第284話 魔教と魔王軍の邂逅

    ▽第二百八十四話 魔教と魔王軍の邂逅

 最終フィールド。

 その最奥にあたる魔王城では現在、招かれた招かざる客が襲来していた。廃墟じみた城にて邂逅するのは王と教皇である。


 珍しく玉座に腰掛けた魔王。

 それに対して眼下、紅い絨毯の上で傅くのは魔教教祖のオウジン・アストラナハトである。薄汚れたローブ姿に片目。


 ソレ以外は平凡な容姿の中年が、しかし、魔王の前に存在していた。


「魔王グーギャスディスメドターヴァさまに傅けた喜びに――」

「――良い。此方は堅苦しいのも嫌いではないが、其方はそうでもなかろ? 好きにせよ、此方はたいていのことは許す」

「はっ、それはありがたい。年下に傅いて喜ぶような被虐趣味はないのでな」


 立ち上がったオウジンは、わざとらしく膝の当たりを手で払う。むしろ、絨毯よりもローブのほうが汚らしいのだがお構いなしだった。

 魔王は気にした風もないけれど、側近が顔を顰めた。


 ゲヘナである。

 彼はやる気なさそうにサーベルの切っ先をオウジンに向けてある。ただし、その面倒そうな所作は見せかけ。いつでもオウジンを刺し殺す準備が整っている。


 その油断ならぬゲヘナは、隣で立ったまま寝ている美女――アリスディーネを白んだ眼で睨む。


「おい、アリス。なにやってんすか?」

「だめ。もう! 料理できないっ!」

「マジでこういう場面で寝言を寝て言う馬鹿がいるっすかよ」


 ゲヘナがサーベルの切っ先でアリスディーネの脇腹を突く。軽く出血したことにより、アリスディーネがハッと眼をさます。

 それから脇腹を押さえ、ゲヘナに抗議した。


「女の子の肌に傷を付けちゃだめなんだよ?」

「女の子って年でもないでしょう」

「え、性別って年齢で変わるの……私って男の子だったんだ……すごい」

「馬鹿すぎて泣きそうっすよ」

「ミリムが言うには馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだよ? あれ? でも、そうなると世の中には馬鹿しかいない? 気づいてしまった。どうやら私だけ馬鹿じゃなかったみたい」

「馬鹿が一番いうんすよ、世の中馬鹿ばっかって」

「親父ギャグなの……? つまらないよ?」

「死ねっす」


 ゲヘナは涼しげな顔をしながらも憤慨しているようだった。

 そもそもオウジンを魔王城まで連れてきたのは、何を隠そうアリスディーネの現し身である。彼女は平然と空間魔法を使い、オウジンを魔王城にまで連行してきたのだ。


 門番たる魔王四天王が、よりにもよって敵を魔王の前まで連れてきた。


 驚くほどの無能である。

 アリスディーネはかなり強い。今のゲヘナでは逆立ちしてミリムと組んで、人類種から没収した神器を使っても勝てぬだろう。

 その強さがなければ完全に幹部失格である。


 欠伸を零してアリスディーネが持論を語った。


「でも現し身のとこまで乗り込んで来たんだもん。現し身を殺されたくなかったら魔王のところに転移しろって……仕方ないよ」

「戦えっす」

「負けたらもっとたくさん魔王城まで来ちゃうよ? あ、ゲヘナは考えるの苦手? 大丈夫。仲間は支え合うもの。私がたくさん考えてあげる」

「黙るっすよ、おばあちゃん」

「……ちょっと調理するね?」


 魔王軍幹部が殺し合いを始める中、オウジンは平然と問答を繰り返した。


「俺の要求はひとつだ。俺を魔王軍に入れてほしい」

「ほう? それは何故じゃ? たしかに其方らは魔王の勝利を望んでおる。じゃが部下としてではなく、あくまでも人類種の組織として動いておるはずじゃ」

「ハッキリ言おう。すでに俺の予知は対策されつつある。ここまで混沌した世界だ。自身の予知を信じられないなら、俺の力はないも等しい。ゆえに傘下に正式にくだり、そして……」


