第313話 鏡の王からの褒美
▽第三百十三話 鏡の王からの褒美
謁見の間にアトリは佇んでいました。
相対しているのは、鏡の王。似合わぬカイゼル髭を生やした子ども……に見える大人の王様でした。
魔眼王。
その王の瞳は虚ろで面倒そうな雰囲気さえ感じられました。
「はあ。アトリ、お前はよくやった。鈴の国を見事にけちょんけちょんにしたわけだ。ほめつかだ。ほめつか」
「王は褒めてつかわすと仰った」
「で報酬ね。俺の兵、それから鈴の国からの兵。ぜんぶを好きなタイミングで好きに使う権利をやる。べつに囮にしても良いし、肉壁にしても良いし、趣味で殺し回っても良いぜ。以上、帰って良し」
「王!?」
隣の宰相が目を剥きました。
肩を何度も揺すられ、魔眼王は眼をクルクルと回します。
「な、なんだよ……吐きそう」
「どういうことですかな、王!? 全軍の指揮権を譲渡するなど! 一部隊ならばともかく、全軍とは! 国の守りはどうなされる!」
「いやいや、魔王が攻めてきたらどうせ死ぬし。俺の眼が任せろって言うし。アトリ……ってネロ? も馬鹿ではない。必要な時にしか使わないだろ」
「……王」
解りました、と宰相が悔しげに頷きました。
この宰相が優秀として選ばれている理由として、魔眼王とのシナジーにあるようでした。魔眼王は「直感」で最適解を選びます。
ですが、その直感には「そう感じたから」以上の根拠がありません。
それではいくら王の意見といえ、採用されるわけがありませんでした。
王を補うのは、隣の老人の仕事でした。
この宰相は魔眼王の「直感での判断」に「後付けで理由をつけることが上手い」のです。宰相とは政治家ではなく、王の望む道を政で切り開く役割。
それに特化した才を持つのが、戦えぬのに「王の剣」という二つ名を与えられた宰相・ロバートの役割でした。
不本意な意見を口にすることにより、宰相は深い溜息を吐きます。
「王は仰っている。このままでは国も民も見境もなく、魔王によって世界は蹂躙される。我が国は国家という枠組みの存亡よりも、民の命を、人類種の生存を優先する」
「え、マジ? 俺、そんなに王失格なこと言ってる?」
「仰りました」
「へー。じゃ、そういうことにしとこう」
「……王」
魔眼王が気怠そうに頬杖をつきながら述べました。
その様子はさながらハロウィンで大人の仮装をする、背伸びした風変わりなお子様の如く。だというのに、その仕草には王特有の圧力が感ぜられました。
「王ってのは他の人類種と違う生き物だ。倫理観、道徳、あらゆる常識や感性が違うので、平民も貴族も俺たちを理解できぬ。王は通常、国を優先する。自分の国を守れば世界が滅ぶなら、迷うことなく世界の滅びを選ぶ。どうせ共倒れだって思うだろ? けど、違うんだよなあ」
「?」
「自分の国が滅ぶ代わりに世界が助かるとしても、王ってのは自分の国を優先しなくてはならない。世界最後の国になることを目指す。目指さないといけない、それが王という生物だ」
何言ってるのかまったく解りません。
ですが、隣で宰相はうんうん、と何度も頷いているようでした。王的には正しい選択のようでした。
だが、とつまらなさそうに鏡の王は吐息を漏らします。
「俺、王失格だからさ。普通に考えて国がひとつふたつ滅んだところで、他の人類が生き残ったほうが良くねとも思う。でも、それは本当は駄目だ。民との約束が違う。何があっても国を、民を何よりも守ろうとする姿勢が王には求められるんだよな。国なき民は奪われるだけだ。ま、じゃなかったらこの世に国家なんてシステムねえし」
「ボクには解る」
思わぬ援護に鏡の王がギョッと目を丸くしました。
アトリは私のほうを見上げます。ぐるぐるした赤い瞳です。
「ボクは神様のためなら、ぜんぶ捧げられる」
「うーん、まあ、そんな感じかもなあ。それが王の姿勢であり、宗教家の姿勢だな。でも、俺はどうやら王失格みたいだ。自分の国が滅びても世界を選ぶらしい。愚王だね、愚王。ま、それでも王として言わせてもらえれば好きにしてくれて良いが上手くやれ」
