第286話 出航
▽第二百八十六話 出航!
イベントについて詳しく確かめます。
どうやら今回のクランイベントは二つのサーバーに分けられているようでした。《スゴ》には無数のクランが犇めいております。たくさんのクランがそれぞれのサーバーに押し込められ、動く無人島を与えられ、目的地へと進むようです。
大海原に私たちはぽつん。
下の島は巨大な亀だそうです。
ミャーが調べた結果、その亀を操作することが可能だと知れました。
「ここに話しかけたら動いてくれますよ」
そこは亀の頭部がある場所でした。
巨大亀の頭部には一本の角が生えており、その角が通信機のようになっているようです。
「前へ進め」
アトリが命じれば、ゆっくりと島が動き始めます。
想像以上に負担はなく、むしろ快適かもしれません。徐々に加速していく亀。ある程度の速度調整も可能なようでした。
「止まれ」
亀がゆっくりと止まります。
急停止にも対応しているようでした。ただし、止まった衝撃で小規模の津波がやって来ます。アトリはそれを大鎌を振って散らし、大きく頷きました。
「便利」
「とりあえず、どこかに動かしますか? レースなんすよね?」
「うん。ルートは田中が考える」
私たちチームの中で唯一の頭脳派が田中さんです。彼女ならば良いルートを考えてくれることでしょう。だって「レース」なのにどこがゴールなのかも解りませんからね。
その上、東西南北さえも不明です。
掲示板やwikiに接続できないので、情報を調べようもありません。
ここで間違えればすべてがお終いレベルでした。
ルート選びはとても大事です。べつに間違えても責めたりはしませんがね。任せるということはそういうことです。
すると、田中さんからチャットが来ました。私はチャットを読み上げます。
「えー、アトリ。亀に命じてください。ゴールのあるほうへ進め」
「ゴールのあるほうへ進め」
亀がゆっくりと北方向へ進み出しました。
なるほど。このような指示の出し方があるのですね。気づかねば普通に詰んでいます。さすがは田中さんと褒めておきましょう。心の中で。
「アトリ、こういう時は出航、と言うのですよ」
「はい。です。出航。です」
出航しました。
大亀は快調に波を切り、果てしない大海原へと旅立ちます。遙か頭上ではカモメ型の魔物が飛んでいきました。
▽
順調に大亀(メメがアイラと名付けましたが私は大亀と呼びます)は進んでいきます。
すいすいと景色が流れていくのを横目に、私たちは島の探索を続けていました。我々が宝箱を見つけ、ミミックかと怪しんでいた頃、新たにチャットが入ってきます。
ゼロテープさんからでした。
ゼロテープ‥なんだかよく解らないモノを見つけた。来てくれ
宝箱の位置をマッピングしてから、私たちはゼロテープさんのところへ向かいました。そこには見上げるほどの大きさの石像がありました。
類似品としてはモアイ像でしょうか。
違う箇所といえば、腹部分が液晶画面のようになっており、そこに「0」という数があります。我々は揃って首を傾げるばかり。
遅れてやってきた田中さんが【顕現】して口を開きます。
「みんな気づいているかしら? イベントメニューが開けるわよ」
指摘されたので開いてみます。
私の視界一面に妙なランキングが表示されました。そこには「総合ダメージランキング」と書かれてありました。
ちなみに第二サーバー(私たちは第二サーバーの住民のようです)一位表示は「アルビュート騎士団最前線」でした。
「おそらくだけど」
と田中さんがサングラスを持ち上げながら魔力を練り上げます。
「このモアイを攻撃するのよ」
モアイ像に田中さんの魔法が襲いかかりました。
複数の属性が混ぜ込まれた魔法は、相乗効果によって思わぬ火力を生み出します。モアイ像なんて簡単に吹き飛びそうな火力でしたが……命中すると同時に魔法がかき消えます。
代わりに腹の数字が変化しました。
「5800」
どうやらこのモアイ像に攻撃することにより、ポイントを得ることができるようでした。そして、ザ・ワールドの言葉を思い出せば「スキルレベルが上がりやすい環境」とはこのことを言うのでしょう。
このモアイを攻撃すればスキル経験値が多くもらえる。
ついでに何かのポイントがもらえるわけです。
「誰かは常にこのモアイ像を攻撃しておくべきね。気づいた他のチームも攻撃を続けているみたいだし」
「アトリが適任だと思うよ。私やミャーくんはリソースがあるからね。大してアトリくんは体力が底なしだし、何よりも単純に火力が高いからね」
「私もそう思うわ。でも、スキルレベルを上げたいのは全員だもの。順次、好きな人から攻撃していきましょう。アトリも休むべきだしね」
こくり、とアトリが頷きました。
とりあえずロゥロを呼び出してみます。どうやらロゥロ的にモアイ像は攻撃対象だったようです。無心で攻撃を繰り返します。
ぐんぐんとモアイの数値が伸びていきます。
やや田中さんが引いた顔をします。
「ま、まあ、悪くはないかな……」
アトリも攻撃に参加し始めました。
このイベントは有利かもしれませんね。ジークハルトがライバルですけれど、彼には休憩が必須。
一方的に叩き込めるアトリは超有利でしょう。
