第317話 釣り
▽第三百十七話 釣り
ギルドを死屍累々に変化させてから、アトリは受付に戻りました。木製のテーブルにはいくつかの資料が獺祭のようにして並べられております。
「これらがアトリさまの求めに合致した仕事となっております」
いくつか見ていきます。
とはいえ、Sランクが動くべき敵というのは少ないです。基本はAランクやBランクの集まりで解決できそうな問題ばかりでしたね。
今は虚無期間。
せっかくなので面白いクエストを受けてみたいものです。という私の目にとまったのは、やや風化している依頼書でした。
そこには『湖の主を釣り上げよ』というモノがありました。
「アトリ、この依頼の詳細を訊いてもらえますか?」
「神は言っている。この依頼の詳細を話す」
アトリがノータイムで依頼書を指さします。
赤いぐるぐるした瞳が急かすように受付員を見つめています。
こくり、こくり、と受付員が必死の形相で頷きました。震える手で依頼書を掴んで、またもや生唾を飲み込んで説明を始めました。生唾ドリンクバーですね、趣味が悪いこと。
「こ、これはこの付近にある湖にまつわる依頼ですね。湖の主が大変に危険でして、場合によってはこの街まで危険に晒しかねない、ので排除しようという依頼です」
「強い?」
「かなり。何よりも水辺での戦いは特殊です。レイドボスレベルの敵ではありますけれど、思わぬ戦場を嫌う者が多く……そして実害がいつまでも出ないことから、やや放置され気味のクエストではあります」
レイドボスは倒したとしても、リスポーンするタイプがあります。
けれど、リスポーンするレイドボスはその場から過度に移動しなくなるので、さっさと仕留めて動きを封じよう、という試みがあるわけですね。
「レイドボス級、受けておきましょうか」
「うん。はい、ですっ! その依頼、神様とボクが受ける」
こうして釣りクエストに参戦することになりました。
▽
私たちは一日をかけて【理想のアトリエ】で釣り竿を用意しました。また、素材のひとつとして生物を育成している部署がありまして、そこから餌も用意してもらいましたよ。
わんさかの生き餌です。
気持ち悪いので見たくありません。しかしながら、餌を使うのはあくまでもアトリさん。頑張ってもらいましょう。
餌の質と量は申し分ありませんからね。
大量のメイドゴーレムが存在するからこそ可能な物資製造でした。
やはり【理想のアトリエ】はチートですね。
とはいえ、前回のクランイベントで「クラン単位」のアトリエを手に入れたところはあるようでした。彼らはその場のことを「クラン施設」と呼ぶようです。
私たちが【理想のアトリエ】を上手く扱える理由の一端としてゴーレムたちがあります。
本当に個人やクラン単位で十全な運用を行うのは難しそうですね。
人や奴隷を大量に雇うならば話は変わってきます。
ゴーレムのレベルは高くありませんからね。しかも成長もしないため、どうしても生産の質は求められません。
質を要求される仕事などはセックが行っております。
思い返す度、ロプトを作るよりもセックと同じ型のゴーレムを作るべきだったと思います。しかしながら、効率よりも作りたいモノを優先するのが私の気質でした。
ゲームですしね。
最善ばかりを目指しても息苦しいだけでしょう。
ちなみにロプトは戦闘用のゴーレム部隊とジョッジーノのメンバーを幾人か引き連れ、ダンジョンアタックを繰り返しています。新しいゴーレム・コアやアイテムの獲得のためですね。
わりと成績は悪くありません。
ただし、どうしても他NPCやプレイヤーに敗北、拉致されたりオリハルコン目的で討伐されたりのリスクはあります。どこまでいってもレベルは70です。
奪われては困るので神器化もしていません。
セックはわりと戦力として信頼している上、いざという時の自爆があるので神器化して単独行動させることも任せられます。けれど、ロプトはお遊びの色合いが強いですからね。
決して強者ではありませんし、むしろスキル構成的には弱者寄りです。
奪われたら奪われたで良いでしょう。
幸いながら発信器系のアイテムも仕込んであります。何かされたら報復しに行きましょう。
「ついた。です」
アトリに抱えられて連れて来られたのは、湖の前にある古い小屋でした。天井は腐り、壁も一部が剥がれ落ちています。
同行していたシヲがそわそわします。
木製の建物の状態が悪いのならば、シヲが遊べるチャンスですからね。あとで小屋を直す交渉を行いましょう。
これぞ部下への福利厚生。
やっていることは「仕事を増やす」ですけれど、魔物って特殊ですからね……
辿り着いた私たちに気が付き、小屋からお爺さんが出てきました。片手に釣り竿を持ち、もう片方の手には剣を握り締めています。
「よく来た、最上の領域、アトリよ。俺は闇狐賊のハリスってもんよ」
「うん。依頼を解決しに来た」
「ようしようし。釣り竿を持ってきているとは解ってる」
感心感心、と闇狐賊のハリスは頷きました。
かなりお年を召されているらしく、その尻尾は三本もあり、すべてが手入れされていてふかふかです。その尻尾をマフラーのようにして首に巻き付けています。
機嫌良さそうに狐耳が震えていました。
年寄りですけれど、可愛い系のお爺ちゃんに見えますね。駄目な老方特有の汚らしさみたいなのは微塵もありません。
若くさえ聞こえる声で言われます。
「主様は偉大だ。この湖を司ってくれとる。暴れ出すようなことはないだろう。実際、たぶん主様は時空凍結されていなかったが、この付近に主様が這い出た痕跡はない」
忘れがちですけれど、時空凍結前は六百年も前の話です。
時空凍結を喰らっていなかった生物たちからすれば、いきなり人類種が現れて我が物顔をしていることになりますね。
「それでも俺は挑む。……釣りをな! 襲うだなんて思っている奴らがいるのは真実だが、そんなことは関係ないっ! これは俺たち人類種と主様の誇りある釣り対決だっ!」
「? 湖に攻撃してはいけない?」
「それは無粋だ。実際、主様とて釣り上げられれば負けを認めるだろう」
「ほんと?」
「そうだ。実際に主様は俺にそう言った。普通に戦うよりも釣り、釣られの対決がしたい、とな!」
私は「変わり者ですねえ」とまだ見ぬ主に言いました。
人間で言うところの相撲好きみたいな感じでしょうか。殺し合いよりも、押し合いへし合いをご所望なようでした。
「頼む、最上の領域アトリ! 主様を簡単に殺さないでくれ。釣りで勝負する、そういうクエストだったことを忘却しないでほしいんだ」
「解った」
こくり、とアトリは頷きます。
大鎌ではなく、大釣り竿を掲げたアトリは赤い瞳をぐるぐると回します。
「神は言っている。――お魚を食べる」
『――』
「だまれ。神様に捧げるのだ……供物を。お魚釣りで」
こうしてお魚釣りクエストが開始されました。
やはり謎魚釣りコンテンツはオンラインMMOに必須ですね。あとは麻雀もあれば良いのですけれど。私、ルール解りませんがね。
私が好きなのはバカラとピンボール、ダーツです。
是非、実装のほどよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます