第287話 嵐の夜

   ▽第二百八十七話 嵐の夜


 田中さんの方針に従い、セックとシヲのコンビには住居ではなく、物見櫓を作成してもらいました。

 あそこに登れば周囲の海の状況も、この島の状況もすぐに解ります。


 基本、田中さんはあそこで待機することになりました。


 それから遅れて住居のほうも完成しました。初日は私が【クリエイト・ダーク】で仮住居を作って凌がせてもらいましたよ。

 それでも真っ黒の家よりは、木の住居のほうがよろしいでしょう。


 検証したところ【理想のアトリエ】はやはり使用不可能。

 もちろん【アイテム・ボックス】も駄目でした。マジックバッグの使用も無理だったらしく、アトリが太ももに装着したホルスターには何もありません。


 持参した世界樹素材が少しあるので、必要とあらば劣化蘇生薬がひとつ作れます。


 必要となってから作っても間に合いませんね。

 仕方がないので今、作ってしまいましょうか。


 ……思ったよりもスローペースなイベントとなっております。アトリは一日中、ロゥロとともに愚直にスキル上げ。

 ミャーなどは狩りで食物を得て、気が向けばモアイへの攻撃参戦。


 他の人たちもゆったりしています。


 私が【錬金術】にいそしんでいますと、拠点のログハウスからメメが現れました。彼女は肩に片手剣を担ぎ、ラフな格好(下着姿)をしております。


「? 何してんの、ネロ。ああ、喋られへんのやったか。不便やね。うちはアレやで今から一汗流しにいくねん。あんまり片手剣使うタイミングないから嬉しいわあ」

「めっちゃ馴染んでますね」

「あ、いやん。うちの下着姿みてるん? 恥ずかしいわあ」

「恥ずかしいなら隠されては?」


 うふふ、とニタニタ笑ってからドワーフのメメはモアイのほうへ行ってしまいました。彼女は身長こそ低いですけれど、スタイルは悪くありませんからね。

 ちょっとくらいは目に毒でした。

 その後、私が薬を煮詰めていますと、今度は気取った仕草で万歳したヒルダがやって来ました。


「やあ、ネロさま。ごきげんよう」

「……ご機嫌よう」

「田中さまの要請によって釣りに励んでいたのだがね、すまないが釣り竿を紛失してしまった。シヲ氏に直接、あとで謝罪するのだが貴方のほうからも私が謝っていたと伝言を頼めませんか?」


