第311話 VS精霊兵
▽第三百十一話 VS精霊兵
NPCと契約していた精霊たちが前に出てきます。
私たちは幾度か精霊との交戦経験がありました。精霊の特徴として「ダメージ無効」「ステータスが超高い」「全員がゲームだと理解しているので強いムーブを効率的にこなしてくる」の三点が挙げられます。
この三つが厄介なのですよね。
昨今のゲームあるあるとして、プレイヤーたちは攻略wikiを参考にステータス振りをしています。ゆえに間違いがなく、失敗がなく、とても強い。
ネットというチートを使っているわけですね。
とはいえ、それは私も同様のことでした。けっこう、私のスキル構成もネットを参考に(本当に参考にしただけですが)していますから。
「精霊は厄介ですね。まあ、黙って自分の契約NPCの国を負けさせるわけがありませんが」
「勝つ。ですっ!」
「そうですね、勝ちましょう」
精霊たちは揃って片手に杖、片手に盾を持っているようでした。あれは最近の流行のひとつである杖盾構成でした。
軍単位では強いとされている構成です。
自分の契約者のダメージを盾で補い、妨害を打ち消し、杖を使って精霊のステータスで攻撃を仕掛けてきます。
盾は精霊的に評価の低い、ノンシナジースキルですけれど、精霊たちもレベルが上がって余裕が出てきましたからね。
アーツひとつのためにスキルを潰す余地も出てきて、やや環境が変化してきたようです。
「せーの!」
と精霊の一人が叫べば、全員が一斉に上級の魔法アーツを放ってきました。完璧なタイミングで放たれた魔法は合成され、ひとつの巨大な魔法として機能します。
幼女を襲う巨大な混沌のアーツ。
「【奉納・閃耀の舞】」
一手でアトリは敵を上回ります。
一瞬で精霊憑き部隊と思われるところの背後に転移します。この場合は契約NPCのところですね。このアーツには硬直がないので、転移と同時に攻勢を仕掛けられます。
正面に居た敵が、気づけば背後から奇襲してくる。
敵からすれば悪夢も悪夢でしょう。ハッキリ言って【
狡い、と責められても良いレベル。
ただし、私は少なからずこの世界のルールを把握してきております。固有スキルはまったくの無から生まれることはなく、何かしらの切っ掛けが要求されています。
強ければ強いスキルほど。
固有スキルの下地は強く要求されるようでした。
神偽体術についてもそうです。アトリが努力を続け(ほとんど寝ないで訓練し続けていますからね、私が居ない間はずっと)、たぶん【神威顕現】を切った私の動きを何度もなぞり、その結果の果てに手に入れたのが【
それならば強くて当然でしょう。
才能のあるアトリが、誰よりも努力した。それだけの話でした。
「【シャイニング・スラッシュ】」
アトリが魔法を一閃しました。
耐久度の低いNPCは肉体を両断され、耐久度のあるNPCにしても避けられねば大ダメージを受けてしまいます。
生き残り、よろめいていた敵に迫って惨殺。
しかしながら、敵の精霊は一人たりとも減っていません。
「囮部隊でしたか」
「っ!」
アトリが軽く目を押さえました。その中二病チックな仕草とはすなわち【イェソドの一翼】に反応があった証拠。
幼女が空を見上げます。
そこには先ほどの魔法合成よりも大規模な魔法が準備されていました。
「ほう。精霊の強みのひとつですね。ダメージ無効なので自分たちごと破壊できます」
魔法が振り下ろされました。
▽
いくらアトリが早いとはいえ、さすがに避けきれる規模の攻撃ではありませんでした。魔法はおよそ戦場の三分の一を破壊しましたからね。
プレイヤーたちは思い切ったようです。
自分の契約NPCをなるべく後ろで待機させ、契約していない味方NPCごと殺す。
私たちプレイヤーにとって契約NPC以外を守る義理はありません。
しょせんはデータ上の存在でしかありませんからね。私だって敵と同じ立場ならば同じ作戦を取ったでしょう。
アトリが転移します。
彼女には【奉納・天身の舞】があり、被弾すれば一瞬だけの無敵化、そして転移が発動するのでした。
厄介なのは転移。
無敵化ならばすぐにもう一度攻撃されてしまいますが、転移するので敵の攻撃を避けたり、そのまま攻勢に移ったりすることが可能なのでした。
アトリが転移したのは上空。
敵の視界外であり、戦場を一望できる場所でした。
ですが。
そこには先の攻撃によって跳ね上げられた巨大な石片がありました。アトリよりもやや大きい岩ですね。
ちょうどその石の場所にアトリが転移しました。
つまり、石がある場所に転移先が重なったのです。
「!? 大丈夫ですか、アトリ!?」
「か」
アトリが何かを言うよりも早く、もう一度転移が発動しました。世界には薄いノイズが残されました。
地上に転移したアトリがきょとん、としています。
そこへ敵が一斉に攻撃を仕掛けてきます。
さすがにプレイヤーたちは上手く、虚を突かれているアトリは軽く被弾します。腕を吹き飛ばされましたけれど、それはすぐに【再生】してしまいます。
プレイヤーたちが喚きます。
「やっとダメージを与えたのに即回復かよ!? このくそボスがあ!」
「機動力高いのに回復するとかなんなん! なんなん!」
「続けろ! 【イフリート・リミックス】!」
攻撃を続けてくる精霊たち。
数名がアトリを引きつけ、後ろの何人かが先ほどの攻撃を再現しようとしています。敵は理解していませんけれど、私たちにはまだ【ダーク・リージョン】もありますし【ティファレトの一翼】も【テテの贄指】で二回発動できます。
それから【致命回避】もあったりします。
同じ攻撃をされ、仮に被弾したとしても……時間切れ。
