第329話 分断と撤退不可能

  ▽第三百二十九話 分断と撤退不可能


 突如出現した三体目、、、のカラミティー・レイド・ボス。


 二体しか居ない、と聞いていたところの追加でした。


 その対象にされたアトリはもはや風雲龍アルマゲドーンを討伐しないことには、展開されたフィールドから脱出することは不可能となりました。

 援軍の期待は持てません。

 なぜならば、風雲龍のカラミティー・フィールドを喰らわなかった人たちも、おそらくは別のカラミティー・フィールドに巻き込まれてしまっているからです。


 勝つしかない。

 カラミティー・レイドに。今、この瞬間で。でも……


「あ、アトリ、温存です。この後にまだ二体が残っていますよ」

「手加減……です」

「ええ。本気で手加減せねば殺されます」


 正直、このゲームを始めて史上もっとも窮地かもしれません。どのようにすれば勝てるのか、生存できるのかが解りません。

 この焦り具合は初めてレイドボスを見た時をゆうに超えます。


 混乱の極にある私に対し、アトリが大鎌を振り上げて叫びました。


「ボクがいる。邪神の唯一の使徒アトリがいる」


 私はふと周囲を見渡しました。

 そこでは私以上に狂騒しているNPCや精霊たちの姿がありました。その彼らがアトリの小さな声を受け取り、すうと静かになっていきます。


 誰かが生唾を飲み込む音さえも聞こえてきました。


「神は言っている――勝つのはボク」


 言っていません。

 が、たぶんですけれど、私が遙か昔に言った台詞を思い出しているのでしょう。私はかつて言いました。アトリこそがいずれ最強の存在になる、と。


 こんなところで負けている場合ではないでしょう。


 アトリが【零式・ヴァナルガンド】を起動しました。白の幼女の頭上に、ぴょこんと愛らしい狼耳が生え出します。

 しかし、その愛らしさに――人々は希望を手に入れました。


 この中でもっとも幼い。

 けれども、この中でもっとも――強いアトリ。彼女がまったく諦めていないことを知り、多くのNPCたちが瞳に生命力の息吹を灯し、己が得物を強く握り締めました。


 同じハイ・ヒューマンであるアレックス王子が言うには、アトリの【聖女の息吹】には自軍に対する士気高揚のバフ効果があるとのこと。思い返せばヨヨたちとの戦争中、アトリが訪れた戦場の味方の士気は跳ね上がっていました。

 今も、そう。

 アトリの小さな呟きはやがて戦場を伝播し、大きな喝采となりました。


 大鎌が頭上の風雲龍に向けられました。


「ころす」


 戦闘が始まりました。


       ▽

 風雲龍の特徴を一言で言えば雲を纏った龍でした。雲間を優雅に身をくねらせて泳ぐ、十メートル規模の怪物です。

 白のドラゴンが厳かな声で言いました。


『人よ。会話は済んだか。俺は嫌いだ。一方的な蹂躙は。ゲヘナ様に命じられ、奇襲に励んだが。何も解らず。殺すのは。忍びない』


 私は戦力を確認しました。

 現在、ここに残っている最上の領域はアトリ、レメリア王女殿下、それから謎の炎使いことシンズでした。


「見事に攻撃役ばかりが連れてこられています」

「べつのカラミティの相手は……支援系と妨害系ばかり。です」

「私たちが早期決着させねば厳しそうな陣営ですね」


 風雲龍に捕まらずに残ったのは汚濁のステイン、レジナルド殿下、それにクルシュー・ズ・ラ・シーです。

 上から「妨害」「支援」「妨害」とバランスがとても悪い。

 もちろん、戦えば強い人たちばかりでしょうけれど、戦闘特化ではありません。

 ジークハルトがいる想定ならば完璧なバランスですけれど、たった一人を欠いたことによるダメージが大きすぎます。


 いえ、ジークハルトがあれくらいで死ぬとは思えませんけれど。


 というか彼のステータスを知っている私は、彼が【致命回避系】の能力を持っていることも知っています。

 私が知っている【致命回避】ならば首ははね飛ばされず、大けがで済むはずなのですが……


 まあジークハルトについては後で良いでしょう。

 死んでいたら最悪ですけれど、あの程度で死ぬNPCがゲーム内最強と呼ばれるわけもありませんから。


 ……神器会談の時もでしたが、最強が周知されすぎていてガンメタ張られるの可哀想。


 なんて私がジークハルトを哀れんでいますと、どこかから心地よい音楽が聞こえてきます。これは【楽園のコーバス】による楽器演奏でしょう。彼は生産スキルたる【音楽】を使い、即興でバフを生み出すことを得意とします。


