第307話 軍VS個人
▽第三百七話 軍VS個人
問答無用の攻撃でした。
アレックスは軍にバフをかけることに特化しています。その上、バフをまいたあとも指揮を続け、たまに軍を利用した大規模魔法を放つことが可能でした。
かつての敵である吸血鬼。
彼らはかなり上手くやっていました。個人が桁違いにしぶとく強い吸血鬼だったからこそ、アレックスの軍勢指揮に対して拮抗まで持って行けたのです。
あとレンという吸血鬼の指揮もあったからこその拮抗でした。
聞いた話、裏から伏兵たちが攻め込んできていたらしいですしね、あの戦争。誰かが人知れず吸血鬼軍を片付けてくれていたので挟撃されなかっただけで。
その部分を考慮すると、アレックスは軍略は得意ではないようです。
そっちはレンの得意分野のようでした。
「突撃せよ! 蹂躙だ!」
アレックスが瞬時に命令をくだします。
敵陣中央に風穴を開き、そこに自軍をねじ込むように突撃していきます。あらゆるバフの効果、それからあらかじめ盾職を両翼に展開していました。
弱兵では止められぬ突撃。
敵の将軍らしき者が叫んでおります。
その直後、敵軍は中央を諦めて道を開けていきます。突撃の攻撃力を殺されました。
「ふ」
アレックスが笑います。
突撃の破壊力こそ殺されましたが、敵陣に侵入することができました。敵はもう味方を巻き込まぬために、控えめな攻撃しかできないはずでしたが……
戦場が爆破されました。
「自爆だな……それくらいしか余への対策などなかろう。見え透いたくだらぬ手だが……それを蹂躙するもまた戦の楽しみよ」
鈴の国は非道でした。
兵士たちに爆弾でも仕込んでいるのでしょう。戦場の至るところで人間爆弾が爆ぜていきます。
けれど、敵の攻撃はろくに効いていません。
事前に爆破耐性の装備をして、さらには防御性能を高めるバフをアレックスが掛けているからでした。さらには自陣内側に大量配置したヒーラーが回復させていきます。
数人で防御魔法も展開しています。
敵の防御魔法も硬質ですけれど、アレックス王子が軍勢魔法で焼き払いました。
ファンタジーの戦争です。
この陣形がひとつで巨大な戦車のようなもの。
「右から食い荒らす! アトリ!? 好きにすると言ったな!? どうするのだ!」
「ここで離脱」
「把握した! 壊してくるが良い」
アレックス軍からアトリが単騎で飛び出しました。
▽
軍から飛び出した幼女が一人。
鈴の国は慌てたように防壁魔法を張り巡らせました。けれど、その防壁はあくまでも正面に対してのみ有効のようでした。
「ロゥロ」
空中にゴシックドレスの女性が出現しました。
気怠げな美女は判決を下す裁判官のように、鋭く手を振り下ろしました。すると、出現したがしゃどくろが宙から大地を砕きました。
『がらあああああ!』
「ぐ、ああああああああああ!」
魔法部隊をなぎ払い、消え失せた壁を無視してアトリが突撃しました。
「【
新アーツを起動しました。
このアーツの効果は「肉体を武器判定にする」というものです。たとえば【剣術】使いでしたら、手刀で【スラッシュ】が使えるようになるわけですね。
これだけ聞けば弱そうなアーツでしょう。
しかしながら、アトリ的には悪くないアーツでした。左手に【魔断刃】を展開しました。撃ち込まれる魔法に対し、アトリは左手で切り裂いていきます。
彼女には【天使の因子】のひとつ【ティファレトの一翼】がありますからね。
弱者の魔法くらいで部位は吹き飛びませんとも。
幼女の手刀で魔法使いの攻撃が切り刻まれていきます。その非現実じみた光景に、魔法使いたちは絶叫をあげていました。
「そんなのなしだろう!!」
「それを決めるのは神様だけ」
「死ねよ、ザ・ワールド!?」
「?」
腕で魔法を打ち落とされ、敵魔法使いが仰天する中。
アトリが敵左陣に突入してしまいました。敵軍は必死に攻撃を加えてきますけれど、すばしっこく、身のこなしの異常な幼女には掠りもしません。
まあ、掠ったくらいなら回復できますが。
アトリにとって軍の恐ろしいところは接近するまで。
近づいてしまえば全員を相手にする必要もなくなりますし、常人ではスタミナ切れするところ、アトリにはその概念は何故だか存在しません。
