第291話 襲撃される島

    ▽第二百九十一話 襲撃される島


 やや全力を出した所為でしょう。

 戦後、アトリはふらりと肉体をよろめかせます。【ヴァナルガンド】の欠点として発動中に動けば動くほど、MPを使えば使うほどに消耗が大きくなることが挙げられます。


 疲労や苦痛に強いアトリでも動けなくなるのです。


 よほどのことでしょう。

 されど、ある程度アトリは【ヴァナルガンド】の後遺症に慣れつつあります。戦闘がなさそうな日に使って全力で動き、バテて倒れるを繰り返した結果ですね。


 ふらつきながらも、足取りはまだ正常のようです。


「神様。終わった。です。悪いミミックは全滅……良いミミックはいない」

「シヲは悪くないミミックですよ」

「……う、うう」


 アトリは私の言葉に同意しようとして唸り声をあげました。生粋のミミック嫌いこそがアトリの正体です。

 絞り出すようにアトリがぽつりと零します。


「シヲは有能。です……」


 そこはアトリも認めるところでしょう。

 今回のVSヒュージ・ミミック戦は相性が悪くて何もできていませんでしたけれど。かといって敵がシヲの上位互換だったかと言われれば違います。


 シヲには固有スキル【相の毒】があります。

 もっとも強い点は大きさがほどほどであることでした。この世界には体躯ボーナスがありますけれど、大きいと敏捷性が下がるデメリットがあるのです。


 遅いタンクは無視されて置物にされますからね。

 シヲはその点、味方タンクとしてはヒュージ・ミミックよりも有能でしょう。あと敵としても擬態が完全なシヲのほうが拘束されてしまうので厄介でしょう。


「では帰りましょうか」

「帰る。です……ご飯を食べたい。です」

「そうですね。ゴーレム・コアに余裕があれば料理スキルを覚えてもらうのですけれど」


 と。

 ふとヒュージ・ミミックからレアドロップが発生したようですね。入手したモノの効果を確かめようとしたところ、一気に水面が上昇しました。

 否、大地が沈んでいるのでしょう。

 一瞬でアトリの腰まで水がやってきました。


「時間がないですね【クリエイト・ダーク】」

「シヲ」


 ふて腐れたように腕を組んでいたシヲが動き出します。アトリの肉体を触手で絡め取り、彼女の肉体を馬となって運びます。

 自分で走ることもできますが、今は疲労の回復を優先しているようですね。


 島内に残っていた魔物たちが攻めてきます。

 それをアトリはシヲの背中に寝そべりながら、片手間の魔法を放って討伐していきます。私とシヲも魔法などで敵の動きを止めていきます。


 島を駆け抜けます。

 私たちの島が見えてきました。シヲはすぐに島を飛び移り、無事に私たちは大亀のもとに帰還できました。


       ▽

 帰還した島内でしたけれど、妙に不穏な空気が感じられました。

 具体的には……たくさんの死体が転がっています。顔も知らないNPCの死体たち。全部で七つくらいでしょうか。


「襲撃ですかね」

「無駄。です。島にはセックがいた。です」

「基本的にはそうでしょう。が、相手に最上レベルがいた場合、神器化セックでも敵わないでしょうね。あるいは初見殺し系か」


 セックはとても有能であり、本職は生産系でありながら戦闘だってこなせちゃいます。けれど、あくまでもこなせるレベル。

 強者レベルではありますけれど、最上位者ではありません。


「まあ、最悪は相打ちに持って行けるスキルがあるので……それが発動していないということは問題はないのでしょう」


 私たちは島を進んでいきました。


   ▽襲撃者・どどん

「情報量こそが世界を制するんだ。知ってるか、エラ」

「どどんくん、最近はそればっかりだね。(笑)さんに影響されすぎだよ」

