第290話 ヒュージ・ミミック

    ▽第二百九十話 ヒュージ・ミミック


 ぴぴぴ、という簡素なアラームが鳴り響きます。

 それの発信元はヒルダでした。彼女たちが持ち込んだモノは特殊なものばかり。基本、食料や水はある想定で動いたようですね。


 監視のための双眼鏡。

 今回の時のためのアラームなどなど。


「三十分経過しました」

「あれから宝箱は四つも見つかり、その性能も悪くなかったわね。次に宝島があった時はもっと分散したいところね」

「今回拾ったゴーレム・コアあるやん? 低級の。あれでネロが【解錠】持ちのゴーレム作って、セックにコピーしたらええやん」

「良いわね。そうすればミャー班、セック班で分かれられるもの」

「せやったらうちは待機やな。タンクするほどの敵はおらんし、防衛はもともとうちの仕事や」

「助かるわ」


 こういうイベントで居残りって辛いです。

 単純に面白くありませんし、仲間を信頼していなければ「アイテムの隠し」を懸念せねばなりませんから。

 自分から提案してくれる辺り、メメの協調性の高さが窺えます。


 まあタンク職って基本、協調性がある前提です。

 だってパーティーやレイド戦で輝くポジションですもの。メメの性能があってソロメインのゼロテープさんはとち狂っているとしか言えません。


 それに付き合っているメメのほうもけっこうとち狂っております。


 精霊とNPCが恋仲になることもある《スゴ》ですが……もしや? なんてつまらない邪推をしていると、ラストになるでしょう宝箱がありました。

 ですが、誰もあの宝箱に近づきません。

 なぜならば、この私でも解るほどに……あれは違う。


 最前列のシヲが冷ややかな目で肩をすくめました。

 アトリが突っ込みを入れました。


「どうでも良い」

『――』

「お前もバレバレだった」

『――!』

「うるさい。お漏らしなんてしていない。馬鹿は記憶をすぐに書き換える」


 どうやら「ミミックなのにバレバレなのダサ」的なことをシヲが口にしたようです。ミミックという種族に誇りを持ち、他種族と同族を軽蔑しているシヲらしい意見でした。

 さて目の前の明かにレイド級のミミックについてですけれど。


「で、どうするん? ちなみにメメちゃんは逃げるの推奨やで。ミミック相手にタンクは難しいねんな。攻撃ってよりも絡みつきやろ、あれ」

「気をつけなさい。服だけ都合良く溶かすミミックかもしれないわ。このイベント、装備品のロストがいちばん拙い」


 田中さんは真顔でそのようなことを言います。

 服だけを都合良く溶かすミミックなんてモンスターがいるのですか……?


