第320話 よくあるイベント
▽第三百二十話 よくあるイベント
ギルドに帰還する道すがら、闇狐賊の里を闊歩していました。スキル上昇を狙って【天使の因子】は透明化してあります。
あるいは非実体化と呼んだほうが良いかもしれませんね。
それでも現実ならば、白髪赤目軍服幼女が大鎌を背負っていては目立つでしょう。
けれど、ここは異世界ファンタジー。
アトリ以外の幼女も大剣を引き摺っていたり、背中から触手を生やしてそれを用いて歩いていたりします。
……この街の幼女、ちょっと変ですね。
第四フィールドでは「白髪赤目」差別は激しくありません。理由はグーギャスディスメドターヴァを見たことがあるから、というものですね。
たとえばリアルで嫌いな相手が「黒髪黒目」だったとして、その要素を持つすべてを恨むというのは異常と言えるでしょう。あくまでも「魔王が個人」であるという認識を持つがためにこそ、同じ要素を持つ他人のことが気にならないようですね。
とはいえ。
ある程度の忌避みたいなのはあるようです。
この世界でも珍しい体質ですからね。アトリと魔王くらいしか見たことがありません。
「おっとごめんよ」
そう子どもがアトリにぶつかりますけれど、とくに何も奪えなかったようです。むしろ、私が【クリエイト・ダーク】を使って財布をいただきました。
アトリは財布を持ち歩きませんからね。
私が預かるか、太もものホルスター型マジックバッグに収納してあります。
さすがに太ももに縛り付けられたモノを奪うことは無理でしょう。ナイフで切れば可能でしょうけれど、そのようなことをアトリが許すはずもなく。
舌打ちを零した子どもは、数歩進んでから財布の消失に気づいたようでした。
「あっ、俺の今日の仕事がなくなってる!?」
そう後ろで叫ぶ子どもがいました。
▽
「あ、あの……アトリさん?」
「なに?」
アトリがギルドの手続きを待っている間、酒場でリンゴジュースを飲んでいる時のことでした。図体の大きな狐耳の男性が寄ってきます。
武器も携帯しておらず、雰囲気は強くありません。
おそらくは冒険者……それもAランクには至っているであろう男です。
「その財布ですけれど……」
「?」
アトリがテーブルに投げ出し置いていた、子どもから奪った財布でした。かなり古い革のお財布でした。
それを指さして言います。
「それ、元は俺のもんなんです」
「……だからなに?」
「いえ、返せってわけじゃないんですよ。盗まれた時点でもう負けだ」
「子どもに負けたの?」
見る限り男は強そうでした。
理由は単純で私の【鑑定】が通用しません。その上、背中に背負った剣の質がとてもよろしい。これによって彼がこの町でも強者の部類であることが知れます。
子どもに負けるとはとても思えませんでした。
男は汗をかき言いました。
「泥酔してまして……そしてあのガキは盗み系のスキル構成でしてね。財布を盗もうと寄ってきていることを理解した上で大人の冒険者として勝負させたんですが上回られまして。盗まれた後に暴力で取り返すのはダサいんで、せめて財布だけでも買い直そうと家に戻って金を取ってきたら、アトリさんに盗られた。あいつらはやるぞ、って言われちまいましてね」
「そうなんだ」
「で、財布を買い直させてほしいんです。交渉させてください」
「要らない」
そう言ってアトリは財布を投げ返しました。
慌てて財布をキャッチした男は不思議そうな顔をしています。
「良いんですか? これはアンタの獲物でしょう?」
「神様が落とし物は警察に届けるって言った。でも、この里に大した組織がないから、お前のものなら話が早い」
「信じてくれるんで?」
「おまえが端金のためにボクを騙す必要がない」
秘密ですけれど、アトリには【勇者】という嘘を暴く謎スキルがあります。それにしてもやはり【勇者】の効果が不明なのは気になりますよね。
感情の伝播と嘘を暴く力が【勇者】というのは違和感です。
こくり、こくりと男が頷きました。
その手には風変わりな宝石が握り締められております。