 アトリたちのステータスが一気に跳ね上がります。


『準備は。整ったか。ならば行かせてもらう――【ディザスター・コントロール】』


 風雲龍が唱えた直後。

 嵐がやって来て、視線の彼方から大津波が押し寄せ、地面が激しく揺れだし、竜巻が百以上も同時に出現しました。


 低いうなり声のような声で風雲龍が告げました。

 戦場が震えるような声。


『俺は龍にして龍にあらず。人よ、あなたたちがこれより抗うは自然の暴威。俺こそは災厄の化身……風雲を統べし龍――風雲龍アルマゲドーンである』

「っ! 高い。です」


 風雲龍は空を飛び続け、思い出したように雲から雷を落とします。かなりの火力があるようで、レベルが低い者は直撃すれば四肢が爆散してしまうほど。

 アトリは雷を大鎌で切り落とし、兵士たちを守りながらの防戦一方。


「アトリさま!」


 と駆け寄ってきたのはエルフ――レメリア王女殿下の配下の一人であるセッバスでした。長刀を片手に近づいてきたセッバスは、絶えず続く地震でバランスを崩しながらも辿り着きました。

 肩で息をしています。


「私の契約精霊たるレレレさまがアイテムを用意してくださいました。どうか、どうかお使いくださいっ! 我らに勝利を!」


 そうしてセッバスがマジックバッグより取り出したのは、一人が座れるくらいの座布団でした。その座布団は取り出されてから、ふよふよと宙を泳いでいます。

 どうやら、この座布団に乗れば「空飛ぶ絨毯」よろしく飛べるようでした。


 アトリが座布団の上に立ちました。


 あまり行儀こそよろしくありませんけれど、お行儀を気にして死ぬほどの愚は犯せません。すかさずアトリは座布団に血を撒き、それで以て邪神器化してしまいます。


 邪神具【堕天させる大地】 レア度【ジェネシス】

 レベル【97】 ブースター使用権【5回】

 ステータス反映値 70パーセント

 スキル【空中自在飛行】【ブースト】【ステータス反映】


 邪神器化したことにより、座布団の能力が跳ね上がりました。アトリの敏捷値のおよそ70パーセントを再現して飛行することが可能。

 アトリの敏捷値はゲーム内屈指。

 そのステータスの70パーセントなのですから、その能力はかなりのモノでした。


「もらう。行ってくる」

「あ、あくまでも貸し出しですよ、アトリさま!?」

「解った」


 座布団に乗って飛行する幼女が、雷を自在に避け、グングンと巨大龍に迫っていきます。雷ていどを喰らうアトリではありません。

 すべてを避け、場合によっては大鎌で以て噛み千切ります。


 目を剥く風雲龍が口内にブレスをチャージしました。

 それに対し、アトリは避ける仕草さえも見せませんでした。なぜならば、すでに別の者が対処のために動いていたからです。


「あらあ、ドラゴンって毎回ブレスに頼るからデータを取る必要がなくて良いわあ。お姉さんったら助かっちゃう」

『!?』

「【ハード・プロミネンス】」


 業火の翼にて飛行する謎の炎使い――シンズでした。彼女は炎を帯びさせたメイスをドラゴンの口内にぶち込み、あえてブレスを起爆してしまいます。

 大爆発。

 龍とて自身のブレスには耐えきれず、その綺麗な雲状の鱗を弾け飛ばしました。


 シンズも吹き飛んでいますけれど、どうやら【炎魔羽織り】で防いだようです。じつはシンズは火力特化ではなく、防御能力こそが真骨頂のキャラとなっております。

 大量の炎で衝撃を殺しきったのでしょう。


 ローブの下、シンズの糸目がゆっくりと開きます。


「年下の女の子が頑張ってるんだもの。おばさんも頼りになるってところ、アピールする踏み台にさせてもらうわね、アルマゲドーンちゃん」


 シンズの手のひらが龍に向けられました。

 いっそ残酷な声音で自称お姉さんが言い放ちます。


「【ハード・プロミネンス】」


 熱波がドラゴンを焼き焦がしました。

 苦痛にのたうち回るドラゴン――その肉体にはいつの間にかエルフの美少女が立っています。豪奢なドレスが暴風にあおられています。

 大きく杖を振りかぶった、その少女は。


「わたくしも居ますのよ?」


 杖がドラゴンに振り下ろされました。




―――――――

 作者からのお知らせです。

 クリスマスなのでクリスマスっぽい、ちょっとしたエピソードを活動報告にあげています。クリスマスですからね。クリスマスってタイピングし辛いから嫌いです。

 メリークリスマス。クリスマスクリスマス。

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