第306話 アトリ軍
▽第三百六話 アトリ軍
あの後、軽くアレックスと打ち合わせしました。
その結果、なんとアトリにはアレックス王子を含めた兵力二万が貸し出されることになりました。
ヨヨ戦の時と違い、進軍を妨害してくる吸血鬼は居ません。
かなり自由に兵士を動かせるようですね。ヨヨの強さのひとつとして吸血鬼を率いる王としての側面がありましたから。
単独で異様に強い吸血鬼。
それが単騎・独自ルートで兵士を襲い、町を襲う。既存の軍事学を超越した戦いでしたから。
それに対し、今度の戦は国対国。
既存が通じる相手のようでした。
しかも、こちらにはアトリも居てアレックス王子もいます。ハッキリ言って負ける方法が解らない規模でした。
第三フィールドの特徴として、集団でいるとドラゴンが餌だと思って襲いかかってきます。ですけれど、アトリが最上の領域に踏み込んでいるために寄ってきません。
寄ってくるのも、知能が乏しかったり、感覚の優れないドラゴンばかりでした。
「さて」
馬に跨がって駆けるアレックスが、同じくシヲに跨がったアトリに併走してきます。
「貴様には【聖女の息吹】があったな? 軍の一部を率いてみるか?」
「どうして?」
「知らないのか? 【聖女の息吹】の効果のひとつに率いている軍勢の士気、心を強くし、能力を高める効果がある。ただ回復量と光魔法の性能をあげるスキルではない」
「そうなんだ……さすが神様。すべてお見通し」
驚いたようにアトリが呟きました。
私は知りませんでしたが、まるで知っていたかのように隣で浮いています。
一応、アトリは指揮に特化された種族たる【ハイ・ヒューマン】なのですがね。軍を指揮する立場になるとは思いませんでした。
アレックスは好戦的な笑みを浮かべます。
「なに。軍を率いる方法は多岐にわたる。余のように指揮を執るも良し、貴様のように敵を討ち滅ぼして己が後ろに道を切り開くも良しだ。戦とは奥深いぞ」
「でも要らない。ボクはボクで動く」
「そうか。余としてはそちらのほうが面白い」
現在の我々は大討ち入りの真っ最中でした。
鏡の国は自分たちが認めたアトリを擁護。不当な言いがかりを付けた鈴の国へ宣戦布告しました。
かなり気軽に戦線を開いた、という方もいるでしょう。
ですが、これについてはまったく気軽ではありません。自国の貴賓から「力を奪う」と宣言した国に対し、何もしないでは示しがつきませんからね。
そもそも神器使いとは、人類種が所有する七つの刃(うちひとつは魔王に盗られ、もうひとつは魔教の手の内ですが)。刃に気分良く命を懸けてもらえるように国は動いたほうが穏便でしょう。
むしろ、気軽なのは鈴の国でした。
あくまでもアトリを個人として見た(普通のことですが)結果でしょう。最上の領域は時に軍に匹敵する戦力なのですが、自分の目で見なければ理解できないことではありましょう……まあ、少し前のアトリならばともかく、今のアトリならば問題ありません。
舐められて困ることってないですからね。
こと戦闘に於いては。
鈴の国との国境に辿り着きます。
巨大な壁が築かれた、中々に立派な国境守備でした。
すると、アレックス王子が冷静の中に獣性を秘め、口元をうすらと歪めます。
馬の速度が上がる。
最前線に出たアレックス王子が、スキルによってよく通る指令を放ちます。
「破壊せよ! 【軍勢詠唱】――【ファイアボール】!」
爆撃が壁に激突。
盛大な爆砕音を奏でて、立派な壁に風穴が開きました。ノンストップでアレックス王子が敵国に乗り込みました。
とても楽しそう。
「我こそは! 鏡の国が元帥長アレックス・ルル・エデン! 暴虐にして厚顔無恥なる鈴の王へ鉄槌を下すためにはせ参じたっ! 宣戦布告をしたのだ……準備は整えているのであろうな!?」
当然、とばかりに鈴の国の軍が整列しておりました。
ですけれど、アレックスに対して軍で勝負を挑むことは無意味。天才的な軍略などなく、純粋に軍に対して絶大なるバフを持っているのですから。
よく小説などでは「知略・軍略」こそが指揮者の仕事のように見せられます。
それは「弱者の軍」を率いる者の資質でした。
アレックスにとって無駄な策を弄することは時間のロス。
軍という暴力装置の力を引き出し、何倍にもすることこそが――「強い軍」の指揮者に求められる資質。
「蹂躙せよ」
アレックスは化け物でした。
敵軍――その一画が魔法ひとつで吹き飛びます。フィクションのように吹き飛ぶ敵兵を見て、アレックスはくつくつと肩を揺らして嗤っています。
軍馬の足音。
戦争の幕開けでした。
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