃げている間に……本物が来てしまった」
戦闘中だというのに、ジークハルトはアトリを振り返り見て輝くような笑みを向けてきました。リッチ・キングは隙ありとばかりに切り込みましたが、ジークハルトは平然と壮絶な斬撃合戦に持ち込みました。
右腕一本、捌くように剣を振るいます。
顔に焦りは曇りもなく、笑顔だけが貼り付いています。
「私とアトリくんが揃った。リッチ・キングくん……大人しく投降しても無駄だ! 何故ならば、今からキミは無残にも屍を晒すのだからねっ!!」
アトリが動きました。
いえ、正確にはアトリ自身は一歩も動きません。ただ動いたのは足首に取り付けられた邪神器製の鎖でした。
「【鎖術】――【
螺旋状に回転する鎖分銅が、リッチ・キングのこめかみにめり込みました。遠隔で蹴られたような形。
リッチ・キングが衝撃に耐えきれずにぶっ飛びます。
さらにアトリの鎖が追撃します。
まるで鎖自身が生きているかのような……見事な捌き振り。ぼそり、と死神幼女は鎌さえも使わずに追撃を敢行しました。
「【
鎖がネットのようになり、一瞬でリッチ・キングを拘束してしまいます。アトリは足を振り上げ、それを全力で振り下ろしました。
その動きに応じるように、網に囚われたリッチ・キングが地面に叩き付けられます。
動きを止めたリッチ・キングを見やり、死神幼女がぼそりと指示を出します。
鎖が解除されました。それと同時。
「ジークハルト」
「解っているともっ!!」
まだ動けないリッチ・キングに英雄の剣がぶち込まれました。
リッチ・キングが声にもならぬ悲鳴をあげました。骸骨状の肉体が砕け、闇色のローブが寸断されてしまいます。
咄嗟だったのでしょう。
リッチ・キングは空に飛び、それから――カラミティー・フィールドを解除します。空にて魔力を練り上げながら、いつでも逃げられる準備をしているようでした。
『……』
ただし、リッチ・キングは諦めたわけではないようです。
フィールドを解除したことにより、彼が狙うのは外で戦っていた一般兵たち。カラミティーは反撃は許されており、おそらくは今から行うことも反撃の範疇なのでしょう。
『……【メノス・ヴィダ】』
カラミティーの攻撃が始まりました。
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