第312話 鈴の王
▽第三百十二話 鈴の王
私たちは大胆不敵にも敵王都に入り込みました。
ちなみに今回は敵を蘇生させたりはしていません。物資の量的に不可能ですし、三十秒なんてとっくの昔に過ぎていますからね。
また一部の精霊に恨まれてしまったかもしれません。
国が先に宣戦布告してきましたけれど、プレイヤーって宣戦布告の感覚が掴みづらいですからね。自分たちが先に攻めたと理論では解っていても、体感として実感はできていないでしょう。
人間が指数関数を実感できないのと似ています。
さて、王都は静まり帰っていました。
わりと衛生的で素敵な街並み。素朴ではありますけれども、煉瓦造りの質素な建物たちが並ぶ姿は如何にもファンタジーといった様相。
住民たちは皆、家に籠もって震えているようでした。
ほとんど目の前で自国の兵士たちが蹂躙されましたからね。しかも、たった一人の幼女に……第三フィールドは第一フィールドほどに「白髪紅目」差別がありませんけれど、一部はやはり「魔王の再来」だと感じているようでした。
べつにグーギャスディスメドターヴァは死んでいませんが。
今も魔王城で元気に幼女幼女している頃でしょう。魔王についての情報、スクショはミリムがブログで紹介していますからね。
肝心な情報は何一つなく「今日も魔王さまは尊かったです」みたいなブログですが。
魔王の情報を寄越せ、とは思います。
アトリのチャンネルを見て、強さの秘訣ではなく、幼女大食いを見せられている視聴者の気持ちが少しだけ理解できてしまいます。
また、ブログにはたくさんの誹謗中傷が書き込まれましたが、ミリムは普通に訴えているようですね。《スゴ》での誹謗中傷は探知できませんが(これヤバいですよね)、ネットで誹謗中傷をすれば簡単に法にやられてしまいますから。
何故、私がミリムのブログを見ているのか。
この前、リアルでミリムに会った時に「魔王様の可愛いところを見やがれ」と頼まれたからですね。よほどPV数の魅力に取り憑かれてしまったようでした。
「しね!」
アトリが大通りを堂々と闊歩していますれば、路地裏から現れた子どもに石を投げられました。
石は見当違いなところに落ちました。
なんと。野生の石投げ幼女です。歳の頃はアトリと同じくらい……いえ、アトリは年齢よりも幼く見えます。
たぶん、アトリよりもふたつ、三つくらい年下でしょうか。
小さな女の子はポケットから石をまた取り出します。
「お父さんを殺した! しね!」
「?」
「しね、魔王っ!」
誹謗中傷と共に投げ放たれる小石。
投擲された石を受け止め、アトリは軽く投げ返しました。石が腹に突き立った石投げ幼女は、その場に蹲って嘔吐、気絶してしまいました。
王都で嘔吐しましたってね。
慌ててアトリに付いていた兵士たちが石投げ幼女に駆け寄りました。治療をしているようです。
「あ、アトリさん、その住民に……いえ、ちゃんとお守りしなかった私たちが悪いのですが……」
「べつに良い。あれくらいでボクは死なない」
「暗殺者とかではないと思いますが……あそこまでせずとも」
治療された、先程の降伏リーダーが悲しそうに言いました。まあ、アトリに負けたのはこの人が悪いわけではありませんが、実力が足りずに住民を怯えさせている理由ではあります。
弱いことが悪い世界観の悪いところが出ています。
幼女に対する無慈悲さを見せてことにより、アトリはより住民に畏れられます。
その点についても降伏リーダーは悲しんでいるようでした。アトリはなんてことのないように言いました。
「敵は敵のままのほうが良い」
「……そこまでの覚悟をお持ちか。感謝します」
ああいう場面で英雄は度量を見せるのでしょう。
しかしながら、アトリの【勇者】はシステム的な称号であって、決してアトリの正確性質を言い表すものではありませんね。
まあ、あまりにも変なことをしていれば変な称号が付き、その称号が強制装備されてしまったりするかもしれませんけれど。
今の石投げ幼女はちょっと可愛そうでした。
親を殺されたばかりの幼女に「世の理を悟れ」と言う大人にはなりたくありませんね。
やっていることはエグいですけれど、アトリもちゃんと手加減していましたし、彼女なりの理由もあるので良いでしょう。アトリが全力や本気だったら、あの幼女の腹には風穴が開いていますから。
アトリは反射的に反撃しますが、手加減はできるようです。
王都中の畏れ、恐怖、怒りや恨みを浴びながら、アトリは王城に辿り着きました。
▽
玉座から降り、その人は絨毯に立っていました。
これは中々にないことです。
王は平民と同じ場所に立ちません。心理的な意味でも、また、物理的な意味でも。これが謝罪の場だったとしても、国の気質次第では降りなくても良いくらいでした。
王が言い放ちます。
「余が鈴の王。イグラートだ」
「ボクはアトリ。宣戦布告されたから殺しに来た」
「そうか。殺せ」
「うん」
アトリが大鎌を振り上げた瞬間、控えていた兵士たちが動きだそうとします。
鈴の王は手で兵士たちを止めましたが、それでも止まらぬ者がいました。王の頭上を飛んでいた精霊です。
精霊が【顕現】してアトリに攻撃してきました。
「ばあああああああああああか! 隙アリwwww 死ねっ!」
シヲがあっさりと触手で拘束。
さらに私が【邪眼創造】を使いました。眼と眼を合わせます。プレイヤーに効くか解らないのですけれど検証です。
生みだしたのは【狂乱眼】です。
