第319話 本日の釣果

     ▽第三百十九話 本日の釣果


 船が沈められ、オリハルコンの糸さえも引き千切られました。

 船が沈められるやいなやヒルやピラニアじみた魔物に襲われました。が、まだ【ヴァナルガンド】を起動していたので、接近してきただけで光炎で敵が焼き尽くされていきます。


 ただの水も光炎に触れるだけで蒸発していきます。


「【クリエイト・ダーク】モードステップ」

「っ! ……ボクが。負けた。です……か?」

「いいえ、アトリ。まだ戦いは続いています。何故ならば!」


 ふと空から影が現れます。

 そこには跳躍してきたセックとシヲがいました。シヲはスムーズな動作で「釣り竿」に擬態しました。


 これぞシヲの新擬態形態――モード釣り竿です。


 がしり、とアトリがミミック製の釣り竿を握り締めました。細い糸状の触手が無数に伸び、水底を猛烈な速度で泳ぎ回る主を絡め取ります。

 暴れる主。

 ですけれど、シヲは現在、釣り竿の一部に神器化した大盾を仕込んでいます。


 肉体のすべてを盾判定にする神器です。

 そのため、いくらレイド規模のボスとは言え、シヲの触手を引き千切ることは簡単ではありません。


「っ!」


 あらゆるスキルやアーツにより、今のアトリは「物理攻撃力」も高くなっております。しかし、アトリのステータスでもっとも低いのが「物理攻撃力」であることも確かな話。

 レイドボスにはやや力負けしています。

 しかも敵は水中に特化した存在ですからね。

 

 何より釣り竿を操る技術がアトリには足りていません。


 歯を食いしばるアトリ。

 あまりもの力によって歯が砕けては【再生】を繰り返します。【奉納・絶花の舞】によってダメージが蓄積されています。あまり速度が関係ない勝負ですけれど、これが発動していなければ拮抗することも敵いません。


 今の装備である【永久なる息吹の断片】は【再生能力上昇】と【HP超増加】効果があって、かなりマシにはなりましたけれど……それでも赤字のままには変わりなく。

 アトリの背後、セックが釣り竿の後ろを持ちます。


「アトリさま。戦いとは必ずしも一人で勝つ必要はありません」

「……!」

「わたくしは完璧でございます。けれど、一人ですべてをこなしません。召喚生物を使い、策を使い、足りないものを補えるからこそわたくしは完璧なのです。同じマスターを持つ貴女も、そうなのではありませんか?」

「ボクは……セック。操作を任せる」

「承りました。完璧なわたくしが完璧に遂行してご覧に入れましょう」


 セックは事前にハリスから【釣り】スキルを借りてきたようです。

 力一辺倒だった竿捌きに「技術」が加わりました。


 セックに技術を託し、アトリは純粋な力を発揮します。

 竿型のシヲが大きくしなります。糸を引き戻すのではなく、物理的に肉体を縮めて敵を持ち上げていきます。


「! 弱ってきた。一気に持ち上げる。神様!」

「【クリエイト・ダーク】モードステップ重ね」


 私は宙に大量の闇の階段を作り出します。何十にも重ねた段です。そこにアトリとセックが飛び乗り、そうしてあらゆるスキルを用いて――主にトドメを刺します。


「ライフストック全解放――」


 シヲの火力をライフストックにより上昇させて、アトリは【狂化】を併用したことにより、薄ほんのりと微笑みました。

 眼が赤く光ります。


「神は言っている。――今晩はお魚を食べる!」


 そうして。


       ▽

 本日の釣果は大量のお魚たちでした。

 私が闇によって作り出した簡易的なテーブル。数十メートルにも及ぶテーブルの中央には、巨大な金魚――直系が数十メートル規模のピンポンパールが並んでいます。


 これぞ湖の主。


 絶対に食べたくはありませんけれど、闇狐賊のご老人によれば「絶品」の一言とのこと。調理は彼からやり方を聞き出したセックが、料理スキルによって担ってくれるようでした。


「とても強かった。です」

「ですね。最後、アトリの腕が引き千切れた時は負けたかと」

「ボクは負けない。です……」

「最後、口で竿を掴んで釣り上げきったのは偉いですよ。どうでしたか、シヲのお味は」

「うっ、うう……」


 アトリが唇を掌で拭う中、じっくりと焼かれた主が皿に並べられました。金魚の丸焼き・塩焼きです。焼かれてもなお、まん丸金魚の風体は崩しておりません。

 アトリはフォークとナイフで品良く食べていきます。

 ふわっふわの肉。


「おー」


 とアトリが眼を丸くします。

 こてん、と首を傾げて言いました。


「美味しい。です」

「それは良かった。食べ物は見た目だけじゃありませんねー、不本意ながら」

「神様にも捧げたいっ! ですっ!」

「私は食べられませんからねー」

「残念……です……かみさま」


 アトリはかみさまかみさま、と何度か追加で呟き、肩を落としてから、気を取り直して食事を再開しました。

 食事が終わる頃、シヲとセックがやって来ました。

 今回の功労者たる彼女らは、自信満々の表情でした。どうやら「ついてこい」とのこと。アトリと共に後を追えば、そこには暗幕をかけられた小屋……というのには巨大な施設。


 セックが召喚生物によって暗幕を取り払えば、その下には――宮殿じみたログハウス。


「これは中々面白いコンセプトですね。木製の西洋宮殿、現代美術の題材になりそうですね」

「シヲにしては良い」

『――』


 アトリが「ふん」とそっぽを向きました。

 こうして私たちのSランク昇格後、初のクエストは成功に終わったのです。

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