 田中さんはイベント時の魔物分布を知りたがったようです。

 おそらく海の中には魔物がうようよしているでしょうからね。海の魔物は珍しいですから。これを機に調べておきたかったのでしょう。


 それでシヲに竿を作ってもらい、釣りに興じていたようです。

 結果は……竿を奪われたようですけれど。少なくとも竿を奪うような獲物がいる、というのが釣果でしょうかね。


 私は精霊体で頷きました。


 多少のトラブルはありつつも悠々自適。快適なゲーム生活となっております。いささか周囲に女性が多いものの、結局はゲームキャラクターですからね。

 このクラン、男性は私とゼロテープさんだけです。

 かつてはNPCにジャックジャックがいましたが今はいませんしね。


「……順調すぎて退屈ですねー」


 そのような私の気持ちを慰めるかのように、その夜――嵐がやって来たのです。


       ▽

 どすどすと槍のように突き刺さる雨粒。

 小柄なアトリは力を入れておかねば、物理的に吹き飛ばされてしまいそうな暴風。実際、剣を手放していたメメについては、その剣が強風によって海に飛ばされてしまいました。


 島に生えていた木々がなぎ払われ、風に巻かれて空を漂っています。


「【魔雹土石壁】」

「【魔雹土石壁】!」


 田中さんとヒルダはとても珍しいことに、両者ほとんど同じスキル構成をしています。あまったスキル枠の魔法強化系スキルが違うだけですね。

 そのような二人が力を合わせて、島を覆う防御壁を生み出しました。


「あまり保ちません! 田中さま、今のうちに方針を」

「そうね。食料……動植物は飛ばされてしまう。さっさと殺して【アイテム・ボックス】へ。ミャーとアトリに任せるわ」


 二人が頷き、瞬時に消えていきます。

 今頃、ミャーが素早く食べられる植物、果実を回収。

 アトリが動物を大量殺戮している頃でしょう。私は作戦共有のために場に残っています。この島の広さなら離れても問題ないでしょう。


 壁に亀裂が入ります。


 田中さんは杖に力を込めながら指示を出していきます。大天使みゅうみゅほどのカリスマも判断速度もありませんけれど、判断の正確性自体は彼女よりも上の田中さんです。

 やや迷った後、


「メメは待機。盾で拠点を守って。何かが飛んでくるかも」

「承知や」

「精霊組は【顕現】の温存。何かあったときは羅刹○さんから切ること」


 二人が頷きました。


「私とヒルダは亀に指示を出してくるわ。嵐用の動き方があるかもしれないしね」

「解りました」


 ヒルダたちが魔法を維持したまま、角のほうへ走って行きました。しばらくすると亀が動きを止め、ゆっくりと大波の流れに身を委ね始めました。

 先ほどよりも揺れはマシになりましたね。


「神様。戻った。です」


 一足先にアトリが島中の生物を絶滅させました。死体はすべて【アイテム・ボックス】とマジックバッグの中にあります。

 繁殖させることも念頭にあったため、ちょっとだけ残念でした。


「よく戻りましたね、もう少しで壁が壊れます」


 ちょうどヒルダたちの壁が壊れ、暴風と波、それから雷が幾本も落ちてきます。また、アトリが顔を顰めました。


「どうかしましたか、アトリ?」

「空。なにかいる。です」

「おや?」


 私も空を見上げますと、雲間から何かの長大な足が見受けられました。それは触手――おそらくはタコかイカの足でしょう。腕かもしれませんね。

 空飛ぶタコでした。


 そのタコが墨でも吐くような調子で黒雲を呼び出しているようです。


「あれが嵐の正体ですか」

「遠い。です」


 空への攻撃が大変なのがこのゲームです。

 私が【クリエイト・ダーク】で足場を作らねば、今のアトリでさえ空には為す術がありません。やや困っていますと、田中さんからチャットが寄越されました。


田中‥状況変更。私とヒルダ、あとゼロテープさんで仕留めましょう。

ゼロテープ‥解った。俺は飛べるしな。乗っていけ

羅刹○‥あたしは? 大きいし魔法使えるから攻撃が届くけど

田中‥予備戦力にしておきたいわね

羅刹○‥把握


 私の隣で精霊が【決戦顕現】を行使しました。ミニドラゴンがさらに【巨大化】スキルを使いその身を立派なドラゴンに変化させました。

 巨大なドラゴンが翼を広げ、上空を睨み付けました。


「あ、にょ、乗れ、ヒルダ」

「……まだヒルダたちついていませんけれど」


 空の向こうから風に耐えながら、ヒルダが飛んで現れました。しゅたっ、とゼロテープさんの背に着地すると、優雅に腰を折り曲げました。


「すまないね、ゼロテープさま。淑女の身で殿方を足蹴にするのは気恥ずかしいよ。でも、勝つためには許していただきたいね」

「き、気にするにゃ……!」


 ゼロテープさんが飛び立ちます。

 嵐に飛び込むようなドラゴンの雄志は、彼がヘタレドラゴンであるという事実を忘却させるほどでした。いかにも異世界ファンタジーっぽくて良いですね。


 そのドラゴンに小柄な少女――メメがひらひらと手を振ります。


「いってらっしゃーい、旦那はーん!」


 残された私たちはそれぞれに仕事を見つけて動き出します。メメは拠点の防衛、アトリとセック、シヲは残っている木材やアイテムの回収でした。

 動き出します。


       ▽

 朝がやって来ました。

 あの後、三分後には空飛ぶタコは仕留められました。圧倒的なドラゴンブレス、それに魔法職二人の全力攻撃はタコに命を許しませんでした。


 上空で爆撃機が戦闘しているようで、ちょっとだけ怖かったくらいです。

 完璧に事態を鎮圧したかと思いきや雲は消えず、ずっと朝まで嵐が続いていたわけですね。何時間も雨風に晒されたことにより、精神的な疲労が募りました。


 びしょ濡れの服を絞りながらミャーが言います。


「いやあ、興奮したっすねえ」

「何を言っているのミャー」

「いやいやアトリ隊長。こんな状況での狩りは滅多にないっすよ」


 全員がミャーにどん引きしました。

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