要するに敵に【狂化】を付与するアーツでした。簡単にレジストできるのですけれど、プレイヤーって意志力での解除みたいなのが苦手らしいですからね。
試した結果、的中。
精霊が涎を垂らして暴れ始めます。こわい。完全に脳を弄られているのか、それとも【狂化】中のプレイヤーはAIが動かしているのか気になりますね。
暴れるプレイヤーですけれど、シヲの拘束力のほうが上手でした。
ステータスが高くても、ミミックは動かさないことに特化しております。その上、今は神器化した大盾によって、シヲの全身は盾判定されていますしね。物理攻撃に特化したスキル振りなら脱出できたでしょうけれど。
ちょっと【狂化】したくらいならば、シヲは捕まえた敵を完封できます。
「一応は【鑑定】しておきますかね」
プレイヤー名は雷光というようです。
王と契約できているので、けっこうなやり手プレイヤーかもしれません。あるいは戦闘しない人と契約したよく解らないプレイヤーです。
レベルはそこそこに高かったので、王と契約する前はちゃんと戦える人と契約していたみたいですね。
まあ、スキル構成は攻略wikiの丸パクり、固有スキルは強そうですが……先制攻撃で使えないようなモノなのでしょう。
丸パクりは悪くありませんが、なんというかその構成の強みを捨てた奇襲でした。
結論としては、何処にでもいる中堅プレイヤーのようでした。
「どういうこと?」
と。
アトリは王ではなく、他の兵士たちを睨み付けました。彼らは一様に、首が落ちるほどの勢いで頭部を左右に振っています。
ここで否定せねば首が落ちますからね、比喩を超越して。
鈴の王が咳払いをしました。
「すまぬ、アトリ。余の契約精霊が粗相をした。こやつはこういう奴なのだ」
「なんでそんなのと契約するの?」
「此奴は愚者だが余に侍りたいと言った。それが理由だ。忠義ではあるまいし、余のことを見下してはおったが……配下は配下だ。どうせ殺される。配下の粗相など気にもならぬ」
王としては「部下を制御できない」ことは恥でしょう。
けれど、鈴の王はもう恥なんてどうでも良い、と考えているようでした。アトリに「神器クレクレ」してきた人にしては、妙にさっぱりとした人物に感じられます。
アトリも同じことを思ったようです。
ちょっと不思議そうな顔をしていました。
「疑問しているか。まあ良い。話そう」
「神様? どうする。ですか?」
アトリの問いに頷きました。
一応はシナリオを聞いておきましょう。思ったよりも愚かではなさそうな鈴の王が、このようなことをしでかした理由。
知っておけば「今後」を防げるかもしれません。
鈴の王が絨毯に座り込みます。
兵士たちがぎょっとしますけれど、彼は気にした風もなく語りました。
「魔王が強すぎる。今回の件はそれに帰結する」
鈴の王の親、兄弟は全員が――姉妹に至るまでが――強者であり、武人であり、素晴らしき軍人だったようです。彼らは魔王の進撃に対し「ここで逃げて王が生き延びても未来はない」と感じ、優秀な兵士の大半を集結させて魔王に挑みました。
そして散ったのです。
「噂では父上たちは余を排除しようとした、とされているが偽りだ。余だけが弱かった。ゆえに余は次代を任された。一部、国を運営するために必要な人材とともにな」
しかし、鈴の王は思った。
自分のような王が国を統べたとしても、また魔王が気紛れを起こせばあっさりと負けてしまう。自分は平時の王ならば上手くやる自負があるが、今は魔王との戦時。
「ゆえに余は……鏡の王にすべてを預けることにした」
「そう言えば良かった」
「否。国とはそういうモノではない。戦いもせずに軍を、民を、すべてを預けるなどできはしない。形だけ可能でも、真の意味で鏡の王の配下にはなれぬ。それは軍の弱点となる。だが、此度、余は大いに負けた。こちらの非で以て、正式に領土を奪われた。このまますべてを奪っていただく」
王として教育された者が、この決断を行うのは断腸どころではないでしょう。
それでもあえて王は敗北を選択したようでした。
アトリによって被る害よりも、自分が王を続けた時の被害のほうが甚大だと想定して。
己が無能に真剣に向き合ったが故の選択。
これにより、正式に鈴の国は鏡の国の支配下にくだれる。
そう、鈴の王は満足したように微笑みました。それから王は絨毯に手をつき、頭をつき、立ったままの幼い少女に懇願しました。
「魔王は強い。このままではすべてが滅ぼされてしまう。頼む、最上の領域《死神》のアトリ! 奴を、魔王を止めてくれ……時空凍結によって生き残った者はどこか『また女神に助けてもらえる』と油断している。だが、魔王の脅威はすぐそこにまだ存在しているのだっ!」
「魔王はボクが殺す」
「そうだ……其方だけが唯一、それを公言して本気で動いている。其方は人類の代表に相応しい。其方は平時の勇者ではあるまいが、戦時に於いて比類なき英傑・勇者であろう」
鈴の王は最期に言いました。
「王とは傲慢にも平民に願うものだ。ゆえに言う。……我が民らを、そして世界を頼む」
そうしてアトリは鈴の王の首を落としました。
解き放たれたかのように血液が飛び散ります。紅い絨毯の上では血の色は目立たず、まるで何事もなかったかのように……まだ幼い、アトリよりも幼い男児の屍だけが残されました。
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