第299話 人類最強との共闘

    ▽第二百九十九話 人類種最強との共闘


 木っ端微塵。

 この言葉がこれほどに似合う惨状もございません。


 ジークハルトの一振りにより、ウロボロスの肉体の大半が肉片に変えられました。まるでハリウッド映画で使われる爆薬を、魚に仕込んで起爆でもしたかのような。


 ど派手で豪快で悍ましい、一撃でした。


 固有スキルの効果が切れたことにより、私たちは元の海に帰されました。島に着地した私たちに続き、ジークハルトもしゅたっ、と我らが島に着陸しました。

 体操選手のように腕をYの字にしての美しい着地でしたね。


 その後、すうっと表情を引き締め、眩しいくらいのイケメン顔で囁きます。


「アイリス。報告をお願いするよ」

『―――――――――!!』

「そうかい、ありがとう。それにしても今ので56パーセントとはね。驚いたっ!」


 ジークハルトの周りをびゅんびゅんと飛び回っている精霊は、おそらくはジークハルト信者のアイリスというプレイヤーでしょう。 

 聞いたところによれば、戦闘中は絶対に【顕現】しないとのこと。


 なぜならば精霊が動いてリソースを使うよりも、ジークハルトが動いたほうが遙かに強いから。


 ゆえにスキル提供装置と化しながら、気分よくジークハルトに付き合えるアイリスさんが契約精霊に選ばれているのだとの噂です。

 実際、アイリスさんのプレイヤースキルは悲惨。

 今もジークハルトにまとわりついて応援しているのでしょう。精霊の操作さえも下手なようで、その飛び姿は死にかけの蛍のようでした。


 ジークハルトがアトリに声を掛けてきます。


「私は今回のイベント、一日一回剣を振るだけで良いバカンス気分で来たが……キミを勝たせろという仕事をもらったっ! 嫌がっても勝者にさせてもらおう!」

「うるさい」

「さあ! ともに邪竜を討伐しようじゃあないか!」

「あれはただの海竜」

「しかし、中々に脅威だよ、あれはっ!! 今の技はザ・ワールド直々にワールドアナウンスで『それ当たり所によっては星の回転が壊れるから、今から差し上げる固有スキルの中だけで使ってください』と言われた技なのだっ! それで半分しか削れないとはっ!」


 世界は広い、この海のように!

 と叫びジークハルトは「あははは」と大笑いしました。全然面白くありません。アトリもすっかりとジト目を向けています。


 人工的な爽やかさなので、なんだか鬱陶しいですね。

 しかしながら、ジークハルトのこのテンションはひとつの武器でしょう。必殺技が耐えられたというのに、まったく問題を感じさせず、なおかつ余裕で勝てるような気にさせられる。


 まったく絶望せずに希望に飛び込ませる。

 なるほど騎士団長の器でしょうね。とくにカラミティーと戦うための騎士団ならば、この資質は何よりも強い。


 我々の前方でウロボロスが【再生】していきます。

 部位の損傷を癒やしていく。底なしだったMPの半分ほどが自身の回復につぎ込まれていきます。これがヨヨが【再生】持ちは小さいほうが有利と言った所以。


 欠損再生の範囲によってMP消費が決められてしまうのです。


「アトリ、追い詰めますよ」

「はい。です。神様……【禁治刃】」


 アトリが全力で大地を蹴りつけました。


       ▽

 一瞬でウロボロスの破片(それでも大亀よりも大きいですが)に飛び移ったアトリは、アーツ【禁治刃】で破片を切りつけました。


 このアーツは敵の回復を禁じるアーツとなっております。

 持続時間は短いですけれど、敵が【再生】持ちだったり、強力なヒーラーがついている時などには有効な技でした。


 神器を使ってやって来たジークハルトが言います。


「素晴らしいアーツだね。大鎌使い……私の団にもひとりほしくなったよ。どうだい?」

「ボクはおまえが嫌い」

「あはははは! 神器の強化素材を月給であげちゃうがっ!?」


 アトリは首を振りながら大鎌を振り回しました。

 ウロボロスはしかしながら諦めてくれません。海に無数の渦潮が出現したのです。


「おそらく」

 カラミティーと戦い慣れているジークハルトが教えてくれます。

「これはカラミティー・スキルだ」

「カラミティー・スキルってなに?」

「カラミティーになってから得られるスキルは、基本的なスキルではないんだ。カラミティーに相応しい力。精霊の言うところのレイドギミックを生み出す。世界の理に干渉する力さ! ねじ伏せるしかないなっ、力で!!」


