第309話 アトリの戦力
▽第三百九話 アトリの戦力
風の噂によればアレックス王子は大暴れしているようでした。
着実確実に攻めていき、徐々に鈴の国の王都を目指しているわけですね。本来の戦争の難しいところとして補給と維持とが挙げられます。
補給のためには敵地を奪わねばなりません。
ですが、そこの民や貴族が反抗し続ければ補給もままなりません。仮に反抗を放置して、補給にだけ成功したとしても、今度は挟撃の温床となってしまいます。
ゆえに敵地は皆殺しにするか、支配せねばならないのです。
アレックス王子は皆殺しではなく支配を選択している様子。
すなわち時間が必要なのです。一方のアトリはろくに戦うこともなく、易々と道を走破しております。
「居たぞ、アトリだっ!」
進軍は順調でした。
けれど、見つからないということは不可能でしょう。敵は国。潤沢な人材という名の兵器が揃っており、捜索系の固有スキルや技能持ちも備えているからです。
今回も避けられぬ戦闘のようでした。
捜索に来た兵士を殺害しましたが、すでに情報は伝達された後のようです。索敵係と伝令係を組み合わせるのは当然ですよね……
殺害したNPCにセックが【リアニメイト】を使用します。
アンデッドから情報を抜き取りました。
鈴の国はすでにアトリ対策のため、王都前に軍を待機させているようでした。
「神様。どうする。ですか? ボクは国を倒せる。と思う。です」
「今の貴女ならば可能でしょう。どうです、やりたいですか?」
「必要なら。ですっ! 皆殺し。ですっ!」
「王都を皆殺しにするのは悪役っぽいですねー」
あとで正義に成敗されちゃいますね。
かつてヨヨが英雄を恐れた理由が解らなくもありません。ヨヨの言う「英雄」とは強い人ではなくて、弱いのになんか悪に勝っちゃう人。
――すなわち運命に選ばれた者みたいなことですね。
よく戦記物などで、名ありのめちゃ強武将が名もなき兵に、後ろから刺されてあっさり死ぬみたいな……そういう実力差を無視した強制勝利。
それを生み出すのがヨヨの言う「英雄」でした。
結局、英雄はアトリではなくゼラクで、アトリは強者としてヨヨに立ち向かいましたけれど。
もうアトリにとって雑兵とは、強さよりも逆転性による事故だけが懸念となりました。
「軍はお金を食べるひとつの生物。放置しておけば勝手に弱体化しますけれど……まあ攻めても良いでしょう」
鈴の国は思ったよりも優秀な国。
アトリへの宣戦布告は国のスタイルとして決して駄目一辺倒ではありませんし、兵士自体はとても優秀なようでした。あくまでも兵士としてですけど。
敵は弱者ではない。ならば、長期の布陣でも疲労せず、金も気にせず、むしろ時間を与えたということになりかねません。
今のアトリならば早期決着もひとつの解決方法。
攻めても待っても、敵に利するというのならば、得意な攻めを行うべきでしょう。
私たちは攻めに票を投じました。
▽
王都前の広い大地には軍が整列しております。
数はだいだい一万といったところでしょうか。王都の規模に対して、かなり多いと言えるでしょう。
軽く兵士たちを【鑑定】していきます。
平均が60レベルといったところでしょうかね。この世界、良い教育を受けていれば寄生やレベリングによって50レベルは保証されます。
数年は必要ですけれど。
それ以上を目指すならばレベリングや寄生は難しいでしょう。このゲームは貢献度によって経験値が分けられるシステムですからね。
才能や実力に合わぬレベリングは、大抵は格上と戦うことになり、途上で死んでしまいます。
つまり、だいたい70レベル以上から才能か実力が要求されます。
軍の質はそこそこ。
この中に実力者が混じっていることを思えば及第点だと言えるでしょう。
「数を減らしていきましょうかね、ロプト」
「はい、マスター。我が輩はここにおります」
