第330話 VS風雲龍
▽第三百三十話 VS風雲龍
レメリア王女殿下の杖がカラミティー・ボスに振り下ろされました。
神器も解放しているレメリア王女殿下のステータスは、およそカラミティーとほとんど同格となっております。
その威力は莫大。
並みの敵ならば、今の一撃で勝敗が決していたことでしょう。
ですが。
ドラゴンは高い耐久力を持ち、なおかつ物理攻撃に対する耐性も有しております。
レメリア王女殿下の一撃は大ダメージにはなりませんでした。
『!? ほう……! 俺を。揺らがすか!!』
ですけれど、空中にて風雲龍はバランスを崩し、僅かに巨大な頭を下げました。その隙を見逃すアトリではありません。
座布団が空気抵抗を突破し、アトリを一息でドラゴンのそっ首へお届け。
振り回されるのは鋭利なる大鎌。
ぴとり、と大鎌が巨大なドラゴンの首に添えられ、直後には鋭く一閃されていました。【鎌術】のアーツ【首狩り】は敵の防御性能をすべて無視したダメージを与えます。
たとえカラミティー・ボスといえども大ダメージは免れません。
その筈でした。
ですが、ダメージが確定する寸前、風雲龍の肉体が雲と化して消え失せました。アトリたち三人の周囲が真白のふわふわに包まれます。
その正体は雲です。
その雲が
「!?」
シンズが肉体を吹き飛ばされて墜落し、レメリア王女殿下は四肢欠損こそしませんでしたが地面に落ちていきます。
アトリも大ダメージを喰らいました。
一気にHPの七割が持って行かれました。
一応【天輪】で倍加し、【零式・ヴァナルガンド】で強化している肉体が、です。
座布団は壊れました。
が、神器化しているのですぐに再生することでしょう。
私が【クリエイト・ダーク】で階段を作り、アトリの足場を確保します。血を吐きながら、アトリが零しました。
「……失敗。です」
「まだいけますか?」
「いける。です……」
まだ風雲龍には掠り傷しか与えていません。
回復能力こそないようですけれど、ドラゴンの自然治癒能力は侮れません。このまま長期戦に持ち込まれれば……と思った矢先のこと。
風雲龍が前足を器用に動かし、マジックバック機能のある指輪を使いました。
そこから現れたのはポーション。
それ瓶ごと喰らい、今までのダメージがなかったことになります。ピティが作ったアイテムでしょうから、その効果はお墨付きのようでした。
傷ひとつないドラゴンが大口を開けて笑います。
『災厄とは絶望なり。自然とは脅威なり……死と滅びに身を委ねよ、人よ。誇り高く抗うことなく、大地に帰るが良い』
「絶望は喋らない」
アトリが諦めることなく次打を放ちに行きます。
アーツ【閃耀の舞】で距離を詰め、凄まじい勢いで大鎌を振るいます。ドラゴンの爪と大鎌とが拮抗します。
が、すかさず敵のもうひとつの爪がアトリを斬り裂こうとします。
「【ダーク・リージョン】」
ドラゴンの爪がアトリを透過しました。
鍔迫り合いしていた爪さえも透き通り、ドラゴンが隙だらけの肉体を晒し挙げました。追撃するように私は【プレゼント・パラライズ】を放ちます。
麻痺したドラゴンが高速で落下していきます。
アトリは落ちていくドラゴンの背に乗り移りました。
サーフボードのようにドラゴンを乗りこなします。
現在、アトリの【鎌術】スキルは90を超えています。その時点で取得させたアーツのひとつに【敵状態異常時最終ダメージ上昇】効果がありました。
敵が状態異常の時、二倍の最終ダメージを与えるというチートアーツです。
元々、取り回しが難しい武器には強いアーツバフが用意されていることが多いです。たとえば【首狩り】、たとえば【敵状態異常時ダメージ上昇】もそうです。
この二倍ダメージは【首狩り】と同居します。
このゲームの仕様として、こういう時はスキルやアーツごとに計算が変わります。
今回の計算はとても単純にしてアホっぽい。
