第322話 わらしべイベントの最後

    ▽第三百二十二話 わらしべイベントの最後


 今回の「性別を変更して見せる衣服」がわらしべイベントの結末なのでしょうか。かなり便利で面白いアイテムではありますけれど……我々にはミミックの仮面があります。

 性別というか、姿形を自由自在に変更できますからね。

 明らかなる下位互換装備でした。


 いえ、防具としての性能も悪くないので、完全なる下位互換ではありませんが。


 仮面とは違ってデメリットもありませんしね。

 けれど、やはり物足りないのはたしか。我々は女が脱いだ服を掲げ、夜の町に繰り出すことに決めました。


「かみさま、このお洋服……何になる。です?」

「さて何になるのでしょうかね。お楽しみですね」

「楽しみ! ですっ!」


 もうわらしべイベントが終了している可能性はありますが。その場合、私は「アトリと夜の町を散歩したかったんだけですよ」で通そうと思います。


 頑張ってください【偽る神の声】よ、我が願いを押し通しなさい!


 町を歩いていると、やはり無法都市の夜というだけあり、民度の質が低下しております。中にはアトリに絡む傑物(重度の泥酔者とも言えます)も現れました。

 一時間ほど彷徨っていますと、ふと声をかけられました。


「お、女の子だな。なんだあ、その服。いーい女の匂いがすんなあ。くれよお」

「この服なら物々交換に応じる」

「いひっ」


 話しかけてきたのは、ずいぶんと顔面がオイリーな豚の獣人でした。彼は邪な視線を隠すことなく、豚の鼻をひくひくと痙攣させて、衣服の匂いを嗅いで涎を垂らしています。

 ちょっと激キモかもです。

 服の匂いを嗅いで「おほおほ」と言う男に、アトリも押され気味でした。


「んで、交換してくれんのだな? なにと交換だあ? 今、手持ちは使った後のティッシュしかねえけど、いひっ」

「ぐ……」


 アトリには「物々交換はすべて許可」という指示を出しています。何がクエストアイテムだか解りませんからね。

 しかしながら、さすがに嫌でした。

 私はすかさず「ティッシュは要らない、と言ってください」と指示を出します。アトリはろこつに胸を撫で下ろし、ホッとした様子で冷たく言い放ちます。


「別のものにしろ、と神は言っている」

「んー、だったらアレだあ。風俗の割引チケットー!」

「……それで良い」


 アトリに渡したくなかったので、しょうがなく私が闇の手で受け取りました。豚族の人は「うひっ、なんかキモいの出てきたあ」とどん引きです。

 アトリが大鎌をぷるぷると震えさせています。

 おそらく殺し掛け、しかし、私の「今日はなるべく殺しはなしで進行しましょう」に従った形でしょう。


 衣服を与え、代わりに風俗店の割引チケットを手に入れました。

 豚族の人は興奮し、そのまま衣服を地面に叩きつけ、自分も衣服に潜るようにして鼻を押し付け、ふがふがと呼吸を繰り返し始めました。


 服を脱ぎ始めます。

 さすがにキモすぎたようで、他のNPCに蹴られて内臓を破壊されていました。財布を奪われています。

 そして、財布を奪って逃げ去ろうとした男から、ちょっと前に私が財布を擦った子どもが財布を二つ盗んで行きました。

 これぞ無法者の町と言えるでしょう。


「……ちょっといったん帰りましょうか」

「……です……」


 私たちがダウナーになりながら帰宅している最中、逃げ惑う男性の姿がありました。涙を流しながら黒服たちから逃げているのは、闇狐賊の青年でした。

 半裸の青年は叫びます。


「わあ! 許してえ! 足りないと思わなかったの! ちょっとじゃん、ちょっとくらい良いじゃーん! 賭博に勝ったのに足りないなんて思わないじゃーん!」

「前もそう言ってたよなああああ!?」

「ひいいい!」

「前は一割ていどまけてやったが、三回目はねえよ! 舐めた姿勢で女食えると思うな食い逃げ!」

「ひいいいいいい!」

「女どもも女どもで生きるためにやってんだよ! 金払え!」