がしゃんがしゃん、という音も立てずにロプトは私の前に跪きました。同じゴーレムでもセックは偉そうですが、ロプトはわりと従順に成長しているようでした。
作り出した頃よりも口調もスムーズです。
セックもそうですけれど、上級ゴーレム系の称号には知能の成長ボーナスがあるようですね。
「とりあえず殲滅です」
「かしこまりました、マスター。この後輩型殺戮ゴーレム・《幻鋼死与》のロプト、出陣いたします」
「変な自称を考えましたね」
「はっ! 敵に変な二つ名を与えられるくらいならば、自分で名乗っておこうと愚考いたしました」
「良い手だと思いますよ。賢いです」
「お褒めくださり感謝感謝であります」
そこをぬかったために、ロプトは現在「後輩型殺戮ゴーレム」を名乗らされているわけです。
立ち上がったロプトのサイズは三メートルを超え、今や五メートル。
それは肉体が増えたとか、あとでオリハルコンを付け足したとかではありません。純粋に装備によるモノでした。
ロプトの固有スキル【フルカスタム・フルバースト】です。
この固有スキルは装備を増やせば増やすほどにステータスが上昇するというもの。銃器は装備しても、本体のステータスが反映されない、武器の性能だけの弱武器です。
その銃器をたくさん装備すればするほどに、ステータスが上がるのがロプトの性能でした。
銃。
砲台。
ちょっとしたミサイルやバリスタ。
あと装甲。
これらを組み合わせたロプトのステータスはちょっとしたものです。が、まあ、そのちょっとしたステータスは銃撃には参照されないんですがね。
と思わせての固有スキルのふたつ目の効果。
武器耐久度を全消費する代わり、ロプトは自身のステータスを銃に適応することが可能なのでした。あとフルバースト発動時、武器装備数に応じて火力も上昇します。
「固有スキル枠と武器の耐久度を使って、他の武器ができることをやるだけですが……」
「マスター。射撃許可をお出しください」
「私に銃口を向けながら求める許可ではありませんよ」
私の「ロプト雑魚説提唱」が気に障ったようでした。が、私に銃口を向けた途端、アトリの目が昏く輝きを放ちました。
「マスター。アトリさまをお止めください」
私に銃口を向けたことにより、アトリがロプトを両断していました。彼には【再生】があるので問題ありません。
ちなみに【再生】があるなら、身体を半分に切って【再生】させてオリハルコン取り放題キャンペーンを開催すればという意見も出ましょう。
が、かつて私はアトリの頭部コレクションをしようとして、部位再生とともに消えてしまったという辛い過去を持ちます。それはロプトにも適応されてしまい、オリハルコンは虚無へと飲み込まれていきました。
残念。
とは終わりません。
なぜならば、ロプトはレアな魔法形態であるところの【鉱石魔法】が使えますからね。オリハルコンを魔法で生み出せます。
MP消費が激しく、再生によるMP回復を加味しても一日に小指の先に乗る程度のオリハルコンしか生み出せませんが……これはとても凄いことでした。セックが【お手伝い】すれば数倍手に入ります(セックは【大量生産】スキルがありますので)。
ゆえにロプトの銃器にはオリハルコン性が混じっていたりします。
私がロプトの性能(オリハルコン生成能力について)を評価していると、豪奢な衣装をまとった貴族がやって来ました。
「我は使者なり。冒険者アトリに降伏を――」
「発射します」
まずは戦争らしく降伏勧告にやってきた使者に対して、ロプトは容赦のない射撃を加えていきました。肉塊を散らす使者さん。
また、ノータイムで数百メートル先の兵士たちも撃ち殺していきます。
混沌系の私でもドン引きでした。
「ちょっとロプトさん?」
「殲滅殲滅殲滅殲滅」
「もしかしてロゥロの親戚ですかね」
戦慄する鈴の国たち。
最低限のマナーも守らぬ獣判定を受けてしまいます。普通は使者を送られたら殺さずに丁重にもてなしお帰りいただくものですからね。
そのほうが戦争を終える時に「死」が少なくて済むからです。