 大渦潮によって、破片たちが海の中に沈んでいきます。

 ジークハルトは海中でも戦えるようですけれど、少なくともアトリはスペックが落ちてしまいます。


 仕方がなく大亀に戻りました。


 ……やがて数秒後、肉体を完全に再生させたウロボロスが咆哮をあげていました。

 とはいえ、HPは回復しきれておらず、田中さんによれば「42パーセント」とのことでした。

 あの巨体です。

 肉体の再生を優先させたため、まだHPは回復しきっていないようでした。


 HPが多すぎて【再生】で即全回復とは行かないようですね。まあ、アトリのHPでも(人類種の中では多いほうですが)【再生】と【リジェネ】やHP吸収系の攻撃があって、初めて即HP全回復が成し遂げられております。

 

 あと【光属性超強化】や【聖女の息吹】、職業補正なども乗っかっています。


 敵はただの【再生】持ちというだけです。

 どうやら【禁治刃】の貢献は思ったよりも高かったようですね。


 ジークハルトが一歩前に出て神器でウロボロスを指し示します。


「さっさと仕留めてしまおうか! 行くよ、《独立同盟》諸君っ! 私たちの見せ場だっ!! ――私について来い、、、、、、、!」

「なんであんたがリーダー面しとんねん」


 メメがジャンプしてジークハルトの頭部をぺしりと叩きました。

 小さな声で最強最優は「痛いですだよ……」と零していました。


 アトリも不機嫌そうな、死にそうな目をしています。不本意ながらジークハルトに合わせることが最も合理的なのが事実。

 渋々、付き合うことに決めたようです。

 とても悔しそうでしたけれど。


 今はそうするしかありませんでした。


       ▽

 ジークハルトの配下たる島々が参戦しました。

 彼らの島の多くは【耐久】と【スピード】振りのようですね。

 大砲を撃つ島もありますけれど、おそらくは支配する前に振られていたものでしょう。大半の島は弾丸のように、なんの躊躇もなくウロボロスに突撃していきます。


 遠距離攻撃ができる者が、島から攻撃を放っていきました。

 打ち上げ花火会場にでも来たかのような景色。島から打ち上げられる、色取り取りの魔法攻撃が巨大龍ウロボロスに炸裂し、火花を生みだしていきます。


「あ、アトリ!? ……せんせい」


 そう叫ぶのは島のひとつから【業火魔法】を放つおかっぱ頭でした。どうやら騎士団クランのお世話になっているようですよ。

 契約精霊たるクラウス・ラウスが【顕現】しました。


「あ、ネロさん! ラッセルについてはごめんっ! まーじで気づかなかった。とりあえずアトリちゃんの教え子にちょっと力貸してるから! これ、お詫びね、お詫び」

「詫びってなんだよ! ヘレンさまに仕えられる喜びを謳歌しろ!」

「はいはい」


 クラウス・ラウスはずっとラッセルの契約精霊をしていて、それでも裏切りに気づいていなかったようでした。まあジークハルトや国も気づいていませんでしたから。

 一プレイヤーに気づけというのも酷な話でしょう。


 だって、私たちが寝ているあいだに、ゲーム時間では一日が経ちますからね。

 

 その時間は野放しです。

 オウジンのサポートがあるならば気づけないのも無理からぬこと。それでも償いとしておかっぱ頭たちに力を貸してくれるならば、私たち的には無から湧き出した財ですね。


 おかっぱ頭はぐんぐんウロボロスに近づいていきます。

 あれ、死にますね……まあそういう経験も必要になってくるでしょう。イベントで死ぬのはこのゲームのあるあるです。


「ふむ」

 