「解った」
頷いたアトリを見やって、魔眼王も満足げに首肯しました。その後、彼は宰相に申し訳なさそうな目を送りました。
「ごめんね? 怒ってない?」
「怒っております、王」
「だよねー。これは鈴の王は……いや、もう前鈴の王か。は、王としては優秀だったようだな。自分の国はちゃっかり残しつつ、アトリっていう戦力や俺たちも引き込んだも同然。弱小の王の命ひとつでとんだ逆転手だ」
アトリは不思議そうに首を傾げました。
最近のアトリは「考える力」が養われております。私の放任主義によるところも大きいですけれど、強くなったことによって視野が強制的に広がっていることも手伝っているのでしょう。
責任と立場が人を作る、なんて言いますしね。
「国は奪わないの?」
「奪っても良いんだけど、あまりにもバランスが悪い。俺はともかく、俺の次世代が鈴と鏡の両国を上手く支配できない。剣の国もバランスの喪失に動き方を変えかねない。下手に合併しちまうと共倒れしちまうんだよねー。かといって、事実上の従属国を無視するわけにもいかず、俺らは人材なり物資なりを恵む必要があるし、反乱を防ぐために少なくとも前鈴の王よりも善政を敷かねばならない」
「? 利用されたってこと?」
「その通りだな。あいつ戦乱じゃなかったらヤバい王に成長しただろうぜ。損得の天秤が人よりも、どの王よりもよほどドデカい。あいつの視野は強者の視野だ。あーあ、戦乱って怖いこと。無能がどんどん淘汰されて、才能なんて見つけずともドンドン出てくるさ」
前鈴の王の有能無能については、正直なところ、私には理解できません。
一般人である私は「え、めっちゃ兵士死んだし、歴史的に敗北と従属が刻まれるのは国としては良くないのでは?」なんて平凡な論を覚えます。
しかし、私の目線は凡人の目線のようでした。
まあ、王様が言ってるから正しいとは思いません。
権威主義反対!
とはいえ、前鈴の王は少なくとも「自分と兵士少し」の死で、より強い戦力を自国の防衛に回したようなもの……と考えたようですね。
オークの帝王もですけれど、王様って一筋縄ではいきませんね。
また勝負には勝ったけれども、事実上の敗北パターンかもしれません。かつて色々な人に言われましたけれど、強いだけでは勝てないのでしょう。
このゲームの妙にリアル志向な面が出てきましたね。
普通に気持ち良く無双して遊ばせてくれるような運営ではないようです。昨今のゲーム業界的には真逆のコンセプトのようですけれど、いかんせん、ゲームクオリティと体験の質、それからリアルマネーゲットの利益が多すぎて覇権ゲームを維持しています。
アトリは謁見の間から出て行きました。
鏡の王から「出て良し」と言われたわけではありません。はっきり言って無礼行為ですけれど、鏡の王は小さなことに拘らない人です。
王の器としては良くないのかもしれませんが、上司レベルで見ると良い人かもですね。
此度の戦い、私たちは「軍との実戦経験」と「自由に使える軍隊」と「もうひとつ」を手に入れました。
軍隊は意外と重要です。
いやいや、アトリが単独で倒せるような軍に意味ってある? と思われる人もいるかもしれません。
ですけれど、たとえばアトリが同格と戦ったとしましょう。
その時、敵には軍隊が居て、こちらには居なければ……負けます。
軍の有無は強化というよりも「大前提」でした。多くの最上の領域が国家に所属しているのにはそういう理由があります。
こっちが強者と戦っている間、敵の弱者を引き受ける者たちがいなければまず勝てない。ゆえに自由に動かせる軍隊の存在はアトリにとって、かなりの価値があるようでした。
その代わり、暗黙の了解が出来てしまいましたが……
まあメリットのほうが遙かに大きいのでよろしいでしょう。
そして、もっとも得たモノの中で大きいのは、最後のもうひとつ。
すなわち。
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