第288話 水着回
▽第二百八十八話 水着回
嵐の痕は悲惨の一言に尽きます。
豊かなリゾートだった島は、もう立派な無人島と化しております。
木々はへし折れ、草木は風に刈り取られ、動物は幼女が殺戮しました。
残骸ばかりが積み上げられた、死の島。
「拠点だけは無事やねー。ありがたいわ。これなかったら泣いてたもん」
メメがホッと胸を撫で下ろします。
シヲが作ってくれた施設は無傷でした。メメが飛んでくる岩や魔物(嵐を利用してサメが飛んできました)、あらゆる攻撃から盾ひとつで守り抜きましたからね。
「状況を口に出して確認しましょう。食料は残り二週間分。モアイは無事。拠点も無事。状態の良い木材の新しい入手先はなくなって、それは動植物も同様。これで良い?」
「せやね。あとうちの武器がないなった……剣は大したもんやないけど、それでも大損や……」
「貴女は盾があったら何でもできるでしょ?」
「できへんよ! うちの盾を何やと思うてるの! うちの【盾術】期待されすぎやろ、おおきにおおきに!!」
メメの言葉は半ば嘘ですね。
襲ってきた竜巻鮫、盾で殴り殺していましたもの。剣で戦うよりも強いことは明かです。事実とは異なったとしても剣を失ったのは痛いですがね。
警戒したメメは神器を【アイテムボックス】へ送り、今は木で作った予備の盾を所持しています。あとシヲが作ってくれた木製の剣もですね。
ゼロテープさんが【鍛冶】スキル持ちなので、素材さえあれば剣は作れるのですが。
さすがに亀の甲羅を掘るわけにはいきません。いえちょっとくらいなら良いのでしょうか? あとで田中さんに相談ですかね。その田中さんが唇に指を当てました。
「で、今後の方針についてよ。亀の育成はするのかしら?」
「アイランドのアイラやで?」
「食料に問題が発生した以上、この決断は重要よね。あとで変更する予知はあるけれど、当面はどうしたい? 亀の食事を用意した場合、食料の残りは一週間を切るわ」
「アイランドのアイラやよ?」
田中さんはメメの話を全無視して確認を優先しました。
ゼロテープさんが全体チャットを送ってきます。本人は【顕現】していません。彼はチャットでは普通にしゃべれますからね。
ゼロテープ‥釣りはどうなんだ? 潜っても良いだろ
「それも悪くはないわ。でも、この中で水で戦闘できる人はいない。釣りスキルもないからつれなかった時、それで詰んでしまうわね」
ゼロテープ‥そうか……ごめんなさい
「良いわ。提案はありがたいもの。実際、釣りも続行するべきだと思ったわ。あとでシヲさんに良い釣り竿を作ってもらいましょう。残りの木材の使い方としてはアリよ」
ゼロテープ‥ありがとう
「感謝は良いわ。わたしたちはあくまでも能力で繋がってるだけ。有能だから使い合うだけ。感謝はもらっておくけれど、気にすることはないわよ」
田中さんがこのクランにいる理由ですね。
関係の維持に時間を使いたくない、ということでした。オンラインゲームあるあるとして、プレイ時間よりもチャット時間が物を言うときがあります。
貢献しているプレイヤーよりも、チャットに居る時間が多いプレイヤーのほうが重要視されたり、ですね。そして実戦の時もチャットプレイヤーの意見のほうが強くなります。
そういうクランでは田中さんはやり辛いでしょう。
私たちは正しい指示には従いますしね、仲が良くなくても。
私が頑張って考えるよりも、賢い人に考えさせたほうが簡単で確実で楽ちんです。
ああ。
世界が私以外、全員めちゃくちゃ賢ければ何も考えなくて良いのに……
羅刹○さんが【顕現】しました。迫力ある巨大な女性です。身長数メートルですね。腕を組んで豊かな胸を持ち上げるようにしました。あのほうが楽なのでしょう。
「あたしとしては亀の……アイラの育成には賛成だよ。餌をあげないのも可哀想だし、何よりも今後のイベントに関わらないはずがない。絶対に勝ちたいわけじゃないけど、勝ちに行かないならゲームを遊ぶ意味がないね。リスクを飲むのがこのゲームだろ?」
「それもそうね。食事については最悪の場合……他の島から奪うという選択肢もあるわ」
「お、おう……あたし、一応はPKKだからね? 覚えてるね?」
「対人イベントでPKKも何もないでしょう?」
「それもそうさね」
略奪の発想はありませんでした。