つまり元のダメージ×【首狩り】の五倍ダメージ。それを純粋に二倍にした結果が最終ダメージとされます。
「落ちろ」
『――!』
風雲龍の首に大鎌が叩き込まれました。
小さな幼女が放ったとは思えぬほどの大火力。風雲龍の目玉が一瞬だけ反転し、気を失ったことが判明します。
龍が地面に叩き付けられました。
攻撃の反動で上空に舞い上がったアトリは、その眼をぐるぐると狂信に回しています。すでに私が作った闇の足場の裏に貼り付き、発射台のように使う準備が出来ています。
「このゲームで状態異常対策をしていないほうが悪いのです。まあドラゴンの耐久力があるなら不要と判断したのでしょうけれど……甘いですね。アトリ」
「――っですっ!」
アトリが発射されました。
大地に寝そべっている風雲龍に向け、闇と光を纏った大鎌が一閃されました。
▽
またもや大鎌が風雲龍の首に炸裂……したように見えましたが、その攻撃は大地を深く切り刻むのみでした。
たぶん、風雲龍のスキルのひとつ。【存在自在】の効果によるものでしょう。効果としては【ダーク・リージョン】に近いと思われます。
このゲームは固有スキルでもない限り、無敵化スキルにはデメリットもあるはず。
上空をふらふら漂うシンズが指摘します。
「アトリちゃん、そのスキルは一日に3分まで使えるわよ」
「何度も使える?」
「使えるわ。ちょっとずつ使えばね。厄介なスキルね。取得制限がなかったらお姉さんもほしいくらい」
まだまだ使えるようでした。
かなり厄介なスキルです。仕方がないのでアトリは【イェソドの一翼】を零式で解放することにしました。
未来視ではなく、危険視とでも呼ぶべき効果です。
効果を抑えることによって長期戦にも対応することができました。
敵が最大でも3分間は無敵化できる以上、長期戦への備えはいくらしてもよろしいでしょう。
私たちには【ビナーの一翼】と言って、大量のMPを失う代わりに敵のスキルやアーツをオフにする力があります。けれど、効果は一瞬だけですぐにオンに戻される可能性が高い。
一撃で殺せるならば使いますけれど、今はまだその時ではありません。
戦場をちらりと確認してみます。
どうやらアルマゲドーンが生みだした災害により、多数の死者が出てしまっているようでした。やはり弱者は戦闘に参加する権利さえないのがカラミティー・レイド。
屍の海。
アトリも忸怩たる思いでしょう。
戦えない弱者はフィールド外へ脱出している人もいるようです。これについては悪ではありません。彼らの仕事はカラミティーと戦うことではなく、アトリたちがカラミティー以外と戦わずに済むようにすることですからね。
一部の戦える者。
セッバスや暗殺エルフのシシリーなどは残っています。可能な遠距離攻撃を行っていますけれど、大したダメージにはなっていないようでした。
今、生き残っていて戦える者は、アトリを含めて三十人ほど。
特記戦力についてはアトリ、シンズ、レメリア王女殿下、それからコーバスにシシリーくらいといったところでしょう。その他はセッバスも含めてカラミティー相手では雑兵に過ぎません。
それでもまだ三十人も戦えます。
「行く」
アトリがステップを踏みます。
地上に落ちた風雲龍はそれでもスペックが落ちていません。ドラゴンの巨体を活かした爪撃が無数に放たれます。
そのすべてを滑るように回避、代わりに大鎌を叩き付けて爪を砕いていきます。
「火力を出し続けて!」とシンズが叫べば、レメリア王女殿下が魔法を連発します。シンズも魔法を放つことにより、風雲龍の動きを制限していきます。
十数体の炎魔がドラゴンを殴り、締め付け、抱擁してダメージを重ねているようでした。
アルマゲドーンは痛みに絶叫をあげます。
けれど、その絶叫の中、戦える喜びのようなモノが混ざっております。まだまだ風雲龍は余裕のようでした。
暴れ続けます。
少しでも掠れば致命的な被害を被る、龍の大暴れです。
「ボクがダメージを出す」
