第310話 零式の蹂躙

    ▽第三百十話 零式の蹂躙


 軍VS個人の正面戦争でした。


 アトリが生みだした複数体の邪世界樹。

 また、厄介な性質を持つハイ・ゴーストドラゴン。

 ずっと銃器を乱射している殺戮ゴーレムに、大量のアンデッドを生みだして使役する完璧ゴーレム。


 盾部隊を襲うがしゃどくろに、まだ動かぬシヲとアトリ。

 それを見守る邪神ネロ。


 最後だけ自称につき頼りありませんけれども、中々に悍ましい布陣でした。

 悲しきことに【勇者】たるアトリですけれど、物語の主人公にはなれなそう。明らかに敵サイドの戦い方、戦力の分布でした。


「カートリッジ変更。変更。変更」


 ロプトが自ら伸びるコードを持ち上げます。近くにあったボトルに接続されていたソレを、別のボトルと接続しました。

 あれはMPポーションで満たされたボトルでした。

 ロプトはギリギリ人型で作成したのでポーションを使用可能です。またゴーレムはポーション酔いしないので、MP消費の多い【鉱石魔法】を使い続けられます。


 鉱石で弾丸を作り、それを良い装備で撃ち出すのがロプトの戦闘スタイルでした。


 かなりお金が掛かります。

 ですけれど、雑魚的を掃討する性能は高いので良いでしょう。あと格好良い。


「ロプト。自分でカートリッジ変更をやるのはちょっと興ざめです。メイドゴーレムをひとり付けますので、そのメイドにやらせるようにお願いしますね」

「はっ! マスターのご指示通りに」


 念の為に戦闘用メイドゴーレムもたくさん連れています。

 まあすべてが中級、下級なので敵兵よりも弱いのですがね。でも、数が多いほうが敵が怖がるので三十体くらいのメイドを控えさせています。


 MPカートリッジを交換し終えたロプトが射撃を再開しました。

 しかしながら、すでに弱者は掃討し終えているかもしれません。しこたま銃弾を叩き付けたので、もうロプトの攻撃で倒れるようなタイプは戦場に残っていないわけです。


 まあ盾役を釘付けにできるので撃ち続けますが。


 また、邪世界樹についてもすべて破壊されました。レイドボス級ではありますけれど、敵はレイドに挑むには多すぎる人数ですからね。

 多数の被害を出しながらごり押ししたようです。


 あのレイドボスは「攻撃されたら味方に被害がでる」攻撃持ちでした。

 どうしても慎重に攻めざるを得ない敵が速攻で倒されました。その所為で敵軍の被害は目を被いたくなるレベルでしょう。


 味方を間接的に殺した兵士の士気はだだ下がり。

 ゆっくり戦っても被害は増えるので悪くない判断ですがね。


「わたくしは完璧な采配をしておりますが、徐々に押し込まれてきています、マスター」


 セックの報告通りでした。

 物量を生み出すことがセックのスタイルでしたけれど、どうしても軍相手では数が不足してしまいます。


「まあアトリを温存しつつ、敵の数は減らせました。私の【鑑定】も終わりましたしね」


 私はセックたちが戦闘している間、敵の強者を【鑑定】していました。

 あくまでも前線に出ている目立った強者だけですがね。ある程度のスキル構成や戦闘スタイルを確認し、優先的に打倒すべき敵を見つけました。


 あと、明らかに守られており、何かを狙っているであろう固有スキル持ちも判別しましたね。


「では遅延は終わりです。アタックです」

「【零式・ヴァナルガンド】」


 アトリの白い頭髪が戦場の風に舞い、ぶわりと舞い上がりました。邪神器のスキル効果によって、アトリの頭部にはぴょこんと狼耳が生えます。

 しかしながら、いつもなら続く光炎が出ません。

 また、【ヴァナルガンド】発動中の常軌を逸したオーラも感じられませんでした。


 それはさながら凪の如く。

 透き通った殺意がほんのりと感じられるていど……これが【零式・ヴァナルガンド】の効果でした。


 どうしても【ヴァナルガンド】は切り札です。

 アトリをして消耗が大きく、全力使用後は動けなくなる諸刃の剣。それでは戦闘を決着させる時、あるいは使わねば戦いにならぬ敵にしか使えませんでした。


 その欠点を解消したのが「零式」でした。


 ゴースとの訓練によりアトリは【天使の因子】を超過解放する技術を得ました。「零式」はその真逆でして、効果量を制限することによって負担を減らすことが可能なのでした。

 零式であれば、アトリは長時間の使用が可能。

 まあ、ちゃんと使った時に比べて戦闘力は大きく落ち込みますけれど、何もしない時とは圧倒的に変わります。


「神は言っている。――攻撃。です」


 アトリが【狂化】も使い、飛び出しました。

 その動きは音速をぶち破っております。空気抵抗があるためにグッと速度は制限されますけれど、それでも常人では反応さえ許されません。


 どうやら【神偽体術イデア・アクション】には【奉納・災透の舞】に似たアーツがあるため、早くそれも取りたいところですね。

 