しかしながら、他島が存在する以上、たしかに襲撃する価値はあるでしょう。そういうイベントでもあることを失念していました。昨日までのほほんとしていましたしね。
田中さんがメモ用紙に意見をまとめていきます。
「亀への餌やり――」
「――アイラやで、田中はん!」
「――は続行。それから食事の確保方法。釣り、亀を止めての素潜り、他島からの略奪、くらいかしら? 水への耐性のなさが響くわね……」
メメが精霊体のゼロテープさんに抱きつき「いじめられるー!」と泣きついていました。本気で悲しんでいるわけではなさそうですがね。
ともかく結論が出ました。
結局、水辺がきついという流れですね。このイベント最大の問題は海というフィールドへの不慣れです。
うんうんと考えているうちに、島を見回っていたミャーが戻ってきました。
「みなさーん、ネロさまが言ってた宝箱は無事だったっす。何かあったら問題なんで開けてきました。中身はぴちぴちした布が人数分です」
そうして私たちの元に到着したのは……水着でした。
▽
私とゼロテープさんは並んで気まずい思いをしていました。
無言が気まずい、ということではありません。いえ、ゼロテープさんは無言も厳しいタイプだと思いますけれど。
わざわざ【顕現】してゼロテープさんがオドオドします。
「あ、あのっ、ね、ネロさん……おん、女の子の着替えって、褒めたほうが、良いのでしょうかっ!」
好きにすれば良いと思いますけどね。
基本、女性は褒められたら嬉しいと言いますけれど、嫌いな相手に褒められたり、不愉快な褒められかたをしたら機嫌を損ねますし。
もはや個人の技量によるものとしか答えようがありません。
ゼロテープさんの雰囲気で褒めると……ちょっと気持ち悪いかもしれません。
溜息を吐いてから、私はチャットを打ちました。
ネロ‥褒めたいなら「似合ってる」「可愛い」「センス良いね」で行きましょう。スタイルは褒めないほうが無難です。
「あ、ありが、とうっ! 言われなきゃ、身体褒め、てた! やっぱりネロさんは……慣れてる、のお!?」
ネロ‥いえ、慣れてませんよ。交際経験もありませんしね
慣れてはいませんけれど、緊張も過度にしないという感じでしょうかね。普通に女好きだと思いますけれど、飢えた狼のようなスタイルは恥ずかしいですし。
プライドと美意識が高いので、他人から見れば女性に対して余裕ありと感じられるようです。
私の内心を知っていれば、私が品性少なき獣だと解るのでしょうけれど。
「【偽る神の声】を持っていて良かったですね……このゲーム心を読む固有スキル持ちとか普通にいるそうですし」
そもそもアトリの【勇者】は真偽を見極めますし、敵ではありますがミリムなんて「トラウマを思い出させる」という固有スキル持ちです。
このゲームは記憶を読まれます。
危ない危ない。
なんて私が内心で冷や汗を流していますと、ちょうど着替えが終わったようです。
最初に現れたのはメメでした。彼女は際どい水着に身を包んでいます。隠したいのか見せたいのか、もはや解らないデザインの水着ですね。ああいうタイプの衣服は「見せない」方向がメインなのですけれど、メメの着こなしでは真逆でした。
女優のようなウォーキング(下手)を見せて、見せつけるようにポーズを取ってきます。
小柄な肉体ではありますけれど、その身体つきは子どもではありません。ドワーフのスタイルは独特ですけれど、好きな人は大好きな身体でしょう。
メメ自体、顔も良いですしね。
「どうや? うちに似合ってるやろ? どうどう旦那はん」
「ひゃ! 似合ってる可愛いセンス良いね!」
「せやろー! で、で、うちのか・ら・だ! どう? どうせ見てるんやろー? えっちやなー」
「ふあっ!?」
「せやけど、この服ええわー。うちモテるん好きやし、男から興奮してもらうのおもろいし、悪いけど視線は独占やな!」
「っ!? 似合ってる可愛いセンス良いね!!」
「どしたん?」
ゼロテープさんが私のほうをめっちゃ見てきます。ちらちら何度も。
まあ、王道手が通じない人ってどこにでもいますからね。
続いて現れたのはヒルダと田中さんでした。彼女たちはお揃いのホルターネックタイプのビキニ。いわゆる首の後ろで留めるタイプの衣服ですね。
胸のないヒルダでも、寄せることによって形がハッキリ解ります。
ただでさえ妖艶な見目の田中さんは、優美な魔女という印象です。両者ともにアダルティーな色気が出ています。かなり似合っていますね。田中さんはわりとファッションも好きなようでした。
