第293話 休憩
▽第二百九十三話 休息
あれからしばらくリゾート気分を堪能しました。
奪った植物とアトリの【造園】を借りたセック(アトリ自身はモアイへの攻撃に忙しいですからね)によって、島の状況は一変しました。
緑豊かな素晴らしい大地です。
田中さんが上手く空も監視してくれているお陰で、あれから嵐タコの襲撃は回避するか、先に仕留めています。
あのタコ、二日に一回は登場するので大変ですね。
私たちは自由に鍛錬をし、休憩をし、軽く見張りなども挟みながら島を楽しんでおります。今も私は【クリエイト・ダーク】で生み出した寝椅子に鎮座され、サングラスをかけて日光浴に興じております。
リアルではできない、時間をたっぷり使ったゆとりの時間ですね。
こんなのリアルでやれば肌が焼けてしまいます。
精霊体ですから太陽光さえも気持ち良いだけですよ。ただし、他の人のように【顕現】できないので飲めないし食べられないのは悲しきこと。
現在、イベント中につきリアル時間はあまり進んでいないとのこと。
ちょっと脳への負担とか考えると恐ろしい事実です。
日本の技術力ってもしかして世界トップかもしれません。この技術がゲームではなく経済、技術開発、等々に持ち込まれれば日本が最強国家を名乗る日も近いかもです。
まあ、最強国家になるメリットって解りませんけれど。
とりあえず時間停止の恩恵でしょう。
飲食しないことによる苦痛などはありません。ちょっと物足りないような気もありますが、飢えや渇きはありませんし、それらに悩まされることから解放された気分です。
「少し休憩をご一緒させてもらっても良いかしら?」
私は無言で【クリエイト・ダーク】を使い、自分から少し離れた位置に寝椅子を設置しました。ふふ、と水着姿の田中さんが微笑みました。
寝椅子に横になり、田中さんも空を見上げます。
「モアイへのダメージ、更新されていないクランがかなり増えているわ。嵐、サバイバル失敗、魔物への敗北、他島からの侵略……要因はいくつか考えられるけれど」
「イベントも佳境ということですか」
「その【クリエイト・ダーク】で文字を書くの、昔からできたの?」
「できましたよ。秘密ですが」
私が【顕現】を獲らないのは、会話ができなくてもしょうがねえと思わせるためです。最近はすっかり落ち着いてきて、人との会話=怠すぎるは軽減されました。
が、それは私が会話を選択する相手が……優秀だからです。
優秀な人は安易に他者の機嫌を損ね、自分の仕事の効率を悪くするようなことはしません。
これが超天才レベルに至ると変わってきますけれど。
他者の機嫌よりも、自分の機嫌を損ねるほうが効率が悪い段階の人ですね。私の知り合いだと吉良さんやユニスさん、あと月宮とか。
こほん、と田中さんが咳払いをします。
「おそらく、今後はイベントも激化するでしょう。アトリを少し休ませてあげたら? 私たち日本人の尺度では生きていないのがこのゲームのAIだけれど、疲労は動きを鈍らせることは普遍的よ」
「解りました。そうしましょう」
「ありがとう。じゃあ、私も休憩を終えるわね」
「貴女も休憩しておくべきでしょう。最初のタコについては避けられませんでしたし、それについても取り戻しましたしね」
「あら。ネロって意外と優秀タイプ?」
田中さんがサングラスを装着してから、遠慮を失ったかのように寝息を立て始めました。やはり、相当に気を張っていたようですね。
まあ、監視役を名乗り出て、魔物の襲撃で島を破壊されたわけです。
責任を感じずにはいられないでしょう。私だったら悲しみです。
私はセックを監視役に派遣してからアトリを呼び寄せました。
▽
アトリに休息を取らせることにしました。
このイベント中、アトリはずっとモアイへダメージを叩き込んでいます。その貢献度たるや卓越しており、このイベントにてサーバー二位の結果を叩き出しております。
一位は圧倒的にジークハルトたちですけれど。
データを見る限りジークハルトは適度に休憩をしながら、気が向いたように超火力をモアイに叩き込んでいるご様子。
ずっと攻撃しているアトリを一瞬で抜いていきます。
アトリも【殺生刃】はがんがん使っているのですがね。
それでもジークハルトの純粋火力に追いつかないようでした。戦闘能力の乖離が感じられますけれど、そもそもジークハルトの得意分野こそが大火力。
この点については仕方がありません。
意外と負けず嫌いなアトリはムカついているようですけれど。
「休憩。です。神様…………」
「はいはい、解りましたよ」
私が闇で作ったソファにアトリがぽふんと腰掛けます。感触まで再現できてしまうのがこの私、邪神ネロさんです。闇でソファを作るくらい造作もありませんとも。
そのアトリの膝の上に乗ります。
私が趣味や好きや愛好でやっているわけではありません。
アトリがやってほしいと要求するのです……
リアルならばともかく、ゲームの幼女に愛でられて憤慨することはありません。しかも精霊体ですしね。
さすがに【顕現】状態ではやりません。
アトリは私を抱き締め、沈黙してしまいます。
一時間ほどもそうしていた頃、ふとアトリは太もものホルスターから何かを取り出しました。それは……写真集でした。
どうやらセックを運ぶついでに持参していたようですね。
「何ですか、それ?」
私が【邪眼創造】を使って覗き見たところ、それは……私のややいかがわしい写真でした。精霊体ではなく、リアル私――天音ロキ写真集でした。
紛う事なき黒歴史。
思わず飛び上がります。
「あ、アトリ!? どうして貴女がそれを」
「報酬で得た。です。ボクは強くなった。です!」
「どういう報酬ですか、それ!」
私の知らない間に、どうやらアトリは精霊と交流があったようですね。その精霊から報酬として写真集を得たようでした。
余計なことを!