まあ、こっちはアトリ以外死ぬメンバーがいないので受けてやる義理はないのですけれど、余裕のない小物だと思われるのは業腹かもしれません。
小物だと思われている人は、やがて本物の小物になりますからね。
まあやってしまったのでしょうがありません。
今回は殺戮パーティとしゃれ込みましょう。
「アトリ、ぶち切れた振りをしてください」
「ボクはアトリ。今、ボクはとてもおこている」
「ちょっと可愛さを捨てましょう」
「ボクは可愛さを捨てたアトリ。今、ボクはとてもおこている」
「良い感じですよ」
いえ、良くはないのですけれど。
アトリはできる演技とできない演技の差が大きいタイプです。わりと感情を偽るタイプの演技は苦手のようでした。
頬を膨らませるアトリに、戦慄したように鈴の国軍に動揺が迸っています。
「く、狂ってやがるっ! 総員! 反撃っ!」
と敵はこちらに聞こえるくらいの気勢で叫びます。
敵の士気はむしろ増したようでした。必ずや悪逆非道なる幼女を打ち倒さん、という気勢が感じられます。
が、こちらは「使者をぶち殺すくらいには怒っている。覚悟しろ」というスタンスで行くことにしました。よくもアトリの邪神器を!
ロプトが攻撃を続けます。
両手指、肩、腹、膝、背中、あらゆる場所に仕込まれた重火器が火を噴きます。アトリやフィーエルが使った【カーネイジ・ライトニング】を思わせる掃射。
弱者は手足が引きちぎれ、強者は攻撃を防ぎますが一歩も動けません。
たまらず、といった様子で敵兵隊長格が吠えました。
「盾部隊! 前!」
「ロゥロ」
盾を構えた兵士がアーツを使ったりして背後を守ろうとします。その頭上にがしゃどくろが出現して、盾使いを上空から叩き潰していきます。
さらに追撃を加えていきます。
解き放つのは邪神器化した【万物、厭忌の朽枝】のスキル効果でした。
スキル名を【樹龍作成】と言います。
何故だか龍は出てきませんけれど、代わりに邪世界樹を四体も作成できるスキルでした。
あと私の趣味で蔦犬も出してほしかったのですが、神器化すると出せなくなってしまいます。
あの弱さが懐かしい……
戦場の四カ所に種を植え付ければ、レイドボス級の魔物が暴れ始めます。
さらにさらに。
アトリは【ケテルの一翼】を解放しました。
「行ってこい、ドローミ」
名前【ドローミ】 性別【無】
レベル【97】 種族【ハイ・ゴーストドラゴン】 ジョブ【人形遣い】
魔法【業火魔法97】
生産【人形制作97】
スキル【霊邪龍の因子97】
【ブレス強化】【人形術97】
【圧縮増強97】【体術97】
【渾身強化】【属性強化】
【クールタイム減少】
ステータス 攻撃【0】 魔法攻撃【970】
耐久【0】 敏捷【1261】
幸運【0】
称号【ケテルの意志】
固有スキル【ホロウ・ブレス】
『きゃきゃきゃ』
生み出したのはハイ・ゴーストドラゴンのドローミでした。
透き通った半透明のドラゴンです。肉体はホースをイメージしてもらえば正解です。細くて龍というよりも蛇のようなドラゴンでした。とはいえ、半透明+紫色の不気味で美しい、品のある蛇には見えるでしょう。
また、顔についてもドラゴン特有の厳つさはなく、むしろマスコット的な愛嬌が見え隠れします。ハロウィンモチーフのドラゴンなのかもしれません。
ただその無害そうな様子とは裏腹に、見ているとぞわっとする不気味さがありました。
【ケテルの一翼】によって出てくるドラゴンの強さは本人のレベルに依存しますけれど、その種類については本人の資質が深く関係しているようでした。
ゴーストドラゴンは掲示場にも出ないドラゴンです。
まあ、死んでいるっぽいので見つけづらいのかもしれません。ともかく、ドローミは変わった能力を所持していました。
『きゃきゃ』
幼児のような声でドローミが戦場を暴れ回ります。