完全なる偏見ですけれど、華麗な着こなしすぎて「ナイトプール」とか通っていそう。
と思わされました。
隣ではミニドラゴンが顔を真っ赤にした所為で、メメから引っぱたかれていました。「うちの水着で紅くせいっ!」とのこと。
「これ、ちゃんと水中呼吸がついているのでしょうね?」
「布面積が少なければ少ないほど効果が高かったですね」
「運営ってきっと女好きの変態だわ。こんなのに肉体データ握られてる恐怖ね……」
とくに感想は求めていなかったらしく、会釈して去って行きます。あの巨大タコを見逃した責任を感じているらしく、今日の田中さんは空に意識を注ぎ込んでいます。
雲の上に巨大なタコが泳いでいて、墨の代わりに嵐雲を生むなんて常人は想定しません。
そのような可能性を思いついている人がいたら狂人です。
田中さんの場合、比較対象が兄たる(笑)さんなので忸怩たる思いでしょうけれど。あのお兄さんは普通に狂人です。
続いて羅刹○さんとミャー。
羅刹○さんはハイネックのビキニでした。露出が最小限のビキニですね。胸元も完全に隠され、首元も開いておりません。
大きな肉体は巧く布で隠されており、清楚な印象が強いです。
けれど、物理的に巨大なので、下から見たところ、色々と見えてしまいますけれど。
本人はそれに気づいていない模様です。
自分の見え方よりも、ミャーの見え方のほうに興味があるようですね。
「可愛いじゃないか、ミャー。あんた着飾れば可愛いんだからもっと頑張りなよ」
「うるさいっすねえ、○さん。狩りに役立つからもっと布減らしたかったのに……」
「いやいやあんな過激なのはお色気系がやるもんだよ。あんたはそれで良いんだ」
「べつに絆創膏? でよくないっすか? アトリ隊長もそれでしたよ」
「シヲに直されただろ」
巨大な手に頭を撫で繰り回されるミャーは、すらりとした元気少女っぷりを活かした水着。鮮やかな水色の水着でした。
胸元のリボンがチャームポイントのようでした。
金の髪を撫でられ、猫耳が嫌そうにぴこぴこしております。彼女はさっさと海に行きたいようですね。
そして、最後に現れたのはアトリたちでした。
アトリだけではなく、シヲにセックも水着を着ているようでした。アトリについてはなんとシンプルなスクール水着。
名札には5年2組と書いてあります。
べつにアトリってもうちょっと年上のはずなのですけれど。
運営の趣味かもしれません。
似合うかどうかについては言うに及ばず。
「良いですね、アトリ」
「せくしー。です」
「それはどうでしょう……かわいいですよ」
「おおー」
水着は前回イベント時と同様に、既存の装備に重ねて使用できます。装備効果そのままにルックスだけ変更できるわけですね。
その上、追加効果として【水中行動補正】などが加算されます。効果は選択式でして呼吸ができるもの、水中での動きが良くなるもの、水中を歩けるようになるもの、など多種多様。
アトリは水中で歩行できるようです。
足場が自動で生成されるとのこと。とはいえ、水中なので動きが鈍り、呼吸もできません。十全の戦闘は諦めるしかないようですね。
「それでも十分な性能でしょう」
「戦える。です」
ぶんぶんと大鎌を振ってみせるアトリ。
水着とサングラスと大鎌。あと天使の輪と羽。要素がまた増えたように思われますけれど、じつのところ、そこまで変化はありません。
サングラスの下は赤目ですし、水着でないときは軍服のようやワンピースですからね。いつもと種類が違うだけで要素過多なのはいつものこと。引き算の美学なんてありますけれど、それよりも性能こそがVRMMOで求められる要素でした。
芸術家泣かせですね。
この便利装備がイベント後、強制破棄されてしまうことが残念でなりません。
「では、さっそく……モアイ像のところへ戻りましょうか」
「です! 今日は記録を更新する。です」
「他のところも追い上げてきていますからね。とくにジークハルトのところは我々よりも記録が上ですし」
「……勝つ。です!」
アトリが目をぐるぐると回して、モアイのほうへ駆け出しました。なんだかもったいないですね、せっかくの水着回なのに。
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