あとモアイ像には首があり、ちゃんと【首狩り】も発動しますからね。
▽
夜が来ました。
相変わらず亀は進み、アトリとロゥロ、それから代わる代わるスキルレベル上げに他のメンバーがやって来ます。
が、今は食事のためにロゥロだけを残してきています。
アンデッド召喚魔物たるロゥロにも疲労の概念はございません。今も本体が近くの石に腰掛けながら、がしゃどくろ体のほうが猛烈な勢いでモアイを殴打し続けております。
ちょっと可哀想……
神聖なモノっぽいのに。
「お、見てえや。うちらのチーム、めっちゃ成績ええよ。ずっと高火力で殴ってるからやね。初日やから他クランが真面目に参加しとらんのもあるやろうけど」
スコア画面を浮かび上がらせたゼロテープさんに、メメはほとんど顔を押し付けるようにして中間結果を確認しているようでした。
小さなドラゴンが女性との密着にきょどっています。
ヒルダがくすりと微笑みました。
「仲が良いね、お二方」
「せやろー。うちら仲ええねん」
「べ、べつに……ふちゅ、普通、だし……」
顔を逸らすミニドラゴンさん。
ゼロテープさんはコミュニケーション能力があまりなく、それを自覚しているのでちょっと恥ずかしがり屋なところがあります。
「他に見つけた要素はある?」
「ありましたよー」
ミャーが挙手します。
「あの亀、なんでしたっけ? 亀太郎?」
「ちゃう! アイラや。アイランドのアイラな?」
「アイラには餌を与えられるみたいですね。で、餌を与えれば与えるほどに成長するみたいっす。成長項目が選べて【耐久力】【スピード】【面積】【施設】【収穫物】の五つにパラメーターが振り分けられるようですね」
色々と要素があるイベントですね。
クランイベントなだけあります。これが野良で集まるタイプのイベントだった場合、大天使みゅみゅさんクラスがいなければまったくまとまる未来が見えません。
田中さんが私のほうを見やって言います。
「ネロさん的にはどれに振るべきだと思う? この中でいちばん育成に成功している貴方が決めると良いんじゃないかな」
「私ですか……?」
困ったことです。
基本的に責任なんて負いたくありません。べつに責められても構いませんし、イベントが中途半端で終わっても良いのですけどね。
もう習性です。
アトリに言わせました。
「投票制にするべき、と神は言っている」
「責任から逃げたわね、ネロさん。べつに良いけれど」
図星でした。
しかし、アトリが勝手に否定します。
「神様は個人の想いを尊重しているだけ。神様が決めたら勝つに決まっている」
「そうかもね」
田中さんが軽く受け流しました。彼女の口の上手さならば、そのままアトリを焚きつけて私に選択させることも可能でしょう。あえてやらないようでしたが。
配慮に応え、最初に意見を挙げましょう。
「アトリ、私は【耐久】に一票です。ザ・ワールドが島が残っていたらと言っていたのが不穏です。あるいは何かあった時に逃げ出せる【スピード】もありですけれど」
「神は言っている」
アトリが通訳してくれている間、私はこのイベントを読もうとします。
何か壊れるような理由があるはずです。もっとも思いつくのは海からの攻撃です。海ステージの敵といったら巨大なタコやイカでしょうか。
その後、他の面々も意見を出しました。
まとめますと。
田中さん「施設。理由はどんな施設が出るのかを見たいから」
ヒルダ「耐久。理由はネロ氏に意見を募ったので尊重したいから」
ゼロテープさん「施設。理由は野宿とか無理だから」
メメ「収穫物。理由はいっぱい食べたいから」
羅刹○さん「スピード。理由はレースでもあるから」
ミャー「スピード。理由は速くて困ることがないから」
となりました。
アトリも私と同じ「耐久」だったため、結果は「耐久」に決定しました。しかしながら、全員の言いたいことはよく解ります。
結構難しい選択ですね。
他のクランはどのような選択をしているのでしょう。今後は「耐久」に特化していくのか、それともバランス型を目指すのか、あるいは別を伸ばしていくのか……となりますね。
あとは食料を保持するために成長させない、というのも手です。
まとめるために田中さんが手を叩きました。
「じゃあ【耐久】に振りましょう。運営のことだし、亀が出てくるレースということで忍耐……耐久が要求される、なんて洒落もありそうだしね。良い選択だと思う」
野良でパーティ参加を繰り返しているだけはあります。
こういうので自分の選択が採用されなかった、というのは妙なわだかまりを生みかねません。さらには失敗すればなおのこと悲惨です。
巧くフォローをして、気持ち良く選択する方向へ持って行くようでした。
決めるべきことが決まりました。
あとはメインの食事です。これに関してはセックが巧くやってくれました。料理スキルこそありませんが、何度も【料理】スキルを使って料理をしてきたセックです。
半ば外技的に料理が得意となったようですね。
私以外のみなさんはシチューを食べましたよ。
私は【顕現】がないので悲しみだけを抱きます。ここはまだ【神威顕現】の切り所ではありませんから。
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