第321話 わらしべイベント?
▽第三百二十一話 わらしべイベント?
アトリは頭の上、掲げるように古びた鍵を携帯しています。これは誰でもいつでも鍵に気づけるようにという配慮ですね。
こう見えて私はゲーム経験が豊富でした。
まあ、元々はゲーム会社に勤めていたくらいですから当然ですよ。その私の豊富な実体験によって、わらしべイベントの到来を察知しました。
この「わらしべイベント」とはなんぞや、と思われる方もいるでしょう。
説明しましょう。
「わらしべイベントというのはですね、どんどん物々交換をしていき、やがては小さなモノから大きなモノに変化するイベントのことを言います。興味のなかった価値なきモノがやがて欲しいモノになるわけですね」
「すごい。です! これが神様のえっちなグラビアになる。ですか……?」
「なりません」
「? 難しい……です」
ともかく。
このゲームはあえて王道を外してくる運営の嫌らしさが滲み出ています。けれど、わらしべイベントで奇をてらうことはないでしょう。それはもはや面白の領域を超えますからね。
わらしべイベントの良いところは、こちらの想像が裏切られることですよ。
なんの価値もないところから何処まで行くのでしょう。
闇狐賊の里をわざとらしく闊歩していたところ、髭を生やした老人が杖を投げ出して駆け寄ってきました。
血走った目を向けられます。
「お、おお、お主!? それはテーゼ遺跡の禁断鍵ではないか!?」
「?」
「よもやお主、あのダンジョンに入ったんか!?」
なんてご老人はネットでよくあるホラー話のようなことを言い出します。しわくちゃな顔には焦燥が刻まれています。
「あのダンジョンには禁忌病が蔓延しておる。病気は大丈夫だったか? あれを治すにはジズの安楽石が必須なのじゃが……まあ女子には感染せぬとは聞くが」
「問題ない」
「そうか。お主が潜ったわけではないのだな? ならば良い。その鍵についてじゃが……譲ってはもらえぬか? 無論、タダとは言わぬ」
「解った」
「ほう。良いのか? 余人では価値のある鍵ではあるまいが、それでも持っていくところへ持っていけば中々の価値が出るぞ」
「問題ない。神は言っている。わらしべイベントだ、と」
「神? ザ・ワールドからクエストでも得ておるのか? まあ良い。これでも儂は《学者の村》に所属しておる。貴重品はいくらでも持っておる」
ほう。
あの《学者の村》は第一フィールドで発足したもの。
それに第四フィールドの人が所属しているのは珍しいですね。あそこの長老はエルフなのであり得るでしょう。
老人が差し出してきたのは鏡でした。
「それは嘘と偽りを見抜く鏡じゃ。便利じゃぞ」
「もらう」
「よろしい。では交換だ……うっひょー! ダンジョン攻略じゃー! 歴史の闇を暴くぞい!」
とてとてとて、と老人が凄まじい勢いで走り出しました。
アトリは不気味な意匠の手鏡を入手しました。元々、嘘は見抜けるので役に立たないアイテムですけれど、どうせ物々交換に出すので構わないでしょう。
「それは本物なんですかね?」
「解らない。です」
「ちょっと私に向けてもらえますか?」
「です」
アトリが手鏡を私に向けた途端、鏡が砕け散りました。
……たぶん、私の称号効果である「嘘が露見し辛い」が発動したのでしょう。これはやっちまいました。
動揺する私。
アトリが驚く中、私はとっさに言い訳を作りました。
「イベントを進めるためにあえて砕く必要があったのですよ。驚かせてしまったらごめんなさいね、アトリ」
「!」
ぶんぶん、とアトリが首を左右に強く振るいます。
白い髪がさらさらと揺れます。
「神様はすべてお見通し……すごい、ですっ!」
「そ、そうでしょう。まあ邪神ですからね」
私が幼女を騙す小物をしていた時、泣きながら走って来る女性が現れました。彼女はアトリにぶつかる軌道で駆けていましたが、普通にアトリは躱してしまいました。
泣く女性はそのまま走り去ろうとして、急ブレーキ。
アトリの手鏡を見やりました。
「あ、あんた! それ、ソレ貸してちょうだい!?」
「物々交換なら応じる」
「は、はあ!? まあ良いわ。このヘアピンで良い? 割れてる鏡だし」
「解った」
私はアトリに「すべての物々交換に応じる」ように言ってあります。ノータイムで貴重らしい(割れましたが)手鏡とただのヘアピンを交換します。
女は割れた鏡で顔を確認し「イケるわ」と呟いて走り出しました。
▽
とりあえず宿を取りました。
わらしべイベントが発生している間、下手に街から消えたくありませんからね。【理想のアトリエ】は禁じておきます。
夕食をとり、良いお風呂にアトリを入れた後、ゆっくりしていますと……室内に黒ずくめの男が乱入してきました。
窓ガラスが砕け、クナイを手にした男が腹を大鎌で切りつけられていました。
「ぐっ」
と黒ずくめは内臓を室内にばらまいて壁に叩き付けられました。
アトリが殺気を放って告げます。
「なに?」
「……き、きさま、ガイアじゃない、な?」
「?」
「だが、貴様からはガイアの匂いがする……っ! もしや、その机の上にあるヘアピン。それは! そうか!」
腹を押さえながら、黒ずくめがゆらゆらと立ち上がりました。
息も絶え絶えの中、男は机の上のヘアピンを指さしました。「ダドリーさまにそれを渡すのだ。そうすれば褒美が出る。頼む……私が死んだ後、それを」
「物々交換」
「? なにを言っている?」
「これと物々交換なら許す」
「え、えっと。マジですか?」
「マジ」
きょろきょろと周囲を見回し、黒ずくめの男が困ったように衣服を脱ぎ捨てました。すると、姿が途端に変化して、男は裸の女に変化しました。
窓から差し込む月明かりが、その女性の裸体を青白く照らします。恥ずかしそうに乳房などを手で隠しながら、黒ずくめだった男だった女だった獣人が呟きました。
「その装備は性別を変化して見せる。とても貴重な装備、私が持つモノの中でもっとも価値のある品だ。それで構わないか?」
「解った」
「よ、良かった……これでガイアにまた会える!」
女はポーションをゆっくりと飲み干し、それから全裸のままで窓から飛び立ちました。鼻にヘアピンを押し付けて嬉しそうな顔をしていました。
変態さんだったのかもしれません。
アトリの教育の邪魔にならねばよろしいのですけれど。
こういうのが積み重なってえっちなグラビアとか宣い出すのです。
私たちは臓物とガラスの破片を片付けました。
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