 ともかく逃げることに決定しました。

 残り時間もある中、耐久特化のレイドボスはごめんです。そうやってこっそりこっそりと距離を離そうとした時でした。


『みゅみゅみゅみゅみゅ!』


 そのような鳴き声と共に、宝箱が巨大化しました。

 なんですか、その鳴き声。大天使さんのファンかもしれませんね。


       ▽

 巨大化したミミックの全長は百メートルほど。

 エッフェル塔の高さがジャスト三百メートル。その三分の一ほどですけれど、生物の大きさとしては想定外でしょう。


『みゅみゅみゅみゅみゅ!』


 宝箱の至るところから鎖が伸びてきます。一本一本がシヲでいうところの触手でしょう。あの大きさの触手……相当に体躯ボーナスが効いているはずです。

 すかさずシヲが触手を伸ばします。


『――!』

『みゅみゅ』


 シヲの触手があっさりと絡め返されました。そのまま空中に持ち上げられたシヲは、開いた宝箱の口へと投入されそうになります。

 が、シヲも歴戦のミミック。

 即座に宝箱に擬態し、その面積を圧縮して拘束を抜けます。


「シヲ。うねうねしている場合じゃない」

『――』

「負けたくせに」

『――――!』


 触手が伸びてきます。

 メメは防御を諦め、【顕現】したゼロテープさんにすべてお任せの姿勢です。触手を魔法とブレスで破壊していきます。


 ミャーは木々を足場に矢継ぎ早の射撃。


「全然っ、効いている気がしないですね! 矢の無駄なんで特殊矢は控えるっす」

「ミミックは【行動阻害耐性】があるよ。もう逃げたほうが良いかもしれない」


 ヒルダが叫ぶ中、何度も魔法を放っています。

 けれど、あの大きなミミック……ヒュージ・ミミックには効果が少なそうでした。ただし、なんと私の【毒】は通じました。


 元々のHPが大きいのですが、ぐんぐんとHPを削っている感覚があります。


「アトリ、他の人たちは退避で良いでしょう。私たちで倒してしまいましょう」

「解った。です! 全員、こいつはボクと神様が倒す! 逃げておくと良い」


 アトリの言葉を耳にしたクランメンバーは、一斉に大亀のほうへ走り出します。こういう時、変に問答せずに済むのがこのクランの良いところでした。

 巨大なミミック。

 それに幼女のみが対峙します。


「神は言っている。ミミックは絶滅……です」

「言ってないですよ?」

「!? ごめんなさいっ、ですっ! 神様……」

「まあいいでしょう。少なくとも目の前の敵は絶滅です」


 縋り付いてくるアトリを落ち着かせながら、私は巨大な宝箱を睨み付けました。この箱、めちゃくちゃダサいです……シヲのデザインは良いのに。

 私はただ大きな箱、という作品を提供したこともあります。

 その私の美的感覚的に言ってしまえば、この箱は廃棄処分こそが相応しい。こほん、と私は咳払いの後に告げました。


「神託をくだしましょう。この箱は即座にゴミ箱いきです」

「! 神は言っている。箱は即座に――処分、です!」


 今度こそ良い感じでしょう。

 アトリがアーツを起動しました。


       ▽

 アトリが宝島の大地を駆け巡ります。

 このイベントで彼女は固有スキル【神偽体術イデア・アクション】のレベルも上げています。モアイを攻撃する際、絶えず動き回って攻撃することにより、です。


 そのため、現在のスキルレベルは4に至りました。


 新たに得たアーツは二つ。

 ひとつが「消去不可能常時速度バフ」たる【奉納・常疾じょうとくの舞】です。これは【神楽】でいう【奉納・天降ろしの舞】の上位互換アーツです。


 効果量が少ないので、他のバフと重ねて使用することが簡単です。

 また、一度発動してしまえば、アトリが「解除したい」と思うまで解除されません。ディスペル系の攻撃もこのアーツだけは解除できないわけです。

 解除系固有スキルの場合は解りませんけれど。


 二つ目。

 これは今回、役に立つか解りませんけれど【奉納・天身てんしんの舞】と言います。このアーツの効果は「一度限り、ダメージを受けた際、無敵化と瞬間移動」するというアーツです。


 瞬間移動が発動する際はMP消費してしまいます。


 あらかじめつけておく【ダーク・リージョン】みたいなものですね。クールタイムはありますがそこまで長くありません。

 一回の戦いで数回は使用できるでしょう。

 弱点はありますけどね。


「【奉納・天身の舞】」


 そう囁いてからアトリは軽く舞を踊ります。時間にして数瞬のことですけれど、強敵を前に発動動作を終える暇はないでしょう。

 ですが、この動作さえ完了すれば、アトリは次の被弾を無効化できます。


『みゅみゅ!』

「遅い」

 