「いやいや、だってあの人はすごいだろ」

「まあ凄い人だとは思うよ?」


 どどんはドヤ顔を己が契約者たるエラに向けていた。

 最近は情報通プレイヤー(笑)の元で諜報員として活動している。どどんとエラは「そういうこと」が得意なコンビである。


 戦闘で大活躍することはできない。

 それでも得意分野で輝くことに、誇りを覚えつつある二人だった。現在は数ある検証班のひとつに所属し、そこで生きた情報を手に入れようとしていた。


「たくさん食べろよ、ガブリエル」


 どどんは大きな袋を逆さまにし、島亀へ大量の餌を与えていく。

 隣で冷めた目を浮かべていたエラが、呆れ混じりに首を傾げた。少女じみた愛らしい仕草がよく似合う少年である。


「ねえ、ガブリエルってなに? 天使みたいな名前だけど」

「ほら、餌を食べる時、がぶりがぶりってするだろ? だからガブリエル」

「へえー、なんかダサいね?」

「うるせえぞ! お前の名前をガブリエラに改名することもできんだぞ、こっちは!?」

「できないよ?」


 ガブリエルに餌をやることにより、またレベルが上昇した。こういう育成も嫌いではない。思わずどどんは顔が緩む。

 選択したのは【施設】だった。


 この【施設】レベルが10になったことにより、ようやく目当てのモノが出現した。


「絶対にあるってのは部隊長の台詞だったが。マジでか」


 出現したのは「レーダー室」だった。

 ガブリエルの甲羅の一画にはプレハブ小屋が建ち、そこには壁一面のモニタ画面。周囲の情報がすべて手に入る。


 海面下の魔物。

 また、周囲の他の島の状況。あらゆることが理解できる。


「これぞ情報の力だ!」

「ねえ、どどんくん。ちょっとキャラが変わってきてるよ。そういうキャラって情報の不足が原因で負けて死ぬよ」

「いいや、死なないね! 何故ならば、俺たちは情報を制したから!」

「もう……どどんくんはしょうがないなあ」


 レベル9で手に入れたステルス機能。

 これを使えば姿と気配を完全に消しながら、一気に的確に敵を襲うことができるのだ。どどんはこのイベントの勝利を確信しつつある。


 やはり【施設】レベル上げは正解だった。

 二日目、嵐が来た時も【悪天候防衛拠点】によって、嵐を一瞬で散らすことに成功した。また、【食料精製施設】では激マズだが食料が常時提供される。


 そのためノンストップでここまでやって来た。


 中途半端なロスタイムがないため、速度には一切振っていないが旅は順調だ。


「おい、エラ。他の島が近いぞ」

「そうだね。でも、ここって……《独立同盟》ってあるよ。ヤバいんじゃない?」

「え、なにが?」

「……どどんくん。キミって情報を制したんじゃないの?」

「制したが?」

「あのね、《独立同盟》ってのはあのゲヘナを初討伐したクランの名前。システムでクランの名前は重複不可だから、解散してなかったのならば、あれはゲヘナを最初に倒したクランだ」


 エラの指摘に、どどんはしばし沈黙する。

 思い出す時間がほしかったからだ。やがてアナウンスを思い出す。その後の衝撃が大きすぎて忘却しつつあったが、たしかに《独立同盟》については覚えがあった。


 思わずどどんは精霊体から【顕現】して拳を握る。


「あいつら! アトリとネロさんが頑張ってゲヘナを追い返したのに、手柄を横取りにしたクランだなっ!? 今まで正体隠しやがって!」

「で、どうするの? 今のぼくたちならゲヘナの現し身には勝てる。まあ、あくまでも弱体化した現し身だけど……あのクランとももしかしたら戦える、かもしれない」


 無理だと思うけどね、とエラは呟いた。

 眼鏡の奥の瞳は理知的だ。エラは決して熱くならない。落ち着いて状況を整理し、暴走しがちなどどんの手綱を引く。

 