高い敏捷値と【体術】、飛べることによる機動力の高さで被弾しません。無数の魔法や矢をするすると回避し、ドローミが敵軍の死体に体当たりしました。
途端。
死体がびくびくと痙攣し、ゆっくりと起き上がりました。
思わず、といったように敵兵士が首を傾げます。
「ロアン?」
『きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃーーーーーーーーーーー!』
大声で幼児のような声で笑い出す、死体の男。
急に胸が風船のように膨らんだかと思えば、死体の男が口から――ブレスを吐き出しました。その吐息に巻き込まれ、多くの敵兵が死に絶え、あるいは全身を火だるまにされます。
『きゃきゃきゃきゃ』
ドローミが死体から飛び出しました。死体は一瞬で腐り果て、その後、干からびたミイラのようになりました。
ドローミが持つ【霊邪龍の因子】の効果でしょう。
おそらくは【邪霊の因子】と【邪龍の因子】との統合進化スキルでした。
彼は死体に乗り移り、その死体を使ってブレスを吐き出します。また、次に憑依した時、ドローミの【ホロウ・ブレス】のクールタイムは上がっているようでした。
火力自体はそこまで高くありません。
どうやら参照ステータスは乗り移った対象に依存するようなので。ですけれど、ほとんどノーリスクでブレスを吐き出せるのはメリットでしょう。
敵もドローミの厄介さには気づいたようです。
慌てたように味方の死体を焼却してしまいました。が、ドローミはキョロキョロと次の獲物がいないことを確認すれば、自身の腹を膨らませました。
『デス・ブレス』
それはブレスというよりも、煙と呼ぶべきものでした。
その真黒の煙を吸い込んだ人物たちが慌て始めます。急速にHPが減少しているからでしょう。
デス・ブレス。
これは吸い込んだり触れた対象に「継続ダメージ」を与えるブレスでした。ブレスの威力分のダメージを徐々に受けます。
ドローミには【圧縮増強(HP増大とMP増大の統合進化スキル)】と【ブレス強化】そして体力増強系効果の【因子】があるのでドラゴンブレスの威力は高い部類です。
激痛に兵士たちが呻きます。
何名かは涙を流して懇願します。
「死にたくない、死にたくないよお! ヒーラーああああ!」
「やってる! けど、継続ダメージが終わらないっ!?」
「痛いよおおおおおお!」
ヒーラーは頑張っています。
何度もヒールを放ち、必死にダメージを回復していきますが……ブレス威力分を回復させるのは大変な様子です。普通はHP上限を超えて即死ですが、継続ダメージ化しているので中々に死にません。
これはデメリットであり、メリットでもありました。
見捨てない限りヒーラーを独占させることが可能です。
あと激痛のようで、アトリやウロボロスクラスでなければ動きが鈍り、人によっては動けなくなってしまうようでした。
戦場における地雷のような効果(地雷は敵兵を殺すためではなく、行動不能にするための兵器です。負傷者を救出する者、治療する者、治療後の面倒を見る者を作って一人を殺すよりも多くの行動を縛り、さらには負傷者に対する国の医療費を生み出す業の深い兵器ですね)に似ています。
愛らしいアトリから生まれたとは思えない、悪辣なドラゴンでした。
「も、もう良い! 本体を狙えええ! 接近戦だああああ!」
「突撃! 突撃ぃ!」
兵士はもう破れかぶれ。
ファンタジー戦の定石を無視し、いきなり近接戦闘を行おうとします。が、あくまでもアトリは個人なため、広く攻撃するよりも、一体の敵に群がるようにするしかありません。
全軍突撃といっても、同時に攻撃できる数なんて知れています。
しかも、私たちにはまだ戦力が残されていました。アトリの背後で控えていたセックが箒を振れば、無数のアンデッドたちが敵へ襲いかかりました。
鈴の国VSアトリ軍(個人戦力)の激突でした。
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