「信じてくれて嬉しいですぜ。俺がそんな小物に見えないってことですからね。この財布は亡き妻からもらった財布だ。ただでは返してもらえねえ。金銭の代わりにこの宝石で支払いたいんですが良いですか?」
「……解った」
アトリ的には返してお終いですが、男のほうが「それはプライドに差し障る」との様子。大人しくアトリは宝石を受け取ってあげました。
やがて手続きが終わりました。
アトリが席を立ち、列に並び終わるまで男はずっと頭を下げていました。
▽
私たちが列に並んでいますと(と言っても一分も並びませんが)、後ろに並んだ美女がアトリの肩を掴もうとして、腹に蹴りをもらっていました。
ぐふっ、と肺から息を吐き出す美人。
地面に蹲って「こ、ここまでとは。あたしは【体術100】なのに」と呻いております。女性の顎には、アトリの爪先が添えられています。
今のアトリには【奉納・躰刃の舞】があります。
足で首を撫でることにより【首狩り】で首を簡単に落とすことが可能でした。
赤い瞳が這いつくばった美女ヘと無機質に降ろされています。
「なに?」
「そ、その宝石! ジズの安楽石でしょう!? ぜひ買わせてほしいのっ! 言い値を払うわ!」
「なに、それ?」
「う…………詳細を言わないで買い叩くのは無様よね。解ったわ。その宝石はとある病を治すために必要なの! あたしの兄さんを治すために買わせてほしい」
「神様。どうする。ですか?」
私は頷きました。
妙な病に対する薬はほしいです。けれど、結局、作り方が解らないのではどうしようもないでしょう。
つまり、私たちにとってこの宝石は「何かの病気に使える、使い方不明の石」でしかありません。まあ見た目が綺麗なので宝石としてでも十分ですがね。
交渉次第、ということにしました。
そこそこに強い――アトリと同じ列に並べる程度には――女性が兄の命につける値段です。相当の額が期待できそうですね。
「正直、今のあたしの持ち金で買えるようなもんじゃない……だから、その、この鍵とかはどうですか? 駄目なら借金しても良いっ!」
「なにこれ」
アトリが差し出されたのは古びた鍵でした。
首をこてん、と傾げる幼女に美女が説明してくれます。
「これはとあるダンジョンの鍵らしい。あたしは考古学には詳しくないけれど、かつての大冒険で手に入れてね。仲間も喪うほどの大冒険の果てがこの鍵さ。きっと何かがあるに違いない、とあたしは睨んでる」
「……む」
アトリが私を見上げてきます。
まあよろしいでしょう。女性が嘘を吐いていた場合、アトリは容赦なく足を振り上げたことでしょう。Sランク冒険者でもギリギリ許されない暴挙でしょうが。
上目遣いで私を見やるアトリ。
とくに意見があるわけではなく、ただ私を見つめたいだけのようでした。かわいい。
「よろしいでしょう。宝石と古びた鍵、交換といきましょう」
「? 解った。です! これ、交換で良い」
美女が驚きに仰け反りました。
「ほ、本当に良いのかい!? ただの意味のない鍵かもしれないよ!?」
「神が良いと言った」
「そ、そうかい。良かった」
交換が成立しました。
美女はボロボロと涙を零して宝石をそっと胸に抱き締めました。大きな胸なのでつい見てしまいますけれど、これは私、悪くありませんよね。
邪神はあらゆる悪を許すそうなので、この悪もそっと許していただきたい。
「これで兄さんが助かるっ! こうしちゃいられないよ! ありがとうございます、アトリ!」
そう叫んで美女はギルドの外へ駆け出していきました。
アトリは困惑したように首を傾げたままです。「今日は交換が多い」とぼやきます。
ここに来て私も理解してきました。
どうやらこれはイベントのようでした。ゲームでよくある「わらしべイベント」です。私はこれが大好きなので是非ともクリアしたいところ。
「さあ、アトリ。盛り上がってきました」
「? 盛り上がり。ですっ!」
次は何と交換するのでしょうかね。
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