 まあ、最後はどどんの暴走に押し切られるのだけれど。


 どどんはエラのそういうところに何度も助けられた。

 最初は「可愛い女の子だ!」と契約してみたら男で愕然としたが、今やエラはどどんにとって大切なパートナーである。


「解った解った。落ち着いてまずは部隊長に報告してくる」

「それが良いね」


 報告した結果。

 部隊長は「新たな情報」に目を輝かせた。わざわざ【顕現】して白衣を靡かせ、マッドな情報屋は叫ぶ。


「調べよう調べよう調べよう! 情報最強、情報最強、情報最強! せーの!」

「情報最強、情報最強、情報最強!」

「このクランもうやだあ」


 エラの悲嘆を横に置き、どどんたちは《独立同盟》島への襲撃を決行した。

 ステルス機能によって姿を隠す。部隊に在籍している「気配を読む」固有スキル持ちをして、「まったく気配が読めない」と言うステルス能力だ。


 相手がどれほどの強敵だとしても、ステルスを解くまで見つからない。


 気配も消え、姿も消え、巨大な亀が獲物に接近していく。

 接近が終了した頃には、《独立同盟》島には誰もいなかった。近くに島があり、そこで停泊しているようだった。


「これが宝島っ! 見たい見たい見たい見たい見たい!」

「ドクター。偵察は送るのか?」

「見たい見たい見たい、けど、島が優先! 頼むぞ、どどんくん」


 レーダーに反応はない。

 また、気配を読む固有スキル持ちも「島にはNPCの気配がない」と断言した。だが、それらは情報として不十分。


 どどんが歯を見せて笑い(キャラクターメイク時、歯並びをよくした)、固有スキルを発動した。


「【幽体離脱ゴースト・ダイブ】」


 どどんの肉体から「何か」が抜け出す。よく解らないがどどんの固有スキルは幽霊のようになれるのだ。

 あらゆる攻撃を、障害物を無視して進むことができる。


 こちらから干渉もできないが、敵からも干渉されない。

 範囲は使用者を中心に置いた半径一キロ。情報収集能力としてはピカイチである。あのペニーと比較して語られるのは、潜入性の高さで勝っているからだ。


 何故ならば、今のどどんの姿は誰にも捉えられないから。


「じゃ、行ってくるぜ」


 誰にも声さえ届かぬ中、どどんは島への潜入を決行した。

 そして見る。

 島は荒廃していた。木々はなぎ倒され、草木も残っていない。ほとんど死んだ島であろう。これはおそらく嵐に飲まれたな、とどどんは考えた。


 しばらく島を見回った。

 結果、とくに何も残されておらず、敵も存在していないことが判明する。唯一、拠点と思わしき場所だけが立派だった。


 その拠点にも侵入して見回ったが何もない。


「まあ良いか」


 どどんは【アイテム・ボックス】より名札を落としていく。そこにはエラを始めとする仲間の名前が刻まれていた。

 そして、今度はエラの固有スキルを発動させた。

 エラの固有スキルは、契約精霊たるどどんにも発動させることが可能なのだ。


「固有スキル発動っ! 【生物交換イレカエ】」


 名札が消失する。

 代わりに現れたのは、名札に名を刻まれていたメンバーたちだった。エラの固有スキル【生物交換イレカエ】は名前を刻んだ物体と、その名前の持ち主の位置を入れ替える。


 射程範囲はちょうど一キロ。


 今回は味方に限定したが、やろうと思えば敵の位置も入れ替えられる。

 名前を知り、その名前を刻んだ何かが必要ではあるけれど、中々に強力な固有スキルである。ゲヘナにはあまり有効ではなかったけれど。


 固有スキルを使った瞬間、何かをされたと理解したゲヘナは瞬間で大ダメージを与えてきた。動けずにいるうちに戻ってきて、トドメを刺されそうになったところにアトリが来たのだ。


 どどんはアトリたちが好きだ。

 助けてもらったのもあるし、小さいのに強いのは凄いという気持ちもある。


 あと純粋に格好良く、小さな頃にテレビで観たヒーローのようだからだ。

 ゆえに思う。

 アトリたちが活躍して退けたゲヘナ。そのゲヘナをお零れで討伐した《独立同盟》は大嫌いだ。死ねと思う。すでに忘れていたとはいえ、かつては掲示板でずっと「独立同盟死ね」と連投していたくらいだ。


 あれさえなければ、アトリたちは今のところすべてのフィールド・ボスの初討伐を成したことになるというのに。本当に死ねと思う。


 思い出してきたら苛々してくる。


 だが、その《独立同盟》に仕返しができるかと思うと……ニヤニヤが止まらない。

 正体を暴いて、掲示板に晒して、正常なゲームプレイができなくしてやろう。何故ならば、情報とは最強の力だからだ。


 情報最強っ!


「まずは拠点の確認。それから大亀の角へ行き、この島のステータス振りを見よう。あと島限定の動植物もいるかもしれないな。サブラは敵が戻ってこないかの確認。エラはいつでも帰還できるように準備をしておいてくれ」


 部隊長が白衣を翻し、早口に指示を終える。

 

「ようし、情報しゅうしゅ――」


 それが部隊長の最期の言葉だった。

 いや、厳密には部隊長が契約していたNPCの最期の台詞だった。突如として床から棘が出現し、それが部隊長の契約NPCを串刺しにしたのだ。


「!? 罠術だ!」

「どどん、罠を確認するスキル取れって言っただろう!?」

「でも、戦いに使えないし……」

「戦いたかったら情報屋すんな!」

「でもでも……!」

「てか取ってないなら先に言えって! そういう装備回しただろうが!」


 屋敷の内部にて喧噪と罵倒が響き渡る。

 完全にどどんのミスである。けれど、そのミスを尻ぬぐいすることがエラの日常でもあった。即座に帰還用の固有スキルを発動しようとして……使えないことに気がつく。


「転移防止トラップがあるよ! 誰か踏んじゃった!?」

「罠があるのが解って動くわけがない! たぶん、この島に残ってた奴がわざと発動したんだ。てか、ちゃんと索敵しとけどどん!!」

「もう各自で島に戻るしかないっ! 離散、散開!」

「でもお」


 それぞれが別方向に逃げだそうとする。

 だが、もっとも戦闘能力に優れたメンバーの真後ろに、突如として黒い騎士が出現する。首のない騎士――デュラン。その上、おそらくは通常のデュラハンではない。


 剣が一閃される。

 咄嗟に男は振り向いて剣と剣とをぶつけ合う。

 だが、その僅かな拮抗の末、その男の背後にまたもやデュラハンが出現した。前後を挟まれ、もはや男はなす術なく切り裂かれる。


「っ!」


 まだHPに余裕はあるらしい。

 だが、さらに左右さえもデュラハンに囲まれている。男が叫ぶ。


「高位生産職による【常闇魔法】だっ! 見つけ出せっ! ここまで特化している生産職なら殺せるっ!」


 無数のアンデッドたちが床から生えてくる。

 さらには死んだ部隊長の契約NPCがアンデッドとなり帰ってきた。ゾンビの群れ、屍のパレード。


 こういうのが苦手などどんが悲鳴をあげた。


「いやだああああああああああああああああ!」


 バラバラになって屋敷を飛び出した。

 誰もいなくなった屋敷の中、透明化するローブを脱ぎ捨てた「美」が呟く。


「騒々しいことです。完璧なわたくしを見習い、物事は冷静沈着に対処せねばなりません。では、完璧なお掃除を続けましょう」

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