「この数を相手取っても食らいませんね」
「神様のお陰。です」
「食らっても回復できますし、保険もたくさん……暴れましょう」
瞬時に五十を超える首を落としていきました。
また、私の【ダーク・オーラ】も大活躍です。囲む人々がMPタンクにしかなりませんからね。状態異常で膝を屈した敵はあえて残します。
攻撃せずとも、通るだけで敵は倒れていきます。
「最上の領域。神器使い。死神のアトリ殿とお見受けする」
快進撃を続けているうち、敵側の強者も現れました。
立ち塞がるのは黒き大鎧。筋骨隆々なのでしょうけれど、その肉体は鎧によって完全に隠匿されています。
「我。鈴の国が精鋭。百怪が十六席……頑強なるドドドバン! いざ尋常に勝負!」
「邪神の使徒アトリ。勝負は終わり」
「っ! み――ご」
鎧男は通り際、急加速したアトリに首をはね飛ばされていました。
強敵相手のために速度を誤魔化しておいたのです。
遅れて血しぶきが舞い、鎧男は糸を抜かれた操り人形がごとく倒れました。その後ろでアトリは大鎌を振り切った低い姿勢を取っていました。
「おや。思わぬ強敵でしたね」
「です……! 硬い。でした」
これまでノンストップだったアトリが、足を止めてしっかり切らねば殺せぬ相手でしたから。防御に特化した良いNPCだった証左。
渾身の斬撃の証明として、大鎌は切っ先を地面に接着しています。
小柄なアトリが大柄な人物を断頭するなら、どうしても振りかぶりが大きくなりますからね。武器を地面に叩きつけたほうが、刃が暴れなくて良いのです。
が、それは明かな隙。
背後から迫ってくる気配。
「七席! アイリーン! 斬る!」
「八席。ゴードン」
アトリの首を背後から狙う剣の女性。大鎌は取り回しの難しい武器です。完全に振り切った状態から、真後ろの敵を攻撃することは……ちょっとだけ難しいです。
ですが、アトリならば可能。
敵もそれは承知しているらしく、八席を名乗った男が盾を構えて剣士を守っています。
「【アタック・ライトニング】」
アトリの大鎌が八席を盾ごと切り裂きました。刃には【殺生刃】と【死導刃】が込められていました。
八席の肉が邪魔をし、その大鎌は背後の剣士に一歩追いつきません。
「良い連携」
と褒めるアトリは回転するようにして、後ろ蹴りを放っていました。
小柄なアトリですけれど、決して足が短いわけではありません。
それでも背後の剣士に届くレベルではありませんでしたが、今のアトリは【奉納・躰刃の舞】を使用していました。足裏からアーツの刃が伸びて、女の首を綺麗に切り落とします。
綺麗な首の断面。
剣士は訳も解らぬままに死んでいきます。
肉体を武器判定するということは、そういうことでした。
今のアトリは指で触れても、蹴っても、敵の首を切り落とそうと思えばできるのです。全身が【首狩り】を発動しているわけですからね。
蹴りの姿勢のまま、アトリは軽く足を振って血を払います。
ぴしゃぴしゃと血水が地面を濡らし、遅れて死体が血の水溜まりに肉体を沈めました。
「殺せえええい!」
アトリを無数の兵士が包囲し、槍などの武器で突き込んできます。
良い判断と連携と言えるでしょう。
それよりも早く、アトリがアーツを起動していなければ、のお話でしたが。
死神幼女が赤き瞳を爛々と輝かせて呟きます。
「【
カスタム・アーツ。
アトリの全身からくまなくハリネズミのように刃が生えました。その刃は敵を貫いています。くるり、とアトリが回転してみれば、敵どもが肉体を引き千切られました。
優雅に舞うアトリ。
それを演出して彩るのは、肉塊たちが残した鮮やかな――赤。
勇敢なる兵士たちが一歩を下がりました。
その判断は正しい。このような圧倒的な存在からは逃げるしかないのですから……ただし、一歩ていどで逃げられるほどにアトリは甘くありません。
「【奉納・閃耀の舞】」
アトリが戦場を飛び回りました。
まずは部隊長らしき人物の後ろに転移し、その首をすっと落としました。
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