▽
「くっそくそくそくそくそ!」
最後に残ったプレイヤーが暴言、というよりも悔しさを全開に叫びました。
アトリがやったことは簡単でした。
ずっと戦場を走り回ったのです。三分間を全力で走り回ることにより、精霊の【決戦顕現】の効果時間たる三分を凌ぎました。
カップラーメンが作れてしまいますね。
大規模魔法も戦闘のただ中でなければ、ギリギリ走って逃げられる規模です。というか、さっきの攻撃にしても回避手段、無効化手段はいくつもありましたから。
もっとも簡単な対処方法が【奉納・天身の舞】を発動させてしまうことでした。
なぜならば、このアーツは普通にクールタイムが戦闘中に上がりますから。
「強い精霊もいましたね。ちょっと危なかったですが、今のアトリならば逃げ切れるレベルでした」
「目がうずいた。です」
「ちょっと格好良いですね」
実力の伴った中二病発言は、むしろ格好良かった気がします。
戦闘漫画で『勘違いするなよ、お前を殺すのは俺だ』みたいな発言が今ではツンデレと呼ばれますけれど、子どもの時分には「クール」と思ったものです。
同じ発言でも場面で意味が変わってきますね、当然ですが。
「【奉納・天身の舞】」
アトリが敵のいない場所で、優雅に舞いを奉納しました。それによって再度【奉納・天身の舞】のバフを得ます。
この舞いを行わねばバフ効果が得られないことが、このアーツの唯一の弱点ですね。強者との戦闘中には発動できませんし、あらかじめ踊っておくにも効果時間がありますから。
めちゃくちゃ強いですけれど、使い辛い面もあるアーツでした。
さて精霊たちも戦線を離れ、敵軍はアトリとその配下、それから精霊たちの自爆攻撃によって壊滅状態にあります。
ぎっしりと存在していた敵たちは、もうバラバラに戦っている感じですね。
アトリが戦っている最中もセック、ロゥロ、ロプトたちが暴れ回っていますから。敵はアトリに集中できず、かといって視線を切った瞬間にアトリから襲われる始末。
もうセックたちを先に仕留めようとしても、シヲが立ちはだかって足止めをしてきます。
足止めをされた敵は……アトリに殺されます。
ちなみに私もずっと【クリエイト・ダーク】で妨害していました。いきなり天から暗幕を下ろすだけでも、敵からすれば致命的な妨害ですからね。
あと雑に【ダーク・ボール】をばらまいて、【シャドウ・ベール】で隠蔽しておいたり、岩を透明化させて妨害物として運用しています。
あとは適宜【爆音玉】と【閃光玉】を使い続けております。
敵軍はもう壊滅状態でした。
やがて足を失い、仲間に肩を貸された男が歩み寄ってきました。アトリが容赦なく殺そうとしますけれど、異質な雰囲気を感じ取って手を止めました。
負傷兵は言いました。
「……降参です。我らの敗北を認めます」
おそらくは敵の兵を率いていた存在、あるいは上司が死ぬことによって事実上の昇格をした兵士なのでしょう。
その言葉によって敵軍の生き残りが喝采をあげます。
なんだか逆のような気もしますけれどね。
アトリは困惑したように私を見上げてきます。今回の目的は皆殺しではなく、あくまでも敵王に「アトリさんに神器、持っててもらいたいですわー」と言わせることです。
ここで皆殺しはよくありませんね。
私たちのために。
かつて我々が討伐したミリムのクラン《脱落会》。彼女たちを排除した理由こそが「ゲームの治安が悪くなって遊び辛くなる」ことでした。
兵士を壊滅させた結果、国が荒れ、荒れた者が別のフィールドへ行く。
そうなっては怠いのは今後の私たちでしょう。
面倒なことは明日の私に任せることが今日の私の標語ですけれど、降伏を認めることが面倒とは言えませんからね。
軍の降伏くらいは認めねば、理性なき獣と同じ……
いずれ人間として破綻し、ゆっくりと滅んでいくのみなのです。つまり、最低限のマナーを守らねば余計に面倒になるということですね。
「アトリ、降伏を認めましょうか。条件はてきとーに決めて良いですよ」
「はい! 神様!」
私を見上げて無表情ながら嬉しそうに頷くアトリ。
すっと目を鋭くし、アトリが敵兵に向き合いました。そのぐるぐると回る紅い瞳に気圧されながらも、敵兵は強い意志で見つめ返しているようでした。
「な、なにが」敵兵が言います。「なにが解った……の、ですか?」
「神は言っている。お前たちの降伏を認める」
「! あ、ありがとうございますっ!」
「ただし条件。……ボクたちに攻撃することは許さない」
「え」
虚を突かれたように兵士が言いました。
おそらくは「それは大前提」だったからでしょう。言われずとも軍が降伏しておいて攻撃するのは策とかの次元を超えていますからね。
今後のあらゆる軍戦闘が「皆殺しにするか」「されるか」しかあり得なくなってしまいます。
しかし、とアトリは首を左右に振って、後方を指さしました。そこでは降伏宣言が聞こえていなかったであろうプレイヤーたちがセックたちに攻撃を仕掛けている場面がありました。
顕現もしていないプレイヤーの攻撃は雑魚です。
それでも攻撃には違いがなく。
リーダーが汗をだらだらと流します。
「せ、精霊……あいつら戦場の空気を読めないんだ! 降伏させる! 約束するっ!」
私にも戦場の空気とやらは解らないでしょう。
実際、リーダーが降伏宣言をした時、他の兵士たちも聞こえていない距離の人までもが「あ、降伏だ」と理解していましたからね。あれは私には無理です。
こうして私たちは鈴の国の軍を打ち破りました。
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