そして近距離高火力アタッカーであるアトリが攻め込みます。
ドラゴンとてアトリの大火力を無視はできません。爪や尻尾を使い、どうにかアトリを退けようとします。
アトリはすでに回避タンクとしても一級品。
殺意でヘイトを奪い、後ろを守りながら火力を出していきます。
もちろん、コーバスによるバフも健在です。
凄まじい勢いで風雲龍のHPを削っていきますけれど。
カラミティー・レイドが順調に終わるわけもありませんでした。
『人類種よ。人よ。あなたたちはいつも自然に抗い、それに勝り、己が領域を増やしてきた。自然と闘うことが人類の選択。身の程知らずとは嗤わぬ。偉大なる覚悟なくして自然とは争えぬ。ならば、ならば、俺もまた戦おう……手は選ばず、容赦もせず』
そうフレーバーを呟き、風雲龍の姿が朧気になります。
どうやら常時【存在自在】を行使するつもりのようでした。アトリの大鎌が腹を刻む軌道で空を切ります。
肉体が傾いだところへ爪が炸裂。
アトリが大ダメージを受けながら吹き飛びます。危険視がなければモロに喰らって【致命回避】が発動していたことでしょう。
そこにブレスが打ち込まれました。
死滅の息吹。
アトリは赤い目を見開き、覚悟したように大鎌を握り締めます。が、
「っ!」
「【エンプレス・フレア】!」
一撃必殺たるブレスが、横合いから乱入した炎に掻き消されました。前髪を汗でおでこに貼り付けた王女殿下が叫びます。
「アトリさま、いちど待機を!」
神器解放時のレメリア王女殿下のスペックだからこそ可能なことでしたけれど、連続使用によって彼女の体力は減少しているようです。
王女殿下は開放状態で杖を構えましたが、ガン無視で龍はアトリに襲いかかります。
『あなたが要。ならば、あなたを三分以内に屠るまでのこと。それで俺の勝ちだ』
他のNPCが慌てたように攻撃を放ちます。
ですが、その攻撃はすべて風雲龍をすり抜け、足止めすることさえ許されませんでした。その光景を見やってアトリは頷きました。
「全員温存。こいつはボクが相手する」
「!?」
全員が驚愕する中、アトリとカラミティーボスのタイマンが始まりました。
▽楽園のコーバス
戦場には音が三つ。
ひとつは風雲龍が暴れ回る暴音。
ひとつはアトリがダメージを負うことによって生じる激音。
最後に僕の演奏するヴァイオリンの可憐な、可愛らしくも凜々しい音楽。
僕のバッファーとしての能力は一流だ。
だが、一流ていどが影響を及ぼせる領域の戦闘、死闘ではなかった。
「……」
アトリが避けきれず龍の爪を喰らう。
一撃で腸を飛ばされ、切り刻まれる。即座に【再生】したけれど、続く尻尾を回避しきることはできなかった。
小さな背中に尾がめり込んで、一度に尾てい骨と背骨とを砕く。
地面を転がり、泥だらけになり、落ちてくる雷鳴に撃たれる。
肉体を痺れさせながらも、幼女は絶対に倒れない。立ち上がり、眼に殺意と決意を満たし、大鎌をギュッと握る。
ドラゴンが吠える。
アトリも吠え返す。
一方的だった。アトリの攻撃は通り抜け、敵の攻撃だけが当然のように通る。いくらアトリが体術系の固有スキルを有していようとも、敵はカラミティーであり、避けきることは不可能だ。
否、アトリだからこそ、ここまで回避できている。
全身を血で真っ赤にし、ふらふらと揺れている幼女を見て……少女が目を覆う。
「見ていられませんわ」
そうぽつりと零すのはエルフの王女殿下。名前は忘れた。その王女殿下の隣では業火を纏った糸目の女性が頷いていた。
「でもアトリクラスでなくば足止めなんてできないわ。お姉さんなら防げるでしょうけれど、ヘイトが取れなかったゆえの結末ね。純粋なスペック不足。恥ずかしいことだわ」
「三分が終わればわたくしたちも全力で滅ぼしにいきます」
僕たちはたった一人の幼女を囮に、どうにか戦闘中の休憩を手に入れた。
いや、僕はバッファーなので今もお仕事中なのだけれど、それにしたって僕は演奏をするだけで戦ったりはしない。