 最上の領域でも油断していれば命を落とす速度域。


 私が「殺しておきたい敵」には【クリエイト・ダーク】で印を付けています。その印を頼りにアトリが縦横無尽に駆け抜けます。

 小柄な幼女の肉体は、密集した敵陣さえも「スカスカ」に感じさせます。


 敵兵の隙間を潜り抜け、大鎌を振るい、我武者羅に殺していきます。敵兵たちは押し潰そうとするも、【ダーク・オーラ】の効果で状態異常を喰らったり、MPを奪われて行動を制限されていきます。


 そして単純にアトリの身のこなしが、強者レベルでなければ足止めさえ不可能。

 強者以外と対峙したとしても、流れ作業のように美麗に斬り殺していくだけ。それを承知の敵からは強者が踏み込んできます。


「百怪・三十五席! アースダイン! 参るっ!」


 剣術使いが見事な剣技を発揮します。

 目にもとまらぬ五連撃。それをアトリは美しく舞うように回避しながらも、鋭い斬撃をお返ししておりました。


 地に転がった首が、また、ひとつ。


 見ている限り、アトリと踊りのレベルが合わない敵を即死させる異能力に見えてしまいます。


 異質的に鮮やかな舞踏。

 そして鋭い大鎌。のコントラスト。

 くるりくるりと優雅に舞う動きは、大鎌の振りを加速させる一方でした。


 誰もアトリを捕まえられません。

 真正面から挑んでも、囲んでもアトリの動きは変幻自在。

 敵をすり抜け、ただ死を振りまく。「死神」と敵兵が恐れるように零します。


 それに呼応するように死神の目は赤く輝きました。


「【広刃・殺生刃】」


 刃を延長した【殺生刃】が一太刀で大勢を切り裂きました。もちろん【吸命刃】と【奪命刃】も発動しているのでHPは全回復でした。

 まだまだ敵は残っています。

 慌てたように敵が固有スキルを使いました。


「【死止足】」

「むだ」


 アトリは固有スキルを放ってきた敵を惨殺しました。どうやら足を止めるタイプの攻撃だったようですけれど、アトリは【狂化】を使用しています。

 この【狂化】は元々行動不能に対する策として取得しましたからね。

 あらゆる行動不能攻撃を無効化するのが【狂化】です。しかもデメリットがあるスキルなために優先度は高く、たとえば「無効化を無効化し足を止めさせる」みたいな攻撃でなくば固有スキルですら効きません。


 もちろん、ひとつで揃える必要はなく、別々に「無効化」「足止め」でも通用しますが。


 ディスペルは強いです。

 まあ、全NPCがディスペルや行動不能は課題でしょう。

 まだディスペル無効の【奉納・常疾の舞】があるので、アトリはディスペルに強めなキャラではあるのかもしれませんね。


 動きを止めることを前提に戦っていたNPCたちが悲鳴をあげます。


「行動不能耐性を持ってる!」

「嘘だろ!! 強者を手っ取り早く殺す方法だぞ!?」

「だから対策されてんだろうよ!」

「これ、きょ、【狂化】だあああ!」

「狂化してんのか本当に!? 冷静にぶち殺し続けてるぞ! 精神異常耐性もあるのか!? ずるいぞ!」


 殺し回りました。

 さてかなりの数を虐殺したところ、敵側に動きがあります。


 多数の精霊たちが同時に【顕現】したようでした。

 それに合わせてアトリも【イェソドの一翼】を解放しました。しかも「零式」での起動です。未来を視るアーツの効果を減らし、危機的状態の時だけ眼が疼くアーツに劣化させます。


 その代わりに使用時間は長くなります。


 強敵相手には通常状態の「動きを読んで殺す未来視」として、雑兵相手にはこのゲーム特有の初見殺し系対策として劣化させて「危機察知アーツ」として運用させてもらいます。


 さあ、今度はVS精霊たちです。

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