私はアトリの眼前にまで移動します。
綺麗な紅い瞳と真っ向から対峙します。
「アトリ、良いですか? それは誤解です。私が望んで撮ったわけではありませんよ」
「?」
「あまりにもカメラマンが下手なので、つい自分で撮り始め、そうしたらどんどんと凝ってしまいまして……より良いモノを目指してエスカレートしただけです。ついうっかりなのです。それについては理解しましたね?」
「ついうっかり。です」
「その通り」
あれは所属していた会社が勝手にお仕事を入れてきて、断ったら泣かれて「困ります困ります。このままでは会社が……」と拝まれ倒されて渋々と受けたお仕事でした。
姑息な会社です。
私に頼んでくる社員は、私について純粋なファンだったりを使ってきますからね。
私は好感に対して、どう接すれば良いか解らず、やや甘い傾向がありますから。あの時などは「この人、一瞬で私のこと嫌いにならないかな」と何度も思ったことか。
アトリが私の写真集をぎゅっと抱き締めました。
「これを見ながら、神様とご一緒する。とても贅沢な休息の時間。ですっ!」
ややアトリの呼吸が荒くなってきております。
なんだか怖いですね。
私は優しく慈愛で諭すように提案します。
「アトリ、貴女にその写真集はまだ早いかもしれません。私が預かりましょう」
「!? 人類種にはまだ観測が許されていない。ですか……?」
「いえ、アカシックレコードではありませんけれど」
「神様の妙にえっちなグラビアはだめ……ですか?」
「なんですか、その月宮みたいな言い回しは。却下です」
誰ですか、アトリに「妙にえっちなグラビア」なんて語彙を吹き込んだ人は。
なんてこと。
私は【クリエイト・ダーク】で作った腕で写真集を引っ張って言います。
「これはアトリにはまだ早いです。没収です」
「いい、いつ、いつになったら辿り着ける。……です?」
「ええー、そんなの解らないです。大人になったら?」
「お、大人……」
アトリが写真集を離し、つうと眦から涙を流し始めました。
泣いた!?
写真集ごときで!?
しかも、その泣き方は唯一の友人たる魔女を殺害した時と同じ泣き方です。それで良いのですかね、アトリ。
私はやや慌てながら、写真集をアトリに返しました。
「ま、まあたまには良いでしょうかね。……私が居る前では読まないように。良いですね?」
「! 神様、ありがとうございます。ですっ! ボクたくさん見る。ですっ」
「ほどほどにしておきましょうか、ほどほどに」
「中毒には気をつける。です」
「毒性は皆無のはずですけれど」
……この写真集をアトリに渡した奴、絶対に嫌いです。
前の会社の人、この人、大天使みゅうみゅさんのところでいわれのない誹謗中傷をしてきた人、お隣さんの順番で嫌いです。
アトリが写真集をホルスターに戻します。
それから、私を腕の中に抱き締めてご満悦。幼女の体温にくるまれるという不本意の中、私は必ずや首謀者の息の根を止めることを決意したのです。
その決意の最中。
羅刹○さんから全体へのチャットが走りました。
羅刹○‥セックから報告があったよ。接近してくる島が同時に七個だってさ
いよいよこの旅も終わりが近いようです。
おそらくは目的地が近いゆえに合流が始まったのでしょう。このイベントはサバイバルレース。最後に生き残った島こそが勝者なのです。
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