第294話 競争の形

   ▽第二百九十四話 競争の形


 欠伸を零す田中さん。

 彼女を中心にして私たちは集まっていました。レーダーの情報によれば明日にも本格的な島レースが幕開けするとのこと。


「ジークハルトはいるんですか」

 と確認するのはミャーでした。さすがの彼女でもジークハルトを狩れるとは思っていないようですね。


 田中さんは首を左右に振りました。


「それがジークハルトたちは居ないらしいわ。もっと後ろにいるようね」

「前じゃなくてっすか?」

「そう。これは推測だけれど、ジークハルトはモアイへの攻撃参加以外は何もしていないわ」

「え。何でですか?」

「それはジークハルト自身がイベントに参加する理由がないからでしょう。彼はもう完成しているし、今更、スキルレベル上げが必要な次元じゃないわ。だから、仲間に経験を積ませているのでしょ」


 ほへー、とミャーがやや間抜けっぽく返事をしました。

 ジークハルトほどの強者ともなれば面倒ごとも引き寄せます。純粋に活躍するだけでは駄目なのでしょうね。


 もうジークハルトだけでええやん、となってはジークハルトも国も困ってしまいますから。


「最初の選択肢でしくってるんやない? 方角間違ってたら詰みやろ」

「ジークハルトは馬鹿ではないわ。それはないと思う。いえ、その判断にさえ口出しをしなかった、という可能性はあるけれどね」

「ジークハルトって賢いん? なんかそんな感じはせえへんかったけど」


 ただの馬鹿があそこまで突き抜けられるのでしたら、もはや天才と呼ぶべきでしょう。あれは意図せねば生み出せないほどの暴走っぷりでした。

 ジークハルトだからこそ許された言動でしたね。


「ま、ともかくジークハルトは居ないわ。それでも敵島は警戒するべき。レースで負けてあげる理由はないもの」


 そういうことでまとまりました。


       ▽

 翌朝。

 心地よい潮風。遮る雲さえない太陽光暖かさ。それから穏やかで爽やかな波によるオーケストラ――そして砲撃の振動によって私は目覚めました。


「【シールド・ライトニング】」


 目覚め一番、私たちの拠点をアトリが防御魔法で凌いでいるようでした。即座にシヲを呼び出し、アトリは防衛から抜け出してきます。


「神様。朝。です……おはよう。です。ございます。です」

「そのようですね。目覚めのコーヒーは飲めませんが……さて何事です?」

「襲撃されてる。です」


 ステルス航行していた敵島が接近、攻撃を仕掛けてきたようでした。レーダーで写らなかったのは、おそらく敵がより上位の【施設】持ちだからでしょう。

 ステルスを何故だか解除した敵島は、大量の砲台が設置されています。


 あの大砲を使うための条件が、ステルスの解除なのかもしれませんね。


「まだ距離は遠いです……けど! ボクが行って倒す! ですっ!」

「それは消費が大きそうですね。まずはロゥロを試しましょうか」

「はい! ロゥロで潰す……です」


 アトリの召喚範囲は視界内。

 そして敵は視界内にいます。アトリが敵の砲台付近にロゥロを出現させました。ロゥロがたちまち暴れだし、砲台をひとつとNPCを一人ロストさせました。


「強さは大したことがない……砲台役に弱者を配置しただけの可能性もありますか」

「次。です」


 アトリが続けざまに砲台にロゥロを配置していきます。

 ロゥロの便利な点として、倒されたり意図的に消してもすぐに再召喚が可能というところがあります。


 今は擬似的に耐久力も高まりましたしね。


 砲台を破壊し放題。

 なんてつまらないことを思考しているうち、敵島は撤退ムーブに入りました。凄まじい速度での離脱です。


 大亀のお尻付近から水流が吹き出しております。

 加速施設的なものがあるのでしょう。これでは【速度】に振るのは馬鹿みたいですけれど、たぶん消費くらいはあるのでしょう。


 大亀に与えた餌を消費、くらいはありそうなもの。


 やがて敵島はステルス。その姿を消してしまいました。ロゥロはまだ残っているので暴れているでしょうけれど、本体を攻撃されれば一瞬で消えます。

 低レベル魔物ならばともかく、ここまでやって来たNPCなら気づくでしょう。


 五分後、ロゥロが倒されました。


       ▽

 大忙しでした。

 昨日までの牧歌的な雰囲気は嘘じみて、今は誰もが必死に島を駆け回っております。下手に【面積】に振らず正解でしたね。

 

