第300話 クランイベントの勝者

     ▽第三百話 クランイベントの勝者


 ウロボロスのHP全損を確信したアトリは、攻撃の勢いで海水に飛び込んでしまいました。私が用意した【クリエイト・ダーク】の足場から滑り落ちたわけですね。

 全身を海水でびしょ濡れにします。


 水着を着ていて良かったですね。


 かなり反動が来ているようでした。

 まあ【ヴァナルガンド】と【奉納・絶花の舞】、それから【邪神の一振りレーヴァテイン】まで撃ちましたからね。


 数日は寝込むかもしれません。


 逆にジークハルトはあれだけ暴れたというのに、平然と私が作った足場で仁王立ちしていました。


「……ふう、疲れたですだあ。おじさん、そろそろ肉体労働したくねえですだよ」

『―――――――!』

「その言葉はありがたいですだが、やっぱり年的にもうおじさんですだよ。こっちもう45ですだ」


 のほほん、と瓶底眼鏡をポケットから取り出そうとしたジークハルトが、目を見開き、一瞬で眼鏡をしまいました。

 代わりに抜き放ったのは――神器。


「ふ。どうやらまだ終わっていないようだねっ!! 【不死の理】とやらが意地悪をしたのかな!? ならば再び殺すまで! 総員、準備だ!」

「!?」


 ジークハルトの闘志に呼応するかのように、海から蛇の死体が跳ね上がりました。大量の水飛沫を上げ、それは即座に光を纏い、回復していきます。

 慌てたようにジークハルトの配下たちが攻撃を仕掛けていきます。

 それでも回復速度のほうが早そうでした。


 アトリは反動でダウン中。

 もはやジークハルトに頼るしかありません。絶望的な状況だというのに、ジークハルトは輝くような笑みを止めませんでした。


「……火力勝負と行こう。ギリギリ制限時間内。先程の自分に挑ませてもらう! 【世界女神の勤勉ザ・ワールド・オブ・デリジェンス】!」


 ジークハルトがウロボロスの死体に剣を突き立てました。

 突き立てた箇所が盛大に爆ぜ、一瞬でウロボロスの肉体の八割が吹き飛びます。けれど、まだウロボロスは動き続けていました。


「っ!」


 ジークハルトは笑みを崩しませんけれど、続きの行動が出ません。おそらくは何かが尽きた。笑みのまま、冷静な指揮で配下たちに攻撃を続けさせているようでした。


 徐々に【再生】していくウロボロス。


 田中さんたちも攻撃を仕掛けていますけれど……今要求されているのは、一撃でウロボロスを殺しうる殺傷能力でした。

 そして、殺傷能力といえばアトリなのですが……そのアトリには反動があります。


「これは……イベント失敗も見えますが」

「……か、かみ、さま」

「おや、アトリ。起きていましたか?」


 私が海より救出し、自島に安置したアトリが呻き声をあげます。


「……ボ、クは」

「寝ていて良いですよ。【理想のアトリエ】もありますし、これはもう――」

「――【テテの贄指】……き、どう」

「ほう」


 と思わず感嘆してしまいます。


「やる気ですね、アトリ。……ならば頑張りなさい」

「がんば、る。です……!」


 アトリがゆっくりと立ち上がります。

 ふらふらと見ていて痛々しいほどですけれど、さながら幽鬼のように起き上がりました。立っていることも限界のようで、今にも倒れてしまいそうな立ち姿。


 全身から血を流し、それでもなおアトリは立ち上がりました。


 海水と血で貼り付いた前髪により、その眼は隠され見えません。ですけれど、長い付き合いの私には見えるようでした。

 その下に隠された、爛々とした紅き瞳が!


「【ヴァナルガンド】……」


 光炎が解き放たれ、海水や血が一息に蒸発します。ふんわりとした髪に戻ったアトリは、その下に闘志と殺意に満ちた赤い瞳を回していました。


「神は言っている。おまえは――ここで終わる運命」


 引き摺るように大鎌を持ち、私が生み出した闇の道を進んでいきました。


「狂い開け【死に至る闇】」


 限界を超えているのに、進む。

 弱々しい足取りとは裏腹に、引き摺る大鎌には禍々しさと神々しさが満ちていきます。


「万死を崇め、喝采せよっ!」


 その幼女の異様を見やり、もはやジークハルトの配下たちも息を呑んで攻撃を忘れていました。ただ私や《独立同盟》の仲間たち、それからおかっぱ頭とジークハルトだけが苦笑しています。


 この勝負はどうやらアトリの勝利のようでした。


「ボクは! 負けるのは嫌いだっ! ――【邪神の一振りレーヴァテイン】!」


 極大の死が解き放たれました。

 今度こそ――ウロボロスは死に絶えたのです。


       ▽

 すべてが終わって、アトリもさすがに動けません。

 巨大だったウロボロスは跡形もなく。あのあとアナウンスが来たので、確実にウロボロスを仕留めることには成功したようでした。

 

 さて、その上で問題が発生していました。


 完全に戦闘を私たちに任せて、逃げていた島が……ゴールに向かっていきます。頑張って追いかけていますけれど、これはもう間に合いそうにありません。

 漁夫られましたね。

 そういうイベントでもありますが、徹底するならば戦闘中に無理矢理に巻き込んで終わらせておくべきでした。


「ふう。はあ……仕方ねえですだ」


 まだ私たちの島に搭乗しているジークハルトが呟きました。

 瓶底眼鏡をポケットにしまい、その頭髪を金から赤に変化させます。


「私がぜんぶ潰してくるですだ。衰えた私でもなんとかなるだろうっ! キミたちはまっすぐ進むが良い! ああ! 私の回収はしなくてけっこう! 仕事なのでねっ!」


 では、行ってこよう!

 そう叫んだジークハルトが神器を光らせて消えてしまいます。私たちの視線の先では島がいくつも爆散していきます。


 あの規模の戦闘の後、これを成すだけの余力があるのは驚異的ですね。

 いえ、最後は体力が尽きていたようですけれどね。噂(真実)によればジークハルトはカラミティーと三日三晩戦い続けて相打ちになったことがあるようです。


 それを考えれば、やや体力が低いように感じられますが。


 本人は「衰えた」と言っていました。

 あの神器は強いゆえに代償も重そうですからね。あと本人の言を信じるならば45才のようでした。とても若く見えますけれど。


 私たちの前を走る島々は破壊されていきます。

 遂には逆走する島も増えてきました。これはレースです。一位が最高の結果ですけれど、べつに二位、三位といった順位報酬もあるでしょう。


 あと島が壊されなければ、島にあるアイテムは持ち帰れるようですし。


 もっとも駄目なことが島を沈めることでした。

 ゆえに逃走を選ぶのは悪いことではないでしょう。ジークハルトも逃げた相手を追いかけるつもりはないようでした。


 数分後。

 私たちの目の前にはただ広大な、青い海が広がっております。


 唯一、見えるのは巨大なホログラムのようなモノで「ゴールだよお! お疲れちゃーん」と文字が浮き上がった無人島だけです。


 こうして私たちはゴールしました。


 もちろん、一位通過でしたよ。



 ―――――――――

 作者からの訂正です。

 このお話で【光魔法】は通常は分岐進化して【閃光魔法】か【聖天魔法】になるという設定がありました。

 ですが、うっかりレジナルドなどの時に【神聖魔法】と表記していることに気づきました。


 あれは【聖天魔法】と脳内で書き換えていてくださいまし。

 今後もミスするかもしれません。

 ただし、今後出てくるメドの魔法は【神聖魔法】で合っているので混同させちゃいますがよろしくお願いいたします。

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