第316話 穏やかな冒険者ギルド
▽第三百十六話 穏やかな冒険者ギルド
私たちは第四フィールドのとある冒険者ギルドを目指していました。
私たちがこのフィールドにやって来た一番の理由は観光です。ロケーション探索でした。しかしながら、一回目はオーク帝国と争い、そのすぐ後には神器会談がありました。
つまりろくな観光ができていません。
アトリの目的は魔王討伐ではありますけれど、かといって目標にばかり進んでいては楽しくありませんしね。休暇やプライベート、寄り道は必要なことでしょう。
余裕が人生の豊かさ、と誰かが言っていたような気もします。
言っていなかった気もします。
ここは闇狐賊の縄張りたる《無法都市ココン》と言いました。
厳密にこの里は認められた里ではないようでした。あくまでも闇狐は正式な部族ではなく、どちらかといえば名の通り「賊」なようでした。
かといって無法の中にも秩序は要求されます。
冒険者ギルドはこの里に残された、微かな良心のようでした。
スラム街のご多分にもれず、現代的な建物が建設され、ある程度の文明度が保証されているようでした。
昨今ではマニープリーズという精霊が、異世界に電気を始めとした「現代ツール」を過度に与え始めております。ゲームの世界観が壊れる、と一部のプレイヤーからは大不評でして、かくいう私もちょっと残念です。
とはいえ、文化は中々に死なない。
いずれはファンタジーと現代の混じった不思議世界観に至ることでしょうが。
その日までサービスが続いていたら、ですが。
ビル(あくまでもビルに見えるだけで、建設方法は違います)の下を忙しなく歩くのはサラリーマンたちではなく、荒々しい賊たちでした。
魅力的な品揃えの闇市などもあり(表の人間は入店できないようです)、歩いているだけで暴力的な都市の雰囲気が楽しめます。
ここは闇狐賊が取り締まっているだけで、他種族もたくさん――むしろ、他種族のほうが多い――いました。すれ違う人々は小さなアトリを見て、一瞬だけ獰猛な闇を瞳に灯しますが、すぐに小さな悲鳴をあげて逃げていきます。
「バレていますね」
「バレてる……です。まだ目立つ、です。か?」
「まあ目立つでしょうね、貴女は」
今のアトリはなんと【天輪】も【羽】も隠しています。
目立ちたくないからではなく、見えない状態で展開したほうが「経験値」が多く入ることに気づいたからですね。
コントロールできるようになったのは最近です。
無駄に消耗するため、戦闘時には見えるようにしますがね。
アトリのもっとも目立つところが「天輪と羽」のコンボです。これがあるだけで異様感が出てきます。彼女は殺意や雰囲気を隠すことも可能なので、町中では「わりと絡まれる」ことがありました。
恐ろしいことです。
ただの大鎌を背負った白髪赤目幼女ならばともかく、異様な翼持ちにNPCは平然と絡んできます。そういうNPCは大抵が実力があり、実績があり、それから見る目と情報力は皆無であり、実力なども上位者からすれば弱者と変わらない、という感じです。
だから、翼を消せば余計に絡まれるかも……と思ったのですが。
そろそろアトリの名も知られてきているようですね。
ビル街を歩き、途中で飲食店に寄って食材どもを壊滅させ、冒険者ギルドに辿り着きました。木製の扉を押して入れば、からんころん、と軽妙な鈴が鳴ります。
こういうところだけはレトロのようでした。
酒場を併設した冒険者ギルドです。
冒険者ギルドに酒場を作ることについては過去に語りましたけれど、細かい理由はともかくとして、やっぱりこういう雰囲気のほうが異世界ファンタジーしていて良いですね。
冒険者たちは店に入った幼女を見て、わずかの間侮りましたが……不意に背筋を正しました。それからガクガク、と一部のNPCが震え始めます。
おや?