 オウジンが横目に見るのは、腸を抜かれて沈むゲヘナと包丁を手にしたアリスディーネである。どたばたしているというのに、ゲヘナはまったく油断していないのが恐ろしい。

 あの二人こそオウジンが望む姿である。


「魔王さまは人を魔物に改造できるのだろう? 俺の肉体はこれからの戦い、いささかスペックが不足していてな。是非とも魔物にしてもらいたい」

「理解したのじゃ。……良かろう」


 頷いた魔王に対し、ゲヘナが慌てたように目を見開いた。


「正気っすか、魔王さま!? そいつ絶対に裏切るっすよ! 裏切りまくりの俺っちが言うんすから信じてほしいっす」

「知っておる。此奴……オウジン・アストラナハトはいずれ此方を裏切るじゃろう。此奴、魔王を勝たせるとか宣いながら、何かする気満々じゃ。だからこそ、力を与えて味方に置く。いつか裏切る仲間がおっても面白いのじゃ」


 魔王は敵を愛す。

 それと同様に仲間も愛する。


 魔王は原則として卑怯なことに手を染めない。何故ならば面白くないから。殺したいから殺し、喰らいたいから喰らう。

 それこそが魔王である。

 無論、部下が「何かをしたい」というのならばそれも止めない。部下の楽しみを奪うほどに魔王は子どもではないからだ。


 誰よりも自由。

 そして、誰よりも我が儘で不遜。その生き方こそが魔王に相応しい。その「魔」なる王の生き方にオウジンは静かに拍手を送った。


「器が違うな。俺の裏切りを知っていながら腹に置く。監視するわけでもなく、だ」


 魔王が玉座から立ち上がり、嬉しそうに小さな胸を張る。


「ふふん、褒めよ褒めよ。それにしても其方を気に入った。ゲヘナがおらねば其方を四天王に据えても良かったのじゃがの。否、今からでもか?」

「おい、クソ魔王! 忠実な部下たる俺っちリストラする話してるんすか!? 裏切り確定のオジサンと引き替えに!?」

「よし、ならばオウジンよ。其方を五人目の四天王として迎え入れよう。ミリムも四天王は五人いるパターンが人気なので、私を是非とも四天王に! と言っておったのじゃ。ミリムは蹴ったがオウジンならば良かろう」


 オウジンが首を左右に振った。

 心底から嫌そうな顔をしている。


「断る。そんな馬鹿みたいな存在になるつもりはない。先程の俺の裏切りを看破した慧眼はどこへやったんだね」

「ここにあるじゃろうが、この綺麗なお目々が見えぬというのか」

「で魔王さま? 具体的に俺がどう裏切るのかも予測できているのか? 俺は貴女は予知できない」

「そうじゃのう。其方らが【魔王親衛隊】や【魔王騎士団】【魔王様ラブリー応援団】のような名にせず、あえて【魔教】を名乗った……名乗らざるを得なかったということは解るぞ?」

「……ほう。やはり愚かなのは見た目だけかい」


 あまりにも失礼なオウジンの応えに、魔王がぷんすかと地団駄を踏んだ。その気になれば魔王城など一瞬で破壊できてしまう。そうなっていない以上、本気で激怒しているわけではなさそうであるが……すねてはいそうだ。


「此方の見た目は賢そうじゃろうがっ! 此方がアホっぽいのは言動だけじゃ!」

「そっちは認めるんすね……」

「うるさいぞゲヘナ! そもそもこのルックスの良さが解らぬか? 幼さの中にある妖艶さ! 愛らしさと知的さと禍々しさと神々しさの同居! それも解らぬか!? 二次成長迎えたろかい!?」


 騒がしい魔王軍。

 これに参加したのかと思うと、オウジンは頭痛を覚えざるを得ない。このようなところでよくピティはやっていけるな、と尊敬の念さえ抱いたであろう。


 オウジンの溜息が古ぼけた城に、殊更おおきく響き渡るのだった。

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