 ヒュージ・ミミックが大量の鎖で拘束しようと試みてきます。一本一本が数百メートルもある鎖が視認できるだけで十本。

 複雑に絡み合う鎖。

 しかしながら、ほとんど面制圧攻撃でありながらも、アトリを捕まえることはできません。


「【奉納・閃耀の舞】」


 気づけばアトリはヒュージ・ミミックの頭上を取っていました。

 大鎌を振り上げます。

 そこには【殺生刃】で大鎌の刃渡りを数メートルに延長した、死神の姿がありました。眼が赤く輝きます。


「【広刃こうじん殺生刃せっしょうば】」


 刃が一閃。

 ヒュージ・ミミックの頭部に数メートルに渡る切り込みが生まれました。ミミックゆえに出血こそしませんが、激痛にミミックがのたうち回ります。


 ふとアトリの両目から血が滴ります。

 それは【イェソドの一翼】を超過解放した時の合図でした。一秒先の自分の思考にのみ的を絞り、未来視を連続行使しているわけですね。


 ぽこぽこぽこ、と。


 アトリの両腕から溢れるほどの【ボム・ライトニング】が出現しました。

 思考能力を増量させることにより、同時に魔法を異常な量発動しているのです。【ボム・ライトニング】は火力が高いのですが、他の魔法よりも命中させることが難しいアーツ。


 敵が怯んだ隙に使うのは最善でしょう。

 生みだした切り込みに、溢れんばかり大量の爆弾を投下していきます。


 爆弾が落ちきった時。

 アトリが手を握り締めました。


「爆破」


 ヒュージ・ミミックがぶっ飛びました。


       ▽

 ヒュージ・ミミックが煙をあげてふらつきます。あれだけ喰らっておきながら、まだヒュージ・ミミックは壮健なようで何よりです。

 地面に着地したアトリは忌々しそうに首を傾げました。


「ミミックは嫌い。です」

「体力が凄まじいですからね。あれに捕まったらゲームオーバーですか」


 本来のヒュージ・ミミックは「詰み要素」かもしれません。

 あの量の鎖、攻撃しても止まらない【行動阻害耐性】、無尽蔵のHP。捕まったら食べられ、長期戦を挑もうにも島が沈んでいく。


 クソボスです。


 けれど、捕まえられないほどに速いアトリならば問題はありません。

 火力も現在はあります。かつてのアトリとは違い、首以外を狙っても大ダメージは狙えますからね。


 ……首を狙った時のアトリは化け物火力ですが。


「アトリの攻撃と私の毒より、かなりのダメージが蓄積しています。回復手段もないようですし……このまま押し切れそうですが」


 私でも理解できるほどに島が沈んでいます。

 すでにアトリの靴は水で湿ってきております。もったいないですけれど、さっさと【ヴァナルガンド】を使ってしまいましょう。


「アトリ、五秒以内に決めましょうか」

「はい。です! トドメです――【ヴァナルガンド】」


 アトリの気配が濃密に変化します。

 ただでさえ強いアトリですけれど、この【ヴァナルガンド】発動時のアトリのステータスは最上の中でも最高峰。


 レメリア王女殿下という怪物を考慮の外に置けばのお話です。


 それを除けばジークハルトのステータスも超えているわけです。数値で決まらないのがこのゲームですけれど、数値が大切なのもこのゲームでありました。


 さて。

 一秒。

 やって来た五本の鎖を大鎌で跳ね斬ります。

 苦痛で呻くミミックと瞬時にゼロ距離へ。


 二秒。

 宝箱の肉体を身体能力と純粋体術のみで駆け上っていきます。

 駆けながらの斬撃。

 また、光炎と【ダーク・オーラ】によるドットダメージも積み上げていきます。


 三秒。

 がむしゃらな鎖が伸びてきます。

 回避する時間さえも惜しく、アトリは大人しく鎖に身を委ねます。

 と同時に呟きます。


「開け。【死に至る闇】」


 四秒。

 私がアトリにあえて【ダーク・ネイル】をぶつけます。

 ダメージによって【奉納・天身の舞】が発動し、アトリは一瞬で目的地に辿り着きます。ここは先程、アトリが刃で切り開き、爆破でこじ開けた――ミミックの体内。


 赤い瞳と薄い笑みを湛える口元。

 大鎌が極大の闇を纏います。


 五秒。

「万死を讃えよ! 【死神の鎌ネロ・ラグナロク】」


 それが終結手でした。

 粉々に爆散するミミックだった欠片。暴力の粋。


 沈み行く宝島。

 最後に立っていたのは偽宝箱ではなく、狂信する幼女――その様はじつに圧倒的でした。

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