第308話 アトリ進軍
▽第三百八話 アトリ進軍
国境守備軍を蹂躙しました。
敵の大半は戦死させられ、残った兵士たちも抵抗の意志がないようでした。軍としてはアレックスに壊され、個の強さもアトリに圧倒されてしまいましたから。
優秀な兵士ならば、大人しく投降することが最善手だと理解したことでしょう。
投降すれば捕虜になれます。
捕虜とは丁重に扱われるものであり、丁重に扱われるということは敵の遅延ができるということですからね。
現に今、兵士たちが捕虜を連行したり、傷を癒やしたりと時間を掛けています。私たちは天幕で休憩し、兵士たちの頑張りを尻目にお茶を嗜んでいました。
アレックスがモノクルを調整して溜息を吐きます。
「鈴の国。かなり優秀な国であるよ。兵士のレベルも高く、また、兵士たちが命を懸けることを厭わない。我が兵も多少は数を減らした。ここまで良い軍が無様に消えていく……此度の鈴の王は哀れだ」
「無能ってこと?」
「否。解らぬよ。戦に関連して強くない王が、平時では良き王となることもある。我が儘な王が文化を開花させることもある。愚かな政策が後に民を救うこともある。王の善し悪しとは終わらねば解らぬもの」
アトリはこてん、と首を傾げました。
私も精霊体でなければ首を傾げていたことでしょう。王がどうのとかよく解りませんしね。
アレックスが悲しげに頷きました。
「無能な王とはゼブラのような者を言う」
「ゼブラ?」
アトリは興味なさげでしたけれど、アレックスが話したそうだったので聞いてあげています。気分はお爺ちゃんの話し相手をしてあげる孫でした。
いえ、アレックス王子はまだ若いですけどね。
アトリは空気を読めないタイプではありますが、たまに読めたとしても無視するタイプです。
が、自分の戦争に付き合ってもらっている以上、ちょっとくらいは相手にしてあげる器があるようでした。何よりも暇ですしね。
「余がもっとも尊敬する将はレンだ。かつてヨヨの配下、三騎士として貴様も出会っただろう。アレは素晴らしい男だった」
「でも、お前より弱い」
「……ふ、能力ではな」
「?」
「レンは長男だった。が、スキル構成について問題があり、玉座は弟のゼブラに譲られた。その後、レンは謀反を起こしたのだ」
レンはゼブラの玉座に反抗を覚えた優秀な者たちをまとめ上げ、ゼブラに勝負を挑んだという。レンの軍は精強極まりなく、ゼブラ率いる正規軍を壊滅させることが可能だった。
簡単に。
だが、レンは卓越した指揮能力を使い、あえてめちゃくちゃに敗北したのだという。
絶対に勝ててしまう軍を使い、あえて完膚なきまでに負けさせたのである。
とのことです。
「レンは弟の統治の邪魔をされぬように、邪魔者をまとめあげ、あえて敗戦することによって王の統治を助けたのだ……だがゼブラはそれを理解しなかった。優秀なレンを蹴落とせた、そのことで頭がいっぱいだったのだろうな」
レンが行ったことは間引きでした。
王を認めない優秀な人物よりも、中途半端でも王に従順な人が多いほうが国の運営は良くなり、かえって強力になりますから。
「レンの忠義を理解せず、ゼブラは愚かな兄だと嗤った。それにより残った者たちもゼブラへの忠誠を失った。臣の忠義も理解できぬ器の王など、存在すること自体が臣への裏切りだからだ……レンは見返りは求めなかった。だが……あの裏切りは優秀な将が受けて良いものではない」
グッと拳を握り締めるアレックス王子。
この王子様は冷静キャラのように見えて戦闘狂であり、それから熱血漢属性のようでした。
「だが」と拳を柔らかく解きました。
「ヨヨはレンに報いた。ヨヨは配下を平然と捨て駒にするが、その忠義を理解せぬ無粋者ではなかったからな。奴もヨヨのために死ねて本望だっただろうよ」
「よかった」
「……貴様、余の話に興味がないな? 余は王子ぞ。会話できることだけで名誉とする者もいるというのに」
「ボクは神様とお話する権利を有するのだ……」
アレックス王子が難しい顔をし、自身の顔を掴むようにして覆いました。不出来な生徒に教える家庭教師のような雰囲気でした。
「だが聞いておくべきだったな。逸脱した強者は一人であれぬ。人をまとめる術を知らねば余計な時間を取られ、足下を掬われる。かつてのゲヘナは人類種に裏切られ、殺されるところを魔王に拾われたのだ」
「解った。忠義は理解する」
「それで良い。とくに貴様はあのメドの子孫なのだろう。ならば覚えておくべきだろう。そして、その前提でいうならば、鈴の王が無能かどうかは解らぬ。気をつけよ」
どうやら、あらかた勝利の処理が終わったようでした。
アレックス王子が開けた壁の穴も一時的に塞ぎました。べつにアレックス王子も隣国を破壊しようとは目論んでいません。
あまりメタメタにしてしまえば、難民が溢れて困りますからね。
「準備はほどほどと言ったところか。案がある」
「なに?」
「余らはこのまま正道に攻めていく。順次、敵の砦に仕掛け、なるべく派手に進軍していこう。貴様は最小単位で敵の王都を落とせ。できるだろう?」
「解った。お前たちは囮」
「ああ、それで構わぬ」
ここに来てようやくアレックス王子の目論みというか、鏡の国の目論みが解ったような気がしますね。
ほとんど無償で手助けしてくれている理由。
アトリがやり過ぎないように、隣国の被害を最小限で抑えるために、あえてアトリに味方したのでしょう。アトリに任せてはどれほどの被害が出るか解りませんけれど、アレックス王子が直々に出れば被害をコントロールできますから。
もちろん、鈴の国を止める意味合いもありますけれど。
頷いたアトリに、アレックス王子が問うてきます。
「どれほどの戦力がいる?」
「そっちの兵士は要らない。ボクにも戦力はある」
「……信じようか。かつての貴様ならばともかく、今の貴様ならば国攻めもできなくはなかろう。数に蹂躙される段階はもう終えたか」
ここで私たちは分かれることになりました。
おそらく、次に会う時はアトリが王都を攻め落とした後なのでしょう。ずいぶんとスピーディーな展開ですけれど、持久戦に持ち込むメリットがありませんからね。
どっしり構えられても面倒なだけです。
シヲに跨がりアトリは第三フィールドを進んでいきました。
「オーク帝国を思い出しますね」
「オークは強かった。です」
「しかし、形は違えどリベンジマッチです。今度は確実に国を仕留めましょう」
「……です! ボクは負けない。です」
オークの時は敵軍を破綻させることに成功しました。けれど、当初は全滅まで持っていくつもりでしたからね。
殺し合いで勝っただけ。
もうオークたちと争うタイミングはないため、今回の国攻めを汚名返上の場としましょうか。
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