 ジークハルトが腕を組んで頷きました。


「この猛攻でもHP回復を遮るくらいにしかならない。しかも近づけばウロボロスに島を壊されてしまう、か。足場を殺さぬように配慮もせねばだしね」


 耐久振りの大亀はウロボロスの簡単な攻撃に耐えきります。

 大きく振動するくらいで、横腹で叩かれても何のその。ですけれど、何度も受ければ沈んでしまうようでした。


 メインの島が潰れればイベントは敗北となってしまいます。


 何よりも厄介なのはウロボロスがなりふり構わずに暴れ始めたこと。


 どうやら【逆境強化】が効いています。

 近づくだけで大波に襲われ、生まれた隙にウロボロスが攻撃してきます。MPは回復に当てられており、魔法攻撃が少なくなったことは幸いでしょう。


「それでもやらねばなるまいが……この島も沈んでしまいかねないね。かといって沈まずに近づけるかと言われれば」

「…………仕方がありませんね」


 私は盛大に溜息を吐きました。

 このままではじり貧。敵は圧倒的な体力を武器に暴れ回り、HPがフル再生する時間を稼いでしまうことでしょう。


 ならば。


       ▽

 大亀に命じ死ぬ気で接近していきます。

 アトリとジークハルトだけが無言で力を練っておりました。


 大亀がウロボロスに近づけば猛攻に晒されます。

 まず放たれたのは容赦のないドラゴンブレス。それをメメが神器で無効化し、同時に放たれた毒塔攻撃を田中さんとヒルダが魔法で撃ち落とします。


「巨大ボスなんて狩る対象じゃないんすけどね……!」


 ミャーが弓を振り絞ります。

 ただし、それはいつも使用しているような弓ではなく、魔法で作られた巨大な弓でした。羅刹○さんとミャーとの共同奥義のようですね。


 弓が大きすぎて、ミャーはほとんど仰け反るような姿勢で構えております。


「【狩人の一射キル・アロー】」


 大量の魔力をミャーの弓術でコントロール。

 ウロボロスの顔面に魔法矢が炸裂しました。痛みはなくともダメージも反動もあります。噛み付こうとしてきたウロボロスの顔面が、軌道を強引にねじ曲げられ、私たちの島の真横を叩き付けました。


 生まれた波はゼロテープさんが風魔法で打ち消します。


 距離は十分に近づきました。

 あとは。


 深い深い海の中央。

 激戦区の中、ふいに静けさが迸ります。闇が生まれ、凝縮され、この世界の要素を徐々に塗り替えていきます。


 闇精霊たる私には……見えます。

 世界に充ち満ちる闇の欠片が、私の呼びかけに応えて――結集します。


 この闇はすべて私のもの。

 ゆえに私は命じます。


「ネロの名に於いて闇に命ず」


 ぞわりと世界が揺れる中、ウロボロスが必死に私を食い殺そうとします。それらをクランメンバーが食い止める中、朗々と詠唱を続けました。


万物の輪郭、、、、、造形の定義、、、、、遍く世界の根源、、、、、、、――すなわち闇と定めよう、、、、、、、、、、


 ごくり、とアトリが生唾を飲み込む中。

 私の詠唱が完遂します。


「闇なき世界に形はなく、闇なき世界に安寧の来訪は赦されぬ」



 霊気顕現、、、、



「剥奪なさい――【影なき楽園の絵空事ネロ・ペルデレ】」


 瞬間。

 私とアトリ、それからジークハルトを除いたすべての闇が払拭されました。私の【霊気顕現】の効果は「強制的な絶対停止」と「強度の喪失」です。


 効果時間は一秒にも満ちません。


 ですが、ここに揃っているのは最強たるジークハルトと死神幼女たる……アトリ!


 ふたつの影がウロボロスに重なります。

 神器と神器を振るう、二人。同時。重なる声。


「【栄光たる勝利の剣グローリアス!】」

「【邪神の一振りレーヴァテイン】」


 私の力によってウロボロスは動けません。

 最上の領域、二名の――その全力を無防備にもぶち込まれてしまいます。

 その膨大なHPが一瞬でゼロにまで――引き摺り落とされたのです。ウロボロスの断末魔が広大な海に轟きました。

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