 左右から挟撃されています。

 また大砲を撃ち込まれていました。ここまで来られた島の多くは【施設】に振った島が多いようでした。


 嵐を無効化し、食料蒐集パートが不必要で、いざという時は加速もできます。ステルスも強力ですから、停泊しているところへ奇襲をかければ襲撃も簡単。


 それに加えて大砲です。


「【世界女神の忍耐ザ・ワールド・オブ・ペイシェンス】! ……もうアトリを派遣するしかないわ! 行ってくれへん!?」


 神器で砲撃を無効化しつつ、メメが吠えるように注文してきます。


「解った」


 アトリが頷きました。


「良いでしょう、殲滅しましょうか」

「乗り込む。です……」


 敵島との距離は数百メートル。アトリならば跳躍で辿り着けますけれど、敵の実力が不明瞭ですからね。


 敵が強ければ撃ち落とされます。


 私の【クリエイト・ダーク】を使うのも、足場を破壊される確率がありますしね。それでもリスクを取って潰さねばならない場面です。


「いきますよ、アトリ」

「【狂化】」


 私が【クリエイト・ダーク】で足場を生み出しました。アトリは一瞬で足場を駆け抜けていきます。

 スキル【狂化】や【奉納・常疾の舞】なども併用した疾走です。


 アトリはリジェネばかり注目されますが、その真骨頂は速度についてですからね。私の精霊補正も【敏捷】に振られています。

 ゆえにアトリはこと最上の領域内でも、純粋な速度については最速。


 まあ、速度系の固有スキル持ちがいたり、ジークハルトの神器を使われては速度負けしますが。ステータスという意味なら最速で間違いありません。

 ほとんど消えるようにして、アトリが敵島に到着しました。


 踏み込みによって、闇の階段が遅れて弾けて消えていきます。


「神は言っている」


 アトリの上陸に敵NPCたちがざわめきました。

 彼らは口々に「数百メートルは距離を空けていたのに!」「あ、アトリ!?」「終わりだあああ!」「誰だよ、こいつら潰しておくべきって言ったの!?」などの狂乱状態。


 正常な判断力を殺意で失わされた集団に、死神幼女が宣告しました。


「――お前はたちは殲滅」


       ▽

 瞬く間に島をひとつ潰しきりました。

 プレイヤーたちも【顕現】して頑張りました。が、精霊をガン無視してNPCだけ破壊するという作戦を止めることはできなかったようですね。


 一人だけ【霊気顕現】を使おうとしたプレイヤーもいましたが。


 詠唱時間が終わるよりも早く、その人の契約NPCを殺害して止めました。さすがに【霊気顕現】は危ないですね。あれに対抗するなら私も【霊気顕現】を使わねばです。

 まだ一回しか使っていませんしね。

 詠唱を忘れていますけれど、聞いたところによれば唱えようとすれば出てくるとのこと。


 怖い。


 さて、島の住民を破壊してすぐ、アトリは大亀を操作します。

 どうやら他島の者でも角にさえ辿り着けば命令を出せるようですね。攻めてきている島に向け、私たちは砲弾をぶち込むことにしました。

 大砲係りを選出します。


 メンバーはシヲ。

 それからイベント後に作り出したゴーレムが三体となっております。何度か寄った宝島で手に入れました。あと、もう少しすればセックがアンデッドを派遣してくれることでしょう。


 島を近づけます。

 ブースト施設を使い(やはり餌消費でした)、距離を一瞬で縮めます。


 大亀と大亀とが鍔競り合うような距離。

 互いに横並びとなって砲撃をぶち込んでいきます。至るところから土砂や木々、甲羅の破片が弾け飛びます。


『こおおおおおおおおおおおおおおう!』


 と大亀たちが痛みに絶叫をあげます。

 かわいそ。

 ですけれど、この島はべつに私たちの大亀ではありません。恨むのでしたら、あっさりと殲滅した元乗組員たちに……いえべつに恨まれても良いですけどね。


 その恨みも許しましょう。

 と邪神RPを行ってから、私たちは大亀を敵島にぶつけます。全力でブーストしたまま、です。


 敵の大亀の足が砕ける中、アトリとともに乗り込みました。

 激しい大亀戦闘により、激しく波が荒れています。その荒波さえ臆さなかった敵島が、たった一人の幼女の襲来に絶叫をあげました。

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