第305話 魔眼王の采配
▽第三百五話 魔眼王の采配
謁見の間に通されました。
さすがは王城のメインルームと言えるでしょう。煌びやかにして絢爛豪華。派手ではありますけれど、無粋では決してないセンスを感じられます。
深紅の絨毯の手入れは行き届いており、手入れされた品特有の美しさがあります。
そのような中。
玉座で足を組んで、憂鬱げに頬杖をついている男性がひとり。カイゼル髭を生やした……子どものように見えます。
斜めに被った王冠が、不安定な姿勢に耐えきれずに床に落ちました。
衝撃でやや傷の入る王冠。どうやら再生能力があるようで、ゆっくりと傷が癒えていきます。王の斜め前方で控えていた老人が咳払いします。
「王」
「あー、あ。拾うのもだるいよー。ああ、べつに拾わなくてもいいよ。被るのも怠いから。王冠のほうも俺みたいな無能に被られるより、床で埃を被りたいってさ」
「王」
「はいはい、解りました。で、アトリ。跪いてないけれど、まあ、面を上げて良いよ」
「王」
老人が咳払いをしてから、キッと睨み付けてきます。
「王を前に跪かぬ者がおるかっ! 跪けえい!」
「ボクは神様以外に跪けるほど安くない。神は跪けと言っていない」
いや、べつに言っても良いですけれど。
喧嘩は面倒ですし、そんなに王さまが嫌な人ではなさそうなので跪いてもらっても良いでしょう。嫌な王には意地でも跪きませんけれどね。
跪きたくなる器を見せてもらわねば。
昔、どこかの王様にその所為で処刑と叫ばれたことのある私です。そんなことをされるわけがありませんでしたが。
試されるのはいつだって王だと思います。少なくとも私の価値観では。
王が怠そうに手を振ります。
「あー、ありがとう。我が宰相よ」
「王」
「でもいいや。話にならないし。俺に跪くくらいならトイレ掃除の時に床へ膝を付けたほうがマシでしょ……話そうか、アトリ」
王が立ち上がります。
子どもにしか見えない体躯。童顔。似合わないカイゼル髭を指で撫で付けながら、ゆっくりと王は威圧を放ってきます。
目を見開くほどのオーラ。
迫力なんてまったくないはずが、その威圧たるや……震えるほどです。死んだような目を浮かべて王が呟きました。
「俺の名は……いいか。人は俺のことを魔眼王と呼ぶ。きみもそう呼んで良いし、呼びたくなかったら呼ばなければ良い。従いたければ従えば良いし、嫌だったら嫌でかまわない」
ひとつだけ言わせてもらう、と魔眼王は告げました。
「アトリ。すべてきみの望むままにしよう。俺に意見はない。では謁見おわり。ロバート、お菓子もってきて。苦いやつね」
▽
謁見はすぐに終わりました。
問答さえもなく、あっという間の時間でした。本当に「謁見はおわり」で謁見が終わってしまいました。
「神様。あの王は変な人。でした」
「ですね。変わり者です」
前を歩く老人、ロバートが振り返りました。キッと睨んできます。
「魔眼王様は偉大なるお方。断じて変な人ではございませぬぞ!」
「どう偉大なの?」
「! アトリさま、魔眼王さまの逸話を知らぬと申すか!」
私も暇つぶしに見た攻略wikiで知っています。
この世界の重要NPCの一人であり、ある意味で戦闘に関係しない最強格の一人でした。
第三フィールドを統べる三王が一角。
魔眼王。
本人の能力は最底辺。
戦うことも学ぶことも拒絶し、56才にしてレベルは未だに1とのこと。金銭感覚は皆無、政治力も皆無、武力も指揮力もなく。
カリスマも王としてはそこそこ。
それでも歴代でもっとも優秀と呼ばれ、あの魔王が第三フィールド侵略を蹂躙ではなく、戦闘と呼んだ理由のひとつ。
魔眼王の技能はたったひとつ。
人を見抜く目でした。
人の才能が一目で解り、それに伴い、完璧に仕事を任せる能力を有しております。
政治が得意な者に政治を。
金勘定が得意な者に財政を。
武力がある者に武力を。
すべてを預ける度量の広さと慧眼こそが彼の持つ資質でした。
たとえば目の前を歩く宰相などは物乞いの老人だったようですね。しかも、長年、教育の「き」の字もなく、文字さえも読めなかったというのに、魔眼王は馬車での移動中に発見して即スカウト。