もっと弱い相手ならば、演奏しながらでも戦えるんだけどね。
相手がカラミティーレベルであると、未だに最上の領域に至っていない僕では戦闘要員にはなり得ない。ただの至高の楽器弾きでしかあれない。
それでも良い、と僕は思っていた。
思っていたんだけどね……
命を削りながら死闘する幼女。
彼女を見て僕は――うっかり悔しくなってしまった。
「音を楽しむと書いて音楽。精霊の世界のセンスも侮れないな……さあ仕事の時間だ」
「……どうしましたの、コーバスさま?」
「ここで勝たねば人類種は終わるのだろう? だから仕事をする。まったく仕事は嫌だね、文化的ではない。天才のすることではないな」
僕は前に出た。
手にしているのはふざけた神器――【
持ち主に大いなる代償を要求し、その代替として「奇跡」起こすという兵器である。
僕はこの武器が好きになれなかった。
だって「何かを犠牲」にして、好き勝手をするだなんて……あまりにも人を馬鹿にしている。そんなことは当たり前だからだ。
誰もが力や結果を求めて努力をしている。
時間を使い、人生を犠牲に苦しみを犠牲に、力と結果とを望んでいる。
何かを犠牲にするだけで力を手に入れられる。力とは、結果とはそんなに簡単に手に入って良いものではない。
この兵器は努力の美しさを否定している。
だから、この武器をちゃんと使うつもりなんてなかった。
けれど。
僕は深く息を吸い込んで、ヴァイオリンにそっと指で触れた。
「人は身勝手な奇跡を祈るモノなのだな。僕はそんなことも知らなかった」
僕が知っていたのは狭い屋敷の中だけ。
時折、外に出ることはあったし、別に引き籠もりではなかったのだけれど……それでも僕の人生は屋敷の中で完結していた。
屋敷の中。
音と楽器と、楽譜と、そういったすべてに囲まれて僕は一人で満たされていた。
『もっと広い世界を見てみないか!? ほら、そうすればもっと良い音楽が作れるかも!』
なんて。
精霊の口車に乗って「広い世界」とやらを知りに旅へ出た。
結論はすぐに出た。
僕の狭い部屋の中こそが、この世でもっとも自由で広大で素晴らしい場所だった。世界なんてモノはちっぽけで、僕の想像を超えるような場所ではなかった。
インスピレーション?
そんなモノ凡人の言い訳だろう?
だけど。
そうなのだけど。
その小さな小さな広い世界とやらが、僕は存外に気に入ってしまったらしい。
不覚にも。
人々は笑い、喜び。
時に苦しんで、醜くて。
哀れで虚しくて、無力で弱くて、儚くて。
僕の崇高な演奏に手拍子なんて無粋を加えてきて度しがたい。僕を吟遊詩人とでも勘違いし、酒場で無粋にもリクエストをしてくるゴミ共ばかり。
ちょっと弾いてやれば良い気になって、笑って、笑って、僕は飲めないのに酒を奢ってきて、肩を組んできて、一緒に笑わされて……本当にくだらない。
つまらなくて、不幸なコトばっかりの世界。
でも。
だからこそ、小さな幸せがたまらなく愛おしい。
それが世界。
「強いことは良いことだ。勝つことは良いことだ」
だって簡単に人を笑顔に出来るから。
僕は知らなかった。人は死ぬ間際、音楽を楽しむ余裕さえも失うのだと。音楽が無力だなんて思わないけれど、それでも、強くなければ生きていなければ――人は音を楽しめぬ。
僕は音楽家だ。
誇りある、音の使徒だ。
だから。
だから、だから!
だから、だから音楽のためならば!!
――命だって賭けられる。
「人に音を楽しませるためだけに、僕は戦う。何故ならば僕は音楽家だから」
僕は譲渡を使うことにした。
たとえ何も失うことになっても……僕に寄越せ、一時のすべてを。
「聴かせてやるよ、大自然。不自然の極まり――音楽の素晴らしさを」
僕はきっと歯を剥いて獰猛に笑った。
まったく……品がないよね。
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