「気配は完全に殺しているのですよね?」
「消している。と思う。です……?」
アトリが自分の小さな肉体を見渡しました。なんの変哲もない幼女ボディー。デザインにとても凝ったカーキの軍服ワンピースがよく似合っています。
まるで衣装チェックでもするように、アトリがくるり、くるりと半回転を繰り返します。背中でも見ようとしているかのようでした。そういった何気ない仕草さえも、今のアトリは【神偽体術】によって洗練されて見えますね。
もしや、と私は口にしました。
「なにげない動きが良すぎて、アトリの実力が露見しているのかもしれませんね」
「! さすがは神様。ですっ! 神様はすべてお見通し……」
「わざと雑に歩く必要もないでしょう。絡まれないのは絡まれないので寂しいですしね」
「? 神様が寂しいのよくない! です! ボク、絡まれる! ですっ!」
「こういうのは偶発的だからこそ良いのですよ」
「偶発的に絡まれる! ですっ! 神様を楽しませる……です」
「運命を操作する領域にまで辿り着きましたか?」
リアルで絡まれるのは嫌ですけれど、ゲームでちょっと絡まれることくらいは「イベント」感があって嫌いではありません。絡まれ方によっては不快ですけれど、かといって何もないのも退屈ですしね。
これはアトリがほとんどの敵の悪意を簡単に跳ね返せるからですが。
「あ、あとりだ……マジモンだぞ、あれ」
「た、た、ただのガキに見えるが、本当なのか?」
「身のこなしを見ろ。雰囲気だって……ただの弱いガキがこの場であんな堂々とできるかよ」
「かわいい」
「あれが《死神》か……」
「【天使の因子】こそないが白髪赤目の大鎌使い。のガキ。アトリしかいねえだろ」
云々。
ギルドの荒くれ冒険者たちは、アトリの一挙手一投足を固唾を呑んで見守ります。さながら怪獣が闊歩する町の住民のようでした。
今のアトリは「Sランク」です。
当然のように特別な受付に並びます。だれも「おい、てめえみてえなガキが並ぶとこじゃねえよ、がはは」みたいなことを言いません。
ほとんど並んでいなかったので、アトリは素通りくらいの勢いで受付に辿り着きました。
緊張に汗だくな男性受付。こくり、と喉が大きく鳴り、ギルドカードを受け取る手は震えていました。
小刻みではなく、それは大いに。
受付員はギルドカードを落とさないように片手を使って腕を押さえているくらいでした。
「え、Sランク冒険者……《死神》のアトリさま、ですね。ようこそ冒険者ギルドへ」
「うん。強制クエストはある?」
「い、いえ、今のこの街や付近に強制クエストは発生していない様子です」
「解った。素材を売るのと良いクエストがあれば教えてほしい」
こくりこくり、と受付員が首肯を繰り返しました。
高ランク冒険者の特典のひとつとして、受付員を自由に扱えることがあります。わざわざ仕事の奪い合いをせずとも、受付員が冒険者の実力や性質にあった仕事を見繕ってくれます。
結果が出るまでアトリは酒場で待機です。
▽
意外なことにアトリは囲まれていました。
周囲にいるのはたくさんの獣人たちでした。誰もがアトリの実力を認め、そして自分が下であることを理解しているようでした。
おそらく【神偽体術】によるモノです。
今のアトリは平常時の身のこなしからして別格です。わざわざ争わずとも、もはや強弱が判断される次元でした。
むくつけき獣耳男たちが口々にアトリを褒め称えます。
「それでアトリさん、うちの帝王のダドリーさまに会ったんだろう!? どっちが強えんですか!?」
「ダドリー。でも、ボクのほうが強くなる。そして今も……負ける気はない」
「! すげえな……! 貪欲だ! 俺は恥ずかしい! 今の強さに満足してた! あんたほどのお人が上を目指してるって言うのによ!」
喝采が上がります。
獣人はその性質から「上下関係」に強く拘ります。いえ「強く拘る」というレベルを遙かに超えています。それが呼吸レベルに「必須」な種族でした。
その上下判定の儀式が正式に行われていなければ、獣人たちは敵対と見なしてきます。
ですが逆に上下関係さえ明確になれば、たとえ「自分が下側」だろうと当然のことと認める性質がありました。ある意味で楽ちんですね。
過去、ジャックジャックと訪れたダンジョン都市の獣人たちもそうだったのでしょう。
しかし、彼らは「実力差を感じ取れる」最低限の実力がありませんでした。私たちが不意打ちや召喚獣頼りの弱者であり、群れに侵入した無礼者という認識だったのです。
日本人の倫理観でいえば、いきなり家に土足であがられたみたいな感じでしょう。そういう性質があったのだと理解しましたけれど、殺す気で来られたので殺したことについては問題は感じません。
文化の違いって怖いですよねー。
獣人が興奮したように挙手します。でかい図体の男ですけれど、兎耳を生やして無邪気に挙手する様は愛らしい……とは思えませんやはり。
「是非! 軽く打ち合いさせてくださいっ!」
「……?」
アトリが私のほうを見やってきます。
わざわざ知らない人に手の内を体感させる必要はありません。ですけれど、もはやアトリは手の内を隠し通せる領域にいません。
対策されていることを前提に戦う領域でした。
「暇つぶしにくらいはなるでしょう。受けたければ受けても良いですよ、アトリ」
「はい。です」
アトリは受けることにしたようです。
アトリと手合わせしたい者でギルドは溢れ、外からも噂を聞きつけて列が出来上がりました。無法者ばかりが集まると呼ばれる都市で、アトリは見事に馴染みつつありました。
意外とアトリは獣人たちと相性が良いのかもしれません。
あるいは無法者と……? だとしたら親の顔が見たくなっちゃいますね。もう土の下で分解済みでしょうけれど。
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