第328話 遭遇と撤退

   ▽第三百二十八話 遭遇と撤退


 朝がやって来ました。

 多くの魔物の死骸が積み重ねられており、それには多少の人類種の亡骸も含まれております。さすがに一夜を戦いに明け暮れ、誰も死なないなんて都合の良いことはなかったようですね。


 最上の領域では時折、アトリとジークハルトが手を出すのみで、他は温存を優先しています。カラミティで全力を出すためでしょう。

 一応、野良の魔物でも厄介な固有スキルを持っている場合があります。

 万全を期すために手を出さないのは選択肢として真っ当です。ここで兵士を数人助けることよりも、カラミティーで負ける確率を減らすことのほうが最上には優先されます。


 無論、兵士たちのほうも理解して戦っていましょう。


 本音では「もっと戦え最上ども!」と思っていても口には出しません。うっかりそのように発言し、うっかり最上が戦闘に参加し、厄介なデバフでも受けたタイミングでカラミティーが攻めてきたら……全滅。

 その全滅の余波で故郷までも滅ぶかもしれないのですから……


「作詞作曲」


 軽く敵をかき回してきたアトリが帰還すると、待ち受けていたバイオリン弾きが呟きました。


「コーバス・ノノ・ロア――聴いてください『おはよう。夏の朝』」


 柔らかな音符がバイオリンを通して、私たちの耳朶を優しく撫でていきます。穏やかな朝を感じさせる良い曲と言えるでしょう。腕のほうも確かなようで、二つ名が【楽園】というのも相応しい。


 中々に心地良い曲でした。


 一曲を終えたコーバスはほんのりと汗を流しながら、ゆっくりとバイオリンを肉体から離しました。

 コーバスは満足そうに陶酔した笑みを浮かべます。薬物でも摂取したかのような笑みです。


「ああ……絶頂。素敵な音の花畑だったなあ……ああ」

「なに?」

「ああ……忘却していたよ、エキストラ。キミに伝達することがあった。僕は常に曲でバフをかけ続けている。キミにも影響は及んでいるだろう。やりづらくはないかね? 何かご希望のバフはあるかな? リクエスト……を受けるのは僕のポリシーに反するけれど、参考ていどには意見を伺いたいところだね」

「なんでも良い」

「ほうほう。よく解っているね……音楽家は止まらない! 下手にリクエストしてきたら、うっかり対抗心で真逆の曲を演奏していたかもしれないなっ! 芸術家は子どもでなくてはならぬからな! うはは作詞作曲コーバス・ノノ・ロア――聴いてください『歓喜と安堵の乱舞』」


 暴力と安らぎの拮抗した曲でした。

 激しく優しい曲を演奏していきます。この表現能力は高い評価をあげざるを得ません。私の演奏能力には及ばないかもしれませんけれど、情熱も加味すれば「人の関心を誘う能力」については私を超えている可能性さえございます。


 完成度やクオリティならば、私のほうが勝ちであるとは告げておきましょう。


 子どもっぽい対抗心とかではなく。

 純然たる事実の列挙ですね。コーバスは先程『芸術家は子どもでなくてはならぬ』なんて嘯きましたけれど、私は絶対に子どもではありませんしね。

 ホントですよ?

 私は立派な大人みたいなところがあります。お酒も飲めます。


 演奏しながらコーバスが去って行きます。

 あの演奏に使っていたバイオリンはどうやら神器が変形したもののようです。私はストラディバリウスをいつでも国から借りられる権利があり、弾いてみた経験もありますけれど、あのバイオリンほどのクオリティはありませんでした。


 このゲーム凄いですね……


 ドン引きです。

 私もアレで遊びたい……ですが、人の楽器を強請るようなことはしませんとも。私は鈴の国とは違いますからね……!


「行ってくる、です。かみさま」

「私もついていきましょう」

「頼もしい。ですっ! 神様と一緒!」


 アトリと共に出撃しました。

 今の私ではアトリについていくことは物理的に難しい。ですけれど、精霊は契約対象について自動追尾があるため、そちらに任せれば一定の距離は保てます。


 まあ、あんまりにも動かれすぎると酔っちゃいますがね。


 私は【遅視眼】を使い、どうにか戦場を俯瞰していましたが……それによって気づきました。遙か上空。それこそ宇宙と言えるような場所から……何かが急降下してきています。


「っ!」

「敵。です」


 気づいたのはおそらく私を除けば、全員が最上の領域に至ったものか、斥候系の能力を有している人物だけだったでしょう。


 あれは二体いると言われている、王都までの道を遮るカラミティーボスの一体。


 魔不死鳥――イビル・フェニックス。

 青い業火を纏った、数メートルはあるであろう巨鳥。それがミサイル弾頭もかくやという風情で突っ込んで来ています。


「カラミティーは……あれは攻撃ではなく、ただの落下ということですか」

「それでもたくさん死ぬ。です」


 カラミティーは『カラミティー・ボス・フィールド』を展開せねば他種族を攻撃できない縛りがありました。ソレを無視するため、あえてイビル・フェニックスは純粋な落下を選択したのでしょう。

 あれは攻撃ではありません。

 しかしながら、宇宙から超質量の物体が落下すれば、しかも超高温の炎を纏っていたとしたら……それは物理現象として最悪レベルの破壊力を有します。


「かといって下手に手を出せば攻撃判定。カラミティーボスは反撃は許されています。そして反撃の規模は予想できないですか。知能があるとしんどいですね」

「どうする。ですか? 神様?」

「ジークハルトが仕切っています。彼に判断を任せるべきでしょうけれど」


 私がジークハルトを見やると、彼がこちらのほうに親指を立てて歯を煌めかせていました。どうやらアトリに任せる、ということでしょう。

 溜息を吐き、私はアトリに命じます。


「無効化してください」

「です! 【ティファレトの一翼】解放」


 直後。

 ずがん、という爆撃が大地を叩きました。ですけれど、イビル・フェニックスは地面に穴を開けることもなく、ただ純粋に地面に横たわっているだけでした。

 

 アトリが敵のダメージ判定を失効させたからです。


 地面に横たわったカラミティー・ボス。

 それに向けてジークハルトの光撃が解き放たれていました。咆吼じみた雄叫びが聞こえてきました。


「総員! 身の程知らずの災厄を打ち破ろうか! ここにジークハルトが居る!! それを敵に教え込んでやろうじゃないかっ!!」


 肉体を消し飛ばされたイビル・フェニックスは即座に再生しました。

 慌てたように空に飛び立とうとしたところに、炎を焼き尽くすような火力の炎がぶち込まれます。それはレメリア王女殿下とシンズによる炎の攻撃でした。


『きゃーっ!』


 最上の領域二人からの攻撃により、さすがのイビル・フェニックスもたじろぎます。

 その瞬間、無数の矢がイビル・フェニックスを貫きました。その矢は参戦していた【命中のルー】による仕業でした。


 すべてが的確に弱点を貫いており、羽の可動域を制限します。


 カラミティーにダメージが通せるようになっているのは、おそらくルーの成長や武器の選択によるモノでしょう。

 矢はすぐさま燃え尽きましたけれど、稼いだ時間によってアトリが動けました。

 当然、叩き込むのは。


「【死神の鎌ネロ・ラグナロク】」


 いつの間にか【奉納・閃耀の舞】で敵頭部に立っていたアトリが、回転するようにしてイビル・フェニックスの頭部を掻き切りました。

 すぱん、という小気味の良い音と共に、カラミティーの首が宙を舞います。


「……む」


 アトリは顔を顰め、直後には【奉納・天身の舞】の効果で戻ってきました。血塗れの大鎌を担ぎ直し、落胆したように呟きます。


「あれ、再生する。です」

「まあ不死鳥ですしね。倒すのは中々に難しいタイプです。その代わり防御能力はカラミティーにしては少ないっぽいですがね」

「厄介。です」

「ですねえ」


 フェニックスが再度、肉体を再生させてしまいました。

 ただし、私には理解できることですけれど、先程よりもイビル・フェニックスは縮んでいるようでした。


 正確にサイズを把握することも私の個人技能のうち。

 おそらく、それに気づいているのは私くらいでしょうか。今回、参戦しているレレレさんにチャットで伝達しておきます。


 これでセッバス、レメリア王女殿下、戦場の全員へと伝達できるでしょう。


 あのカラミティーは倒せば倒すだけ縮んでいくタイプです。

 目指せ赤ちゃんサイズ。卵に返してあげましょう。


 そうやる気を漲らせた瞬間でした。

 率先して攻め入っていたジークハルト。その背後に不意に幽鬼が出現していました。大鎌を手にした死神のような……ソレは。


「リッチ・キング!?」


 ジークハルトの首が大鎌によって刎ねられていました。

 紅蓮の頭髪が引きちぎれ、はらはらと戦場に舞い散ります。

 カラミティー・ボスはフィールドを貼らねば攻撃できないはずなのに、当然のようにリッチキングはジークハルトの首をはね飛ばしていました。


 地面を転がっていくジークハルトの死骸。

 背後で待機していたレジナルド殿下がよく通る声で伝令しました。


「撤退だ!」


 二体のカラミティーからの同時強襲により、我々はろくに交戦さえ許されずに撤退に追い込まれました。

 何が起こっているのかが解りません。

 ぞわぞわと背筋に粟が立ち、アラートのように鼓動が煩い。思わず停止してしまっている私に対し、アトリもやや落ち着かない声で囁きました。


「かみさま……ドラゴン。です」

「ドラゴン?」


 私が問い返せば、確かに雲間から異様なドラゴンが漂っているのが見えます。そのドラゴンの威圧感は通常のレイドボスを遙かに超えていて……息を呑んだ瞬間。

 私たちすべてをカラミティー・フィールドが襲いました。


三体目、、、のカラミティー・レイド……」


 思わずダメ元で【鑑定】を放ってみれば、敵の情報が理解できてしまいました、、、、、、、、、


名前【アルマゲドーン】 性別【悪】

 レベル【120】 種族【風雲龍】 ジョブ【災厄使い】

 魔法【風魔法100】

 生産【美麗雲100】

 スキル【風雲龍の因子100】【因子強化】

    【環境適正】【魔力操作補正】

    【雲撃100】【雲龍の鱗100】

    【存在自在】【物理ダメージ軽減100】

    【属性強化】【逆鱗100】

    【カラミティー・スキルⅠ】

    【カラミティー・スキルⅡ】

 ステータス 攻撃【120】 魔法攻撃【1800】

       耐久【1200】 敏捷【976】

       幸運【1020】

称号【風雲を統べし龍】

固有スキル【ディザスター・デザイン】


 ごくり、と思わず生唾を飲み込みます。

 私たちの耳にアナウンスが入り込んできました。


【個人アナウンスを開始します】

【カラミティー・レイド・ボスのアルマゲドーンより《レイド参加者》に選択されました。レイド・フィールドからの脱出が不可能となります】

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