曰く「見たところ、こいつは生まれてからずっと孤独な物乞いだ。この過酷な世界でずっと一人、物乞いだけで老人まで生き延びた。物乞い以上にも以下にもならなかった化け物だ。政治とか教えてやって」とスカウトしたとのこと。
たとえば、ジャックジャックの主であった【灰燼】のアシュリー。彼女が戦闘に才能があると見いだし、適切な戦場を用意して最上の領域に踏み込ませたのも魔眼王のようです。
そして、ヨヨが英雄と呼ばれていた頃から「あいつ怖いから余所に送らない?」と言い続けてきたのも彼のみのようでした。さすがに許されなかったようですが。
結果、ヨヨは独断でユグドラを制圧しました……
選別眼は確かのようですけれど、すべてを防げるわけではありません。完璧に駒を育成し、配置しても勝てないのが世の理不尽さですね。
とくにヨヨは手段を選びませんから。
今にしてもヨヨが敵だったことが残念です。
このような過酷な世界では「勝つために手段を選ばない」ことが美徳にされがちですけれど、それは時に弱さに繋がります。
勝つために手段を選ばなかった。
結果、アトリを敵に回して滅せられたのです。
ヨヨの末路を知っている者ならば、その多くがヘレンがアトリからの施しを断った時「お、やるじゃん」と思ったことでしょう。
さらに望む人ならば「交渉して自分の力で手に入れたら満点だったな」とでも思ったでしょうか。そこまでは子どもに望みすぎだと思いますが(結果、ヘレンは満点の回答を叩きつけてきましたけれど)。
私がヨヨのことをなんとなく思い出していれば、前方で壁にもたれかかる男がいました。モノクルの男性――アレックス王子でした。彼はアトリに近づいて、そのままポケットからカードを差し出してきました。
「これは冒険者カード。そのS級を示すモノだ。アトリ、これはお前にやろう」
「? どういうこと?」
「今から貴様はSランク冒険者ということだ」
「おお……神様! ボク! Sランク、ですっ!」
良かったですね、と褒めておきました。
アトリも嬉しそうに何度も「こくりこくり」と頷いています。
乱れた白髪を闇の手で梳かしてやります。
わりと冒険者について憧れのあったアトリとしては、中々のビッグイベントとなったようですね。
たしかSランク以上になるためには王レベルの権力者からのお墨付きが必須でした。ただ強いだけの暴力者に権力と地位を与えるわけにはいきませんからね。
まあ、アトリは暴力者だと思いますけれど。
国が良いって言いましたから良いのでしょう。
アレックス王子は鼻で笑いました。
「ふっ、人格面の審査で落とされていたよ、貴様は。Sランクを認めさせることがギリギリだった。ああ、我が国が認定を出させたが、我が国に所属する必要はない……したいなら止めぬ」
「しない」
「そう言うと思っていた。が、此度の戦にはつきまとわせてもらう。せっかくの機会なのだ。恩を返しておくのも一興だろう?」
「解った」
「我が国の協力とSランク冒険者の地位。国と争う後ろ盾は十分だろう」
アレックス王子は「勝ち戦に乗せろ」と言っているようなもの。
ですけれど、アトリが鈴の王を倒したとして、その国を統治することはあり得ません。だって面倒くさいですからね。
その面倒をアレックスたち鏡の国が代行してくれるなら喜ぶべき場面でした。
こうしてアトリはSランク冒険者へ昇進。
それからアレックス王子たちを擁する鏡の国と同盟を結びました。国が個人と同盟というのは、けっこうな事態ですよね。
――――――
昨日、更新ストックが切れ、しばらく更新は良いかなと思っていたのですがそわそわしたので更新しました。
最初の話数表記、今後ミスることが増えますが触れないでくださると幸いです。なぜか数話ズレていて、毎回直す小さな手間が積み上がり積み上がり嫌になっているので忘れることがあるかもしれません。
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