 男が黒服に押し倒されました。

 地面に顔面を押し付けられ、鼻が折れ曲がっているようでした。血まみれになりながら「助けて助けて」と男は繰り返します。


 黒服たちのほうが正義のようですね。

 私たちが放置して帰ろうとする寸前、逃げていた男と目が合いました。まあ、精霊体に目なんてありませんけれど。


「そ、それは! 【エデンえでーん】の一割引チケット!? 頼む! それを譲ってくれえええええええ!」

「……かみさま?」

「はあ……物々交換です」


 アトリは渋々と頷いて、物々交換ならば良いと申し出ました。よく解らない黒いカードとの交換となりました。

 そこには「会員、アッセル」と書かれてありました。


 男。おそらくは会員アッセルくんが勝ち誇った顔をします。


「うひい! どうにか助かった、命繋いだあ! ほらほらほら、黒服ども。不躾な黒服ども! この割引チケットが目に入らねえか!? これで残りを払う! ってかお釣り出るんじゃネ!? さっさと払えやカスども!」

「いや、無理だろ」とマウントを取っている黒服が言い捨てます。


 男が黒服たちにボコボコにされていきます。

 新手の整形技術レベルで、会員アッセルくんの顔面がボコボコになりました。

 チケットも破り捨てられ、黒服たちに路地裏まで連行されていきます。私も「無理であってほしいなあ」と思っていたので幸いです。


 ことの顛末を見届けた私たちに、続けざまに声がかけられました。


「よう、あんたがアトリかい?」


 そう言うのは筋骨隆々の冒険者でした。

 この世界、あまり筋肉に価値はありませんけれど(筋肉が発達していると物理攻撃力の反映値倍率が増えるようですが微々たるものです)、それでも強そうには見えました。


 ソロでもBランク相当の実力者でしょう。

 ちなみにかつてのミャー、そして今のヘレンたちチームくらい(ヘレンたちはひとまとめでBランク相当だと思います)の実力者ですね。


「物々交換をしてるんだって? この石とそれ、交換してくれねえか?」

「……神様。どうする。ですか?」

「まあよろしいでしょう」


 アトリがこくり、と頷きました。

 よく解らない石とよく解らない黒いカードを交換しました。入手してから石ころを【鑑定】した結果、なんとただの石と出ました。


 さて、この石がどのように化けるのでしょう。


 わらしべイベントはこういう一見、なんの役にも立たないアイテムからが楽しいのです。なんて楽しみにしていますけれど、石を求める声は挙りません。

 私たちと交換した男が、嬉しそうに顔を緩めました。


「よし、闇ギルドの会員証! これがあれば闇市に入れるっ! やったやった!」


 男は颯爽と駆け出しました。

 彼が消えていったのは、私たちがこの町に来て「魅力的なな品揃えだな」と思いましたが、表の人間だからと入店を拒否されたお店でした……


「……」


 これ。

 もしかしてあの黒カードが大当たりで結論だったのかも……私たちの手の中には何の価値もない石ころがひとつ。



       ▽

 後日、私たちは石の交換先が見つからないので、筋骨隆々冒険者から闇ギルドの会員証を奪い取りました。 

 ボコボコにしてその他の所持品もドロップさせましたよ。騙されるほうが悪いだなんて無責任で酷く、公正世界仮説みたいな眠たいことをおっしゃるかたもいるでしょう。

 ですけれど、やっぱり騙すほうが悪いと思いますよね?


 ともかく闇ギルドカードゲットです。

 なんと闇市で素敵な青い石を購入できました。


 そう。

 神器の上限を解放するために必須の青い石です。かつて山猫族のキッドソーから手に入れた時と同じアイテムでした。

 

 その石がなんと三つでした。


 早速、私たちは神器を強化することに決めました。

 やはりわらしべイベントは素敵ですね。そう思いました。

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